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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第二章   [ 神 鳴 ]
  二十七話 神々の戦 終幕

 須佐之男が放った一本の剣は背後から諏訪子の左脇腹を貫いた。

「あっ!がっ!っっっ!!」

 諏訪子は声も出せないほどの激痛に顔を歪め無防備を晒してしまう。そんな激痛で身動きが取れない諏訪子に須佐之男が兇刃を振りかざした。

「これで王手だな!洩矢ー!!」

 諏訪子の首目掛けて振り下ろされる剛刀。
 その瞬間、津波となって押し寄せてきた水を引き裂きながら黒い流星が須佐之男目掛けて翔けて行き、諏訪子に迫っていた剛刀を須佐之男の手から弾き飛ばした。
 更にその黒い流星の中から赤黒い刃が奔り須佐之男の左肩を貫き鮮血を散らせる。

「ガァァ!!テメーまだ生きてたのかよ!妖怪!!」

 須佐之男は襲撃者に向け数本の剣を呼び出し反撃するが、襲撃者ルーミアは諏訪子を抱え反撃をいなしながら距離を取った。

「本当に死ぬかと思ったわよ!あんたの力一体何なの!」

 突然濁流に飲まれ、しかもその濁流の中で無数の剣戟が襲ってきたのだ。全身ずぶ濡れのルーミアの衣服はあちこち大きく切り裂かれており赤い血が水滴とともに滴っている。正直五体満足なのは運が良いと感じていた。
 須佐之男は切り裂かれた左肩を押さえながら忌々しげにルーミアに視線を向けながら答える。

「……いいぜ教えてやるよ、俺の力はな『剣と海を支配する程度の能力』だ!!」

 須佐之男がそう叫ぶと彼の周囲に濁流が発生しルーミアへと波濤となって襲い掛かってきた。ルーミアは諏訪子を抱えたまま上昇し波濤を躱すが次の瞬間、波濤の中から数匹の龍が現れ(あぎと)を広げて襲撃してきた。
 襲い来る龍達を魔剣と闇のローブで払いながら回避し続けるルーミアを背後から火球が襲う。

「っ!?この!」

 ルーミアはその火球をダーインスレイヴから立ち昇る闇の斬撃で相殺するが、その隙に天照と須佐之男に挟み込まれてしまった。

「終わりだぜ妖怪!こっからの逆転は不可能だ!」

 目の前の須佐之男が無数の剣と水の龍達を従えルーミアにそう宣告する。

「降伏し無様に生き恥を晒すか、洩矢共々此処で散るか、選ばせてあげましょう穢れよ」

 背後にいる天照が最後通告のつもりなのだろう、そんな事を提言してきたがルーミアには降るつもりなどかけらも無い。
 しかし状況ははっきり言って最悪。ルーミア自身の消耗と負傷、同じく消耗と負傷しているとはいえ相手は二人、しかも抱えている諏訪子には意識が無い。
 どうするべきか思案する。虚空と合流するか?辿り着けるか分からない上に状況が悪化する(おそれ)もある。二人と戦う?諏訪子を抱えたままでは無理だろう守りきる自信が無い。
 諏訪子に視線を落とした時ルーミアの脳裏に一つ打開策が浮かぶ。ルーミア自身それが打開策と言うより博打と言った方がいい、と思うほどの行動だがこの状況では最良だと割り切り行動に移した。

「………そうね、この状況じゃ降伏する方が賢い選択よね……じゃぁはっきり言ってあげる……お断りよ!!」

 そう叫ぶと同時にルーミアから漆黒の闇が広がり天照や須佐之男ごと周囲を暗黒に閉ざす。一切の光を許さない絶対の黒の世界。の筈だった。
 その世界を圧倒的な輝きが切り裂いた。それは一切の闇を許さない太陽の輝き。天照から放たれた光が一瞬にしてルーミアが生んだ暗黒を掻き消してしまった。

