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IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―

作者:★和泉★
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Development
  第二十四話 天照

 クラス代表決定戦当日、セシリア・オルコットはその当事者のはずだが、彼女にとってはこの模擬戦などさほど関心の無いものだった。彼女は代表候補生、対戦相手はずぶの素人。一般的に考えてこれで勝負になると思う方がどうかしている。もっとも、男性操縦者というイレギュラーを一般の物差しで測っていいかは疑問ではあるのだが。

 彼女、セシリアがはるばるイギリスから離れたこの日本のIS学園までやってきたのは理由がある。元々、本国より男性操縦者である織斑一夏の情報を得るように要請はあったが、それ以上に彼女には確かめたいことがあった。

 西園寺紫音という操縦者の存在。自身が指導を受け、その技量に尊敬の念すら覚えているサラ・ウェルキンをして認める相手。

 サラは専用機こそ持たないものの、その力量はイギリス国内において同世代の代表候補生の中でも頭一つ抜けておりそれをセシリアは認めている。専用機の有無などは国家や企業の思惑が多分に絡むものであり、本人の力量を直接示すとは言い難い。それに彼女は誰もが認める人格者であり、そのキツい性格から周囲になかなか溶け込めなかったセシリアに対しても分け隔てなく接し、その心を開かせた。

 そんな彼女が、その技量や人格、果ては容姿までを褒めちぎるのだ。セシリアもその人物のことが気にならないはずがなかった。最初のうちは軽い嫉妬のようなものを覚えたが、いつしかそのまだ見ぬ存在はサラを超える尊敬に値する人物として、セシリアの中に膨れ上がっていった。



 セシリアが紫音のことを聞いたのは去年の夏の長期休暇時、イギリスに帰国して後輩への指導に訓練所に訪れたサラに会ったときだった。その時のサラは落ち込んでおり覇気が無かった。理由を聞いてみると、在学しているIS学園での知人が事件に巻き込まれて行方不明になったという。
 日本で起こったテロ事件は、遠くイギリスでも伝えられセシリアも知っていた。その際に有力企業の関係者が行方不明になったとは聞いていたが、それがまさかIS学園でサラと友諠を結んでいたとは夢にも思っていなかった。

 その姿に居た堪れなくなったセシリアは、何かサラの力になることができればとただ彼女の話を聞いていたのだが、その際に紫音の存在を知るところとなる。
 次第に自分が負けた話や他の生徒との模擬戦の話、他にも一緒に遊びに行った話などを嬉しそうに語るサラ。しかしその相手が今はいなくなってしまったことに思い至り、やはり表情を曇らせてしまう。

 サラと一緒にいられた期間こそ短かったが、その中で何度か話をしているうちにサラは元気を取り戻していった。その過程でセシリアも、サラから得た情報と自身が調べた断片的な情報から紫音という存在に憧れを抱いてしまった。ましてや既に亡くなってしまったかもしれないその存在は、彼女にとって半ば神格化したといっていい。

 そんな彼女に転機が訪れたのは年も明けてしばらくした頃。 

 世間は男性操縦者の出現に騒然としていた。イギリスも、同年代の代表候補生となるセシリアに学園への入学要請があり、それを彼女は受諾。既に学園への入学は決まっていた。
 しかし、セシリア自身はそれほど織斑一夏という存在へは興味を持てずにいた。ISの操縦ができる云々以前に、婿養子という立場ゆえ卑屈になる情けない父の姿を見続けた彼女にとって男であるという事実だけで、どうでもいい存在といえる。もっとも、国の要請がある以上は従う心づもりではある。

 そんな彼女がそもそも日本への進学を了承したのはただ一点、紫音の存在だった。いまだ行方不明の彼女ではるが、彼女が生まれ育った地に行ってみたかったのだ。約半年という時を経ても、セシリアの紫音に対する憧れは失せるどころか増すばかりだった。ISに触れれば触れるほど、サラから聞いた紫音という存在がどれだけ凄いかが理解できたからだ。

