| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第百十一話 解放の時




宇宙歴 796年 1月 6日    ハイネセン    ジョアン・レベロ



最高評議会の会議室に小走りに急ぐと後ろから“レベロ財政委員長”と声をかけられた。振り返ると三人の男が急ぎ足で近づいて来る。ターレル、シャノン、ラウドの三人だった。三人ともパジャマの上にナイトガウンを羽織っている。合流して会議室に急いだ。

「まさかこの格好で最高評議会に出る事になるとはな、前代未聞だろう」
「こんなのは序の口だ、これからもっと振り回される事になる。覚悟しておいたほうが良い」
ターレルと私の会話にシャノンとラウドがげんなりした様な表情を見せた。

会議室のドアを開けた。
『第三混成旅団第二十五連隊より報告!水素動力センターを占領!』
『同じく第三十七連隊より物資流通センターを占領との報告が有りました!』
『良し! 第八十三連隊は如何した! 治安警察本部を未だ押さえていないのか! 遅れているぞ!』
『第八十三連隊は治安警察本部前で戦闘状態!』
『状況は!』
『圧倒的に有利です!』

圧倒された、足が止まった。会議室が戦場になっていた。スクリーンから溢れ出る凄まじい熱気、歓声、興奮……。“座ってくれ”と声がした。トリューニヒトだ。部屋の中を改めて見ると六人の男が居た。どうやら我々が最後らしい。皆、ナイトガウンを羽織っている。

『第七、第八艦隊がフェザーン地表上の貴族連合軍に対して攻撃を開始しました!』
スクリーンからどよめきが聞こえた。会議室もどよめている。席に座りながらトリューニヒトに問い掛けた。
「こちらが有利なようだな?」
「有利だよ、圧倒的にね」
興奮を隠しきれない、そんな口調だった。

スクリーンを見た。総旗艦ハトホルの艦橋だろう、ヴァレンシュタインの姿が見えた。大勢の人間が動き報告と命令する声が飛び交っている。トリューニヒトが“レベロ”と話しかけてきた。
「戦闘は宇宙空間と地表の両方で行われている。宇宙空間では包囲戦になりそうだ。今第一、第二、第三の三個艦隊が戦場を迂回しながら貴族連合軍の後方に出ようとしている。成功すれば包囲網が完成する」

「大丈夫か? その前に相手は逃げるんじゃないのか?」
私が問い掛けるとトリューニヒトが首を横に振った。
「逃げられないんだ。連中の通信を傍受したらしいがそれによると貴族達の殆どが地表にいたらしい」
「なるほど、艦の中よりも地表のほうが楽しいか……」
「彼らを回収出来ない以上艦隊は逃げる事は出来ない」
トリューニヒトがニヤリと笑った。

「それに同盟軍は包囲網が完成するまでは本気で貴族連合軍を攻撃しない、適当にあしらっている。その事も連中を戦場に留めている」
「なるほど」
「既に地表では宇宙港、軌道エレベータ、地上交通制御センターを陸戦部隊が抑えた。貴族達に逃げる手段は無い、それに第七、第八艦隊の攻撃も始まった。このままいけば貴族連合軍は殲滅されるぞ」
第七、第八艦隊の攻撃にどよめきが起きたのはそれが理由か。貴族達は逃走手段を奪われ為す術も無く撃滅されつつある。

「特設第一艦隊も戦闘しているのか? あまり戦っているようには見えないが」
「直接には戦闘に参加していない。後方に有ってヴァレンシュタインは全軍の指揮を執っている。予備としての役割も有るだろう」
予備か、二万隻の艦隊を予備にしている、余裕だな。それも不意を突いたからか……。

『第三混成旅団第八十三連隊、治安警察本部を占領!』
『ローゼンリッター、自治領主府を占領!』
一際大きく歓声が上がった。
『第一、 第二、第三艦隊が迂回に成功! 後方を遮断しつつあります!』
さらに歓声が大きくなった。会議室でも興奮した様な声が彼方此方から上がった。

