| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Development
  第二十五話 共鳴

『わたくしの……負けですわ』

 剣を突き付けた先で、オルコットさんが俯きながら絞り出すような声で敗北を宣言した。
 エリートとして、挫折とは無縁だったように思えるからいろいろと辛いと思う。でも試合中に自分の弱さを認め、成長しようとしていた彼女なら乗り越えられるだろう。

「ありがとうございました」

 だから、僕は今は必要以上に話しかけることはしない。
 彼女とは一度しっかりと話したいと思うけれど、今はそっとしておこう。

 そのまま項垂れているオルコットさんを残し、僕はアリーナを後にした。

「さてぇ、どういう訳か説明してもらいたいのだけど、西園寺さん?」

 織斑君の状況確認と、報告を兼ねて千冬さんのところに戻った僕を待っていたのはミュラー先生だった。こちらを見る目は怒っているような、喜んでいるような……え、なんで?
 いや、千冬さんに許可を貰ったとはいえ担任であるミュラー先生に報告することなく勝手に他クラスの生徒と模擬戦をしてしまったんだから、怒られるなら分かる。
 でもなんでそんな嬉しそうにも見えるんだろう……。

 いくつか疑問はあるけれど、近くにいる千冬さんはやれやれといった様子で助け船を出してくれる様子もないので直接経緯を説明する。

「ふふふ、まぁ西園寺さんにはあとでお仕置きするとして……ちゃんと勝ったわね。もし負けてたら……ねぇ?」

 え、お仕置きってなんでしょう!? それに負けてたらどうなってたんでしょうか!?
 あれ? もしかしてお仕置きできるのが嬉しいとかそういう訳じゃ……え?

「やはり、優秀な教師の元には優秀な生徒が集まるのかしら、ねぇ? 織斑先生?」
「一週間やそこらで教師や生徒の優劣が出てくるとは思いませんが……」

 あまり考えたくない想像に現実逃避していたけど、ハッとして意識を戻すと何やら教師二人が険悪な雰囲気になっていた。
 この二人は仲が悪いのかな? あ、だからミュラー先生のクラスの僕が千冬さんのクラスのオルコットさんに勝ったから機嫌がよかったのか……そうだよね。

「ふふ、まぁいいわ。私は先に失礼するわね。……それから西園寺さん。またあとで、ね」

 ……よくわからなくなってきた。

「織斑先生……」
「彼女に目をつけられたか……まぁ、彼女も教師だ。無茶はするまい」

 無茶って何さ!?

「はぁ……ところで、ミュラー先生とは仲が悪いんですか?」

 なんとなく、先ほどの二人のやり取りが気になったので聞いてみる。教師同士の会話にしてはミュラー先生が挑発的というか、棘があったような気がする。

「いや、確かに私は彼女が苦手ではあるが……特に仲が悪いといったことはない。たまに意味ありげな視線を送ってきたり先ほどのように突っかかってくることはあるがな」

 あぁ、そういうことか。結局、千冬さんも目をつけられてるんじゃないのかな……。

「そういえば、織斑先生のほうが敬語で話していましたが、織斑先生のほうが先輩ではないのですか?」
「……彼女はああ見えて、私より10歳近く年上だぞ?」
「え……えぇ!?」

 素朴な疑問を素直に口にしたら、若干殺気を込めて千冬さんがとんでもないことを言ってきた。
 
 あの二十代にしか見えない人が千冬さんより年上!? いや、別に千冬さんが老けて見えるとか言ってるわけじゃ……あぁ、殺気を抑えてください、千冬さん。

 それにしても、どれだけ若作りなんだあの人は……。もう40近いんじゃ……いや、これ以上考えるのはやめよう、何故か遠くで殺気の発生源が増えた気がするし触れたらいけない気がする。

「ふん、まぁ彼女のことはいいとして、だ。ご苦労だったな、おかげで間に合った」

 急に話題を変えるかのように、千冬さんが切り出した。
 下手に何か言うのも怖いので、僕も普通に応対する。

「そうですか、織斑君はもう?」
「あぁ、既に準備はできている。オルコットとブルー・ティアーズに問題なければ若干の休憩の後に試合を始める。まぁ、問題など無いとは思うがな?」