 そんな折、セシリアは紫音の生存と復学を知ることになる。衝撃が走るとともに、彼女は歓喜した。紫音に会うことができる。しかし、今まで行方不明であり、会うことも現状の情報も得ることも出来なかった故に、それはいつしかセシリアの想像上の、憧れの対象である紫音へと姿を変えていた。それが何を齎すのか……。

 まず、セシリアが唖然としたことは学園の紫音に対する処置……留年についてである。
 操縦者としては学園全体で見てもトップクラスであり、学業としても休学前には一年の範囲は既習であるほど優秀だったと聞く。それだけの人物をたかが出席日数という点でそんな処置をすることがセシリアには信じられなかった。一般的な学校としては普通の処置でも、IS学園はその範疇にはないはずだ。

 なら、西園寺という企業の枷がなくなった彼女は代表候補生になるのだろうと思っていたら、その場所に居座るのは専用機作成を後回しにされた少女。彼女の姉はあの紫音にも互角以上である優秀な人物らしいが、その妹である彼女の周囲の評価は今のところ微妙の一言。後に、セシリアはクラス代表すらも彼女に決まったことを知り、より憤慨することになる。

 この時点で、セシリアの心中では学園に、果ては日本という国家に対して不信感を抱いてしまっていた。そのことが後々、織斑一夏とクラス代表に関して言い争いをした際に日本を貶める発言に繋がってしまったこと等に無関係ではないだろう。

 そして彼女は出会う、この半年憧れ続けた人物に。
 さぞかし、紫音はこの自身の評価されない現状にさぞかし不満であろう、そう思っていた。しかし、彼女が見たのは楽しそうに微笑んでいる紫音の姿。

 なぜ? 理不尽に留年などという処置をされたのに何事もなかったかのようにニコニコしていられるのですか?

 なんで? あなたがいるべき場所にあなたより劣っているはずの人間がいるのですか?

 どうして? あなたは……『あなた』でなくなってしまったのですか?

 セシリアは現状に満足してしまっているように見える紫音に対して、自身の思い描いていた紫音という存在とかけ離れつつある目の前の紫音に対して……、

「正直、失望しましたわ」

 裏切られた、そう感じてしまった。そして、言葉にしたことでそれが明確になる……目の前にいるのは自分の尊敬する紫音ではない。想いの強さは、それが好意である間はいいが反転すればそれだけ憎しみの強さにもなる。彼女の心は、ただ裏切られたという黒い感情に染まりつつあった。
 
「……油断をしていると足元を掬われますよ? 今の慢心しきったあなたなら、更識さんはもとより織斑君にも負けるとはいかないまでもいい勝負になるかもしれませんね」

 そして、紫音に言われた一言。もとより紫音以外に興味はなく、ましてや素人である一夏との模擬戦など眼中になかった。裏切られたと思っているとはいえ、一時は憧れた人物からの挑発ともとれる言葉にセシリアも黙っていられなかった。

「くっ!? いいですわ、そこまで仰るのでしたらわたくしと模擬戦してくださいまし!」
 
 例え、相手がかつて尊敬の対象だった紫音であれ、半年のブランクがある上に現状で満足している相手に負けるわけにはいかない。
 今のセシリアには紫音に言われたことは理解できず、ただ目の前の相手への敵愾心を高めるだけだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『なんですの、その機体は……』

 会場に現れた機体を見て誰もが目を疑う。

 本来であれば織斑一夏VSセシリア・オルコットの試合であったはずだが、直前に西園寺紫音との一戦が挟まれることになり、それはすぐに会場に伝えられた。
 事情を知らぬ大多数の者からすれば意味がわからないが、一年生にとっては学園でよく名前が挙がる少し近づきにくい相手がどれだけやるのか見てやろうという挑戦的な目を。そして二年生と三年生にとってはかつてそうそうたるメンバーと激戦を繰り広げた紫音が、半年ぶり以上にどれほどの戦いを見せてくれるのかという期待の目を向ける。

