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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第2話「私、帰ってこれた」

彼らの目の前には、普通には起き得ない光景が広がっていた。一体何があったのか…そこには緑色の車。

見たこともない鉄の車体。馬車や、今では使われていないチャリオットとは比べ物にならない。

その黒く丸い四足の車輪。その前足には哀れな盗賊が、それぞれ一人ずつ潰され事切れていた。

一人は頭蓋を叩き割られ、もう一人は背中側から潰されている。そちらの致命傷は背骨の粉砕のようだった。

「…思い知ったか!このロリコンどもめ!!」

それを行ったであろう少女は…エルフの戦士たちが捜索していた少女、彼らの恩人である宿の主人の娘イダは、

白いシャツ、同じく白いドロワーズの下着姿で、そうして荒い息をついていた。

「に、日本人だからって、殴ったりとか、殺したりとか、できないと思ったでしょ!お生憎様…」

彼女の眦が危険な色を湛えて釣り上がる。一体何があったのか。それはわからない。

「おい!おい!イダ!?なんだ、何があった!?」

彼の目には運良く車に潰されずに生き残った盗賊の姿は目に入らない。目に入ったとしても大した脅威には

思えなかっただろう。なぜなら、貴奴らは怯えきり、ナイフを片手にガタガタと震えていたからだ。

「こ、コンナ魔法使えるとか、き、聞いてねえええよぉ…」

ブルブルと全身を震わせ、抜けた腰を必死に立たそうとする盗賊だが、それは叶わない。

目の前の、今にも動き出しそうな謎の鉄車を見つめると、意気が挫けたかのようにまた腰を抜かす。

「ひっ…ひっ…ひぃっ…?!」

もう一人生き残った者はもはや言葉も出ない風情で、頭を抱えてうずくまっていた。

「…これは、いったい。なんだこの車は…イダ、イダ?」

エルフの男、それもイダのことを知っているであろう青年は妙なバッグを構え、荒い息で腰溜めに身構える少女に

そう言って近づいていく。もちろん、警戒は欠かしていない。なぜなら、彼女は彼が知るそれと、

「多少」雰囲気…いや、魔素や神素の波動が異なっていたからだ。

「…イダ?君は本当にイダなのか?一体何があったんだ!?」

頬に大きな傷を持ち、背はイダより頭二つ大きい。緑色で森に溶け込む動きやすいエルフの戦士のための服に

茶色く長年使われているであろう胸当てが着けられていた。顔は端正という他ない。

金髪碧眼の典型的なエルフの男性だった。歳の頃は、人間であればイダより5~6歳は上の印象を受ける。

…森の娘と呼ばれ、樹のように長命な彼らエルフの年齢は測りづらいものがあったが。

「ああ…よかった。ジェイガン…お久しぶり…私にも…何が、なんだか…わかんない…よ…う…」

イダは、ようやく味方を見つけた喜びか、それとも安堵からか、ジェイガンと呼ばれた青年を認めると膝を折る。

…同時に、構えていた妙なバッグは煙のように彼女の手から消えていた。

「おい!大丈夫か、イダ!グウェン!イダを連れ出す!衣服を探してくれ。モンジンとコウジンは賊を!」

ジェイガンは崩折れるイダを抱きとめると、共にいた二人の女性に賊の捕縛を促し、後から現れた野走…

グラスランナーの少女にイダの剥ぎ取られた服を探すよう指示していた。

「…カラダもペンダントも無事にゃ。よかったにぇ。金目のモンには興味なかった…ってわけじゃないなりね」

グウェンと呼ばれた少女…おおよそ見た目は10歳ほどの子供に見える。だが、彼女はこれで成人していた。

草原の種族グラスランナーは、草原での行動に適応した生態を持つ故か、人間の子供程度の大きさにしかならない。

その素早さは折り紙つきで、生まれながらの盗賊とも言える。だが、遠い昔に交わした草原の上位精霊との契約から

彼らは草の精霊以外の精霊の声を聞くことができない。これらがグラスランナーの大きな特徴だった。

「それには魔法がかかっているようだからな。慎重に扱いたかったんだろうよ。全く、いったい何が…

この車は一体何だ?わけがわからないよ」

ジェイガンの目の前の鉄車…それは、イダの手に握られているフォールディングナイフ…肥後守と同様に、

我々の世界の人間にしかわからないものであろう。それは1999年モデルの「日産マーチ」と呼ばれる車両だ。

かつて、トヨタ自動車のスターレットと人気を二分した、コンパクトカーの一つである。

…如何に軽い小さな車体とはいえ、750kg以上の重さがある。