「愚かですね、貴方如きの闇など太陽である私の輝きの前では朝霧と同じ。無駄な抵抗など……?」

 天照の視線の先にはルーミアは居らず黒い繭の様なものに包まれている諏訪子がいるだけだった。
 逃げた?天照は一瞬そんな考えに耽ってしまう。そこに、

「姉貴!!上だ!避けろ!!」

 須佐之男の叫びが響く。そして天照が視線を上に向けるとそこには剣を大きく振りかぶり斬りかかろうとしているルーミアがおり、剣からは闇色の猛火が猛り実に五十メートル近くの刃を造り上げていた。

「斬り裂けーーーーーッ!!!!」
「っ!?なめるな!穢れが!!!」

 ルーミアはその巨大な刃を天照目掛けて振り下ろし、天照は太陽と化し振り下ろされた脅刃を受け止める。
 しかしその太陽は消耗により諏訪子と戦った時より格段に小さく三十メートルも無い。闇の刃は敵を斬り裂かんと紅蓮の塊に食い込み、太陽は脅刃を砕かんと激しく猛る。
 永い様で短い漆黒と紅蓮の(せめ)ぎ合いはガラスが砕ける様な音と共に決着した。闇の刃は砕け散り、紅蓮の太陽は粉砕する。互いの攻撃は相殺した。
 しかしルーミアの攻撃は止まっておらず天照に向けダーインスレイヴが迫り、その一撃が天照を捉えたかに見えた瞬間ルーミアの腹部を須佐之男が放った一本の剣が貫き、そのせいで振り下ろした刃は天照の額を浅く斬っただけだった。

「ガッ!ハッ!く、くそ…」

 賭けに負けた、終わりか…ルーミアはそんな事を考えながら地上に落ちていく。

「お、おのれ!穢れの分際で!!」

 天照は額の傷を押さえながら憤怒の表情で落ちていくルーミアを睨みつけ止めを刺すために火球を造り出す。

「往生際が悪ーぞ妖怪が!!」

 須佐之男も天照に合わせるように数本の剣の造り出しルーミアに狙いを付ける。落ちていくルーミアに天照と須佐之男が止めを刺そうとした時、得体の知れない気配が周囲を支配した。

「「「 !? 」」」

 その場に居た三人が同時に気配の中心地へと視線を向ける。そこにはルーミアが施した繭を破った諏訪子が幽鬼の様に浮いていた。

「……………」

 諏訪子は俯きながら何かをブツブツと言っているが少し距離があるため三人には聞こえていない。
 すると諏訪子の身体からどす黒い陽炎の様なものが立ち昇り諏訪子を貫いていた剣が一瞬にして“朽ちた”
 その光景に唖然としている天照と須佐之男に諏訪子が顔を上げ視線を向ける。ルーミアは諏訪子の瞳を見て驚愕した。
 琥珀色だったその瞳は諏訪子の身体を覆っている陽炎と同じ色に染まっていたのだ。ルーミアは今自分が見ている“モノ”が何なのか解らない。確かに諏訪子の筈だ、でも諏訪子とは思えない。

「……諏訪子…なの?」

 ルーミアの疑問に答える者は居なかった。そして再び諏訪子が呟きだす。

「…あんた達に…あんた達に…あんた達に…あんた達に…あんた達に…あんた達に…あんた達に…あんた達に………あんた達なんかに!!あたしの国から出て行け!!!!」

 その叫びに呼応する様に諏訪子から立ち昇っていたどす黒い陽炎が密度を増し溢れ出す。先程のルーミアの闇よりも暗い暗い黒の靄が諏訪子を完全に包み込み更に広がっていき、そして徐々にその形を変え遂にその姿を定着させた。
 どす黒い色をした八つ首の大蛇。首の一つ一つが二十メートルもあり全長百メートルを超える巨大な化け物の姿だった。
 その身体からはどす黒い陽炎が立ち昇り爆発的な神力を放っている。黒い大蛇から放たれる陽炎が火の粉の様に森や大地に降り注ぐと木々は急速に枯れ落ち大地の土は無惨に腐り果て次々に大地が死んでいく。

「…な、なんだよアレは…」
「………」

 迸る圧倒的な神力と禍々しい気配、そして目の前で起こっている光景に天照と須佐之男は気圧される。
 この戦場において諏訪の軍も大和の軍も一番重要で当たり前の事実を失念していた。それは諏訪子が“祟り神”であるという事を。
 この地に出現したおそらく最古の神にして最初の祟り神である諏訪子の本来の姿があの威容なのだろう。

ヴォォォォォォォォォォォ!!!!!!