 しかし現れた機体は白く輝いており、全くの別物だった。故に、そのISの操縦者が紫音であると認識するまでに時間を要した。

 だが、よく見てみるとその姿はどこか月読の面影を残している。
 薄く要所のみを保護した装甲に、背後に従える一対のフィン・アーマー。今までと違うのが、透き通るほど薄い羽のようなもの、それがまるでスカートのように腰回りに展開している。
 
 かつては夢魔のような雰囲気を漂わしていたが、今は神聖なものすら感じる。巫女か……はたまた天使か。会場中はその圧倒的な存在感に呑まれてしまっていた。

『先日、ようやくファーストシフトしました。名前も変わりましたので改めて紹介しましょう……専用機『天照』です』

 その言葉に、さらに驚愕する。
 ファーストシフトした……それの意味するところは、いままで初期状態で戦っていたということ。以前に紫音は、薫子によるインタビューで月読はプロトタイプ……いわゆる試験機であると伝えた。欠陥があることは知られていたし、紫音が近接武器でのみ戦っていたのがその弊害なのだろう、と誰もが思った。
 しかし、実際はそれを含めファーストシフトがまだだったとは誰も……楯無でさえも思わなかった。

 気付けば、セシリアは背中に冷たい汗を掻いていた。
 対戦相手からのプレッシャーだけでなく、目の前に突如として突きつけられた事実によって。
 サラが褒め称えた彼女の実力は、ファーストシフトすらしていない機体によって齎されたものだったという事実。いま、その枷が外れた目の前の相手がどれほどのものとなるか、彼女には想像すらできなかった。

 だが……。

『なるほど、さすがに驚きましたわ。ですが……なおさら! なぜあなたは……!』

 それ以上は、しかしセシリアは口に出さない。もはや、この期に及んで話すことはない。それに、彼女とて負けるつもりはない、いかに機体が進化しようとも半年のブランクは大きい。サラや紫音を目標に日々研鑚を重ねた自分が負けるはずがない、そう思った。

 セシリアはプライドが高いだけの少女では決してなく、それを支えるだけの努力はしてきたのだ。しかしそのプライドこそが今の彼女の成長を妨げているのだが……皮肉なものである。

『……セシリア・オルコット、ブルー・ティアーズ。お相手させていただきます!』
 
 セシリアは鮮やかな青色の装甲を身に纏い、その背には四枚のフィン・アーマーを従えている。
 それぞれがISを展開した状態で浮遊し、対峙する……しかし、お互いその手には何も持っていない。

『ところで、よろしいのですか? そのままの状態で……』
『何を……はっ!?』

 何かに気付いたセシリアはすかさず左手を肩の高さまで上げ、すぐさま真横にかざす。と、同時に試合開始の合図が鳴り響く。

 瞬間、セシリアの左手が爆発的に光り、その手には彼女の専用機『ブルー・ティアーズ』の代表的な武装である長大なレーザーライフル『スターライトmkIII』が具現化する。
 ……その刹那、彼女に凄まじい衝撃が走りそのまま後方へと吹き飛ばされる。

『あうっ!?』

 そのままアリーナの障壁へと追突したセシリア。観客も一瞬の出来事に何が起きたのかわからずにいる。
 ようやくセシリアのいたはずの場所に意識を戻すと、そこで見たのは白銀の機体が前傾に腕を大きく前に出し、同じく白く輝く1mほどの刀を突きつけている姿だった。

 そして、セシリアも観客も理解する。試合開始と同時、自身が武装を展開しようとする一秒にも満たない間に、その距離を詰められてその剣先で突かれたのだと、ただの突きの衝撃で吹き飛ばされたのだと。
 そして、その直前に放たれた言葉の意味を……。

 もともとセシリアのブルー・ティアーズは中長距離レンジが得意であり、相手を近づけてはならない。また、模擬戦では試合開始前の武装の展開も認められている。本来であれば、最初から主武装を展開した状態で相手を近づけない戦いをしなければならないはずだ。
 にも関わらず、セシリアは相手が無手であることを見たためか自身の武装展開を怠ったのだ。紫苑の武装展開速度はセシリアの数倍、さらにはどのようなモーション中からでも可能であり、セシリアの腕を横にかざすという隙の大きい呼び出し動作も災いした。こうなったのもある意味当然の結果と言える