『全艦隊に命令を出してください。包囲網が完成するまで気を抜くな。目標は貴族連合軍の撃破では無く殲滅であると徹底してください』
ヴァレンシュタインの声だ。微塵も昂ぶりは感じられない。スクリーンから歓声が消えた。会議室からも消えた。スクリーンに映るヴァレンシュタインは平静、いや無表情に近い。
『た、直ちに全軍に徹底します』
静まり返った会議室に幕僚の緊張した声が鮮明に流れた。先程までの喧騒は綺麗に消えている。

『ヴィオラ大佐、地上制圧の進捗状況は?』
ヴァレンシュタインに問い掛けられて肥満体の士官が緊張を露わにした。
『はっ、幾分遅れております。貴族連合軍は思ったよりも多くの人数が地上に降りていたようです。陸戦部隊はそれらとの戦闘で想定外の時間を取られています。それとフェザーン市民と貴族連合軍が彼方此方で衝突しています。その事も遅れの一因になっているようです』
ヴァレンシュタインが頷いた。

『増援は必要ですか?』
『いえ、今の所各部隊から増援の要請は有りません。進捗は遅れておりますが予想外の損害が出ているわけではありません。貴族連合軍は指揮系統を確立出来ず抵抗は秩序だったものとはなっていないようです。現時点では増援は必要ないものと判断します』
ヴァレンシュタインがまた頷いた。

『念のため準備だけはしておいてください。それと公共放送センター、中央通信局の制圧を急がせるように。制圧後は我々が解放軍であり善良なフェザーン市民に対して危害を加えることはないと周知を。不必要な衝突は避けたい』
『はっ。制圧を急ぐように命じます』
ヴァレンシュタインが三度頷いた。冷静だな、本当に戦争をしているのか、いや勝っているのかと聞きたくなるくらいだ。

「ヴァレンシュタイン中将、今良いかね?」
ボローンが問い掛けると“どうぞ”と答えが有った。
「先程自治領主府を制圧したと報告があったがボルテック自治領主はどうなったのかな?」
ヴァレンシュタインがこちらに視線を向けた。冷たい視線だった。

『……死んだでしょうね、生きていれば彼の方から連絡を入れて来るはずです』
「……」
『我々が貴族連合軍に奇襲をかけた時点で貴族達はボルテックが我々に通じたと判断したのだと思います。生かしておけば利用出来たものを……、逆上して殺したのでしょう』
淡々としている、他人事の様だ。その口調に心がささくれだった。そこまで追い込んだのはお前だろう。

「全て思い通りかね、中将」
私の皮肉にもヴァレンシュタインは何の反応も示さなかった。いや、口元に笑みが浮かんでいる。ゾッとする様な冷やかさだ。だからお前は皆に怖がられるのだ。少しは傷付いたような表情を見せれば良いのに……。
『地上制圧が遅れている事を除けば想定内ですね』

ヴァレンシュタインは否定しなかった。皆が顔を見合わせその殆どが引き攣ったような表情をしている。それを見てヴァレンシュタインは苦笑を浮かべた。
『哀れだと思いますよ。地球教の正体を皆に知られた以上フェザーンの自治領主になるのは危険でした。その事に彼が気付かなかったとは思えません。ですが彼以外に適任者が居なかったのも事実です。已むを得ずに引き受けたのでしょう』

『地球教と手を切ったというのも事実かもしれません。しかしどうせなら彼の手で地球教を叩き潰すぐらいの事をすべきでした。そして新たなフェザーンを彼の手で創り上げるべきだった。そうであれば彼も、新たなフェザーンも生き残れたかもしれない。……中途半端でしたね、おかげでこちらが後始末をする事になる』

中途半端か……。フェザーンに貴族連合軍を誘引したのはヴァレンシュタインだった。理由の一つがフェザーンを叩き潰す必要が有るからという物だった。哀れだと言ったのもボルテックの動き次第では生き残れたかもしれないと言ったのも本心かもしれない。或いは嘆きか? 何故そこまで遣らないのか? 何故自分に遣らせるのか? 最後は遣る瀬無さそうな口調だった。