 八つ首の蛇が咆哮し十六の瞳が獲物に向けられる。そして八つの顎が天照と須佐之男目掛けて襲い掛かった。

「チィッ!!」
「くッ!」

 二人はその猛撃を辛うじて躱し距離を取るが八つ首の蛇は距離を取った天照達を追って暴れ狂った。
 雄叫びを上げ、大地に牙を立て、木々を貪り、口からは祟りの黒炎を吐き大地に死と破壊を広げていく。
 蛇に蹂躙された場所はどす黒い瘴気のが漂う死の土地へと変わっていた。

「……醜悪な……」

 荒れ狂い、破壊し、祟りを撒き散らす蛇に天照はそう吐き捨てる。そして大蛇に向け三十以上の火球を撃ち込んだ。
 須佐之男も数十本の剣と十匹の水龍を大蛇に向け一斉に放つ。しかし火球は黒い陽炎に遮られ、剣は大蛇の身体に触れた瞬間全て朽ち果て、水の龍は腐り四散した。

「「 ッ!? 」」

 自分達の攻撃が完全に無力化され天照達は激しく動揺する。その二人に向け大蛇は再び猛威を振るう。
 噛み砕こうと顎が、祟り殺そうと口から黒炎が、首を鞭の様に(しな)らせて暴れまわる。
 一方的な蹂躙。圧倒的な力に嬲られる大和の二神。しかしそれを見ているルーミアには何故か不安が募っていく。

「……凄い…けど、どうして嫌な予感しかしないの?」

 ルーミアの視線の先では無秩序に暴れまわる八つ首の蛇が咆哮を上げていた。荒々しい雄叫びではなくまるで慟哭の様に。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 神奈子との決着がついた時、凄まじい神力と禍々しい気配を感じた僕は視線を巡らせそして遠目に黒い八つ首の大蛇を捉える。

「!?……諏訪子?」

 その大蛇から何故か諏訪子の神気を感じるのだ。それに何だこの神力の強さは。あれが諏訪子だとしてもこんな力が残っている訳が無い。酷く嫌な予感がする。

「……ハ、ハハ…ハハハハハッ!!」

 突如上がった笑声の方に視線を向けると倒れていた筈の神奈子が傷を押さえながら上体を起こしていた。
 どうやら自分に治癒をかけているようだがあの傷はかなり深い為苦しそうに荒い息を吐いている。
 それでも痛みに顔を歪めながら可笑しそうに笑っていた。僕は地上に降りて神奈子のもとまで歩を進めると神奈子の首筋に刀の刃を当てる。

「………何がそんなに可笑しいのかな?僕にも教えてくれるかい?」

 そんな言葉を神奈子に投げかけると神奈子は不思議そうな顔をした後僕を嘲るように笑みを浮かべる。

「…本気で言ってる…訳じゃないよね…あんたも薄々気付いてるんじゃ…ないのかい…」

 神奈子の言う通り僕は今の諏訪子の状態に確信に近い憶測を立てていた。立場の違いだろう僕には笑えない事だけど。

「…荒御霊(あらみたま)…」

 僕は一つの単語を呟く。

「…ご名答…あたしも神だからね…今の洩矢が荒御霊に堕ちているのがよく分かるよ…。自分の限界を超えての神力の行使…一時的に凄まじい神力を得る事ができるが…その末路は…器の崩壊、つまりは消滅……何があったかは分からないけど…荒御霊になった以上洩矢は終わりだ…つまりあたし等の勝ち…そして……あんた達の負けだ…」

 荒御霊に堕ちた神は間違いなく消滅する。諏訪子の死が確定した以上僕達の負けだろう。でも、

「それはどうかな?諏訪子が今戦っているのは天照だろう?天照が死ねば君達も終わりじゃないか」

 そう、大和の大将である天照が先に倒れれば事実上こっちの勝ちだろう。そんな僕の台詞に、

「…残念だったね…天照様が御倒れになってもその席は弟である須佐之男が継ぐよ…そして仮に須佐之男が倒れたとしても…天照様の妹の月詠様が継ぐだけ…どう間違っても…あんた達の負けなんだよ…諦めて降伏しな…指揮官なら…」

