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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第7話 しゅくだい!


「セフィータの人間は勇敢で冒険心が旺盛だと聞いていたのだがな」
 罅割れた赤土の大地にサボテンが立ち並ぶ。空は薄い雲に覆われ、灰に霞む視界の果てまで、赤い岩肌が続いている。
 オアシスを囲む村へ続く道を、小規模な隊商が行く。ラクダの背にかけられた国旗から、バイレステ人の隊商だとわかる。先頭に立つ族長は、おもねるような笑みを浮かべ振り向いた。
「なぁに、勇敢さや冒険心で生計(たっき)を立てられる時代じゃございません。今私どもに必要なのは、苗、武器、老いぼれてないラクダ、それに新しい織機(しょっき)生糸(きいと)です」
「その為に部族の孤児を売り捌いて回るとはな。港じゃ評判になっているぞ、相互扶助を旨とするセフィータ国民の顔に泥を塗る、厚顔無恥の輩の存在はな」
「言わせておけばいいんです。面倒を見る親もいないのに、仕事のない集落で囲っておいて何になるんです? 外に出てバイレステの皆様方にみっちり仕込んでもらうほうが幸せだと、誰が考えてもわかりそうなものではありませんか――」
 族長は顔を前に戻し、商人に表情が見られない姿勢になると、途端に不快感を露わに顔をしかめ、カァーッ、ペッ、と痰を吐いた。
「本日あなた様にご紹介しますのは、サボテン農家の二人の子供です。歳はいずれも八才で、男の子と女の子。女の子の方はこれまたなかなかの器量よしでしてね」
「サボテン農家? そんな職業が成り立つのかね」
「鑑賞に適したごくごく小さな品種を鉢に移し変えて出荷するんですよ。幸いにも一部のバイレステの貴族の方々にご愛顧頂ましてね、独特な外見にくわえ世話に手間もかからないときて売れ行きは好調です。いえ、好調だったと言うべきですか」
 隊商はオアシスの村に到着した。
 村の一番大きなテントの幕を、族長が払う。中では立ち並ぶ織機が音を立て、新しい反物が生み出されているところだった。
 働く女たちの間を通り抜け、族長は奥の棚の前で染料を調合している二人の子供の前で立ち止まる。
 幼い少年と少女が、淀んだ生気のない目で族長を見た。少女が少年の陰に隠れ、細い二の腕に縋りつく。
 族長はバイレステの商人を振り向いた。
「これが件の孤児ですよ。サボテン農家の子供達……双子のウェルドとフィリアです」

 ※

「勇者ウェルド!!」
 昼まで惰眠を貪っていたウェルドは真夏の蛾よろしく部屋に飛びこんできた騒音の塊によって起こされた。
「んにゃ!?」
「聞いたぞ、ウェルド! 君がアッシュの妹の為にラフメルの葉を摘んだ英雄譚!! 友を思う勇者の心が枯れ木を蘇られせた奇跡?」
「へっ? あっ? はっ!?」
「僕は君を信じていた、君ならやってくれると。どれほど冷酷に振る舞おうとも最後は必ず義に報いる男だと!」
 歩く騒音発生装置はまだ寝ているウェルドの両肩を掴んで揺さぶる?
「ちょっ、何言っ、こらっ、あうあうあうあう」
「さあ、いつまで寝ているつもりだ? 勇者! 次なる冒険が僕らを待っている! 共に行こう、まだ見ぬ地平へ!!」
「あうあうあう、分かっ、分かったから放っ」
 舌を噛んだ。
「アーサー、てめぇ――今何時だと――」
「午前十一時だ!」
「嘘だろぉ!?」
「本当さ! こんな時間に寝ているなんて勇者にあるべき姿じゃない、でも君がいてくれて本当に良かった! 僕も今から遺跡に潜るところだったのさ!」
「今からってお前――俺が遺跡に行く事前提かよ……」
「行かないのか?」
「いや、行くけどさ」
「なら決まりだな! すぐに行こう!」
「はあぁっ!? 冗談じゃねえぞ! てめぇと二人きりで行くなんざ死んでも御免だぜ!」
 アーサーはその言葉に含まれた棘を華麗にスルーして、
「うん、君の言う通りだ! 僕ら二人だけで行くよりも、他に誰か居た方がいいな。もう一人誘おう!」
「…………そうだな」
 ウェルドはうんざりしながら起きた。身支度を終え大剣を背負う頃には、アーサーを振り払う気力がなくなっている。この要領、まるで悪質な勧誘か洗脳である。今日一日だけだぞ! 今日一日だけ! ……のつもりが、まさか一生付き合わされる羽目になるんじゃねえだろうな……何てったって悪質な勧誘だからな……。
 宿舎のエントランスに出ると、本を抱えたノエルが外に出て行こうとしているところだった。
「よう、ノエル!」
「ウェルド!」
「今からどこ行くんだ?」
「クムラン先生のところよ! よかったら、あなたも……」
「おっ、それは」
 ちょうどいい、と言おうとしたところにアーサーが前に出て、
「すまないノエル! 勇者ウェルドは今から僕と冒険の旅に出るところなのさ! だが、ご婦人の誘いをむげにするわけにもいかない。いずれ必ずご一緒させて頂こう」
「えっ、あ、ああ……そう……?」
 ノエルはいかにも関わりあいになりたくなさそうに外に出て行った。
(この野郎ッ……!)
 入れ違いでふらふらとジェシカが入ってきた。
「ふああああぁ、お腹へったぁ! この町って朝ご飯食べられる場所ないの!?」
「朝ご飯? ジェシカ、もう十一時――」
「あたしにはっ! 早朝なのっ!! で? あんた達今から遺跡潜るの?」
「そうさ! 何と言っても僕は早く遺跡から〈アザレの石〉を見つけ出さなきゃならないからな! 僕はその石を故郷に持ち帰って、病や魔物に苦しめられている民を救うんだ!」
「あんた本気で言ってんの?」
 ジェシカが頭の後ろで両手を組み、ふくれ面をした。
「魔物なんてこの町の遺跡にしかいないじゃん。あんたの国にはいたの? 魔物」
「えっ? いや。そういえば見かけないな」
 ウェルドは頭を抱えたくなった。
「民が民がって言うけどさ、言っとくけどその民を苦しめてるのは魔物でも病気なんかでもない。あんたたち貴族だよ」
「えっ?」
「あーヤダヤダ! こんな事町の外で言ったら処刑されるのがオチだから言えないけどさ。あんた、気を付けた方がいいよ。とりあえずこの宿舎の外では言わないようにしたら? じゃあね、あたし寝るから」
「お、おいジェシカ! 今から一緒に来ねぇか!」
「いーやーだー! お腹減ってんのにそんな元気な事できるわけないでしょっ!」
 残念だ……。
 もう少しでこいつを黙らせる事のできる奴を仲間に誘えそうだったのに……。
「そうだ!」
 ウェルドはこいつを一発で黙らせる事のできそうな人物を思い出す。
「前に一緒に組んだ事ある奴を誘おうぜ!」
 気が向かねぇけど! 激しく気が向かねぇけどっ!
「ディアス!」
 椅子に掛けて読書をしていたディアスが迷惑そうに顔を上げる。彼がページの間に指を挟んで本を閉じたので何となくタイトルを見ると