『なん……ですの、その速度。それにその剣は……』
『今まで名前も分からず、機能もありませんでしたが。ようやく知ることができました……ネームレス改め『天叢雲剣(アメノムラクモ)』です』

 今までただ大きいだけの刀だったそれは、一般的な日本刀ほどの長さに縮小したものの光り輝く刀身はさらに威圧感を増している。セシリアのシールドエネルギーの減り方から、劇的に威力が上がった訳ではない、しかしまだ何かがある、周りの人間にそう感じさせるだけの圧力がそこにはあった。

『そうですの……、確かにわたくしが知っている『あなた』ではないのですね。ですが!』

 すぐさま手に持ったライフルを構え、放つ。光速のレーザーはすぐさま紫苑のいた位置へと到達するが、発射タイミングを察していた紫苑は既にその場から動いており、掠めるようにすぐ横を通り過ぎていく。
 しかし、避けられることは承知していたセシリアは切り札を切る。ブルー・ティアーズの代名詞、機体と同じ名を冠した6機のビット兵器『ブルー・ティアーズ』。それらが紫苑の周囲を取り囲む。

『もう、油断などしません。わたくしの全力で……あなたを倒します!』

 直後、4機のビットからはレーザーが、残りの2機からは誘導型のミサイルが放たれた。絶え間なく放たれる猛攻をしかし、紫苑は全て躱していく。無駄な動きがまるでなく、まるで周囲には当たっているのではないかと思えるほどの紙一重。しかし確実にそれらを紫苑は避けていき、ミサイルは手元の剣で着弾前に信管を切り落としていく。まるで円舞曲(ワルツ)でも踊っているかのように軽やかに……。



「す、すげぇ」

 織斑一夏は、ようやく届いた彼の専用機『白式(びゃくしき)』を身に纏い試合の模様を見ていた。現在、白式の内部ではフォーマットとフィッティングのために膨大な演算処理が行われている。

「いいか、織斑。素人のお前が見て学べるものなど無いかもしれないが……それでもしっかり見て目に焼き付けておけ。西園寺と……お前がこれから戦うべきオルコットのことをな」

 千冬は、紫苑がセシリアと戦うのは白式が届き調整が終了するまでの時間稼ぎであると同時に、その試合を一夏に見せることで少しでもまともに戦えるように彼のレベルアップを図っていることを理解していた。
 実際に紫苑の動きは、最初の動きこそ規格外ではあったが、それ以降はまるで教材の映像のように無駄がなく、それでいて専用機の性能に頼るものではなく訓練機でも可能なレベルだった。

 ビットの攻撃の合間に放たれる、セシリアの手にあるスターライトのレーザー。全方向からの射撃に加えて強力な主砲の一撃によるコンビネーションは脅威だが、しかし当たらない。
 なぜなら、紫苑は彼女のコンビネーションの穴を既に見抜いていた。

 いかに全方向から放たれるとはいえ、ISに搭載された360度をサポートするハイパーセンサーが使いこなせればそれは死角にはなり得ない。加えて、セシリアはビット兵器の操作時には意識を集中せざるを得ず、操作中は他の動きが阻害される……つまり、スターライトとの同時攻撃が出来なかった。
 また、無意識のうちにビットの操作を簡略化するために常に最善手……その時点でもっとも効果的に思われる場所へ展開・攻撃する癖があり、故に紫苑にとってもどこに攻撃が来るかを読むのは容易だった。

 紫苑はかれこれ15分、ひたすら躱し続けた。
 時間を稼ぐため、一夏へ少しでも自身の戦いを見せるため……そして、セシリアに彼女自身の弱点を気付かせるため。

「そうか……あいつは常に効率のいい場所にしか攻撃していない、そしてあのビットみたいなのを操作している間は動けないのか……!」

(……ふん、自分で気づいたか。さすがは私の弟、といったところか? それとも……そう差し向けたお前を褒めるべきか、なぁ紫苑?)