 どうやら、千冬さんにはバレていたようだ。
 僕は、なるべく次の試合に影響がないように機体へ損傷が出るような攻撃は避けていた。
 ビットなんかは破壊したほうが戦いは楽になるけれど、そうすると次の試合までに使えるようにするのは困難だ。そうなると僕がこの試合をする意味が薄れてしまう。

 そういえば、織斑君はどこにいるのかと思ったら、ちょっと離れたところで箒さんと話していた。僕が来たから離れたんだろうか……箒さんにはまだ避けられてるからなぁ。
 彼らの方を見ていたら織斑君と目が合い、彼が苦笑しながら軽く会釈してきたのでこちらも微笑み返しておいた。ん、ちょっと顔が赤い気がするけど大丈夫かな?
 あ、箒さんに耳を掴まれてどこかへ連れて行かれた……よくわからないけど彼も大変だな。

「ふむ。では10分後に試合を開始すると伝えておいてくれ」

 織斑君に気を取られている間に、どうやらオルコットさんとブルー・ティアーズの検査が終わったらしい。この様子だとどちらも問題ないようだ。千冬さんが山田先生にこのあとの進行の指示を出している。

「さて、西園寺。少し話したいこともある……ついてこい」
「わかりました」

 いろいろと迷惑もかけてしまったので素直に従うことにする。さっきはあまりゆっくり話すこともできなかったし、しっかり謝っておかないといけないしね。
 連れて行かれた先は、管制室には及ばないものの様々な機材がある個室だった。ここからでも観戦はできるようだけど、部屋には他に誰もいない。

「ここなら防諜は完璧だ……まぁ、アイツにかかれば分からんがな」
「ふふ、なら僕は素でいいってことかな、千冬さん」
「あぁ、そういうことだ、紫苑」

 あえてそう言ったってことは、あくまでプライベートで話したいということだろう。教師と生徒としては話せないこと……恐らくは織斑君と白式のこと。もしくは天照のことかな?
 なら、丁度いい。僕も織斑君について聞きたいこともあったんだから……。







 セシリアは、先ほどの試合のショックを半ば引きずったままアリーナへと再び入る。
 苦戦するのは承知だった、しかしあそこまであからさまに手を抜かれ、完敗するとは思わなかった。正確には、紫苑は決して手など抜いてはいないのだがあの状況でセシリアがそう捉えてしまったのは無理からぬことだった。とはいえ、セシリアが彼の真意に本当に気付いていれば問題なかったのだが……。

(彼女には負けましたが……でも! わたくしがあんな男に負ける訳がありません!)

 彼女はそこまで気付かない……いや、認めようとはしなかった。
 紫苑にとって誤算だったのは、彼女が自身を見つめ直したと思ったことだ。しかし、容易に考えを変えられるほど彼女の自尊心は脆くはなかった。先ほどはただ紫苑に勝ちたい一心、弱さを認めた訳ではなくただ勝つためにどうすべきか、その場限りに近いものだった。

『待たせたな』

 そして、対戦相手が現れる。先ほどの相手を思い起こしてしまうような白い装甲……しかし、華麗にも見えた天照に対して、白式は飾り気がなくやや無骨なイメージを醸し出す。

『よく逃げずに来ましたわね』

 セシリアの言葉は、いつもの彼女らしいそれ。しかし、それは彼女なりに絞り出したもの。一夏に負けるなどとは考えていないが、先ほどの敗戦を無視するほど愚鈍ではない。事実、彼女の手には既にスターライトが展開されている。

『あぁ、あんたの戦い方はじっくり見せてもらったからな』

 対する一夏も、武装を展開する。それは奇しくも紫苑と同様に日本刀のような形状……こちらは太刀に近いが、鎬の溝からは光が漏れ出ている。その姿はより一層セシリアを苛立たせた。