女性士官が“提督”と声をかけてからヴァレンシュタインの耳元で何事か囁いている。ヴァレンシュタインが頷いた。
『今ローゼンリッターから報告が有りました。ボルテック自治領主の遺体を確認したそうです。射殺されたようですね』
「……」
誰かが溜息を吐いた。

その後もスクリーンからは引っ切り無しに戦況報告と命令指示の遣り取りが聞こえた。戦況は有利だ、しかし何処か喜びに浸り切れない。なんとなく皆が顔を見合わせあい居心地の悪い時間が過ぎていく。

『第一、第二、第三艦隊が貴族連合軍の後方を完全に遮断! 包囲網が完成しました!』
流石に会議室に歓声が沸いた。スクリーンからも歓声が上がっている。
『全軍に通信を』
ヴァレンシュタインの言葉に艦橋が静まり返った。

『第一命令、殲滅せよ。第二命令、殲滅せよ。第三命令、殲滅せよ。フェザーンを門閥貴族終焉の地とせよ』
『……』
声が出ない。皆固まっている。平静な口調とは裏腹な過激な内容に付いていけずにいる。

『復唱します! 第一命令、殲滅せよ! 第二命令、殲滅せよ! 第三命令、殲滅せよ! フェザーンを門閥貴族終焉の地とせよ!』
若い女性士官が叫ぶ様に復唱した。蒼白になりながら叫んでいる。先ほどヴァレンシュタインにボルテックの死を伝えた士官だ。皆が口々に“殲滅だ”、“叩き潰せ”と叫びながら弾かれた様に動き出した、フェザーンを門閥貴族終焉の地とするために……。



宇宙歴 796年 1月 6日    第一特設艦隊旗艦 ハトホル   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



戦況は圧倒的に同盟軍が有利だ。貴族連合軍の艦隊は同盟軍に包囲され殲滅されつつある。もう残っているのは八万隻程だ、半分以上撃破した。元々寄せ集めの集団だ、組織的、効果的な反撃は無い。少しずつ確実に戦力は殺ぎ落とされていく。フェザーン停泊中の艦隊も第七、第八艦隊が撃破した。この宇宙から貴族連合軍の艦艇は跡形もなく消えるだろう。

地上部隊も必要な施設は全て占拠した。残っているのは高等弁務官府だけだ。門閥貴族の一部が逃げ込んだようだが陸戦隊の一部が封鎖している。後で引き渡しの交渉をしなければならん。面倒な話だがあの連中を放置するわけにはいかない。それにマリーンドルフ伯では連中を上手くさばけない可能性がある。

高等弁務官府に逃げ込めた奴は運が良かった。次に運が良かったのは陸戦隊に捕殺された奴だな。最悪はフェザーン市民に捕まり嬲り殺しにされた連中だろう。シェーンコップからは襤褸雑巾みたいな死体が幾つも有ると報告が上がっている。余程に恨みを買いまくっていたらしい。因果応報、自業自得だ。同情する気にはなれない。

艦橋は落ち着いている。先程まで有った喧騒は綺麗に消えていた。戦争の帰趨は見えている、軍人達が騒ぐのは戦局が流動的な時だけだ。今俺達に出来るのは黙って戦局を見詰める事だけでしかない。後は時折“気を抜くな”と各艦隊に命令すれば良い。政府との通信も包囲網が完成した後で終わらせた。

トリューニヒトはパジャマ姿でマスコミに大勝利を報告すると言っていたな。なかなか楽しい演出だ。支持率のアップに繋がれば良いが……。貴族連合軍に降伏する様子はない。面子があるのだろう、さっさと降伏すればいいんだが誰かが最初に降伏してくれないと恥ずかしくて降伏出来ないというわけだ。もしかすると一番運が悪いのはこいつらかもしれない、じりじりと近付く死をただ待っている。

ボルテックが死んだ。貴族達に殺されたようだ。もっともそういう風に持って行ったのは俺だ。俺がボルテックを殺したと言って良いだろう。否定はしないしするつもりもない。ボルテックは邪魔なのだ。奴は自分がフェザーン市民から信頼されていない事を理解していた筈だ。

