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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§36 智慧の女神はかく語る

 
前書き
アニメカンピ最終話見て一言(何

おい戦士の権能ちょっと待てー!?


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「……馬鹿な」

 絶句するアンドレアを余所に、影の中へ黎斗は自身の腕を沈ませる。

「さて、とお次は~」

 影を開く。幽世にある、自身の倉庫と直結させて、そこから人を取りだしていく。老若男女、お構いなしにぼんぼん投げていくので、人の山があっという間に出来上がった。

「マスター」

「ん?」

 背後に目をやると、エルがもぞもぞと人の山から抜け出す光景が目に入る。必死すぎるその光景になんだか笑いが込み上げる。

「こんなに積まないでください。下の方はつぶれます」

「……ははっ」

 流れるような紫苑の長髪は大勢にもみくちゃにされてしまいボサボサだ。服もあちこちが伸びたりずれたり汚れたり。彼女の美貌と服の残念さが絶妙にマッチしている。これはこれでアリではなかろうか、などとダメな方へ思考が逸れる。

「何がおかしいんですか!」

 なんか良く似合ってるから、などと言ってしまえばこの狐さまはへそを曲げてしまうだろう。口は災いの元、だ。

「随分と随分な事に巻き込まれているようだな、古き王よ」

「「!?」」

 闇に響き渡る可憐な声。アンドレアも、エルも動きが止まる。全てが静止した世界の中、黎斗はゆっくりと振り向いた。予想通り背後にいたのは銀の髪を短く揃えた美しき少女。

「ホントだよ。ってかさ、面倒って認識してるんなら手伝ってくんない?」

 彼女は護堂を倒した後に黎斗に挑むと言っていた。だからおそらく襲ってこない。これは予想でしかないので、もし襲ってきたら、と思うと心臓に悪い。軽口を叩いてみて、様子見。これで敵意を出してくるなら戦いは避けられない。もし戦いになってしまった場合はアンドレアにエルに飛行機の乗客の皆さんに、と守る者が多すぎて正直キツい。

(糸使っても見切られる、かな。権能使われたら守りきれない)

 石化の魔眼などここで使われてしまっては一大事だ。この状況下でアテナと戦いたくはない。

「……一人でこの量はしんどいんだけど」

 内心びくつきながら、それを表情に出さないように意識して抑える。アテナに悟られる訳にはいかない。

「そう恐れるな王よ。まだ我らの再戦の時ではない。草薙護堂を倒した後に、長きにわたる因縁に決着をつけようではないか。――今度は逃げるなよ?」

「……三十六計逃げるにしかずって言葉があってだねぇ。戦闘する暇あったら逃げるよ僕は」

 内心の恐れをあっさり見抜かれ動揺するも、戦意が無いことを知り安心する。ついでにへらず口が飛び出てしまったが、まぁ許容範囲内だろう。

「これはこれは。長き時を流浪した、数多の神を屠ってきた、いと古き王とは思えぬ弱気な発言だな?」

 はたしてそれは揶揄か、挑発か。笑いを含んだ彼女の声はそれらよりも、疑問の色が強い。彼女が思うのは、初めて彼と戦ったあの日――





――数百年前。欧州のとある森林。

「くそっ!! なんだよこれ!?」

 黎斗は必死に走って逃げていた。後ろを振り向き一睨み。彼の両目は淡く輝き、周囲の呪術を消去する。彼の瞳は彼に許可のない術の発動を許さない。襲いくる蛇は一瞬にして存在を失い消滅した。そのまま更に駆け抜ける。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 流浪の守護を展開、これで追跡者は黎斗の痕跡を辿ることは叶わない。目視以外の手段で黎斗を捉えることなど出来はしない。たとえ相手が智慧の女神(アテナ)だとしても。

「ぐっ……いたた……」

 腹から流れる血がようやく止まらない。なんだあの女神様、滅茶苦茶強いではないか。もう泣きたい。二振りの剣を持って挑んだが鎧袖一触だった。五体満足で逃亡できたのは一種の奇跡だろう。避けるタイミングが一秒でも遅かったら左手などは身体から離れてどこかへ飛んで行ったに違いない。

「素人の付け焼刃程度では神の相手になりはしない、か」

 半世紀くらいは剣術をひたすら学んでいたのだが、まだ絶対的な壁がある。大騎士とも数号程度なら打ち合える力量になったのだが、それでは甘いのか。

「無理ゲーだろおい」

 はぐれ魔術師を探して弟子入りしてみるか、などと現実逃避をしつつ周囲に追跡者が迫っていないことを確認、ようやく腰をつけて一休みだ。

「残り呪力も三割強ってところだしなぁ。無理。どうあがいても勝てん。無事に逃げ切れるといいんだけど」

 息を整えようとしている黎斗の頭上を数羽の梟が飛んでいく。アテナめ。とうとう人海戦術で探し始めたか。無事に逃げ切るにはどこまで行けば良いのだろう? 

