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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第6話 きせき?

 青みがかった灰色のタイルが整然と並べられた廊下を、ウェルドは進んだ。魔物の気配はまだない。空気は湿っており、空気の流れる音がゴォと聞こえる。床には壁沿いに、白く光るパイプが埋めこまれている。仕組みは今のところ不明だが、前進の助けとなる唯一の照明である事には変わりない。
 靴音を響かせて歩いていると、通路前方から少女の声が飛んできた。
「誰?」
 ウェルドは走り出す。通路の先はちょっとした広場になっており、二人の新人冒険者が立っていた。
「ウェルド!」
 ノエルが声を上げた。もう一人はエレアノールだった。エレアノールは細剣を抜き、ノエルも短い杖を携えている。緊張した面立ちと併せて、戦いを潜り抜けてきたばかりだと察する事が出来た。
「ウェルド……気が変わったの?」
「そんなのどうだっていいだろ。サクッと見つけて帰ろうぜ」
「ありがとう、ウェルド。とても心強いです」
 エレアノールが胸にかかる黒髪を背中に払い、嫣然と微笑む。ウェルドは鼓動が高鳴るのを自覚し、つい目をそらしてしまった。
「べ、別に――たまたま通りすがっただけだしよ――」
「それでも助かります。正直二人だけでは、厳しい所がありましたから」
「あたしを足手まといみたいに言わないで!」
「他意はありません。……ですが、ご気分を害してしまったのなら謝りましょう。ごめんなさい、ノエル」
 ノエルはエレアノールの対応に、むしろ恥じ入るところを感じたらしく、「別にあたしは」ともごもご言いながら俯いてしまった。
「他の連中は?」
 すると賑わしい話し声が、正面の通路の奥から聞こえてきた。次に姿を現したのは、パスカ、シャルン、ジェシカの三人だった。
「あーっ、ウェルドじゃあん!」
 ジェシカのお気楽な声が通路と広場に響いた。三人とも服に煤や油の染みをつけ、抜身の短剣と矢、鉾を鞘から外した状態の槍を手にしている。やはり、魔物の生息域を通過してきたのだろう。
「よお、どうしたんだ? 手伝わないって言ってたのによ」
「別にぃ? たまたま雫の石見つけたから何となく来てみただけだし」
「またまたぁ」
 ジェシカが顔の前で手をひらひらさせた。
「でもさ、見直したよ! つい今みんなであんたの悪口言ってたとこだったけどさ、取り消すよ! 来てくれてありがとっ!」
「俺は言ってねぇよ……」
「言ってたのはジェシカだけでしょ。ウェルド、だけどありがとう。今、五人で二手に分かれてラフメルを探していたところなの。協力してくれるよね?」
「いいぜ。エレアノールと行こっかな。それならちょうど三人ずつできれいに分かれるだろ」
「そうね。ところでここから伸びる通路は四本でしょ。一本はあたしとジェシカとパスカが今来た道で……」
「こちらの道が、私とノエルとウェルドが来た道です」
「残るは二本か。じゃ、俺たちは左の道行くぜ。お前らは右行けよ」
「そうですね」
「決まりぃ! じゃ、後は早く見つけてアッシュに渡すだけだね!」
「死んでなければな」
 パスカが嘆く。
「お前はまたそういう事を……」
 ウェルドは「へっ!」と短い笑いを残し、右手の通路へと、先に立って歩いて行った。

