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アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-

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第1話「私、思い出した」

アルロヴァーナ大陸。この女神の星と呼ばれる天体の北部に存在する大陸の一つ。

南のダグダム大陸と赤道を挟んで向かい合い、その間にはユーゼスニア海と呼ばれる浅い大洋とウケットモ諸島と呼ばれる点在する島々がある。

大陸の大きさはおよそ2300万平方キロメートル。2つの大国と数十の中小国家からなるその大陸の東の外れにそれはある。

東方大洋からの強烈な貿易風から穀倉地帯を守る防風林の役目も果たす鬱蒼と茂る森。

人はこの大きな森を、「遣いの森」と呼んで畏れていた。

その森の外縁部。低木が生える草原地帯との境目に、その宿屋はひっそりと存在している。

看板には…地球のいずれの言葉とも違う言語で、こう書かれていた。「森の宿カヴェリ」と。



遣いの森にはエルフと野走が住んでいるという。森の娘と呼ばれるエルフたち、そして草原の野走…グラスランナーは、

遠い昔からひとつの伝説を信じ、この森を守護していた。…この森には勇者が現れるという伝説があるのだ。

天と諸神を生みし慈愛と祈りの女神ルアクサが、世界を滅ぼす何者かを倒させるために、勇者を遣わすという

ありふれた英雄伝説がこの国…東方の大国「プロイスジェク帝国」には伝わっている。

その森に一軒だけある小さな宿カヴェリ。そこから少女の声が聞こえてくる。そう…少女の元気な…

「だから…それじゃ無理よ…お母さん…お父さん…経営感覚無さすぎ…」

元気な声は聞こえなかった!

黒髪黒目、長い髪はボサボサで一房だけ三つ編みに結われている。目の下には大きなクマ…大きなくりくりとした瞳の印象を

破壊するジットリとした印象を醸し出していた。背は低く、胸も小さい。見た目は12歳ほどだろうか?

その大きな目の下に巨大なクマを作った少女は自嘲気味につぶやく。

幅広の白いエプロン、黒いワンピースとニーソックスを身につけ、銀のペンダントを首にかけている。

その中央には、決して安物ではない宝石…ペリドットが収まっていた。

「エルフさんたちの援助に頼ってばかりで、全然お金たまらないじゃない…私の、たったひとつのお願い、忘れた?

忘れたならいいよ。別に。自分で叶えるから。もう、私15歳だし。ふん」

金髪碧眼で背が高く整った顔立ちのの父と、自分と同じ黒髪黒目…そしてどこか幼い印象を受ける母を、

まるで頭の悪い動物でも見るかのようなジットリとした瞳で続ける言葉は父母の心を大変深くえぐっていく。

「すまあああん!俺が悪かった!お前がそんなにあの変なタペストリが欲しいとは思ってなかった!」

父が絶叫しながら土下座すると、母はそんな父の方を抱いて

「イダちゃん…酷い!あのタペストリ、100年も前の代物じゃない!それに、あの…この模様も、あたし嫌いだし…高いし…その…ええと…」

母の声は徐々に小さくなっていく。イダと呼ばれた少女のジットリした目が、その湿り気を徐々に徐々に…水というか闇にように濃くして

睨みつけてきたからだ。そんな彼女は紙に…「何故か」「我々の知る言語で」「阪神」と書いて母に手渡す。

「買わなくていいから。これをシャツにでも刺繍してくれればいいから。間違ってもこっち書いたら、1年口聞かない。」

そう言って、やはり同じく「日本語で」…「巨人」と書いてビリビリに破く…なにか恨みでもあるのだろうか?

「…わかったわよう。裁縫、得意じゃないけど…でも、それってなんの模様…?よくわからないんだけど…」

「さあ…?何百年も前に、変な帽子かぶった人が作ったものらしいけど…」

私にも何がなんだかわからないけど、気に入ったのだから仕方ない、とばかりに頭を振って、その作りの悪くない…

いや、クマさえなければ美少女といっていい顔を破顔させる。

「よかった。ありがとう、お母さん。お父さんも…タペストリより、この模様が欲しいだけだったの。ごめんなさい…」

最後の言葉は謝罪混じりで、でも、確かにうれしさをにじませた少女らしい顔を見せる。

彼女の名前はイダ。森の宿カヴェリの娘。宿の主とリックとその妻ヴァレリーの自慢の娘だった。



「とりあえず無理は無理。今のままでいいなんて無理。お客さん増やさないと、エルフさんに迷惑かけまくるだけじゃない。」

それからすぐ、母親…ヴァレリーは席を外し、いそいそと裁縫道具を取り出して自分の部屋へと去っていった。

それをにこやかに見送ったイダはリックの糾弾を再開したのである。

「別に私はこの宿がダメになってもお父さんとお母さんがいればいいけど、この宿を頼りにしてる冒険者さんとか、

迷い込んでくる旅人さんとか、困るんじゃないの?エルフさんたちだって呆れるわよ。きっと。」

「いや、しかしだな…そうは言っても、こりゃほとんど趣味だ。エルフやグラスランナーが俺たちに恩を感じていてなあ…」

弁解する父親を切って捨てるかのように響くは、少女の大音声だった。

「だまらっしゃい!宿を存続させるのはお父さんの義務!そのためにはお金が必要なんです!何よ!今年の税金、滞納してるくせに!

