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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第16話「私とチンピラとオークの僧侶」

イダが階段を降りて酒場に入ると、すぐそれは目に入った。

大きな大きな後ろ姿。自分たちが宿に入るためにくぐったドアでは

到底通れそうにないほどの大きな背中が目に入った。

よく見ると、人間用の扉の少し離れた場所に観音開きタイプの

もう一つのドアがあることに彼女は気がつく。資材搬入用では無さそうだ。

それにしては小さめな印象を受けるから、としか言えないからだが。

そう思いながら後ろ姿を見やる。

彼?の身長は3mほどだろうか。その風体で僧侶ではないかと想像することができた。

ツルツルに剃った頭。そしてどこか和洋折衷を思わせる青の法衣を身に着けている。

座る椅子もまた大きく、机の上のジョッキがコップにしか見えない。

その椅子に立てかけてあるのは、袋に入った巨大な棒。

(…もしかして、モーニングスター、とか?)

ありえないことではない。この国では中世レベルの貴族が軍を持つ制度は

廃されて久しく、国家の意志のもと統一された軍隊がある。

はっきりと警察というわけではないが、それぞれの町や村には駐在の警備兵が常駐し、

治安を守っている。しかし表向き統制はとれているが、それは村や町の中だけだ。

魔物が存在しているという一点において、個人の武装は許されている。

火縄銃や大筒は対人戦闘には役に立つが、熊並みの筋肉を持つ魔物は多く、

急所を狙えないのなら意味は無いからだ。それが中世を脱したはずのこの国で

冒険者という何でも屋的な職業が存続できている理由である。

そして、神官…個人に力を貸さない神々に仕える人々は神の力をおのれのために

使えないがゆえに戦士や魔素魔導師、精霊使いの修行をしているものもいるのだ。

「…ずいぶん大きい人だね、ストラ。こんなひと見たこと無い」

イダは小声でそう言うと、ストランディンがやはり小声で

「うん。暗くてよくわかんないけどオークじゃないかなあ。オークの僧侶さん。

珍しいけど、こんな夜中に酒場で何してんだろうね」

オーク。イダはその言葉に驚きを覚えたが、やっぱりそっと彼女に聞いてみた。

「…オークって…どんな種族なの?この国にはあんまりいないよね」

そう。そしてもう一つ。でも、言わないでおこうと思ったこともある。

つまり、彼女の知る多くの幻想物語ではオークとは豚の顔を持つ巨人ないし大男で、

人間やエルフと敵対していたはずだからだ。

「そうだね。あの森出身じゃ知らないのも当然かな。オークの国は大陸の西方にしかなくて

ほとんどのオークはそっちに住んでるから」

リックに対して私からも説教したい。ストランディンはそう思いながら答えを紡いでいく。

「オークってのは、主に鉱山や樫の木が生える森で生活する大きな種族のこと。

二十歳くらいまでは大きな人間、って感じなんだけど、それを超えると顔が豚みたいに

なっていくのよ。男だけね。40超えると、ほとんど豚って感じ。

昔は呪いだと思われてたらしいよ」

なるほど、とイダは頷く。驚いたことには驚いたが、エルフも多くの幻想物語に

あるような満遍なく閉鎖的な種族ではない、ということからも想像はできたので

何も言うことはなかった。

「…あの法衣は『黒く超越する空色』の神官戦士のだね。

青だから、槍か杖術の修行をしてるはず」

そしてストランディンは『黒く超越する空色』の神官戦士が着る法衣には

「素手の赤」、「槍と杖の青」、「魔法と弓の緑」、「剣の紫」の4種がある、と語った。

「青だから槍か杖。それもあの巨体だし…相当強いよ。多分」

イダはストランディンの評に感心しながら開いている席につく。

「…オークの中でも大きいの?」

「普通はあの4分の3くらいかな。うちにいるオークの料理人さんの話だと」

ストランディンはそう言って、カウンターの女将に「ホットミルク二つくださーい」と

大声で注文を入れた。

「アレで大きい方なんだ…ふーむ…なるほどねえ」

イダは腰のナイフをいじりながらそう言って目をちらりとオークの僧侶の方へと向けた。

(―――なんだか寂しそうな感じなんだけどねえ)