不意に現れたそれに、頭蓋や背骨…脊椎を叩き潰されては生きていられるものではなかったということだろう。

どこからそんなものが現れたのか、それを知るものは怯える盗賊と、イダだけだ。

そんなことは知る由もないジェイガンたちは、イダと捕縛した盗賊たちを抱えてアジトの外に出る。

アジトの外に出た彼らは口笛を吹き仲間を呼び寄せた。放置されている賊の死体を回収するためである。

「まーまー、何があったのかしらんけど、無事でよかったてばさ」

怪訝な顔でイダを背負うジェイガンに、グウェンは気楽な声をかける。心配なぞするものではないよ、と。

無事だったのだから、それをよしとすべきだ、と。

「それにしても人間にしちゃおかしな趣味にゃ。こんなちんちくりんを剥いて、とかさ?」

楽しげに笑う彼女をジェイガンは窘める。

「人間にも色々な連中が居るだろう。それに、グラスランナーが言えた義理じゃないだろうに」

「そりゃ違いないわさ。にっしっしっし♪」

どこまでも楽しげに笑うグウェンに、真面目なジェイガンはため息をひとつついて、そして歩を早めた。

早く一族の恩人であるリックたちを安心させてやろう、という想いからその歩は早まるばかりであった。



イダが目を覚ますと、すぐさまリックとヴァレリーが彼女に抱きついた。

「うおおおおおおお!!良かった!良かったぞイダアアアアア!!良く無事で戻った!!」

「イダちゃん、イダちゃん、イダちゃん、イダちゃん…」

叫ぶ父、何度も何度も彼女の名前を呼びながら涙を滔々を流す母…その姿を見て、イダは心底安堵する。

「…ただいま。もう、会えないかと思った…ごめんなさい…」

彼女は何も悪くはなかろう。だが、それでもイダは謝らずにはいられなかった。

そうすることでしか、親へ心配をかけてしまったことに対して、為す術を持たなかったから。

「そんなことはどうでもいいッ!良く無事で戻った!お前がいなかったら、俺は、俺達は…ッ!」

リックが強く、強く抱きしめる。ヴァレリーも同じく、徐々に力を込めてイダを抱きしめ続けている。

「…痛いよ、お父さん、お母さん。ありがとう、ほんとうに、有難う」

そこで本当に安堵したのだろうか、イダの目から涙が零れ落ちる。滔々と、滔々と。

ジェイガンとグウェンはその光景を見ながら、ヴァレリーの淹れたお茶を二人同時に飲み干した。

二人とともにイダを救助したモンジンとコウジンの二人のエルフ女性も、お菓子をつまみながら見つめている。

「ジェイガン、グウェン…それに、コウジンさん、モンジンさん。ありがとうございます」

泣く両親を、自らも涙を流しながら宥めたイダは、4人の人間ではない人々へ向けて礼を言った。

「いや、礼を言う必要はない。ここは我らの森だ。そこで起きた問題は我らが解決する。それ故に帝国からも

独立を保てているのだからね」

ジェイガンはそう言って微笑む。整った顔立ちから放たれるオーラは、今で言えば「何このイケメン」とでも

形容するべきものだったろう。それを見て、イダもグウェンも吹き出してしまう。

「ジェイガン…ごめん、超似合わない。ぷっ…」

「真面目がとりえなのはわかるけど、そこはもう少しイダをいたわろうにゃ?普段のお前ならさあ」

イダが、涙を拭いて立ち上がりながら「もう少し取り乱してるよね。どうしたの?」と微笑む。

「…イダァ…やめてくれよ。俺ももう20歳なんだぜ。お前より5つも年上にそれはないだろ…」

瞬時、顔を引きつるように歪めさせてジェイガンは肩を落とした。げんなりした雰囲気すらある。

美しい鈍色の長髪が、瞬時に精彩を失ったように見えたのは気のせいだろうか。

「まぁまぁ、そう言うな!よし!ジェイガン、グウェン!それから、モンジンちゃんとコウジンちゃんも、

今日はここに泊まっていってくれ!ささやかだが、娘を助けてくれた礼をしたい!」

リックはおもむろに立ち上がるとそう宣言した。それにモンジンと呼ばれた金の短髪を持つ弓戦士が答える。

「…残念ですが、私とコウジンは族長への報告がありますので。ここはジェイガンだけということにしてください」

ニコやかにいうモンジンにリックは「そうか、あいつも真面目だからな」と長年の友人を語るかのように気安く

エルフの族長への感想を述べた。

「おい…報告は俺がするって…」

咎めるジェイガンの意見をモンジンとコウジンは笑いながら封じ込めた。コウジンは銀の長髪を持つ。

装いからすると精霊使いのようだ。

「気にしないでよ。一番心配して、捜索隊に是が非でも、って志願した癖に」