『西園寺さんならともかく……あなたのような素人がわたくしに近接武器で挑むなど……』

 やがて、その怒りがピークに達したのを見計らったかのように試合開始の合図が鳴り響く。

『身の程を弁えなさい!』

 同時に、スターライトから放たれる光の一撃。
 一夏は先の紫苑のように開始直後に接近しようと試みたものの、初めての実戦でスムーズにブーストが掛けられるはずもなく、またセシリアも既にそれを警戒してしまっていたため不発に終わる。
 自然とセシリアはスターライトとビットにより一夏を中距離以上の射程にくぎづけにした。

『くっ、失敗か……でも誤解するなよ。別に舐めてる訳じゃなくて……武器がこれしかないんだよ』

 ため息のようなものと共に伝えられる一夏の言葉。本来であれば、自身の武装が一つしかないという致命的な欠点を戦闘中に暴露するなどありえないが、彼にしてみれば誤解を受けたままでいることのほうが許せなかったのだろう。
 もっとも、その言葉をセシリアが信じるかどうか別問題ではあるが少なからず彼女の溜飲は下がったようだ。

『そう、ならこのままそこで踊り続けるといいですわ!』

 そして激しさを増すコンビネーション。しかし、ここで彼女にも誤算が生じる。
 本来であれば既にいくらか被弾させて動きが鈍っているはずで、彼女もそのつもりで撃ってきた。しかし、目の前で起きているのはまたもや先の試合の再現。ひたすらに避ける、舞い続ける対戦相手の姿。

 なぜ、素人がそんな動きが出来るのか……確かに動きにはぎこちなさがある、いくつか被弾して確かにシールドエネルギーは削っている。しかし、その動きは鈍るどころか徐々にキレを増していった。
 もはや、セシリアには何が起きているのか理解できなかった。



「どうやら、僕の試合はちゃんと見ていてくれたみたいだね」
「あぁ、自分で気づいたようだ。オルコットも克服しようとしているようだったな、まだ甘いがこの短期間で大した成長だ。全てお前の計算通りか?」

 モニター越しで繰り広げられる戦いを見ながら話す紫苑と千冬。
 この部屋に入ってから、特に込み入った話をする間もなく試合が始まりそれに集中した。
 
「買い被り過ぎだよ。時間稼ぎのついでにそうなればいいとは思ったけどね。事実……オルコットさんにはどうやら僕の言いたいことはまだ伝わっていなかったみたいだし」

 紫苑は、セシリアと一夏のやり取りと攻防を見て先ほどまでの自分の考えが楽観的だったと思い直す。と同時に、この試合できっと彼女は気づくだろうという確信めいたものを改めて感じていた。

「ふん、まぁそういうことにしておこう」

 そこにいるのは、教師と生徒ではなく長年の友人同士だった。
 同時に、深くISに関わってしまった者同士。しかし、二人の立場は決して同じではない。

「あれは……『雪片弐型(ゆきひらにがた)』だね。かつて、千冬さんが暮桜と共にモンドグロッソを勝ち抜いた時に使った……そして、あの時にも」
「……紫苑、お前はどこまで知っている。あれは確かに、私が使ったものと同じだ。だが、暮桜のものではない、あるはずがない。ならば……」

 千冬はかつて、束とともにISに深く関わってきた。しかしそれはあくまでも親友として、操縦者としてであり紫苑ほど深くは関わってはいなかった。そして、守るべきものも違う二人は決して同じ立場ではない。故に、お互いの認識には齟齬が生じている。

 一夏が手にした刀、それは千冬がかつて愛用してきた、彼女の専用機の武装である。
 自身や一夏がなぜISを動かせるか知った紫苑からすれば、別段不思議なことではなく、その後に起こり得ることも予測ができた。しかし、千冬はその理由までは知らない。

「もしかして、もう使えるんじゃない?」
「! やはり……」

 紫苑は、一夏が雪片を手にして現れたときに半ば確信に近いものを感じていた。
 彼が、既に単一仕様能力(ワンオフアビリティ)を、それも千冬と同じものを使えるのではないかと。