確かに筋肉はたくましくそれ以上に肉付きもよく、背のものすごく高い力士のようだが、

なぜか寂しそうに丸めた背中と手に持ったエール入りのコップ…いやジョッキが

疲れたサラリーマンのおっさんが居酒屋でクダを巻いている様子を思わせてしまう。

…いやあ、15の世間知らずの少女が考えることじゃないわなあ…

イダは「たはは」と笑って考えを打ち消した。

「あいよ、ホットミルク二つでいいんだね?他に注文はないのかい?」

机にミルクが置かれ、恰幅のいい女将さんがそう言って笑った。

「あ…じゃあ、何かつまめるものを…チーズとか、あります?」

イダが言うと、「目が高いねえ。いいよ、チーズとベーコンの和え物ならすぐできる」

と女将さんは追加が入ったことにあからさまな喜びを浮かべる。

「じゃあ、それ一皿ともしあったら砂糖を少し。黒砂糖で構いません」

女将はその言葉に一つ頷くとニヤリと笑って奥へと引っ込んだ。

少し嫌らしい笑みだったかもしれない。なんて思ったのは気のせいだ。

(日本での接客が異常なんだ。何がお客様は神様です、だよ。あれは仕事の気構えで

客の傲慢を許容する意味じゃないのよ、まったく)

前の世界のことを思い出して少し鬱になる。営業の大風呂敷や客の横暴で泣くのはいつも

現場で作業する人間だ。それはきっとこの世界でも変わらないんだろうと思った。

だから、私は謙虚に生きなければ、とイダは思う。

(女将さんの態度だって、当たり前のことだ。そういうもんだと思わなきゃいけない。

でも、あの笑顔がどうしても引っかかった。はて、私はどうしてあんな目で…

品定めでもするような目で見られたんだろう。まさか)

彼女が昔読んだファンタジー漫画で、泊まった宿が人身売買もしていた、という

オルレアンの噂みたい話は確かにあったが、こんな大勢がいる場所、

しかも父親もいる場所でそんなことはありえないはずだ。

…だとするなら、どういうことなんだろう。わからない。

イダがそう思っていると、ストランディンはミルクを口にしながら笑う。

「―――鼻の効く人っているから。そういうことでしょ?」

薄く苦味を我慢するような顔で笑う彼女に、イダは思い当たる。

(…なるほど。ドライベールさんと商売してきたこと、見てた人がいたのね。

或いは、袋がなくなってたから商売してきて金があると踏んだか)