「そうそう。イダちゃんと一緒にいてあげなよ。幼馴染なんでしょ?昔はおむつ替えたりもしてたよねえ」

見た目はジェイガンと大差ないが、彼女らはジェイガンより歳上なのだろう。ジェイガンに有無を言わせなかった。

エルフもグラスランナーも、大人になると見た目の成長が止まるため、外見で年齢の判断はつけにくい。

「ほら、先輩たちもこう言ってるにぇ。もてなしは固辞するもんじゃないにゃ」

グウェンは、肩まで伸ばした桃色の髪の毛をいじりながら、その茶色の瞳を輝かせている。

明らかにヴァレリーの料理を期待しているのだろう。グラスランナーたちは習性上獣肉を好むのだが、

森住みのグラスランナーは動物や魔物の少ない遣いの森の中でその機会が少ない。

それに対して、森からしばらく離れたところにある冒険者達の中継点から物資を仕入れているカヴェリでは

肉料理を出すことも多い。それゆえに、グウェンは瞳をもう壮絶にらんらんと輝かせていた。

「もうひと月も肉食べてないにゃ。肉肉ーにく~!」

「ヴァレリー、そろそろイダを離してやれ。さあ、宴の準備をするぞ!」

待ちきれない、とばかりに暴れ始めるグウェンの様子を見たリックは、なお泣きじゃくるヴァレリーに促すと、

「イダ。お前にも手伝ってもらうぞ。その様子なら、大丈夫だろ?」と言って、ヴァレリーと共に抱き上げる。

その容姿に似合わず、相当の膂力だ。軽いとはいえ女性二人をまるで軽石のように持ち上げたのだから。

「わ。わっ!お父さん、やめて!恥ずかしいから!」

「…リック、リックぅ…」

リックの首にしがみつくヴァレリーと、逃げようとするイダを軽くいなしてリックは厨房へ消えていった。

それと同時に、コウジンとモンジンも席を外して宿を後にする。残されたのは目を危険な輝きで満たしたグウェンと

それをため息混じりに見つめるジェイガンだけだった。

それから6時間の間、楽しげな声がカヴェリから消えることはなかったという。



―――宴の後。

すっかりリックに酔い潰されたジェイガンに毛布をかけ、ヴァレリーをソファーに寝かせると、

未だに奥で飲み比べをしているリックとグウェンを置いて、イダは部屋へと戻っていった。

「…全く。私だけアルコール飲めないとか、不公平にも程がある」

かすかに微笑みながら、部屋の机で彼女はひとりごちた。帝国の法律は、どこか日本に似ていて、

ドワーフやオーク、リザードマンは15歳だが、人間やエルフ、グラスランナー、ゴブリンは

二十歳まで飲酒を禁じられている。

「…思い出しちゃった。どうしよ。やっぱり、探しに行かないと駄目ね。絶対見つけ出して、必ず聞き出す」

イダは…いや、広場つくしと呼ばれていた日本人はそう呟いた。

「…何あの同意書。あの時、ぶつかった女の子って、お母さん…よね。お母さんのお腹に、ぶつかって…」

私は生まれ変わった。ヴァレリーの胎内に宿った彼女は、そうして広場つくしという日本人を辞めて、

この世界の宿の娘イダとなった。だから、広場つくしでもあり、イダでもある。

「…アイデンティティが分裂しないだけ、マシか」

それに、今まで過ごした15年の歳月。それは全く悪くない。むしろ悪くない。素晴らしい日々だったと思える。

あまり味わえなかった親との交流。親戚をたらい回しにされてたせいで、ろくに出来なかった幼馴染。

穏やかな日々。ささやかな願いを、日本人だった頃と同じく、一つだけ抱いて生きる生き方。

心の奥底で望んでいたもの、今までやってきた生き方を守りながら、ここにはそれが全て存在した。

「…ファンタジーな世界なんて、あるものとも思ってなかったけど、悪くない。むしろ、いい。だから」

オーの光を浴びながら、イダはつぶやく。

「だから、もし、魔王なんてものがいるとしたら、私の望みを壊すっていうのならなんとかしないと」

それでも、勇者などという面倒な職業は拒否したい。拒否したいが、拒否できるものじゃなかったらどうしよう。

魔王だなんて…ありえない。ああ、もう。どうしよう。イライラ、イライラ、どうしようもない感情。

転生した後、記憶をなくしてずっとこの世界で生きてきた彼女にとって、もうこの世界は彼女の世界だ。

なら、と考えたところで、突然甘いものが食べたくなった。

「…日本人としての弊害よね。甘いものなんか、この世界じゃ中々ありつけないっつうの」

1日前までは絶対に感じることのなかったことだ。やはり、思い出せば少しだけ変わってしまう。仕方ない。

「砂糖なんて、夢のまた夢だしね…ああ、せめて柿が食べたい…柿食ば鐘が鳴るなり法隆寺、っと…」