このままじゃ脱税で逮捕されちゃうよ、お父さん!私、農奴とか絶対やだからね!」

風貌に似合わない口数でまくし立てるイダを見て、目をパチクリさせるリックを尻目に彼女は続ける。

「…別に願い事とかあんまりないけどさあ…お父さん、世の中甘く見過ぎだよ。ありえないよ。権利は義務と対になってるんだよ…」

ジト目の痛さに耐えかねたか、それとも父としての威厳を見せようとしたか。リックはその言葉におもむろに立ち上がると、

イダヘ向けて、言葉を紡ぐ。…はっきり言えば、これはいつもの光景だ。

イダが両親に何かを要求し、それに対して両親が無理難題をしかける。それがいつもの光景、というのは実に歪んでいるが。

「もうお前も15歳なんだろ?帝都でなら、成人の日を迎える年だ。そこまで言うんなら、宿の経営に本格的に参加してもらうぞ。

いや、参加というレベルではない。お前に経理と経営改善を任せる。」

「…う。そんなつもりで言ったんじゃ…そ、それに!宿の経営自体は、お父さんが考えるべき、っていうか…改善案は出すっていうか…」

気弱くイダがその言葉に抵抗しようとすると、スッと優しく、そして企むようにリックの目が細められた。

「前にも少し説明したが、この森はエルフとグラスランナーが管理している。本来外縁部であっても、冒険者や迷子がいてはいけないんだ。

彼らはこの森に、本当なら誰も入ってほしくないんだよ。

そこで開いているうちが経営を改善する、となると多大な工夫が必要になってくる。リピーターが変に増えると、俺があいつに怒られる。」

楽しそうにいう彼に、イダはゲンナリとした声で返す。諦めも混じったその声は少し悲しそうだった。

「じゃあ、税金払えなくて農奴ルート一直線…?嘘でしょ…」

「そこはそれ。最悪の場合、あいつに匿ってもらうさ。もし金目の物をあいつにもらったとしても、帝都まで行って金に変えるなんて

出来るはずないだろ?エルフの財宝をそのまま官吏に渡そうもんなら、あいつらに迷惑がかかる。そういう方法を取らずに経営を改善する…

まあ、いずれはお前もこの宿を継ぐわけだし、今のうちにそういう難題を抱え込んでみてもいいじゃないか。無理は無理、なんて

諦めてしまったら、どうしようもないんだからな」

実際、俺には商才も経営能力もないからな、とにこやかにいう父に、心底げんなりした顔で

「わかった…考えてみるわ…」と返し、目の前に落ちている台帳とにらめっこを始めるイダの目のクマは、更にその色を濃くしているようだった。



部屋に戻ったイダはその手に持った宿の経営を示す台帳を恨めしげに見やり、深い溜息をついた。

部屋にはシンプルなベッドと、勉強机と思しき椅子とテーブル。クローゼットは開け放しで、その下の小さいタンスもそう。

ドロワーズやシャツがむき出しになっている。そして、彼女のものと思われるノートが何冊が床に落ちていた。

「うわーうわーうわー…やってらんね、やってらんね、マジやってらんねー!お父さんもお母さんも毎度毎度ムチャぶりを…」

ギリギリと歯ぎしりしつつ、その顔を歪めている少女は、今までに両親が言ってきた無茶を思い出していた。

「丸太を一人で持ち運ぶ方法を考えろ、夜に光を生み出せ、エルフさんと追いかけっこして勝ったらお願いを聞く…」

なんの修行だよ、と彼女はストレス解消用のボロ布…いや、元はクマのぬいぐるみであったろうそれに鉄拳を叩きこむ。

ドガン、と少女の体躯で殴っても出ないであろう大きな音を立てて、ボロ布はドアにぶつかって、ポテン、と落ちた。

「ちょっと、キカ…」

誰もいないはずの空間へ向けて、少女の言葉が飛んだ。そこには…厚いヒゲを持つ老人の姿がある。

いや、老人…ではない。ひと目で分かる。その背は人間の10分の1もなく、そして服の代わりにその厚いヒゲが全身を覆っていたからだ。

