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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第13話「私、商会の人に会う」

カザリ商会は帝国でも有数の大商会の一つで、その規模は全国に及んでいる。

その販売網は手広く、箸から兵器までなんでも扱っていた。

商会の持つ工房では、国外持出しが原則禁止されている火縄銃や大筒も制作している。

他にも大きな商会はいくつかあるが、それらに比べて死の商人に近い立ち位置にあるのが

カザリ商会である。無論、その関係上冒険者達の持つ武具を制作する工房ギルドにも

強い影響力を持っているのだ。

リックの友人ドライベールは、その支店を任されている男で、かつてリックと同じく

冒険者をしていた男である。

その男は、リックの目と目の前の袋を交互に見やり、目をパチクリさせている。

「…どこで手に入れたんですか、こんなもの。密輸ですか?」

「おいおい、人聞きの悪い事言うんじゃない。れっきとした「エルフからの」贈り物だぜ」

咎める口調に平然とリックはそう答えて、ニヤリと笑う。

イダのことなどおくびにも出さない。そう、男爵の娘たちにバラしたのはあくまでも

仕方がなかったからである。

「…南方の香辛料。それも、この量…特に胡椒がこれほどあるとは…むうう…」

袋の中身を慎重に調べ、二重になった顎を震わせドライベールは嘆息する。

現代日本人は知らない人も多いが、胡椒は熱帯の植物である。

日本での栽培実績はほとんどなく、現在でもほぼ全量を輸入に頼っているのだ。

こんなエピソードがある。ローマの終生独裁官ユリウス・カエサルは

若い頃海賊に捕まり、身代金を要求されたという。

だが、海賊たちが提示するつもりだった身代金の金額に

「こんな値では我が身が軽く見られる。もっと高値を要求するのだ」といちゃもんをつけ、

更にパンやワイン、リンゴなど食べ物を次々に要求していった。

そんな傲慢極まりない彼も、胡椒だけは流石に悪いと思って我慢したという。

帝政ローマの基となった、栄華と栄光を極めた王の器でさえ遠慮するもの。

古代から近世初期まで、胡椒はそれ程に貴重な物資であり、防腐効果と食味の改善を

もたらすがゆえに戦略物資として君臨し続けていたのだ。

それは剣と魔法の世界であるこの世界でも、一般人は魔法が軽々しく使えない以上、

同じことであった。

「…禁足地から、と言いたいのですか?」

鈍い光を放ち、ドライベールの目はリックの目をまっすぐに見据える。

流れる沈黙。交わされる視線。火花が散るような時間がすぎる。

カッチン、カッチンと振り子時計の音が長く感じる。時間はそれほど過ぎてはいない…

イダはその様子にハラハラしたが、沈黙は感じていたほど長くなく終わった。

リックがフウ、と溜息をついてドライベールに言葉をかける。

「そういうことだ。あそこにゃ何があるかわからんからな。俺もくれると言われるままに

もらっただけだ。どうしてあるのか、なんて知らんよ。まあ、くれた理由だけは

想像がつくがね。俺はまだ先年の税を一ケーロスたりと払ってないからな」

リックの言葉は嘘ばかりだ。真実は税を払っていないことのみ。

だが、それが嘘でもドライベールには確かめる術は一切ない。

遣いの森の禁足地に立ち入ることは絶対にできないのだ。

もし立ち入ったなら…ドライベールもリックも、勿論グウェンもどうなるか知っている。

すなわち…二度と森の外には出られない、ということだ。

それがわかっているからこそ、安心して嘘がつけるというものだった。

「森守の連中も、俺らがいなくなっちゃ困るんだろうよ。なあ?」

グウェンはそう声をかけられて「然り然りにゃー」とおどけながら言ったのだった。

ドライベールは目を見合わせて頷くかつての仲間と桃色のグラスランナーの様子に

「また厄介事を拾ったようですね、リック…まあ、いいでしょう」と答え、

それ以上詮索はしないと言外に伝える。

「―――全部で300カサスで受け取りましょう。友人価格で」

…沈黙が、今度は壮絶な沈黙が流れた。イダも、ストランディンたちも、グウェンですら

当然リックも口を大きく開いて呆然としていた。

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!ちょっと待て!!どういうこった!