「お前の想像通りだ、見たところ嘗ての私と同じ『零落白夜』が使えるようだ。既に使用方法と注意点は伝えてある」

 零落白夜とは、エネルギー性質のもの全てを無効化、消滅させるかつて千冬のみが使用できた攻撃能力である。それを用いた雪片による一撃は、シールドエネルギーを無効化して直接相手にダメージを与える。結果的に、絶対防御が発動するのだが、これにより通常より遥かに相手のシールドエネルギーを削ることが出来る。
 一方で、自身のシールドエネルギーも大きく消耗する諸刃の剣だ。

「そういえば、お前も先ほどの試合で被弾していないのに僅かにエネルギーが減っていたな。あれもワンオフアビリティなのか?」
「ううん、違うよ。確かに天叢雲剣の形状変化はシールドエネルギーを消費するけど、あの武装自体の能力みたい。僕はまだワンオフアビリティは使えないよ」
「そうか……」

 そもそも、ワンオフアビリティは第二形態から使用可能とされており、発動例自体が少ないものの今まで例外はなく理論的にも正しいとされている。
 では、なぜ彼は使えるのか……それを知るのは束のみ。いや、紫苑も既にその正確な理由にほぼ到達していた。

「千冬さんも薄々気づいているんじゃない? アレのコアは、完全に初期化されていないよ。かつて千冬さんがたどり着いた第三形態(・・・・)の頃の記憶を、ワンオフアビリティを引き継いでいる……、だからこそ織斑君は白式を動かせる」
「……」

 紫苑の言うように、千冬はその可能性を考えていた。
 しかし、それは同時に一つの事実を晒すことになる。

「僕は、コアに残っているもとの持ち主だった紫音の遺伝子情報を借りて動かしている。特異な例ではあるけど、一応は一卵性だからほとんど同じみたいだしね」

 千冬の表情は、紫苑の言葉が進むにつれて苦いものになっていく。

「なら……織斑君は誰の遺伝子情報を借りて動かしているんだろうね?」
「……紫苑」
「ごめん、千冬さん。これ以上は聞かないよ。でも、そのことが僕の……束さんの障害になるならその時は……」

 果たして、それはどれだけの時間だったのだろう。二人はその先は何も言わずにただ視線を交わす。だがこの間もモニター内の戦況はさほど変わっていない以上は大した時間ではなかったのだろう。
 やがて、糸が切れたように場の空気が弛緩する。

「もっとも、今の僕じゃ瞬殺されちゃうだろうけどね。生身の千冬さんにすら勝てる気がしないよ」
「お前は私をなんだと思っているんだ……。だが、そうだな。お前や束が暴走するようなら私が全力で止めてやるさ」

 先ほどの緊迫した状況が嘘のように、二人は笑い合う。
 お互いが、もともとは束という共通の友人を通じて縁故を結んだ二人ではあるが、そこで得た絆は容易く切れるものではない。二人は既に共犯者なのだから……。



(事前に見てなかったらすぐにやられてた……でも、何とかやれる!)

 一室で紫苑と千冬が、モニターから意識を逸らして会話に興じている間も当然ながら戦いは続く。
 その中でも一夏は驚異的な成長を遂げていた。始めはただ、事前に知ったセシリアの癖を頼りに不格好に避けるだけだったが、徐々に鋭さを増し続ける。やがて、それは紫苑の姿と重なるように紙一重の領域にまで近づいてきた。

(織斑……一夏。あなたもですか)

 一方のセシリアもまた、目の前でまさに成長する男の姿を見て冷静になる。それは、今までの彼女の概念を覆すものだった。この一日で、彼女の常識やプライドは尽く打ちのめされてきた。そして、その状況に至ってようやく彼女は理解できた、この瞬間ようやく彼女は自身を見つめ直し、弱さを認めたのだ。それはつまり、本当の意味での彼女の成長を意味する。