「効果音はいらないかね。」

「いらない。ほんとに、貴方ブラウニー?」

「いかにも、ワシはブラウニー。家に住む精霊よ」

しわがれた楽しそうな声が聞こえる。イダはため息をついて、そして気だるげに彼を視界から外す。

そう、この世界には多くの精霊が存在する。彼はその内の一つ、家の精霊ブラウニー。

家々に住み着き、さりげない謝礼と引換に、家主の仕事を手伝う精霊である。

「もう…お願いごと叶ったから、次のお願い考えようと思ってたのにさ。どうしてこうなっちゃうんだか…」

「お主のルールを知っておるからじゃよ。常に一つだけ願い事を抱いて生きる。そうすれば、どんなにやる気が起きなくとも、

その願いのために奮起できる、とお主が信じておるから、その願いに見合った試練を与えられるのであろう」

それは彼女の習性、のようなものだった。幼い頃から何か願いを…いわゆる三大欲求以外の願い事は、一つ以上抱こうと思わない。

アレもしたい、これもしたい、という欲望を持たないようにしている。

両親がそれほど裕福そうに見えないこともあったろう。それでも彼女には、多くの欲望、願望なんて持てそうになかった。

「まあ、お主は一度そうと決めたら邁進するからのう。それを見るのが可愛くて仕方ないのだろうて」

カラカラとブラウニーの老人は笑う。笑いながら、愛おしそうにイダを見つめ、そして呟いた。

「…宿の経営改善など、意志持たぬ精霊に、意を与える稀なるものにふさわしい試練とは、思えぬがのう」

「なにか言った?」

咎める目線が向けられたことに気づくと、即座にキカは姿を隠す。

「何も言ってはおらぬよ。ワシに助言を求めたければ、ワシのためにシャツを用立てておくれお嬢さん。さすれば、家の精霊にふさわしい加護があろうよ」

笑いの混じった言葉に、イダは「服が手に入ったら出ていく、って伝承は嘘なの?」と、嫌味に湿った言葉を投げかける。

それに対して、悪びれもしない声が聞こえてきた。

「それは人間の勝手な妄想じゃ。人間以外で信じているものなど、街住みのオークくらいじゃ。今日日、ゴブリンでも信じとらん。」

嫌味も何もなく、ただ少女の無知を指摘する。その声の聞こえる方向へ、ビョウ、とすごい勢いで、いやこの投力なら先ほどの大きな殴打音も

納得がいくかもしれない速度で枕が飛んでいった。バシン、と音を立てて壁にたたきつけられたそれは、すぐに床とキスをする。

「心配をするでない。なあに、お主がこの屋敷を出ていかぬ限り、ワシはこの屋敷を出ていく気はない。安心して課題をこなすが良い。

ワシのシャツもな。時間を取らせてスマなかったな」

虚空からそんな声が、遠ざかりながら聞こえてくる。多分、家の精霊にふさわしく、両親の仕事の綻びを繕いに行ったのだろう。

時刻は夕方にさしかかろうとしている。イダは手をかざすと、「精霊の言葉」を優しく唱える。

『オー、お願い。明かりをちょうだい。時間は…一刻ほどでお願いするわ』

すると、輝く丸い玉のようなものが中空に現れ、イダを見つめた。同時に、イダは自分の中から少しだけ力が奪われるのを感じた。

玉の中央には二つの周りよりも輝く部分があり、まるで目玉のよう。

「オー。陽の光は十分に浴びた?申し訳ないけど、お願いね。今日は考え事があるから」

「…」

イダの優しい声に、オーは頷くように震える。震えが収まると光は安定し、部屋の中を蛍光灯が照らしているかのように明るくする。

太陽の光の何十分の一の輝き。輝く球体は光の精霊ウィル・オ・ウィスプだ。彼もまた、キカと同じようにイダに自分の意志を伝えてくる。

『大丈夫だ』と。その意志の波動に、ニッコリと笑うと深く息を吸って椅子に座った。