 完璧な王手、この戦もう僕達に勝機は無い。ならしなければならない事を考える。

「降伏する代わりといっちゃ何だけど…ねぇ神奈子僕と取引しない?」

 僕の言葉に神奈子は疑わしそうな視線を向けながら応える。

「…取引だって…ハッ!こっちの勝ちは…もう決まってるんだよ…取引の意味も無いし…あんたにも交渉材料は無いだろう…」

 神奈子は僕を嘲笑をしながらそんな事に言った。確かに神奈子の言う通りもう僕達に勝機は無い。負けが確定した相手と取引する馬鹿などいないだろう。でも神奈子は一つだけ勘違いをしている。

「……僕の要求は“諏訪子を含む全ての諏訪の神達の身の安全”だよ。もしこの要求を受け入れないのなら……此処で君を殺した上で僕は自分の持てる全ての手札を使って死ぬまで大和の軍に損害を与える続ける」

「!?」

 僕の言葉に神奈子は驚きの表情を見せた。神奈子は別に自分が殺される事に驚いた訳でも、僕が大和の軍に特攻する事に驚いた訳でもなく、その行動の意味する事に気付いただけ。
 諏訪は、僕達はここで負ければ全て終わりだ、この先に何も無い。でも大和は違う。

「今大和の軍に出ている損害だって想定外のものだよね?これ以上の損害は出したくない筈だ。この先、もしかしたらすぐ次の戦があるかもしれない、でも君を失い、戦力の半数以上を失った大和に戦に堪える力は残るのかな?……だからこその取引なんだよ、どうするの神奈子?」

 このあとの諏訪の神達の処遇が分からない以上身の安全を確約させなければいけない。僕は刀の刃を神奈子の首筋に触れさせながら真っ直ぐに神奈子の瞳を見つめる。
 神奈子は僕の視線から逃げる様に目を閉じ黙考した。そして目を開き僕を見つめ返しながら、

「………いいだろう、その話飲んであげるよ。…あんた本当に人が悪いね」

「褒め言葉として受け取るよ。じゃぁ早速お願い」

 僕の催促に神奈子は座った状態で右手を上に向ける。すると一本の御柱が現れ上空に向かって飛び上がっていく。そして一定の高さまで上がると砕け散った。

『大和及びに諏訪の軍に告げる。我は大和軍総司令八坂神奈子。先程諏訪の司令官より降伏の申し入れがあり我が大和はそれを承諾した。よって此度の戦は我が大和の勝利と成った。故にこれ以上の戦闘行為は無意味である。両軍即座に戦闘を止め軍を退くがいい』

 なんらかの術法なのだろう戦場全てに神奈子の声が響き渡っていく。これで本隊の方は大丈夫だろう。
 後は諏訪子だ。手遅れになる前に何とかしないと。

「…荒御霊に堕ちた神は助からない…洩矢はもう終わりだ…何をするつもりかは知らないが…無駄な事だよ…」

 諏訪子の所に向かおうとしていた僕の背中にそう神奈子が言葉を吐く。僕は神奈子の方に振り向きながら、

「…そうだね無駄な事かもね。でもやらないよりはやった方がいいでしょ?もしかしたら奇跡が起こるかもしれないしね」

 いつもの様にヘラヘラ笑いながらそう答える。そして今度こそ諏訪子が荒れ狂っている所を目指して飛び立った。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■





 目的地に辿り着いた僕が見たのは、いまだに八つの首を狂ったように暴れさせる黒蛇と対峙している傷だらけの大和の二神、そして少し離れた地上に座り込んでいるルーミアだった。
 僕はとりあえずルーミアの所まで行くことにする。