『はぁっ!』

 先ほどまで躱すことのみに集中していた一夏も、無駄な動きを排したことで幾ばくかの余裕ができた。故に、ここで初めて攻勢に転ずる。

『甘いですわよ!』

 しかしセシリアに、もはや当初の油断などは微塵もない。
 ミサイルタイプのビットを予め手元に寄せておき、彼の突進ルート上に撃ち放つ。

『っく!』

 彼にとっては予想外だったのか、放たれたミサイルを避けることが出来ないと判断したのか、手に持つ雪片で斬り落とそうと試みる。しかし、素人がそうそう正確に対処できるはずもなくそのままミサイルは爆風を巻き起こす。
 直撃は避けられたものの、その勢いに一夏の突進は阻まれ逆に再び距離を離されることになる。
 しかし、その粉塵により無駄撃ちを嫌ったセシリアも一度攻撃の手を休めることになる。無論、紫苑との一戦で敗れるタイミングとなったこの場での油断はあり得ない。

『あぶねぇ……でも、次はいける!』

 煙が晴れた場所から少し離れたところ、若干構えを緩めた一夏の姿が現れた。その表情からは、ここまでの攻防で得た自信が窺える。

(だいぶ操作にも、あいつの攻撃にも慣れてきた。今なら……)

 一夏も、先ほどの特攻が通じるとは思ってはいなかった。ただ、白式がどれだけ馴染んだかとセシリアの迎撃パターンの確認をしたに過ぎない。
 あの場面、ビットの攻撃を掻い潜りながら隙をついて直線ラインで接近を試みた一夏に対して、セシリアは同じくビットで迎撃を試みた。本来であれば、この場面スターライトで攻撃すればそれだけで大ダメージを与えていたはず。しかし、しなかった……いや、できなかった。いくら成長しているとはいえ、ビットと本体の同時行動は一朝一夕で修得できるものではない。 

『……先日のHRでの。いえ、これまでの暴言は全て撤回しますわ』

 そんな中、セシリアから放たれた謝罪ともとれる言葉。一夏は……いや、彼だけでなくセシリアのことを知るほとんどの人間がその言葉に驚いた。

『……どうしたんだ、急に?』

 一夏もセシリアの急変の意図がわからず訝しむ。彼も以前、セシリアの暴言に言い返す形でそれに近い言葉を発していた。それを考えると彼女の態度の変化は、今この場においては彼にとっても若干居心地が悪い。

『今までの自身の言動の愚かさ、せっかく西園寺さんに教えていただいたのに気付くことができず……ですがあなたのおかげで目が覚めました。わたくしは一操縦者として、あなたを認めます。改めて、セシリア・オルコットの全力と戦ってくださいまし!』

 しかし、その言葉に一夏は再び発奮する。
 諍いから始まったこの模擬戦は、今ここに初めてお互いを認めた者同士による戦いへと昇華したのだ。

『あぁ、俺も撤回する。……俺が無知だったせいで不快な思いをさせたことも謝る。そして……ありがとう、お前のおかげで俺は、俺がこれから強くなれることを知った』

 そして、表情を引き締める。そこには先ほどまでのように、目の前の戦いにただ我武者羅だったときとは違い、その先を見据えた決意のようなものを宿していた。

『俺はこの力で家族を……千冬姉を守る!』

 

「ある意味、世界最強になるって宣言かな?」
「まったくあの馬鹿者は……、浮かれているな」

 モニター上の一夏の善戦と宣言に対して、千冬は苦々しげな顔になる。

「ふふ、照れなくていいのに」
「ち、違う、よく見てみろ。左手を閉じたり開いたりしているだろう? 昔からその癖を出した後は碌なことにならん」

 なるほど、と紫苑はモニターに目をやると確かに一夏の左手はその動作を繰り返していた。

「へぇ、さすが姉弟。よく見てるんだね」
「ま、まぁな。その際の後始末も大概私がやっていたんだ、気を付けもするさ」

 紫苑の言葉に少し狼狽しながら答える千冬。

「あ、やっぱり照れて……ないね。うん、なんでもない」

 その様子は明らかに照れているのだが、それを指摘しようとした紫苑にここ最近培われた危機回避能力が働き、言葉を飲みこんだ。彼には何故か、その言葉を言い切ればミシミシと骨が軋むほどのヘッドロックをかけられる未来が見えた。

「……私はからかわれるのは嫌いだぞ?」
「わ、わかってるよ」

 千冬の言葉に、自身が命拾いしたこと改めて実感する紫苑だった。



(西園寺さんにはわかっていたのですね。彼女と戦う前の心構えでいたら、きっと初撃で不利な状態になっていましたわ。そして、織斑さんの動き。彼女は、わたくしだけでなく彼にまで成長を促してきた。まるで全てを見透かしたように……なんて方ですの)