〈人体の急所〉

(何なんだコイツは……)
「何か」
「よう、暇なら今から一緒に」
「ディアス! 僕は君に言いたい事がある!」
「てめぇは黙ってろ!」
「いいや、黙っていられるか! ラフメルの葉の捜索の件だ。君の目的は知らないが、人の命がかかっているんだぞ! 何故あんなに冷たい振る舞いができる!?」
「だぁかぁらぁ! 終わった事ほじくり返しても仕方がねえだろう! 人には人の事情ってもんがだな」
「それでも! 僕には君やレイアが理解できない! 君はそんなに自分が大事なのか!?」
「……」
「だから、パスカも言ってただろうがよ! お前、もし仮にコイツの目的がアッシュと同じ理由だったらどうすんだよ? 今にも家族が死にそうな奴に他人の手伝いを強要できんのかよ?」
「だったら、それならそうと言ってくれれば!」
「……貴様らは他人の部屋で口論をするのが趣味なのか?」
「いや、違うんだよ、俺はな? ただ――」
「ディアス、僕に何らかの誤解があるのなら僕はそれを解きたい! この際君がここに来た理由を」
「だからぁ! やめろって! 今俺たちに必要なのは他人の詮索じゃなくて協力する事だろうがよっ!」
「協力? つまり遺跡探索に誘いに来たと」
「そういう事だよ、どうせ暇――」
「断る。消えろ」
「ぶはっ」
 ウェルドも流石に腹が立ち、
「ああっ? てめえ、何だその言い草はよ」
「消えろと言った。聞こえなかったのか。貴様らの存在は非常に不快だ」
「聞こえてるよ! あーあ、聞こえてる! でもよ! モノには言いようってもんがあるだろうがよっ!
『せっかくお越しいただきましたところ誠に申し訳ございませんが、あなた方が大層不快でございますのでお手数ですが消えていただけませんでしょうか』
 ぐれぇ言えねえのか! てめぇっ!!」
「勝手に人の部屋で騒いでおいてよくそんな口が利けるものだ。何故貴様らにそんなへりくだった言い方で退室を願わねばらならん」
「今のへりくだってないよディアス! 全然へりくだってないよ!!」
「言いたい事はそれだけか」
「ああ、これだけだ! これっきりだね! てめぇとは二度と口を利かねえ!」
「ならば消えろ」
「消えるよ! キエエエエエェッ!! ケッ!」
 ウェルドはディアスの部屋を出て思いっきりドアを閉めた。アーサーの存在を忘れていた。アーサーの顔面がドアに激突した。すぐまたドアを開けてアーサーが鼻血を垂らしながら出てきた。
「信じられない! なんて人間なんだ、彼は!」
「てめぇのせいだ!」
「僕の!?」
 ウェルドは腹いせに、遺跡に潜る時ぜってえに組んでやらねえ奴リストを作ってやろうと思った。まずはこいつだ。アーサーだ。
 名前:アーサー=ルイトガルド
 出身:ビアストク王国
 カルス・バスティードに来た理由:あまりにも人の話を聞かない為、業を煮やした父親によって監獄がわりにぶちこまれた。
「ぶはっ!」
 ウェルドはやけくそになって笑った。そのまま体をのけぞらせて高笑いする。
「ウェルド、一体どうしたんだ?」
 顔を覗きこんでくるアーサーの背中に手を回し、肩をバンバン叩いてさらに笑う。アーサーも何が何だかわからぬままに楽しい気分になったと見え、二人は肩を組んで廊下で狂ったように笑いだす。
 それを廊下の角から見ていたシャルンが
「イヴー、あの二人何やってるの?」
 イヴは肩は竦めてみせ、
「さぁて、頭がおかしいんじゃない? 関わりあいたくないわね」
 するとディアスの隣の部屋の戸が内側から乱暴に開き、姿を現したレイアが
「私の部屋の前で騒ぐな!」
 レイアの正拳突きがベキッと音を立ててウェルドの顔面に沈む。レイアが部屋の戸を閉ざし、ウェルドは無言のまま後ろ向きにばったり倒れた。
「ウェルド!? うわあああああっ! 勇者ウェルド!!」
 夏の光と共にサラが笑顔で入ってくる。
「アーサーさん! オイゲンさんに竈を借りてパンを焼かせてもらったの。今から一緒に食べようよ!」
 そして廊下の惨状を目撃し、満面の笑顔のまま
「あれ? ウェルドさんどうして廊下で寝てるんですか?」

