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水辺の菖蒲

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第二章

「白川君、部活のことだけれど」
「部活?」
 二人は同じ部活だ、文芸部に所属しているのだ。美里はその部活のことを彼に話してきたのだ。
「部活で何かあったの?」
 光弘は何とか己の気持ちを抑えながら美里に応える。
「一体」
「ええ、会誌に何を書くの?」
「戯作だけれど」
「戯作なの」
「そう、シェークスピアみたいなのをね」
「今書いてるの」
「もう書き終わったよ」
 このことは本当だ、彼は速筆なのだ。
「後は部長さんに出すだけだよ」
「そうなのね」
「うん、夏目さんはどうなったの?」
 己の気持ちを相手に気付かれない為にあえて美里に言うのだった。
「何を書くんだったっけ」
「私は詩なの」
 美里はそれだとだ、光弘に答えた。
「詩を頼まれてるの」
「そうだったんだ」
「あと少しで出来るわ」
 美里は微笑んで光弘に答えた。
「私もね」
「そうなんだ」
「出来たらね」
 その時はというと。
「部長さんに出すから」
「締切はまだもう少し先だけれどね」
「五日後だからね」
 二人の基準からすれば先である。
「もう少しよね」
「何かお互い早く終わったね」
「私はいつもぎりぎりだから」
 美里は顔を俯けさせてこう言った。
「今回間に合いそうで嬉しいわ」
「詩もうすぐなんだ」
「そう、もうすぐでね」
 書けそうだというのだ。
「何よりよ」
「それでどんな詩なのかな」
 ここでだ、こう尋ねた光弘だった。
「夏目さんの詩は」
「えっ?」
「だから。どんな詩なのかな」
 こう美里に問うたのだ。
「それで」
「それは」
 急に口ごもった美里だった。
 だが視線を一瞬左にやってからだ、こう光弘に答えた。
「恋愛なの」
「それがテーマなんだ」
「それで書いてみたの」
「そうなんだ」
「そう、もうすぐ部長さんに出すから」
「部長さんも待ってるしね」
 締切を守ってもらう立場としては当然のことである。
「書く方も急がないとね」
「そうなのよね、じゃあね」
「そっちも頑張ってね」
「ええ」
 光弘は何とか隠すことが出来た、しかし相手の気持ちには気付いていない。
 それで美里と別れてからだ、こう一人で思うのだった。
「言う為にも」
 是非にと思うのだった、そうして。
 満月の夜にだ、彼はこっそりと家を出た、そうして。 
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