「…さて、どうしてこんな力あるんだろ。精霊魔術なんて、エルフさんでも修行しないと使えないのに」

もちろん、それはリックやヴァレリーから聞いた話だ。森で両親と二人で過ごし、友だちもろくにいない彼女に精霊の知識など、

両親が教えてくれる簡単なものしかない。

「はー…全く、どうしてこうなったのやら…とりあえず、考えよう…」

呟いて、台帳を開くと、コンコン、とドアが叩かれた。

「…誰?」

まだ夕飯の時間には早い。宿には、今誰も宿泊していないが、それでも両親の習慣で食事は日がとっぷりと落ちてからと決まっている。

『俺だ。開けてくれ』と精霊語で呼びかける声が聞こえてきた。

「ノッカーらしいね…キカもこんなふうだったら良かったのに。やれやれ」

息を吐いて、彼女はドアを開ける。そこには、キカと同じくらいの背丈の赤毛の少年が立っていた。

「いらっしゃい。ヤズ。どうしたの?」

「いや、良い石と土の取れる場所を見つけたんだ。レンガの材料になる粘土を探していただろう?」

朴訥で真面目な声で、ヤズと呼ばれた小さな少年は答えた。表情は声同様真面目そのもの。まるで、石のように。

「…おっけー、わかりました。明日掘りに行ってみる」

その性質からすると、この少年は鉱山の精霊ノッカーなのだろう。ノッカーはいい鉱脈があると、コンコン、と

音を立てて鉱夫たちに知らせる鉄と石の精霊だ。ノームと違って人と積極的に関わる彼らは、自分たちの力の源である金属と石を

人やドワーフに使ってもらうことで、己の住処を拡散させるのだと言われている。

「調度良かった。ヤズ…実はねえ…」

真面目で朴訥な彼ならいい相談相手になってくれるだろう。イダはオーの光に照らされながら、ヤズを机の上に乗せてそう言った。



―――翌日。

「…ふわーぁぁぁ…眠い…」

銀のペンダントを弄びながら、イダはヤズの後を歩いていた。昨日、教えて貰うことになっている良い土の取れる場所へ向かうためだ。

「無理無理ーこんなところで、エルフさんたちに怒られないように客増やすとかムズすぎワロタああ!」

ヤケ気味に叫ぶ彼女の目の下のクマは、昨日よりも遥かに濃い。徹夜でもしていたのだろう。

「イダ。そんな事言わないで。」

グジグジと愚痴るイダに向けて、ヤズは呆れと心配をおりまぜてそうたしなめる。

「そんな事言われても…」

朝食の席で父に言われた言葉を思い出す。

『無理はしなくていいぞ?なんだったら、ずっと思いつかなくても構わん。最終解決はちゃんとあるって昨日言っただろ?』

楽しそうにいうリックの姿を思い出し、少々肩を落とす。

「そりゃ、エルフさんたちに匿ってもらえば安全だろうけどさあ…無理。無理無理。これ以上エルフさんに迷惑かけてどーすんのよ。

反逆者扱いとかされたらシャレにならないってばさ…」

もし遣いの森に帝国の軍隊が来るとしたら…それは、もう戦争だ。なにしろ、大陸で最強と名高い国家の軍隊が来るのだ。

プロイスジェク帝国は大陸の東方に存在する大国である。300年前に建国され、神聖皇帝と呼ばれる帝が治める絶対王政の国家だ。

貴族は百年も前に官僚として再編され、国家に忠誠を尽くしている。軍事力と技術力に長け、特に火縄銃と大筒、魔法兵で固められた

「五連隊」と名付けられている総数5万の主力兵団は、同数でなら隣国にして大陸最大の版図を持つ王国マールヴァラの

鉄と森の軍団をも紙のように打ち破るという。事実、数年前に起きた南方のティヤート君侯国との戦争では、わずか1000人の五連隊分隊が、

5000を超える侯国軍を打ち破っているのだ。如何に森での戦いに長けたエルフや、草原での戦闘に慣れたグラスランナーたちでも

太刀打ちはできないだろう。

…そんなものに来られてみなさい…森がなくなるわ!