 ※

「それで、アーサーとサラと行く事になったのね」
 クムランの家に行くと、ノエルが濡れたタオルを持ってきてくれた。
「おう。それで各々装備揃えて一時間後に集合。あと三十分」
「それにしても災難だったわね」
 ウェルドは肩を揺すって短く笑う。変に笑い疲れていた……が、嫌な疲労ではない。
 数年前の自分には、笑って暮らしているところなど想像もつかなかったのだ。
「やあ、おはよう、ウェルド君、ノエルさん」
 この人も朝には弱いらしい――ぼさぼさの髪を雑に束ねて奥の部屋からクムランが出てくる。
「おはようってもう正午っすよ……」
「あれ、ウェルド君。その顔はどうしたんです?」
 クムランに顛末を話すと大笑いされた。
「まあまあ……とにかくウェルド君も、いろんな仲間と協調して先に進むに越した事はありませんよ。バルデスさんの説明の通りですが、太陽の宝玉を手に入れない限りは、遺跡の調査もままならない。何よりまず、意義のある研究をしようと思ったら、ある程度の深さまで潜らなければなりませんからね」
「それもそうです」
「そうだ、ウェルド君とノエルさんに教えておきましょう」
「なんですか、先生?」
 ノエルが身を乗り出した。
「あなた方が進んでいる黒の羨道は、あと数階層で終わるのですが、最後に少し意地の悪い仕掛けが施されているんです。その場所には二十余りの入り口が並んでいるのですが、どの入り口も真っ暗で、外からじゃ中がどうなっているのか全く分かりません。次の階層に続く入り口はこの中の一つだけ……。後はすべて、インディゴスと言う魔物の巣になっています」
「強いんですか? その魔物」
「ええ。あなた方はまだ手を出さない方がいいでしょう」
 クムランは微笑み、眼鏡をずり上げた。
「まあ、間違えって入ってしまう事もあるかも知れませんので、これだけは覚えておいてください。インディゴスは赤色の個体と青色の個体が(つい)になっており、常に行動を共にします。そして青い個体は赤い個体を凍らせないと、赤い個体は青い個体を燃やさないと、攻撃する事が出来ません。万一の場合もありますので、覚えておいてくださいね」
「そのー……じゃあ、間違えて巣に入らない方法は?」
「そうですね。正解の入り口ですが、それはランダムで変化します。何番目の入り口が正解、という事はありません。深夜零時ぴったりに、入り口のどれか一つが光ります。それから大体五秒くらいの間に中に入って下さい。遅れると、またもインディゴスの巣に変化してしまいます」
「面倒なんスねえ」
「最初だけですよ。一度通過してしまえば、その先は時の行路図で自在に行き来できるのですから。そして、正解の通路の先をずっと歩いて行くと、太陽帝国の首都アスラ・ファエルに到着します。わかりましたか?」
「ええ」
「それと、あと一つ」
 クムランが指を立てる。
「あなたに宿題を出します」
「宿題?」
「アスラ・ファエルの入り口には、古代文字で碑文が刻まれています。その碑文を書き写して来てください。僕が解説しましょう。これも研究ですよ」
「わかりました。じゃ、紙とペン持ってかないと」
「この部屋にある物を持って行って構いませんよ」
「助かります」
 ウェルドは顔に当てていたタオルを下した。
「じゃ、ちょっくら行ってきます! 集合時間が迫ってますんでね」
「ええ。頑張ってくださいね」
 ウェルドは次の階層へと旅に出る。
「い、いってらっしゃい!」
 ノエルが声をかけた。笑って手を上げ応じると、何故か顔を背けてしまった。


 
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