「ラファエルと連チャンになったのが運の尽き、ってか?」

 影から古ぼけた槍を取り出す。天使(ラファエル)を殺めた時に彼が持っていた槍だ。彼は後生大事に持っていたが、黎斗にはこれがそんな価値ある物だとは思えない。柄は凸凹で黴が生えている。変色もしているしひび割れもある。穂先はといえば錆びつきところどころが欠けている。少し力を入れるだけでぱらぱらと粉が落ちてくる始末だ。これで重要なものだと思えようか、いや思えない。ラファエルが大事にしていたから何かあるのかもしれない、と思い持っているだけだ。

「はぁ。これ振ったら相手が吹き飛ぶ、とかないかなぁ……」

 脂汗を拭いながら、手で弄ぶ。あの梟がいってそれなりに時間が経過した。そろそろまた強行軍を始めよう。そう思った矢先。

「見つけたぞ」

 目の前には可憐な美少女。人を超越したような美貌の少女が人であるはずもない。第一、人間だったらここまで必死に逃亡する必要もない。

「うっそ。アテナさんや。早すぎだろ……」

 絶望しかない。こちらは満身創痍であちらは無傷。最初の権能は未だに完全把握出来ておらず、呪力消費も激しい。ここで使えば十中八九呪力切れを起こす。こんな森の中で呪力切れを起こそうものなら身体強化も出来ず森から出られなくなる。狩りも出来なくなるので食料も無くなる。待つのは死だ。つまり、使える手札(チカラ)はサリエル、ディオニュソス、ラファエルのみ。

(どうしようもねぇ……)

 ここまでか。一瞬諦観が頭をよぎるもその考えを振り払う。

(日本に、帰るんだ)

 既に心身ともに色々なことでずたぼろだけど、それだけは諦めるわけにはいかない。

「意を決したか。良い顔をするではないか。それでなくては妾の相手は務まらぬ」

「何でここがわかった?」

 微笑むアテナの顔が一瞬にして呆れを含むものに変貌する。

「……貴方はふざけているのか? 貴方の逃げた方向へ妾はそのまま向かっただけだぞ? 貴方が智慧を絞り逃亡したのか、と思い逃亡先を推測しようと追ってきたのだ」

 一端口が閉じられる。怒気を孕んだ声が、黎斗の耳朶をうつ。

「ところが貴方がここにいるではないか。妾は嬉しかったぞ。逃亡を辞め、妾と戦う覚悟を決めてここで待っていたのかと。だがその言い方では違うようだな。これで妾を撒けると本気で思っていたのか? 妾を侮辱するのも大概にしろ神殺し!!」

「うっ!」

 勢いよく振るわれる鎌。何気ないその一振りは衝撃波を起こし、黎斗を背後へ吹き飛ばす。勢い良く大樹に叩きつけられた黎斗は一瞬呼吸が止まり意識を失いかけた。

「くっ……」

 身体能力、戦闘経験、権能の攻撃性能。全てにおいて圧倒的に女神(アテナ)は黎斗の数段先をいっている。勝ち目など、ある筈が無い。だが、だからと言って己が命を諦めることなど出来はしない。

「経口摂取って言って、れーと達神殺しに術を掛ける時の手段の一つよ」

 思い出すのは義母(パンドラ)の言っていた言葉。そして、ディオニュソスの権能、葡萄酒の誘惑(マイナデス)。これに賭ける。

「うおおおお!!」

 僅かな呪力を足に込め、アテナに突撃。

「ふっきれたか。採った選択肢が突撃とはな。ならば妾の武を今一度貴方に見せよう!!」

 アテナの鎌が振るわれる。それに対するは右手に持つ木の棒、もといおんぼろな槍。こちらにも呪力を込め、思いっきり鎌にぶつける。砕けても良い。槍と右腕で鎌という脅威を数秒、抑えるのが目的なのだから。