それなら別に構わない。そうであるなら、さっさと料理を片付けて上に戻るだけだ。

「…」

スっとイダの脇をフードをかぶった男が通りすぎる。何をするでもなく通りすぎる。

通り過ぎた影はそのまま小さい方の扉を開けて足早に去っていく。

そう。イダの思いが定まったのを見計らったように、一つ影が宿から出ていったことに

彼女も男爵の娘も気づくことはなかった…



―――如何に気をつけていようとも、そういう時は往々にあるものだ。

イダはそれを今思い知っていた。いかにもチンピラ風の男が二人、彼女らの座る席に

突然強引に相席しようとしてきたのである。

―――低脂肪乳なんて飲めると思わなかったから楽しんでたのに、何こいつら。

イダの目のクマが濃さを増したようにストランディンには思えた。

少なくとも、そのジト目とクマの濃さが彼女の不機嫌を表しているのは確かだろう。

「よう、お嬢ちゃん。同席させてもらっていいか?悪いこたしねえからよお」

「…わかりました。席が空いてるようなので、移動します。ストラ、行こう」

品のない言葉にイダは呆れ気味にそう返した。下手な挑発をしてはダメ、ということは

イダも十分承知していたが挑発にならないよう穏やかに穏やかに笑みさえ浮かべて

言葉をひねり出した。まあ、こんなんじゃ引き下がらないだろうと思いながら。

「そうじゃねえんだよ。お嬢さんがたと飲みてえんだよ。なあ」

「そうだそうだ!いいじゃねえか、あんだろ?」

…何を言いたいのかよくわかった。こいつも女将さんと同じく、自分たちを見ていたな。

リックと離れたところをどうにかするつもりだったに違いない。浅はかすぎる。

イダは一つため息をつくと、「いえ私達にはそんなつもりはありません。

お酌して欲しいのなら、それ専門の方が居ると思うのでお金を出してそちらへどうぞ」

わずかに苛立ちを込めながらそう言った。ストランディンが何か言いたそうだが、

それは手で制している。彼女は既に手にこっそりと手甲をはめている。

…いきなりケンカはまずいでしょう。イダはそう思いながら話を続けた。

「子供に何をさせようっていうんですか。私、娼婦でもなきゃホステスでもありません」

「だとっら!!っとばすぞあぁ!?」「ってんじゃねっぞ!?あぁ!」

何を言っているかわからない。日本語で言えば、ヤンキー語とでも言うべき

呂律の回っていないバカな口調でチンピラは喚き出す。

そして、彼らは目の前のミルクの入った陶器のコップを手で払い落とす。

―――がしゃあああああああああん!!びしゃっ!

