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所謂従軍慰安婦なるもの

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第一章

                所謂従軍慰安婦なるもの
 今も従軍慰安婦について様々な議論が行われています。当初は慰安婦の強制性があったという説が学会においても主流でしたが今はそうした説はかなり弱まり強制性はなくあくまで公娼軍用のそれであったと言われています。
 僕は間違いなく従軍慰安婦なりものは軍が民間から募集した公娼でありそこに強制的に連れてこられた人はいないと考えています。何故そう考えているかということをここで書かせてもらいたいと思います。
 この話はかなり古い話であり一九九一年末に韓国人の元従軍慰安婦だという人達が日本政府を相手取って補償要求の訴えを起こしたことがはじまりとされています。今僕の手元には西岡力氏が書かれた『日韓誤解の深淵』という本があります、その本に書いていることや豊田有恒氏の著作、これまでの『文藝春秋』や『諸君!』、『新潮45』、『正論』といった所謂保守系とされる文芸誌で藤岡信勝氏や西尾幹二氏、渡部昇一氏、谷沢永一氏、小室直樹氏といったかなり初期から慰安婦についてその強制性を否定されてきた方々の著作を参考にして書かせて頂いています。
 ここで挙げた方々はどなたも保守系と称される方々です。その為そういった方々の主張を参考にしている僕の主張も偏っていると思われる方もおられるでしょう、ですが宜しければこの文を最後まで読まれてからご判断下されば有り難いです。
 今回この論文は慰安婦問題の原点、まさに初期の段階での議論を見て検証していきたいと考えています。それで西岡氏の著作その初期から検証された作品を書かせてもらいたいと考えています。
 以上がはじまりの文章ですがまずは自分の意見を述べさせて頂きました。それでは検証をはじめさせて頂きます。
 この問題のはじまりは一九八九年に起こったとされています。今はもうない雑誌ですが朝日新聞社が発行していた『朝日ジャーナル』という雑誌がありました、学生運動が盛んな頃は運動家の学生達にかなり読まれていたそうです。
 その朝日ジャーナル五月十九日号にこうした意見広告が出されました。『日本国は朝鮮と朝鮮人に公式陳謝せよ』という題のものですがこの広告の依頼主は『朝鮮と朝鮮人に公式陳謝を百人委員会』という大分県大分市に事務局を置く組織により出されました。その意見広告の内容は今ではすっかりお馴染みとなっている主張ですが日韓併合による三十六年間の日本の植民地支配を糾弾しその奴隷的支配とやらで被害を受けた朝鮮人及び朝鮮に対して日本は公式に謝罪せよというものでした。この広告は十二月まで隔週で十五回も掲載されたとのことです。
 この主張を行った団体の構成員の一人である大分市在住の主婦、名前は伏せておきますがこの人が八十九年十十一月十九日から二十二日まで訪韓しています、その訪韓の目的はこれまた今ではありきたりのものでした。
 韓国人の中の戦争犠牲者の中から日本政府に対して謝罪と賠償を求めるという裁判を起こす原告を探すというものです、この運動は大体この頃からはじまっていますがその背景についてはこう言われています。
 当時共産圏の崩壊が誰の目にも明らかになろうとしていました、東西ドイツは統一に向かい東欧諸国は次々と民主化していきました。共産圏の総本山ソ連も危機的な状況に陥っていることが公にされていた頃です。
 共産主義とは何なのか、どういった思想であり政治システムであるのか、そのことが明らかになってきていた頃です。共産主義とは実はナチズムと変わらない全体主義でありソ連もナチス=ドイツと同じタイプの国家であることがわかってきていました。
 つまりここで資本主義対共産主義のイデオロギー対立に決着がつきました。共産主義は決して全ての人を幸せにはしない、それどころか多くの人を殺しかねない代物であることがわかってきたのです。
 このことに日本の左翼勢力が非常に、それこそ覆せないまでの打撃を受けたことは言うまでもありません。何しろ彼等の崇拝し崇め奉っている存在がユートピアではなく監獄国家であると露呈してしまったのです。
 日本の左翼勢力はこの変化、激変と言ってもいい状況に打つ手を未来、現実政治にも経済にも見出すことは出来ませんでした。共産主義での政治及び経済の仕方で東欧諸国もソ連も絶望的な状況に陥り西側諸国と比べると貧富の差どころかお話にならないまで発展していなかったのですから。それは東西ドイツで残酷なまでに出ていました。同じドイツであるのに東側の優等生と言われた東ドイツと西側で最も立派だと言われた西ドイツの差は東ドイツの市民が西に行ってガムやバナナを家族で夢を見ている様な顔で口にしていることに出てしまっていたのです。
 これでは左翼勢力は何も語れません、政治も経済も。現在のことと未来のことは何も語れなくなりました。しかし彼等はこれで終わった訳ではありませんでした。
 彼等にしてみれば何としても生き残らねばなりません、それで目をつけたのは過去です、過去の歴史についてでした。
 歴史を学んだことのある方ならお聞きになられたことがあるかも知れませんが唯物史観というものがあります、所謂マルクス主義的歴史観です。共産主義はあらゆる学問をその思想の下に置こうとする傾向が強くそれは歴史学にも及んでいたのです。尚このことは教育学や法学にも及んでおりこのこともまた慰安婦の件に深刻な影響を及ぼしたことを前以て書かせてもらいます。 
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