イダは心のなかで叫ぶと、自分が両親をやけに過大評価していることに気づく。

「…いや、ないない。軍隊とか来るわけ無い。確かに腕っ節は強いし、経営に無頓着なだけで頭も悪くない。

実際、エルフさんの禁足地にとんでもない罠を作ったの、お父さんとお母さんらしいし…」

イダはつぶやきながら歩いていく。

「そういえば、なんで帝都に近寄るのを嫌がるのかしら…別に、ちょっと行って、冒険者の店にでも売ってくれば足も付かないと…」

ぶちぶち、ぶちぶちとひとりごとを続けながら森を歩いていく。

「まさか、犯罪者、だった、とか?ないわー…だったら、もう軍警が来てるだろうし。はあ…」

「イダ」

「っていうか、おかしいにもほどがあるわ。やれやれ」

「イダってば」

「いつか問いたださないと…って、ヤズ?いたの?」

何度も呼びかけていたのだろう。うんざりとした風情で眉をひそめ、ヤズは言った

「いたよ。っていうか、ココをどこだと思ってるんだ。いい場所についたよ」

ヤズがそう言うと、周りは焼け焦げたような石と土がむき出しになった場所だった。

ところどころ破壊され、その「剥き出し」は円形に広がっていた。

「ちょ…ここ…」

イダが呆然として漏れた声に、ヤズは「何か、最近出来たみたいなんだけど…粘土がほら、むき出しになってる。

石もいいものがゴロゴロしてるよ。」と言って地面に腰を下ろした。

「どうしたんだい?口をパクパクさせて」

なんでそんな顔をしているのかわからない。そう言いたげにヤズはひとつの石にしがみついた。

「これって…爆発の後じゃない!ナニコレねえ!なにこれチョセンジン!?」

「…相変わらず、たまにわけわからないこと言うな。なんだ、チョセンジンって」

ジト目で観られながらも、イダは叫んだ。

「なんで!?こんなところで爆発なんて…家から、2時間も歩いてないじゃない!お父さんたちが気づかないわけ…」

ないわけがない。彼女はその言葉を紡ぐことができなかった。何者かに、突然に口をふさがれ、そしてその柔らかい腹部に打撃を受けたからだ。

「…ッ!?」

「イダッ!?」

ヤズの声はイダにしか聞こえない。イダはかすかにだけ出る声を振り絞って、彼に「…逃げて」とだけ伝えて、そしてそこで意識は刈り取られた。




―――古い話をしよう。それはこの世界では100億年ほど昔のこと。

だが、神様にとっては、100億年も1日も似たようなものだ。彼女は古い…しかし、懐かしくもない記憶を

緩々と引っ張り出しては物思いにふけっていた。背は高く、その均整の取れた肢体はどんな男でも魅了しよう。

そして、白磁のような白い肌、青く輝く黒の髪、人ではありえない深い深いどんな黒をも塗りこめる闇色よりも尚闇色の瞳。

妖しげな魅力をたたえたその女性は、白く透き通るようなベルベットのカーテンの中で一人佇んでいる。

闇色の瞳が輝く。輝くその瞳は、古い記憶を手繰っていた。

「あの男」

暗く、静かに、楽しげに彼女は微笑む。自分を生まれ故郷から放逐した男。その世界では勇者と呼ばれていた男。

あの銀の男に敗れ、世界を放逐され、そして故郷の創造神から与えられた力で、この世界を作った頃を想う。

今では愛おしくさえある男の顔を思い浮かべ、そして今の自らの世界に想いを馳せる。

光とて100億の巡りを経ねば、端から端まで往くことは出来ぬ、膨らんでいかぬ漆黒の天。

そこに満たす物質と魔素(マナ)と神素(エーテル)。この地…数少ない0次元の残りカスにたどり着くまでの、

一瞬の中の永遠、刹那の中の無限の時間の中で知り得たモノをつぎ込んで、つぎ込んで、つぎ込んで。

そうして、星々が生まれ得る基と、5人の息子と、6人の娘を生み出した100億のめぐりの前。

それから50億の巡りを経て、生まれた星々は何十度目かの超新星を生み出し、準備は整った。

重い物質が、惑星を形作るのに十分なほどに天に満ちたのである。

かくて、彼女の生み出した5人の息子は、彼女のために惑星を一つと太陽を一つ。五つの月と二つの彗星を創造した。

そこは『女神の星』。女神のために造られた、女神の星。そこには彼女の夢が詰め込まれていく…

そして、50億のめぐりが過ぎた。

「まさか、あのようなものが生まれようとは」

想像していなかった、と彼女は頭を振る。楽しげだった瞳に、憂いと虚無が生まれる。如何にして止めようか。

ここ数億の巡りはそればかりを考えている。しかし、今の彼女に憂いの源を止める力はない。

それが歯がゆい。真っ白な肌に爪を立て、彼女は憎悪と怒りに震える。

そう。妾には創造神らしい全てがいらない。そんなものはとうの昔に使いきってしまった。