 セシリアの心中はもはや数時間前とは別人といっていいほどの変化を遂げていた。
 それは、彼女にとって一つの壁を乗り越えたということでもある。

 そして、認める。目の前の存在は、いずれ自身を超える可能性のある者だと。
 しかし、代表候補生である自分がここで負ける訳にはいかない。それは以前までのチャチなプライドなどではなく、自身を見つめ直した結果生じた誇りであり矜持。同時に、一夏を認めたが故の意地だった。

 セシリアは瞬時にビットを展開して再び攻勢に出る。
 一夏もそれらを躱しながら隙を窺う、先ほどまでとほとんど同じ光景。

 一夏は、先ほど自分が迎撃されたのはビットの位置を把握しきれていなかったからだと判断し、すべてのビットの状況把握に努める。そして、それらがセシリアの位置から離れた一瞬を見逃さずにブーストを仕掛ける。既にビットは動作しており、しかしそれらは全て躱しきれる必殺のタイミング……のはずだった。

『チェックメイトですわ』

 その瞬間、あり得ないことがおこる。ビットによる攻撃の最中、セシリアのスターライトの照準が一夏に向けられ……放たれた。

『がはっ……!』

 それは一夏に直撃し、二発目三発目が続けざまに襲い掛かる。その間もビットによる射撃は止まっておらず、全弾ではないもののある程度正確に一夏を捉えている。
 それらの射撃はそのまま彼のシールドエネルギーを削りきり、勝敗は決した。
 
『そこまで! 勝者、オルコット!』



「まさか、並列制御までたどり着くなんて……」

 紫苑にとって、試合の結果に関しては予想通りだった。しかしその過程は彼をして驚嘆するものだった。

「あぁ……だが、違和感があるな。本当に並列制御が可能であればわざわざあの場面まで引っ張る理由がない」

 それは千冬も同じだったようだが、彼女は紫苑よりは多少冷静に見ていたようである。そして、紫苑もその言葉に先ほどまでの場面を脳裏で再生し、一つの可能性に思い至る。

「……自分の癖、弱点を逆手にとった? 効率のいいビット操作を最優先して動かしていたが故に相手に読まれてしまっていた。逆を言えば、彼女自身も相手の動きを読む……誘導できる」
「そして、その中にあの馬鹿者が飛び込んだというわけだな」
「先行入力……か」

 あらかじめ、一夏の動きを制限・予測したうえでビットの動作を数秒先まで確定しておく。その後、ビットは自動的に事前の命令に従って行動するため、セシリアは自身の行動に移ることができる。
 その結果が、疑似的なビットと本体の同時攻撃だった。

 もちろん、実戦でそうそう都合よく相手が動くはずがない。相手が経験の浅い……いや、皆無な一夏であり、今までの布石があったからこその結果である。しかし、それを引き寄せたのは間違いなくセシリアであり、以前までの彼女には不可能だったことだ。

「お前ものんびりして居られないな? あいつらはすぐに追いついてくるぞ」
「そうだね、なんせ一人は千冬さんの弟さんだもんね」

 満足そうにモニターを見つめる二人。若干のからかいを含めたような紫苑の言葉だが、特に他意はない純粋な褒め言葉だと千冬は素直に受け取った。

「それに彼女も、ね」
「あぁ、最初はどうなるかと思ったが今の状況ならうまいこと磨き合うだろう」

 きっかけは紫苑だったが、試合中に二人が急激に成長できたのは互いを認め合うことが出来たからだ。
 紫苑と楯無のように、まるで共鳴するかのようにお互いを高め合うその存在はやがてかけがえのないものとなるだろう。

 だがこの時、紫苑も千冬も知る由もなかった。

 この模擬戦が齎したものが、決してプラスの効果ばかりではないことを。

 負の感情を抱き、劣等感を強め、薄暗い闇の中へと迷い込みそうな二人(・・)の少女がいたことを……。 


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