俺らが持ってきたのは30ラグロムくらいだぞ!!精々がカサス15枚ってところだろうが!」

ラグロム…は、重さの単位で概ね1.3kgとなる。おおよそ40kgを彼らは持ってきていた。

「適正価格です。胡椒の量が多いこと、特に長胡椒や処理済みの黒胡椒ではなく、

産地でとれたての緑胡椒のままである、ということが大きい。緑胡椒は珍品中の珍品。

塩漬けか酢漬けにして供するのですが、こんなものは10年に一度お目にかかれるか否か。

冒険者時代に何度か話しましたね?」

ドライベールはふう、と息を吐いて

「この品質ならば、提示した価格の数倍…カサス1000枚以上で売り込めるでしょう。

いえ、王宮に献上すべき代物かもしれません」と天を仰いで続けた。

…あ。とイダは心の中で思った。胡椒は未熟な実を乾燥させて作る黒胡椒と

完熟した実を処理して作る白胡椒、種類の違う赤胡椒や長胡椒などがある。

黒胡椒の原料になる緑の未熟な身。それはグリーンペッパーと呼ばれ、

現代ではステーキなどのソースや付け合せに使用されるものだ。

中世から近世では余程の僥倖がなければ見る機会もなかっただろう。

そりゃそうだ。なんで今まで気にしなかったんだろう。

っていうか、お父さん、お母さん、グウェン…なんで今まで気にしなかったの!?

ジェイガンまで指摘してなかったし!