妾に必要なのは、狂おしいほどの願い。弱く、儚く、しかし確かに。そういうものでなければ、妾の力には耐えられぬ。

…虚無が瞳を覆い、そして彼女は眠りにつく。那由他の中の刹那に彼女は目を覚ますだろう。



―――そんな、夢をみた。

頭は重く、体はだるく、腹に鈍い痛み。それがイダが覚醒した際に感じたすべてであった。

「なに…なん…なの」

力ない呟きが漏れる。気づいて、手足を動かそうとする…動かない。そうだ。私は何をされたんだったか。

イダの思考はまとまらない。まとまろうとしても、それは痺れとともに消えていった。

「…あ…れ…なん…で…うそ…あれ…」

手足が動かない。縛られている。でも、なんでこんなに頭が重いんだろう。イダは静かに混乱する。

彼女をあざ笑うかのように、声が聞こえた。男の声。おそらく若い男の声だ。

「カシラ。本当にこいつが、あの旦那の言ってたのなんスかね。どう見てもただの小娘にしか見えねえ」

「我慢しろ。本当かどうかなど、俺たちには関係ない。そうしろ、と言われればこなすだけだ」

「盗賊がこんなことして何になるんで?誘拐だなんだは、冒険者崩れの仕事じゃないスカ」

男たちは勝手なことを話している。おそらく、人数は5人ほどだろう。内容からすると、何者かに自分の誘拐を

依頼された盗賊というところではないだろうか。そこまで判断して、イダはまた頭の芯がしびれた。

「あ…ぅ…」

弱弱しく喘ぐ。その声は、確かに彼らに聞こえていたようだった。

「目を覚ましたようだな。おい、お前ら。猿轡かませておけ。舌でも噛まれちゃしょうがない。生かしてなきゃな…」

彼らの中で、一番偉そうな声がそういって、手下に促す。イダは無理やり引きずり起こされると、その口に猿轡を噛まされる。

ギュ、という音とともに、彼女の口くぐもった音を上げることしか出来なくなってしまった。

「…む、ぐぅ…」

また、弱弱しく喘ぐ。体に力が入らない。頭も全然はっきりしない。

はっきりしないのはなぜだろう。不思議に思うが、その疑問も頭のしびれの前に霧消していく…

「…よくみりゃ、上玉じゃねえか。クマがなきゃ…いや、化粧で隠しゃあ高く売れそうじゃねえか。勿体ねえ」

「んだよ、お前、稚児趣味でもあったのか?こりゃあ付き合い方を考えなきゃいけねえかもなあ」

…どうやら、彼らは自分の容姿に興味を持ったらしい。危機感を覚えるも…やはり。

ダメだ。このままじゃ、ダメだ。どうすればいい?どうすれば。

疼くようなしびれに、益体もないことが思い浮かぶ。そういえば、あの変な模様はなんだろう。

どうしても欲しくなった、あの模様はなんだろう。

イダは朦朧としながら、阪神や巨人という「日本語の」模様のことを思い出していた。

チョセンジン、ってなんだろう。なんで、そんなイミワカラないことを私は言うんだろう。

…その時、盗賊たちの一人が彼女のエプロンに手をかけた。

「なんでえ、いい生地使ってんじゃねえか。エルフの織物だぜ、これ。しかも麻じゃねえ。絹だ。

帝都で買ったらバカみて~な値がするぞ!カシラ!これは剥いじまっていいのかい!?」

下卑た笑みを浮かべて、盗賊の一人がエプロンを剥ぎ取る。

「…構わん。衣服の有無、確保の状態は問われていない。ただ、手元に持ってきた時に十分に生存可能な状態を

保つこと、とだけ言っていたからな。好きにしろ。殺すなよ。高い薬も使ってるんだ、楽しんでおけ」

一番偉そうな男の声に笑いが混じっていた。そっか。薬、使われたんだ。

イダは父母や、時たま訪れる冒険者達、そして森のエルフやグラスランナーたちにそういう薬があることを聞いていた。

思考力を奪う薬、精神をおかしくする薬、痛みをなくす薬…

…もうダメかな。ごめんなさいお父さん、お母さん。宿のこと、どうにかできなかった。

ヤズ、オー、キカ…もし聞こえてたら、お願い。お父さんとお母さんをお願い。

つ、と涙が流れる。どうしてこうなったのかわからない。どうしてこうなったんだろう。どうして…

―――その時、ふと思い出した。

…あれ?私、いつか同じ事、思ってなかったっけ?

ワンピースに手がかけられた。破られるのだろうか。いや、この生地もエルフさんにもらったものだから…

そう、昔、一度、同じ後悔を得ていた。それは間違いないはずだ。絶対に間違いない。だって、あれは。

ワンピースがゆっくりと脱がせられる。大事に、大事に。十分に時間をかけ、傷つけないように注意されながら。

…下着姿になる。ブラジャーはまだ着けてはいない。15にもなる自分だが、胸が足りないのだから仕方ない。

そうだ。間違いない。絶対に、絶対に間違いない。私は、いつか、いつか、いつか、いつか。

下着に手がかけられた。

―――同じ後悔をしている!!