 ※

 最初の扉を通過すると、ようやく魔物の姿が見え始めた。天井一面に黒い物が蠢いていると思ったら、それは蝙蝠の化け物で、ウェルドは襲い掛かるそれをバキュームで吸って消滅させ、巣をノエルの魔法が焼き払った。
 道は進むほど足場が悪くなり、捲れあがった床のタイルや崩れた壁がウェルドをうんざりさせる。
 倒れた柱の下を這って潜り、その先の光景を目にし、思わず「うへっ」と声を漏らした。
「どうしたのですか? ウェルド」
 続けて柱を潜ってきたエレアノールも息をのむ。最後に来たノエルが頓狂な声をあげた。
「何これ!」
 浮遊する柱が荒れた遺跡の中を縦横に動き回っている。その数は、見える範囲だけでも二十は下らない。めいめいが規則正しく動作する柱は、迂闊に近寄ればどのような動きを取るかわからない。柱と柱に挟まれてむごたらしく圧殺――という事も考えられる。
 頭上で蝙蝠の群れが蠢いた。天井から二、三匹の大蝙蝠が飛来し、三人に威嚇音を発する。
 ノエルが呪文を唱えた。杖の頭に古代レノス文字の呪句が淡く浮かびあがり、炎のスパイクに姿を変えて蝙蝠を貫通した。炎が天井を覆い、混乱し燃え盛る蝙蝠が三人の顔の前にも飛んできた。
 ウェルドがバキュームのトラップを出す前に、エレアノールが左手のトラップカプセルに念じた。彼女のトラップが発動し、トラップの上を通過した蝙蝠が凍りつく。
 おお! と、ウェルドはバキュームで魔物を吸いながら心の中で叫ぶ。あの陰険ぼっち野郎の魔法と同じ効果のトラップじゃねえか。ならこれからはあの陰険ぼっち野郎じゃなくてエレアノールを誘うべきだな、好みだし――じゃねえ! 違ぇし!! 頭良さそうだからだし! 遺跡の知識とかありそうだからだし! 性格いいし! 大人だし!
 などと自分に言い訳している間に大掃除が終わった。
「慎重に行こうぜ」
 自己嫌悪を押し殺し、ウェルドが先頭に立った。
 タイルや魔物の死骸を柱に投げつけて様子を見たが、動く柱は反応しない。恐る恐る接近してみるも、やはりこれと言った反応はなかった。
「大丈夫だ、来いよ」
 もともとは侵入者を排除するための装置だったのだろうが、遺跡が荒廃したせいで壊れてしまったのかもしれない。柱の動きをよく見て観察し、それが通らない地点を見極め一人ずつ順に通過する。
「ウェルド、質問があります」
 もしこの言葉を掛けたのがあの陰険ぼっち野郎(名前も言いたくねえ!)だったら間髪入れずに
「はぁっ!? うるせぇぞてめえ状況見ろやこっちは柱の動きを目で追うのに必死なんだぞこの野郎わかんねえのか馬鹿野郎人を実験台みたく先頭に立たせやがって気取りすました意気地なし野郎めが世間話は帰ってからにしやがれ、いやお前は帰って来なくていいから遺跡で永遠に凍りついてやがれ俺がこの大剣でぶっ叩いて即刻砕いてやるからよクソ虫が!!!」
 くらい言ってやるところだが、幸いにもエレアノールだったので気持ちよく応じた。
「何だい」
「何故あなたは、人から嫌われようとするのです?」
「そういう風に見えるのかい」
「まさかとは思いますが、あなたは初めから一人でラフメルの葉を探すおつもりでいたのでは?」
「それは違ぇよ」
 安全地帯にエレアノールとノエルを手招きしながら答える。
「俺に……命がけでやらなきゃならねえ事があるのはホントなんだ。その為に他の事で危険を冒したくないってのも、最初に断ったのも本心だぜ」
「やらなければならない事?」
「研究論文の発表さ。俺はそれで世界を変えるつもりだ。あっ、でも『じゃあ何で来たの』とかは聞かないでくれよ」
「ええ。あなたにも、ご事情があるのでしょう」
 三人は動く柱と細い通路をくぐり抜け、二枚目の扉にたどり着いた。
 床のタイルを捲り上げ、部屋一面に木の根が走っている。
 三人は声を失った。
 部屋を支配しそそりたつ大樹は、枝も幹も根も全て、どす黒く朽ちていた。樹肌には無数の洞(うろ)が口を開け、一目で枯れているとわかる。
「そんな……」
 ノエルが首を横に振った。
「折角たどり着いたのに、こんなのって……」
「これじゃ、薬の材料なんて採取できそうにねえな」
 ウェルドは徒労感に襲われて、肩を落とし告げた。
「……帰ろうぜ」
「致し方ありませんね」
「そうね……」
 三人は落胆を抱えながら、浮遊する柱が待ち受ける廊下へと踵を返した。
 ノエルが呟く。
「せめて一枚でも……残ってればよかったのに……」
 退室しようとしたその時、ウェルドは耳鳴りを感じた。背後に人が立つような、気配と寒気を感じる。
 三人が同時に振り向いた。
「えっ?」
 あるはずのないものがあった。
 枯れた幹の真ん中から突き出る、若い幹と青々とした葉。
「おい、嘘だろ?」
 ウェルドも驚きを隠せなかった。
「どうして……」
 ノエルが、なかったはずの幹に近寄る。手を伸ばし、葉を摘んで、慎重に観察した。
「棘のある黄色みがかった葉柄――鋸状の葉身――傷つけると赤紫の汁を出し、ナッツの様な香りがする――信じられないわ、本で読んだ通りよ。ウェルド、これがラフメルの葉だわ。こんな事が起きるなんて……根っこまで枯れているのに……」
「ノエル、早くそれを持って帰りましょう。詳しい事は町に帰ればわかるかもしれません。サディーヤさんが待っています」
「え、ええ……」
 三人は取れるだけの葉を、両手に摘み取った。
「ウェルド、ラフメルの葉はあなた一人で取ってきた事にした方がいいでしょう」
 ジェシカたちと合流した広場に行ってみたが、あの三人は戻ってきていなかった。エレアノールが提案する。
「へっ? 何で?」
「みなさんはあなたを誤解しています。それを解くためにも、そうした方がよいでしょう。構いませんね、ノエル」
「ま、待ってくれよ! 誤解とか俺別に、そんなのどうだっていいし――ノエルにも悪いだろ」
「あたしは別に――」
「いいっていいって。変に賞賛されて、今後好きなように行動しにくくなっちまったら本末転倒だからな。でも、感謝するぜ、気ぃ遣ってくれた事」
 何となく照れくさくなり、ウェルドは時の行路図を広げた。
「か、帰ろうぜ……」
「ええ」
 エレアノールがつぶらな瞳で微笑んだ。


 
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