イダはそう心のなかで叫んだが、その直後吐き気をもよおしてしまった。

―――おええ…こ、興奮はいかん…宿酔やべえ…

そんなイダを無視して、フェーブルとストランディンも「そういえばそうよね」という

顔をして笑っていた。

「いやあ、そういえばそうだった。俺もうっかりしてた。実物をなまじ見たことがあるのが

悪かったな…そうか、300枚…っておい。宿の建て替えどころか、御殿が建つぞ…?」

「まあ、氷の精霊魔術か知識の魔素魔法を扱える商人か冒険者か、或いはそれを依頼する

貴族、皇族以外は普通見ることも無いですしね」

リックが呆然とドライベールへ問いかけ、それに対してにべもなく言い放つドライベール。

リックはどこか恨めしげな目を彼に向け、そしてソファの背もたれに身を預けた。

「更に、クミンやコリアンダーなど、薬品や魔法の儀式でも使うものも沢山ありますし」

ドライベールの声は淡々と部屋の中に響いていった。

「わかった。その値段で売るぜ。勿論…」

「ええ。口止め料は抜いてありますよ。これは私が個人輸入したものです。その権限も

大旦那様から頂いておりますので、文句は誰にも言えません。たった今そうなりました」

疲れた声で言うリックに、今度はほくほく顔でドライベールが答えた。

そして、パンパン、と手を叩くと年若い女性…彼の血縁だろうか…

が、ドアを開けて入ってきた。

ドライベールは彼女に「商談は成立した。この紙に書いた額を持って来なさい」と言って、

「商品を受け取ってくださいね」と続ける。

女性は一瞬紙に書かれた数字を見て何を思ったかぴくりと目尻を動かすと、

コクリと頷いてイダたちが持ってきた香辛料の詰まった袋をイダから受け取った。

「失礼致します」

抑揚のない声で一言言うと、すっと部屋から出ていったのである。

そうして女性が去ると、ドライベールは商売人の顔をやめてリックに告げた。

「やれやれ…すいません。愛想のない子でして…」

リックもまたふう、と息を吐いて表情を緩め、出されていた紅茶に口をつける。

香りは強いが、渋い。あまり良い茶ではなかった。

「お前の娘か?いつのまにあんなでかい子どもがいたんだ?お前、独り身だろ?」

「まあ、そんなモノですよ。両親を亡くした子を養子として引き取っただけです。

…身内ともなれば無茶も多少は言えますし、引換に財産を残すことも出来る。

ギブアンドテイクで努力してもらっています」

どこか浮かない顔でドライベールはそういう。

「あの…何か、お知り合いの方の忘れ形見…とか」

イダが恐る恐るそう聞くと、太った商人は浮かない顔のままそれに答えた。

僅かな笑みは何を意味しているか、イダには想像はついたが、完全には分からない。

「商売の師の一人娘でしてね。盗賊に襲われて、彼女だけが生き残ったというわけです。」

その言葉にリックも沈痛な面持ちになる。

「そうか。あの爺さん、死んじまったのか…惜しい人を亡くしたな…」

「ええ。私も信じられませんでした。生き残った彼女を私が保護したとき、

ショックから失語症を患っていまして…そこから3ヶ月ほどかけて

あそこまで回復しました。医者は奇跡だと言ってますよ」

…PTSDか。師匠がそんな形で亡くなり、その娘がそんなことになってしまったら、

そりゃああんな表情になってもおかしくない。

イダはそう思い「すいません。余計なこと聞いちゃいました」と素直に謝った。

「いえいえお気になさらず。逆に気にされると辛いらしいので。

名前はチェリー。今後は関わることもあると思いますが、どうかよろしく」

ニコリと笑ってイダに言うと、ドライベールは瞑目する。

「昨年の豪雪といい、ここのところ物騒なことが起き続けているような気がします。

ウヴァの街の町長もマナの病で倒れてしまいました。盗賊は跋扈し、

この地域は兎も角…他の地域では魔物の増加も顕著になってきている…」

何かの前触れではないかと心配しています、と彼は言って冷めた茶を飲干した。

そして頭を振ると、気分を変えるかのように莞爾と微笑んで、話題を切り替える。

「それにしてもあの香辛料、私としても僥倖ですよ。もし定期的な供給があれば、

我が商会の地位も磐石になろうというものですが、それは望めないのでしょう?」

「ああ、そうだな…場合によっては可能だとは思うがな…」

リックの曖昧な返答にあからさまに落胆したような表情を浮かべたドライベールは

「でしょうねえ」と呟いて続ける。

「南方諸国…特にダグダムの血を受ける連中は、我が国や隣国マールヴァラを露骨に

敵視していますからね。香辛料は彼らの独立を保つために必要な道具。

…これが定期的に供給がある状態となれば、大きな顔をさせる理由はなくなります。」

それが残念だ、と笑ってお茶菓子に手を伸ばした。

くるみを練りこみ、余り砂糖は使っていない。クリームやバターも使用されておらず

ジャンブルと呼ばれる初期のクッキーに近いものだとイダは思った。

彼女はそのほのかに甘い味を楽しみながら、今のドライベールの言葉に、

少し疑問が生じたので素直に聞いてみることにした。

「あの、ダグダム、って何ですか?」

「はい…!?」

イダの率直な質問にドライベールは椅子からずり落ちそうになってしまった。

「ダグダムを知らないんですか?ちょっと、リック…

お嬢さんをどうするつもりなんですか?あまりにも基本的な知識が抜けていますよ!?」

ドライベールの非難する目線に、露骨に目をそらしてリックは答える。

「いやなに、外で必要な知識は15になってから覚えればいいと思ったからな。

この子が疑問に思ったこと以外は教えないようにしてるんだ。その方が平和だ」

「ただの世間知らずを育成してるだけじゃないですか!?アホですか貴方は!!」

のんきにそんなことを言うリックにドライベールはすごい剣幕で怒り出す。

…ああ、常識のたぐいなんだ。ホント適当だなあ、お父さん…

イダは内心呆れながら、二人が落ち着くのを待つことにした。

「…いつもこうなの?」「いつもこうにゃ」「大変ですね…」

後ろから聞こえる少女たちの声を聴くまいと考えながら…



続く。 
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