そして、光が弾けた。



―――201X年。我々の世界のアフリカ某国。

ココでは今、空前の規模のバイオハザードが起きていた。

発端は一人の日本人女性旅行者。緑色の猛獣に襲われたという彼女は、誰も見たことのない症状で床に臥せっていた。

もう、何日人と会っていないのだろう。いや、おそらくは会っているのだろう。

”それが人と気づかないだけで”

そのバイオハザードの発端となった人物。悪い意味で人類史に名前を残してしまった哀れな女性。

広場つくしという名前を持つその女性は、今や己の不運を嘆くでもなく、笑うでもなく。

ただ、おそらくは永遠に近い時間死なせてもらえないのだろう、と感じていた。

―――どうしてこうなったんだろう。

思いを支配するのはそれだけ。憂いを支配するのはそれだけ。嘆きを支配するのはそれだけ。

それでも彼女は声ひとつあげない。いや、上げることができない。それどころか身動きひとつ取れない…

―――彼女の肢体は、まるで植物のように根を伸ばし、地面に突き刺さっていたからだ。



…緑化病。その病は後にそう呼ばれることになったが、彼女は永遠に知ることはない。

病原体は仮に「CCHC-001」という付番がふられている。

レトロウィルスの一種と思われるそれは、これまで知られていた如何なる致死性のウィルス・細菌とも違った

恐るべき特性を持っていた。

特筆すべきなのは感染力である。通常、致死性の高い病原体は、宿主を素早く殺してしまうがゆえに

その住処を拡散することができない。しかし、CCHC-001は全く異なっていた。

彼らは宿主を殺さないのだ。それ故か、彼らの感染力はインフルエンザウィルスの30%程度と推定されている。

宿主に侵入した彼らは、遺伝子を書き換え、その内部に葉緑素を作り出す因子を

植えこんでいく。そして、それがある一定の状態になった時、肢体のおおよそ7割が植物のように固まり、

同時に根が生え地面と接続される。後は…全身の葉緑素と根からのエネルギー補給によって、

脳が枯死するまで…数年先か、数十年先か…或いはもっとか。

それまで生かされ続けるであろうことが示唆された最悪の病原体である。

これが確認された瞬間、世界中に大きな衝撃が走った。某国は異例の早さで編成された国連軍によって閉鎖。

それまでに200万人近くが緑化病の犠牲となり、文字通りの植物人間と化していた。

国連総会では満場一致で核兵器とサーモバリック爆薬の全面使用が認められ、そして…



―――きのこ雲だ。

ああ、多分国連軍か何かが編成されて、戦術核兵器でも打ち込んでいるんだろう。

手ぬるいね。戦略核兵器で一気に消し飛ばせばいいのにね。あははは。

心の中で笑う。笑うしかなかった。それでもいいと思える自分に驚きながら、笑い続ける。

ふと、綺麗だと思った。2つ目。3つ目。きのこ雲がいくつも咲いていく。

…ああ、何個目かのそれが咲く時、全部終わるんだな。

つくしは冷めた頭で、そんなことを考えていた。

思えば35年間、色々なことがあった。両親と早く死に別れた彼女は、多くの望みを抱くことを頑なに

拒否していた。願い事は一つだけいだき、そこへ向かって直進する。

そういう生き方を望んで選択した。アレもしたい、これもしたいなど、望めなかった。

そればかりか、普通の幸せすらも彼女は拒否していた。

普通の幸せなんて、必要ない。必要なのは一つだけの願い。

一つ願いを叶えると、もうひとつ願いを探す。叶えたら、また次へ。

そのたびに、死んでもいい、と思いながら生きてきた。

三大欲求以外の全てをそこに集約していった。特に好きなのは旅だ。

気がつけば友達もいくらか増え、そして今、一つだけの望み「アフリカへの旅」を終え、死んでいく。

自分が不用意に立ち入ったサバンナの一角。あそこに行かなければ、とも思ったが後の祭りだ。

どうしてこうなったんだろう。その思いだけは尽きないが。

その思いだけは尽きないが、それでも満足はしていた。

そうだ。最後に一つ、願いを抱いてから消えてしまおう。願わくば―――



「―――願わくば、私の巻き添えになった人たちにも救いを…って、あれ?ここ、どこ?」

気がつくと、彼女は大きな部屋の中に一人立っていた。

そこには、小さなバッグと、大きなズタ袋が1つずつ。

そして…「説明書・同意書」と書かれた一枚の紙が置かれていた。

「私、核兵器で跡形もなく死んだんじゃ…あれ?どういうこと?」

わけわからん、と彼女は呟いて、その紙を手にとった。

「ええと…何、ナニ…?」



説明書・同意書

・貴方は勇者の素質を持つものとして選ばれました。おめでとうございます。

 貴方にはとある世界で魔王を倒してもらいたいのです。

・貴方はこの件について断ることができません。貴方はすでに亡くなってしまっていて、

 *の力で転生、ないし蘇生し転移するからです。

 追記:重大な病原体による死亡の場合、蘇生転移はできません。ご了承ください。