 確かにこの瞬間に成長している弟を見て、千冬の表情も自然と柔らかくなる。しかしそれも一瞬で、すぐさまそれは鬼教官のものへと戻った。
 
「織斑、素人のお前に同じ動きができると思なよ? 自分ならどうするかを常に考えろ!」

 本来、教師がセシリアの次の対戦相手である一夏に助言するのはルール違反ではあるのだが、そこはやはり姉なのだろう。もともとこの試合自体がイレギュラーであるため自身でも甘いと思いと自覚しつつも、これくらいは許容範囲だろうし、弟が成長する姿はやはり嬉しいようだ。

 一方、この一週間彼と特訓を行っていた箒も一夏の横で試合を見ている。しかし、その表情は一夏と対照的に苦いものになっている。
 彼女は、目の前の試合の不自然さを感じ取ってしまった。まるで誰かに見せるように繰り広げられる攻防。
 誰に? 決まっている、一夏に対してだ。何故、西園寺紫音が織斑一夏に対してそうするのかはわからなかったが、横で試合を見て成長する一夏の姿を見て、自身の一週間を悔やんでしまう。直接のIS訓練は一切せず、体力作りや剣道のみを行ってきた。
 決してそれらは無駄ではないのだが、目の前の映像で繰り広げられている高度な攻防、そしてそれを見て吸収している一夏を見た箒には、先日の紫苑との一件もあり後ろ向きの思考に囚われてしまう。

 となりの一夏は、幼馴染がそんなことを考えているとはつゆ知らず、ただ目の前の試合に釘付けとなっていた。




「あれが月読がファーストシフトした姿……ね」
「はぁ、それにしてもよく避けるッスねぇ」

 紫苑とセシリアが戦っている中、生徒会メンバーも当然観客としてその模様を観戦していた。

「今やり合ったら俺もヤバいかもしれねぇな」

 かつて紫苑と戦い、結果はどうあれ事実上彼に打ち勝っているといえるダリルも目の前の攻防を見てそう呟く。

「えぇっ!? 先輩がそんな弱気なんて珍しいッスね、なんか悪いものでも食べたッスか!?」
「あぁ? そんなこと言ってるとてめぇを喰うぞ?」
「ちょ、こんなところでケルベロスを部分展開しないで欲しいッス! 後輩のお茶目な冗談じゃないッスか!」

 相変わらずの二人は、やがて試合そっちのけでどつきあいを始めてしまう。
 二人のやり取りに慣れていない一般生徒たちはその様子に面食らっているのだが……。

「わぁ~、しののん先輩天使みたいだね~」
「えぇ、とても綺麗ね」

 こちらの二人の姉妹は我関せずといった様子で観戦している。

「ふふ、やっぱり楽しませてくれるわね。それに、まだ何か隠してるのかしら?」

 久しぶりに見る、ISを駆る紫苑の姿を見て楯無は微かな高揚を感じていた。
 それはかつて、二人が戦ったとき。そのときの昂りが湧きあがっている。

 それぞれの心中に様々な影響を与えながら、紫苑はなおも舞い続ける。 
 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



(そろそろ、かな)

 20分が経過したころ、セシリアの動きに変化が訪れる。
 ビットとスターライトとの攻撃の間隔が身近くなってきたのだ。それはつまり、彼女自身が同時に動けない欠点を、今この場において克服しようと成長している過程である。
 とはいえ、一朝一夕で修得できるものではなくまだまだ同時行動は難しいようだが、それでもビットとの時間差が限りなくゼロに近づいてきている。

『くっ、このまま逃げ切るおつもりですか!?』

 いくら一方的に攻撃しているとはいえ、相手には掠りもしていない事実。それは攻め手を心理的に追い詰めていく。しかし、攻撃を止めればすかさず接近されて近接戦に持ち込まれる。そうなればセシリアには勝ち目はない。
 ならば、挑発紛いのことをしてでも相手の動きに変化を起こさせるしかない。無理に攻めてこようとすれば、それだけ被弾の確率も上がるはず、と彼女は考えた。

