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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第12話「私、保留にしてみる」

暫しの沈黙を経て、口を開いたのは短髪の少女の方だった。

ストランディンは意を決して、「実は」と言葉を紡ぐ。紡いだ言葉は絞るように響く。

「父さんの領地、今、ちょっとやばいことになってるんだ」

そう言って、唇を噛み締める少女の様子に、フェーブルが拳を握り締める。

「…全部、去年の雪が悪いんだ。去年の豪雪のせいで…」

「…」

イダは沈黙を守り、次の言葉をその沈黙で促した。その沈黙から紡がれた事情は、

彼女の想像以上にめんどくさそうなものだった。

紡がれた言葉に描かれた情報の数々。それは…

彼女の父親は領地の税制の改善に務めていたこと。

特に先年は豪雪が予測されたため、税をかなり軽減したこと。

そして、そのために現在男爵家の財政は火の車であること。

税制の改善に長年務めていた結果、そもそも財政は苦しかったこと。

税制の改善は帝の指示で、ウヴァの街を中心とする彼女らの父親の領地は、

そのテストケースとして選ばれていたのだと。

その成果は…今のところ、芳しくはないこと。

更には改革そのものを、中央の官僚たちに疎んじられていたことを語った。

「帝の許可が特別に与えられていたことが、中央の官僚貴族の癇に障っていたみたいです。

そのせいで、こんなことに…帝は、父に信任を与えているというのに…」

悲しげに言う黒髪の少女に、イダはそのボサボサの黒髪を手で漉きながら続きを促す。

「―――こんなこと、って…?」

彼女の言葉に、フェーブルは頭を振って答えた。瞳に静かな怒りを湛えながら。

「…税制改革に反対する有力貴族…ゲンナジー公爵から、ストランディンへの縁談が

持ちだされているのです。男爵家への財政援助と引換に。

おそらく税制改革を実施する父に釘を差すためでしょう。

それだけで改革の足は遅くなってしまいます。

その上でやがて父が死ぬ、或いは弱ることとなれば改革は失敗…

我が男爵家はウヴァの街の町長を解任され、中央に戻されてしまうでしょう」

悔しさと怒りをにじませてそういう彼女は、更に続けた。

そもそも、この国は他国より遥かに技術的な面では突出していたが、それは技術のみで、

税制等については…つくしの知るかぎり、室町時代の税制に近いものであった。

近世税制に移行していないせいで、おそらくは国の財政面で厳しい部分が

出ているのだろう、と推測されるのだがはっきりとはしない。

その改善を帝…プロイスジェクの皇帝は命じたのだろうが、官僚貴族、そして旧来制度の

継続を望む領主貴族たちには邪魔なものでしかなかったのだろう。

「そこにきて父の病です。最早、我々にはゲンナジー公が仕組んだものとしか思えません」

フェーブルは唇を噛み締め、地面に目を落とす。

その瞳は、病すらライクス公爵と呼ばれる貴族の仕業であろう、と言っていた。

「…いや。マナの病は自然発症しかしない。単に運が悪かったんだろう。

それで、俺達にどうして欲しいんだ?」

リックが彼女の間違いを冷静に指摘し、そうしてその瞳を姉妹に向けると、

ストランディンが簡潔に言った。

「…縁談をぶっ壊したい。勿論、それには父さんの回復が必要だけど。私やフェーブルは

父さんの補佐官みたいなことしてるから、父さんが元気になれば無理な縁談は断れる。

その後、お金さえ何とかなればいいの。お願い、その…財政再建、に協力して!」

ストランディンの言葉をイダも、リックも、グウェンも何回か心に飲み込んで反芻した。

そして、三人は顔を見合わせ、コクリと頷く。答えは三人とも決まっているようだ。

やがて三人は一斉に口を開いた。

「お断りします」と。ごく簡潔に。



ドガラシャアアッ!

ストランディンの拳が壁にめり込んだ。一部石壁を破壊して大きな音を建てたそれは

イダ達に向けてだったか、浅はかなおのれに対してだったか。

「どうしてそうなるのよっ!その袋のこと、秘密にするって言ったのに!!」

怒りを込めてストランディンが叫んだ。あまりに冷たい三人の言葉に、怒りを隠せない。

なぜ、どうして、その想いを視線と全身に込めて彼女はイダに向けていた。

しかし、イダも負けてはいない。その言葉と視線に負けないように、

丹田に力を込めて言葉を返す。

「それが本当か判断できないから。私たちはあなた達に会ったばかりで、あなた達が

男爵家の人、って証拠すらまだ見てないし。それに、さっきの魔法が本当だとしても…」

「…だとしても?」

イダの静かな言葉に、フェーブルもまた静かに返す。

沈黙が流れ、暫し後にイダが口を開いた。

「…少なくとも、私はいきなりあんな重いことする人を信用することはできない。

私達に逃げるという選択肢を与えない方法じゃないか、と思う。

何か思惑が…話せない思惑がある、ってことを白状してるようなものだと思ってしまう」

イダは正直にそう言って、後をリックたちに任せた。

「そういうことだ。こっちを信用するには時間が短い、やらせることもまだ曖昧だ。

そんな状態で、取り返しの付かない契約をするってことがどういうことかわかってるか?