・*の世界への転生・転移は強制ですが、勇者となるかどうかは自由です。

 貴方自身の人生をお進みください。

・転生の場合、赤ん坊からやり直すことになります。また、何らかの衝撃があるまで、

 前世のことを思い出すことはできません。ご了承ください。

・貴方には幾つかの力が与えられます。ご活用ください。

・もうすでに貴方の魂に接続されているので力のクーリングオフは不能です。

・以下、貴方に与えられた力について説明します。

 1.貴方には常人の10倍の「願いを叶える力」が与えられます。これは貴方の成長と成功を

   強力に手助けするものです。1の努力で常人の3~4倍の能力アップが見込めます。

   また、通常より遥かに努力や行動に対する成功率が上がります。

   ただし、悪いことや役に立たないことの上達も早くなるのでお気をつけ下さい。

   例)常人なら力が1上がる運動をすると、3~4あがります。

     また、力の上がる確率も常人より上です。

   ※わかりづらいですか?簡単に言います。主人公補正というやつです。

 2.貴方には。貴方が亡くなる要因となった出来事がなければ生きれた分の寿命をプラスします。

   若い時間が長くなるので、ぜひともご活用ください。

 3.ちょっとした道具を貴方に与えます。詳細は使ってみてのお楽しみです。

 ※3については、転生の場合記憶を取り戻すまで使用できません。

  更に1の内容を覚えておくことはいずれの場合も出来ません。ご了承ください。



 患者ID:000000000674 患者氏名__広場_つくし__印  医師_******____印



「…なんじゃこりゃ。アホか?下手な詐欺師より非道じゃない。

しっかもところどころ文字かすれてるし…意味分かんない」

書式は間違いなく、病院などでよく使われる患者への説明書、同意書だ。だが、内容が頓珍漢。

つくしは混乱して、その紙を見つめる。

「ゲ。本印押してあるじゃん。マジか…誰よ、私の印鑑盗んだの!」

怪訝に思いながらも、だが、怒るべきところは怒っているつくしは、説明書をポイ、と投げ捨て

「アホらし。ただの夢だね、こりゃ。あー…ま、いいか。どうせ終わったことだし、私の願いは…」

ふと、足元がふわりと浮くのを感じる。ふわりと浮いて、そしてドンドンと落ちていく。

「ほら、やっぱり夢じゃん。死ぬってんならもっと早くしてよね。面倒くさいし」

何が起きてるのかはよくわからない。だが、とりあえず夢であるのは間違いなかろう。

そう判断して、彼女は奈落へと落ちていく。上からバッグとズタ袋も一緒に落ちていく。

風を切って、光の中を、闇の中を。十万億土へ至る道を。

「お、お、おおおお!うおおおおおおおお!!!?」

素っ頓狂な叫び声を上げながら落ちていく。轟々と風が耳障りだ。

カラダは風に揉まれ、あらゆる方向に曲がっていく。痛い痛い痛い!!

落ちて、落ちて、落ちて、落ちて。そして。

青空が開ける。その下の、鬱蒼と茂る緑の森が視界に入る。ああ、こりゃ夢だ。絶対夢だ!

叫びながら彼女はドンドンと落ちていく。…彼女は、黒髪黒目の幼い顔をした少女のお腹に激突し、

そして意識を失った。そして、意識を―――



―――生まれ生まれ生まれ生まれて。生の始めに暗く。

―――――――死に死に死に死にて。死の終りに冥し。

目が覚めた時、彼女は別人となっていた。



―――そして、今。

「思い出したあああああああ!!!」

大音声が盗賊のアジトに響き渡る。彼女の声が、爆発するように響き渡る。

「ちょ…おい!どういうこっった!?」

薬と縄で彼女の動きを奪い、そして猿轡までしていたのだ。火事場の馬鹿力にしても明らかにおかしい。

「あの同意書書いた奴!絶対見つけてやるわああああああ!!!」

また、大音声。もはや、縄も、猿轡もしっかりと切られていた。

…そんな彼女の手に何が握られていたか。

「我々の世界の人間なら」ある程度は分かるのではなかろうか。

それは…肥後守と呼ばれるフォールディングナイフの一種。かつて昭和30年代頃までの小学生には、

必需品だったものだ。なぜ、そんなものを彼女が持っているのか。それはわからない。だが…

「…なるほどな。こういうことか。やってしまえ!」

盗賊のカシラが手下に命ずる。

「なめやがって!」「ぶっ殺してやる!」

通り一遍の罵りゼリフを吐きながら、迫る盗賊に、イダは…いや、本当にイダだろうか?

彼女はいつの間にか持っていたバッグを振り向ける。すると…そこから現れたのは…



…エルフの戦士が盗賊のアジトに踏み込んだ時、彼らが見たものは何だったか。

それは、見たこともない鉄の車に押しつぶされて死んでいる盗賊と、怯えて動けない盗賊の生き残り。

そして、荒い息で妙なバッグを構えるイダの姿だけであった。



続く。 
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