貴族連合軍を押さえる事が出来ずフェザーン市民の安全を守れなかった。そして同盟軍を呼び寄せるために膨大な資産を同盟に譲渡した。ボルテックにとってはどうにもならない事ではある。だがフェザーン市民にとってボルテックの行動は裏切り行為でしかない。彼が生きていればフェザーン市民は彼の死を望むはずだ。

ボルテックが生き残るためには同盟を頼るしかない。同盟の力を背景にフェザーンを統治する。傀儡になるか、実力ある支配者になるかは分からない。しかし生き残るにはそれしか方法は無い。そして同盟にとってボルテックを受け入れる事にメリットは無い。少なくとも俺には見つけられない。

ボルテックを受け入れればフェザーン市民はボルテックの後ろ盾となった同盟を恨む。そして帝国も同盟はフェザーンの間接支配を目論んでいると不審を抱くに違いない。何よりも同盟の政治家達の中にはフェザーンから金を受け取った人間が居るはずだ。そいつらに対して妙な影響力を振るいかねない。極めて厄介な存在になる。

ボルテックを見殺しにしても結果が良くなるとは思えない。毟るだけ毟って見殺しにした、同盟は信用できない、フェザーン市民からはそう非難されるだろう。事実だから否定も出来ない。しかし亡命を認めればボルテックを匿ったとフェザーン市民に恨まれる。ボルテックは存在自体が不安定要因なのだ。

どうにもならん、だから死んでもらう。そしてフェザーンの独立を保証する。それがボルテックと同盟政府との間で結ばれた約束だとフェザーン市民に伝えるのだ。ボルテックは不運であり無力であったかもしれない。しかし最後までフェザーンの行末を案じていた。その独立を守るために尽力していた。ボルテックは帝国貴族に殺されたが同盟はその約束を守る。

フェザーン人の恨みは貴族連合軍に留まりボルテックに向かうことは無いだろう。そして同盟は貴族連合軍を打ち破りボルテックとの約束を守る事でフェザーン人から恨まれることは無い。これがベストだ。同盟内部にはフェザーンの実効支配を望む人間が居るかもしれない。しかしフェザーンは独立させ帝国との緩衝地帯として利用したほうが得策だ。帝国も安心する。

レベロは不満そうだったな、ボルテックが哀れだとでも思ったのだろう。国債や株の譲渡でカウンターパートナーだったから情が移ったのかもしれない。人間としては悪くないが政治家としては聊か冷徹さが足りない。トリューニヒトやホアンは醒めた表情をしていたぞ。あの二人はボルテックの死に何の痛痒も感じていなかった。いや死ぬのが当然だと思っていたのかもしれない。

トリューニヒトの政権がどの程度続くかな。三年か、いやまだ若いからな、最低でも五年は続いて欲しいものだ。その後をホアンが同じ程度政権を担当する。十年平和が続けば戦争では無く平和が常態となる。だがそこに行くまでは細心の注意が必要だろう。冷徹さに欠けるレベロが政権に就くのはその後で良い。

第十一艦隊は良くやっているな。前回クブルスリーは第一艦隊を率いて良いところがなかった。今回は必死のようだ。そして第一艦隊は敵の後方を遮断して包囲網を完成させた。士官学校首席卒業は伊達じゃないか。心配だったのは第二艦隊のパエッタだったがワイドボーンとヤンに挟まれている。今のところ目立った問題は無い。

ヤンは内心でぼやいているかもしれない。気が重いとかもう沢山とか……。しかしな、こいつは遊びじゃない、戦争なんだ。必要なのは好き嫌いの感情ではなく冷徹さと計算高さだ。人を殺す以上それなりのリターンを得なければ何の意味もない。貴族連合軍を殲滅する事によってルドルフの創った国家制度を叩き潰す。帝国を、いや宇宙をルドルフの呪縛から解き放つ……。

あと六万隻程か……。もう少しだ、もう少しで五百年の呪縛が解ける……。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