娘の力を知って何をさせたいのか、財政再建ったあどうして欲しいのか

聞かせてもらえないままはいそうですか、という訳にはいかんぞ」

瞑目して言うリックの言葉を継いで、グウェンも口を開いた。

さっきまでよりも、少しだけ辛辣な口調で。

「―――つうかにゃ、イダの力を使って財政再建、って言ったら間違いなく密輸系しょ。

香辛料とかイネとか柿とか、ここで手にはいらない物を交易品として他領に売る…

でも、東方大陸や南方諸国との貿易は制限されているにゃり」

言葉を区切って、グウェンは息を吐く。

「勿論、量が少なければばれないにゃろめ?今、この袋の中にある程度ならにゃ。

でも、少し多く売り出したらわかるにゃあ。

発覚すれば誰かがお咎めを受けることににゃる。

それじゃあ、わちきらが一方的に犯罪者にされちゃうかもしれないにゃ。

リザードマンの尻尾きりだけは、マジ勘弁してほしいにゃあ?」

グウェンはそう言って、二人の少女を睨めつけた。

「…一部はそのとおりです。ですが、それに頼らなければいけないのです。

あなた方に出会えたのは僥倖…だと思いたいのです。犯罪に近いことを行うのが嫌なら、

せめてそのバッグの中にあるものから、ヒントになるようなものを頂きたいのです…」

フェーブルの瞳から涙が溢れる。余程事態は切羽詰まっているのだろう。

でなければ、男爵家の娘が薬草をとりに来ようなどとは思わない。

しかも、彼女たちの話を信じるのなら、彼女らは男爵の補佐をしているのだ。

そんな重要な…ウヴァの街には欠かせないであろう人物がここにいる。

それはたしかに彼女たちの覚悟がなみなみならぬものであることを示していた。

…本当ことを姉妹が言っているのであれば、だが。

…なら、どうする?イダは、リックは、グウェンは自問する。

彼女たちから嘘の気配は見受けられない。だが、彼女たちの依頼も危険極まりない。

―――私、冒険者になる気無いんだけど。

―――娘を危険な目に合わせる訳にはいかない。

―――森守の仕事もあるし、めんどくさいにゃあ。

三様に答えを探し、もう一度フェーブルの言葉が紡がれる。

「…男爵家の人間であることを証明する手段は今はありません。ですが、ウヴァの街まで

来てもらえるのならば、潔白を証明することは出来るでしょう。

…確かに契約の魔法をいきなり使って、あなた方の逃げ場をなくしてしまったことは

謝る他ありません。ですが、それでも…」

「父親と家を守りたい、ってことね。OK、大体わかった」

紡がれた言葉に、イダはそう答えて「まだ時間はあるよね」とリックに問いかけた。

「ああ、勿論だ。時間がかかりそうだし、明日ドライベールに会ったら、

家に早馬を出すように頼んでおこう」

リックはそう言って、息を吐いた。まあ、お前ならそうだろう、と言わんばかりに。

「…ウヴァの街までは行くわ。それで、そこで判断する。それまでは保留よ」

イダはフェーブルとストランディンの肩に手を置く。

「…今はそれで十分です。今は…」

フェーブルの言葉に、彼女はうんうんと頷いて、グウェンのことを見やった。

グウェンもまた「乗りかかった船だし、しゃあないにゃあ」と言ってニッコリ嗤う。

三人とも考えは同じだ。いきなりヤラれた重い…自分の心をイダの秘密に差し出すという

フェーブルの行為に驚いてしまったので、彼女たちを少し試したのだ。

それでも保留ということにしたのは、やはり本当に彼女らが男爵家の娘であるかどうか

判断材料が「割りとお金のかかった装備」という一点しかなかったためである。

「…あんたらがいない間の、領地の経営はどうしてるんだ、お嬢さんがた?」

リックの声に、ストランディンが「乳母と幼馴染の士官がなんとかしてる」と答えた。

…リックはその言葉に、一瞬嫌な考えが浮かんだが、杞憂であれ、と

その考えを打ち消した。考えても仕方ないことは考えない。

それはリックも娘と同じ考え方をしていた。

「あんたらいくつ?」

突然、そんな言葉をイダは紡いだ。

「…二人共16歳よ。それがどうしたの?」

保留、という言葉を聞いて、まだ希望があると思ったか表情を緩めた二人にかけられた

その問に、ストランディンは怪訝な表情を作ってそう答えた。

…その答えにイダはまず驚いた。現代の日本人なら多くはそう思うだろう。

しかし、古くは日本でも15歳で元服し成人とみなされていたのだ。おかしくはない。

だが、そんな年の彼女たちが貴族の家を支えなければいけない、というところに、

時代の悲哀のようなものをイダは感じていた。

「そっかー、お姉さんだったんだ。私、15歳」