どうしようもないことは考えないほうが身のためだ。寝てしまって、明日に備えよう。どちらにせよ、

今までとやることは変わらない。代わり映えのない日常に少しの変化を求めて生きていくのが正しいことだ。

そう思った時、ふと同意書に書かれていた、「ちょっとしたアイテム」のことを思い出した。

「そーいえば、アレは一体…っていうか、あれ、私の肥後守と日産マーチ…あ、そうだ!あれどうやって!?」

無我夢中でやってしまったけど、たしかにアレは生前の私の持ち物だった。

それに、そして、思い出したくもないこと。正当防衛だったし、前に旅行先で襲われた時に、拳銃で相手に

大怪我を負わせたこともある。だけど…

「…私、人殺し、しちゃったんだ」

呆然と呟く。嘘、とも思いたくない。だって、やらなきゃ、私は純潔を奪われて、そして今頃は―――

なら、アレは正しいことだった、と割り切ることも難しい。どうしようもない。どうしようもないことは―――

そこまで考えて、気持ちを切り替える。「やってしまったことはどうしようもない…わ。うん。そう思おう」と

力なく呟いて、彼女は頭を振る。そして、肥後守や日産マーチがなぜ現れたのかを考えた。

たしかに私はあのバッグから、二つの私の持ち物を取り出した。混乱の中、それだけは覚えている。

「…そういえば、あの腐れた同意書に…ええと…なんてかいてあったかな…」

詳しく思い出してみる。なんと書いてあっただろうか。ええと…そうだ。何かの力をくれる、と書いてあった。

それを思い出してみる。思い出そうとすれば、それはするすると出てきた。

それを紙に書き出してみる。帝国ではすでに活版印刷術が普及しているため、紙の量産体制も確立されていた。



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 2.貴方には。貴方が亡くなる要因となった出来事がなければ生きれた分の寿命をプラスします。

   若い時間が長くなるので、ぜひともご活用ください。

 3.ちょっとした道具を貴方に与えます。詳細は使ってみてのお楽しみです。

 ※3については、転生の場合記憶を取り戻すまで使用できません。

  更に1の内容を覚えておくことはいずれの場合も出来ません。ご了承ください。



「…1の内容超気になるんですけど」

そう毒づくと、2と3について詳しく考えてみないといけない、と思った。

「2は簡単よね。あのとんでもない病気にかからなかったら生きれた分、若い時間が長い、と」

それだけで十分な気がするが、それはそれで嬉しかった。

「ジェイガンやグウェンと長く付き合えるのはいいかも。でも、お父さんたちとは…」

ちょっと悲しくなったけど、頭を振ってその考えを追い払い、続きを考えてみた。

「3…か。多分、私の持ち物入ってたりするのかな。うーん…いでよ、あのバッグ!中に私のが入ってたら!」

バシュッ

そう思った瞬間、コーラをおもいっきり振って蓋を開けた時のような音とともに、自分の手にバッグが

出現したことをイダは感じていた。

「お、お、おおおお…おお!」

声にならない驚きの声が上がる。いくら、ファンタジー世界の常識で10年以上生きてきたとはいえ、

その常識外の物体には、やはり驚いてしまうのだろう。

「マジカ…ありえん。と、とりあえず…私のノーパソ…出ろ!」

そう思いながら、バッグに手を突っ込み、取り出すと…そこには愛用のノートパソコンの姿があった。

間違いない。これはそういうものだ。生前の持ち物を取り出すためのものなのだ!

彼女はそう結論付けると、「これは…どんな使用条件があるのか、試してみないと」と呟き、ニパッと笑う。

「あの同意書には、「自分の人生を進め」と書いてあった。なら…やってみる。私は、みんなと一緒に生きたいから」

そうだ。次の願いはそれにしよう。みんなと一緒に生きる。それが私の最大の願いになるだろう。

それを心に刻んで、そして睡魔が彼女を襲ってくる。ノートパソコンの起動については明日にしよう。

どうせバッテリーは2時間も持たないし、ネットにもつながらないだろう。なら…

そこまでで彼女の意識は眠りの世界へと旅立っていった。



こうして、普通の宿の娘イダとしての彼女の生活は終わりを告げ、異世界からの転生者広場つくしにして

普通じゃない宿の娘イダの生活が始まった。


 
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