「……久々の世界か……」

 声がした、気がした。文字通り生死が懸かっており必死な黎斗は気付かない。気付いたのは、対戦者の方。

「馬鹿な!? 聖槍だと!?」

 黎斗の呪力に反応した槍は砕け散り、内側からもう一つの槍が姿を見せる。こちらも年紀を感じさせる一品だが、纏う気配は明らかに異なる。神々しさと禍々しさを内包した、神にのみ振るうことを許された神槍。

「はぁ!!」

「しまっ……!!」

 一瞬拮抗したアテナの鎌と黎斗の槍だが、予想外の事態に驚愕したアテナを必死な黎斗が押し込むことに成功する。宙高く舞う漆黒の鎌。

「小癪な!!」

 アテナの瞳が不気味な色を灯すが、瞳に異能が宿っているのは黎斗にとっても同じ事。邪眼がアテナの闇を払い、石化の呪いを解き放つ。

「あああああああああああ!!!」

「がぁ!」

 今度は大樹に黎斗がアテナを押し付ける。黎斗の左手が、アテナの口へ侵入する。

「んー! んー!!」

「全てを忘れよ。全てに興じよ。我は心を汚す者。一時の酔いよ、全てを狂わせ破滅へ導け!!」

「ん、んー!!  んー!!」

 アテナの口から、彼女の必死な抵抗が漏れて伝わる。左手を食いちぎらんと暴れるも、ロンギヌスの治癒力が黎斗の傷を癒していく。

「ああああああああ!!」

「ーーーーーー!!!」

 叫ぶ黎斗の左腕が、か弱い少女を、蹂躪する。彼女の想いを塗り替え、彼女の力に鍵を掛け、彼女の記憶に異物を捩じ込み書き換える。必死な神の抵抗も、口から直接注ぎ込まれる呪いに対してはあまり効力を現さない。ビクンビクンと痙攣していた女神の身体が、少しずつ動くのをやめていく。陥落まで、もう一息か。

「んー!!」

「うわっ!!」

 闇が、爆ぜた。女神アテナの最後の矜持、というべきか。爆風に飛ばされた黎斗はあっけなくアテナから引き離される。

「マズっ……!!」

 距離を離されるのは拙い。完全に終わるまで洗脳を続けなければ。そう思い相手の方を見ると、何事も無かったかのように立ち上がる女神。

「マジかよ……効いてないのか……?」

「うぅ……」

 黎斗の脳裏を絶望が走るが、アテナがふらついているのを見て、考えを改める。大丈夫、効いていないわけではない。ならば、黎斗の取れる手段はただ一つ。

「おおお!!」

 気合を入れて全力疾走。どういうわけか(・・・・・・・)、自分の傷は全て癒えている。ならば、全力で走れば逃げ切れるかもしれない。もう呪力は一割も無い。武芸の心得も皆無な黎斗がアテナと打ち合えるはずもない。戦うことは不可能だ。

「頼む、追ってくるなよ……!!」

 黎斗の願いが通じたのだろうか。果たしてアテナは追っては来なかった。両者が再び会いまみえるのは、気の遠くなるほどの年月を重ねた、遥か極東の島国にて――






あの時(・・・)も、何故とどめの一撃をささなかった? 忌々しい酒神の力で妾の力を封じたあの時、貴方は妾を殺すこともできた筈だ」

 当時ディオニュソスの権能を碌に掌握していなかった黎斗にとってはアテナを戦闘不能に出来た保証は全く無く、戦闘続行も不可能と判断して逃亡したのだが、アテナから見れば自身の力を封じ勝利を目前にしたところで消えたのだ。疑問に思うのも無理はない。

「……封印できてたんだ」

 黎斗の漏らした呟きを聞き、アテナはようやく合点がいったとばかりに納得する。

「あぁ。そういうことか。古き王よ、貴方は妾を封印できている自信が無く、余力も無かったから逃亡したのか。安心しろ、封印は完璧だったぞ。妾が貴方の呪縛から解き放たれたのはつい最近だ」

 最近解放された封印。なんか嫌な予感がする。

「……もしかしてゴルゴネイオンが関係していたりする?」

 恐る恐る、といった黎斗に構うことなくアテナは告げる。

「当たり前だろう。貴方は何を言っているのだ? アレを用いて、ようやく妾は貴方の呪縛から逃れられたのだぞ」

 アテナの被害に遭った皆さん、本当にごめんなさい。原因に僕一枚、噛んでました。

「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 黎斗の絶叫が、夜の海に鳴り響いた。 
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