勢い良く壁にたたきつけられたコップは盛大な破砕音を上げてばらばらになり、

その中身はぶちまけられイダの顔にベッタリと引っかぶさってしまった。

「な…な…な…何すんのよ、このあんぽんたん!!」

イダの怒りの声が酒場を貫く。頭だけじゃない。服もズボンもミルクで濡れてしまった。

「はっ!いいカッコじゃねえか!?なめてんじゃねえぞクソガキャア!」

「何がいいカッコじゃこらあ!?なめてんのはそっちじゃボケえ!!」

イダは低く大きな声で叫ぶ。ストランディンが拳を構えて、援護の体制に入った。

…一触即発。一撃激発しておかしくない状況がしばし流れる。

周りの少なくない客も黙ってその状況を見ていた。

…これが大人同士であれば、ケンカだケンカと見世物にする冒険者達も、

さすがに子供相手にこの態度はドン引き、といった所だろう。

ダンダンと階段を忙しく駆け下りてくる音がする。それが何かわからないが、

グウェンか父親だったら助かる、とイダは思いながら胸のベリドットに祈りを注いだ。

…と、その時のことだった

「―――まあ、待ちなさい。みんな楽しく飲んでいるのです。

そんなところで子供をいじめるんじゃありません。虐めて良いのは人に害をなす魔物のみ。

例え魔物といえど、我々に害をなさないものであれば手を出すべきではないのです」

…低く潰れてはいるが、朗々とした声が酒場に響いたのと、

桃色のグラスランナーが酒場にたどり着いたのは、ほぼ同時だったのだった。



「だとこらあ!?豚の坊主が何ぬかしてんだオラア!?」

チンピラはその声の主に向き直ると、そう言ってナイフを取り出して構えた。

同時に、もう一人の方も腰に挿したロングソードを抜き放った。

「…しかも殺生までしようというのですか。なんと罪深い」

振り向いたその顔は本当に巨大な豚、といった風情だ。

口元に生やしたカイゼル髭がなければ、本当に唯の豚にしか見えない。

典型的な純血オーク男性であった。豚のような顔とカイゼル髭。

そして頭頂にちょこんと生えた毛が彼らの特徴である。

その証拠に、剃った頭は青光りをしてそこに毛根があることを示していた。

チンピラの激昂にも慌てず騒がず、オークの僧侶は訥々と彼らを諭してく。

「いいですか?殺生は食べるために以外には本当はしていけないのです。

それも最低限にするべきだ。そうでなければ必ず苦しむものが出てくるのです」

オークの僧侶はそこまで言うと、「引き下がりなさい。子供を怖がらせるものじゃない」と

真顔で言った。だいぶ酒が入っているのだろう。その顔は真っ赤だ。

「っるっせなあ!!殺ンぞコラア!?」

ナイフを腰溜めに構えて、オークの僧侶へ突進の構えを見せたチンピラAに

途端に周囲がざわめきだした。最早止めなければ本当に刃傷沙汰になりかねない。

脅すための刃ではなく、殺すための刃だと、皆が感じていた。

そのため周りの冒険者達もスット立ち上がろうとしているものも見られ、

いつの間にかイダの隣にいたグウェンも「イダ。後ろっから刺し殺すけど、いいよにぇ?」

と聞いてくる。

「グウェン…それはやめて。叩きのめすくらいで…」

イダがそこまで言ったと同時に、オークの僧侶は彼らの言葉を反芻した結果が

それだったか、足元の包を開く。中から出てきたのは、凶悪な棘が無数についた

鉄か…あるいは別のものか。間違いなく金属の棒だった。

「これ以上狼藉を働くというのならば、これを使わせて頂きますがいいですか?」

オークの僧侶は悲しげな口調でそう警告すると、その棒をブン、と室内の調度に

激突しないように一振りした。一振りしたその棒は風を起こしてチンピラどもを圧倒する。

「…どうします。生き恥をさらすこと、ここで神の身許に召されること…

どちらかを選んで頂きます」

冷たく言い放ち、そして息を整える。

赤ら顔の彼はまるで赤鬼のような形相で、チンピラどもを睨めつけていた。

イダはその姿に、豚と言うよりも悪鬼のようなものを垣間みた、

その形相に恐れをなしたチンピラは、「くそっ!覚えてやがれ!!」とテンプレセリフを

放って、勘定を済ませるとすごすごと店を出ていった。

「―――ふう、危なかった。どうです、お嬢さんたち。怪我はありませんか?」

チンピラを一瞬憐れみの表情で見て、そしてオークの僧侶は彼女らに向き直った。

どこか魅力的な笑みだ。なるほど、確かに豚の顔をしていようとこれはお坊様だ。

引き取り先の親戚が世話になっていた住職もこんな笑みを浮かべていたものだ、

と彼女は前の世界を思い出して嘆息し、そして安心する。

「いえ、大丈夫です。危ない所をありがとうございました」「ありがとうございましたッ!」

イダとストランディンはぺこりと頭を下げる。

頭を下げて、グウェンがニッコリ笑っているのを見てしまった。

「…ちょっとグウェンさん?なんで笑ってるんですか?」

ストランディンの率直な問に、やはり率直勝つ簡潔にグウェンは答えた。

「知り合いだからにゃ。よーっす、久しぶりシドぉ♪3年ぶりぃ♪♪」

桃色のグラスランナーの言葉に、シドと呼ばれたオークは顔を一瞬驚きで歪め、

そしてイダやストランディンの驚きの声を聞きながら、

「おお、グウェン。奇遇ですねえ、こんなところで合うとは」

と答えたのだった。



続く。 
 

 
後書き
オルレアンのうわさ

 オルレアンという街が発信源とされる都市伝説。

 あるブティックの試着室に隠し部屋があり、若い女性がそこでさらわれるというもの。

 当初の舞台は実在のブティックだった。

 暴動にまで発展しかけたが、マスコミの報道で沈静化した。

 当時そのブティックを経営していた男性がユダヤ人だったため、

 反ユダヤ感情も噂の背景にあるのではないか、と言われている。

 勿論あくまでも噂であり、拉致その他犯罪的な事実は存在ない。

 日本に伝来した後、中国の「人豚」という刑罰、 江戸~昭和の日本における

 見世物小屋(での障害者の芸)のイメージが合わさり、

 「ダルマ女」という都市伝説にジョグレス進化した。

詳細はWikipedia辺りでどうぞ。

人豚とダルマ女については調べることをお勧めできません。自己責任で。 
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