 しかし……。

『いいえ、そんなつもりは毛頭ありませんよ』

 紫苑はタイミングを見計らい、真っ直ぐセシリアに向かってイグニッション・ブーストで接近を試みる。
 セシリアにとってもこの無茶な突進は望むところ、すぐさま進行ルートを飲みこむようにスターライトの射線を定め、撃ち放つ。その光は、紫苑の体を文字通り貫いた……しかし、止まらない。

 ヴァリアブル・ブーストによる回避は、確かにスターライトの砲撃をすり抜けた……だが。

『予測済みですわよ!』

 いつのまにかミサイルタイプのビットを手元に呼び戻していたセシリアは、手動でスターライトと同時に撃ち放っていたのだ。速度差による時間差攻撃は、回避直後の紫苑を捉える。通常なら回避は不可能と思われるタイミングだが、紫苑に微塵も焦りはない。当たり前のように回避行動に入る。

 しかし、セシリアはここまでが予測済みだった。
 彼女はいつの間にか展開していたショートブレード『インターセプター』をミサイルに向かって投擲、爆破させた。
 いかに変幻自在に回避が行えるとはいえ、近距離での爆発を完全に回避するのは難しい。セシリアはそう考え、ここまで引き込んだ。そして、この機に決めるべく爆発地点をビットで囲み一斉射撃を試みる。既に狙いは事前に設定していたこともあり、この条件下ならスターライトとの同時攻撃も可能になった。
 爆風の中から紫苑の姿が出てこない、それはつまり突進を止めれたということ。セシリアと爆心地まではまだ距離がある、故に次の総攻撃を防ぐ手はない……はずだった。

 しかし、セシリアの攻撃より先に爆風の中から一筋の光が現れ彼女を薙ぎ払う。レーザーなどの光線の類ではなく、質量のあるそれはセシリアを弾き飛ばし、試合開始直後と同様に障壁に衝突させた。
 その衝撃で、スターライトによる射撃は明後日の方角へ飛び、ビットもコントロールを失い攻撃は失敗に終わる。

 セシリアと爆心地までとは15m近くの距離があった。しかし、その距離をもって彼女を薙ぎ払ったのは間違いなく天照の武装、天叢雲剣だった。
 これがファーストシフトとともに齎された新たな力、天叢雲剣による変幻切替(ヴァリアブルスイッチ)だ。

 そもそも月読の頃からではあるがプリセットの武装が、使えなかった武装を含めても三つしか内蔵されておらず、それでいてバススロットにも全く空きがなく、武装が追加できないという事実。それはこれらの武装の容量が大きすぎるということだ。
 その大部分を占めるのがこの天叢雲剣だった。この武装は、名称こそ一つだが、実は無数のデータによって構成されているものを総じて呼ぶ。そのデータとは、その形状や長さなどだ。それを、高速で切り替えることであたかも伸縮変化をしているように扱うことができるのだ。

 今回、紫苑は1mという状態をあらかじめ見せておき、爆風により姿が見えなくなった状態で薙ぎ払いのモーションを行いながら瞬時に最長形状に切り替えた。通常はこれだけの長さの得物を扱うのは困難だが、事前に予備動作をとっておき、相手に到達する前後だけにとどめておけば不可能ではない。

 勝ちを確信した瞬間に受けた一撃。それはセシリアの心を折るには十分だった。
 紫苑はすぐさまブーストにより距離を詰め、剣を突きつける。シールドエネルギーはまだ残っているが、出せる手札を全て出し、自身の限界以上を出し切ってなお届かなかった相手に、今のセシリアには抗う術はなかった。唯一の近接武器を手放した上で接近された今、彼女にもはや勝ち目はない。

『わたくしの……負けですわ』
『そこまで! 勝者、西園寺!』

 アリーナ中の歓声は勝者に、その予想外に高度だった戦闘に…そして、それを担ったセシリアに対して惜しみなく送られた。


 
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