「え?10歳くらいにしか見えない…けど?」

ハハハー、と笑うイダにストランディンが返したその言葉。

ガスッ! 「痛ッ!?」「誰がチビだってぇ~~このロリコンがァ~~~!」

イダはちょっとムカッと来て、彼女にチョップを食らわしたのであった。

「ロリコンって何よ!?」「そんなこと、私が知るか!」「ハァ!?」

今までの空気を振り払うように、イダはストランディンに絡み始め、それを見た

リックらはそれぞれに安堵の溜息をついた。

…安堵の溜息をつくと、リックは下へ行って酒を取ってくる、と言って扉を開けた。

夜はまだ早い。残った重い空気は、酒で払拭してしまえばいい。

リックとグウェンは、無礼講として法で飲酒の禁じられた年の三人にも飲ませてしまおう。

そう考えていた。もう一度、階段を降りていくリックと、

イダとストランディンのじゃれ合いを見つめるグウェンはそう思ったのであった。



翌日、朝食を終えると、5人は連れ立って中継点の中心近くにある大きな建物を

目指していた。その建物は珍しい三階建て石造り、最近になって製法が確立されたという

無色透明の窓ガラスが見える高級感あふれるものだった。

5人はそこに入ると、早速面会の受付を行う。相手は…そう、ずっと話に登っている、

ドライベールという男だ。今、この街に滞在していることを確認すると、

しばらく待って欲しいと受付に言われたので、そのまま待つことになった。

それから1刻ほど過ぎたころ、ようやく待ち人はその場に現れたのである。

「ようこそ。カザリ商会中継点支店へ。久しぶりですね、リック」

赤い蝶ネクタイをつけた中年の男が、そのでっぷりした体型に似合わない丁寧な言葉で

リックに挨拶すると、彼に親しげに抱きあい、そして握手を交わした。

「ああ、本当に久々だな。この冬は雪がひどくてお互い住処に行けなかったからな」

リックもまた親しげにそう言って笑った。

「ええ。しかし、どうしたのです、突然。それにお嬢さんまで…」

ニコやかな、どこか貼りつけたような笑顔の男は、その頭の少ない髪の毛を掻いて

イダに目を向ける。その目には、若干の戸惑いがあったのだがリック以外は気づかない。

「ど、どうもお久しぶりです…ドライベールさん」

ニコやかに対応しようとするイダだったが、どうにもうまくいかない。

よく見るとその顔は蒼白で、目の下のくまも一段と濃い。

「ええ、お久しぶりです、イダちゃん。大きくなりましたね」

ドライベールと呼ばれたその男は、そう言ってイダを抱きしめた。

すると、すぐに彼はリックに顔を向けて、表情を消した。

「…リック。ヴァレリーさんに叱られますよ。お酒を飲ませたでしょう。

後ろのお嬢さん二人も…ああ、ああ…」

笑顔を瞬時に消して、咎めるような目線をリックに向けるドライベール。

イダはその言葉に、後ろを見た。

後ろに控えているストランディンとフェーブルも同じように青い顔をしている。

元気なのはグウェンと…リックだけだ。

―――抜かった。正直言って、このようなことになろうとは思いませんでした。

イダはそう嘆息する。広場つくしという日本人は、

当然のように酒を嗜む趣味を持っていたのだが、それはあくまで生まれ変わる前の

広場つくしという人間の趣味である。

何を言いたいのかといえば、それはイダはこの世界に生まれ変わってから初めて

お酒を飲んだ、ということであろう。同じように男爵家では躾けられていたのだろう、

ストランディンたちと同様、彼女は宿酔の苦しみを享受するしかなかった

「突然来て一体何かと思えば…どうして…いや、それはどうでもいいでしょう。、

ですが、昨日お嬢さんたちにお酒を飲ませたでしょう?何を考えているのですか?

全く、貴方という人は冒険者仲間だった頃からそうだ。

飲めないというのに、飲んだほうが楽しいの忘れられると言って人に飲ませては…」

グチグチと非難の口上を述べるドライベールを黙らせるようにリックは彼の肩を抱いて、

「まあまあ、いい儲け話を持ってきたんだ。そういうなって」と彼を見つめた。

「…ほう…?」

長年商人をしていたのだろう、瞬時に商売人の顔になった彼はリックを見つめ返し、

そして言葉を紡いだ。

「やれやれ。まあ、要件を先に聞きましょう。それが終わってからでも、再会の喜びを

分かち合うことは出来ますからね」

席に座ったドライベールは、イダたちを来客用のソファーに座るよう促した。



続く。 
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