「ルーミアよかった無事だね。ちょっと手伝ってほしいこ「虚空!あんたどういうつもりよ!降伏するなんて!何考えてるのよ!!」

 僕が話し掛けた瞬間、ルーミアは僕の胸倉を掴み上げ罵声を浴びせてくる。まぁ無理もない、事情を知らない者からしたら当然の反応だ。

「…降伏の理由は勝機が無くなったから。負けるなら綺麗に負ける方がいいでしょ?これ以上無駄に被害を出さない為に」

「…勝機が無くなった、ってどういう事よ?」

 疑問を投げかけるルーミアに僕は神奈子とのやり取りを掻い摘んで説明した。



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「――――多分もうあまり時間が無いから、助けられるかは分からないけど協力してルーミア」

 僕の説明にルーミアは納得していない様だったが渋々と言う感じで頷いた。

「…何をすればいいの?」

「何時仕掛けるかは任せるからどんな手段でもいいから諏訪子の動きを止めてもらえるかな」

「分かったわ…でもあんたがやろうとしている事は諏訪子にとっては裏切りよ。過ぎた事だけど本当によかったの?」

 ルーミアは言ってる事は間違っていない。僕のした事はあの子にとっては裏切りだ。

「…僕は天秤にかけたんだよ、“諏訪子が守りたいもの”と“諏訪子自身”を。どっちか選ばないといけなかったからね、そして僕は諏訪子の命を選んだ。それが裏切りになるんなら構わないし祟られたって文句は言わないよ。自分の選択に…いや、我侭に後悔はしていない」

 ルーミアにそれだけ言って僕は荒れ狂う大蛇を目指した。





□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 天照と須佐之男は諏訪子の状態を理解しているらしく逃げの一手だ。それはそうだろう放って置けばその内消滅するのだから無理に攻撃する必要も無い。
 だが大蛇の攻撃は熾烈を極め大和の二神を追い詰めていた。そして二神に向け大蛇の一匹が口から黒炎を吐き出した。

強欲(マンモン)

 強欲(マンモン)呼び出した僕はその黒炎に向け飛び込み太刀を叩きつける。すると黒炎は強欲(マンモン)の刃に溶け込むように吸い込まれていく。
 それと同時に僕の中に言い表せない何と言うか気持ち悪い感覚が広がっていた。予想通り強欲(マンモン)の略奪能力は祟りにも有効だった。でも今まで色々力を略奪してきたけどこんな気持ち悪い感じは初めてだ。コレ取り込んでも大丈夫なのかな?………まぁ今はそんな事どうでもいいか。

「神狩!?何の真似だよ!」

 後ろの方で須佐之男が騒いでいる。僕は視線だけ後ろに向けて、

「さっきの神奈子の宣言聞いてたでしょ?戦は君達の勝ちだよ。僕はこれから諏訪子を元に戻さないといけないんだ、邪魔だからどっか行ってくれるかな?」

 そう言い放つ。それに須佐之男が言い返そうとした所を天照が手で制した。

「荒御霊に堕ちた神を救うと?できる訳がありません。――――まぁ貴方がアレの相手を引き受けてくださると言うのであれば任せましょう。精々頑張る事ですね、下がりますよ須佐之男」

 それだけ言うと天照はこの場から離れていく。その後を須佐之男も付いて行った。二人が離れたのを確認して僕は視線を正面に戻す。
 目の前には唸り声を上げて今にも襲い掛かってきそうな雰囲気を纏う大蛇。どうやら目標を僕に変えたらしい。多分諏訪子の理性は働いていないのだろう、最早暴獣だな。
 僕は当初の予定通り力尽くで行く事にする。
 やる事は単純だ。あの大蛇を強欲(マンモン)で斬り裂いて核になっている諏訪子の意識を絶つ、ただそれだけ。
 あの大蛇の身体は神力の塊だから斬っても諏訪子に危険は無い、筈だ。痺れを切らしたのか突如大蛇が動く。
 顎を広げ僕を噛み砕こうと三つの首が三方向から襲い掛かり、それを避けた先に黒炎が吐き出された。
 その黒炎をさっきと同じ様に吸収し大蛇の懐に入ろうと近付くが残っていた蛇達がそれを阻むように襲い掛かる。
 迫ってきた蛇の一つに太刀を振るい首を叩き斬るが、落とされた首は瞬時に再生し再び顎を広げた。
 やっぱり一気に胴体を斬らないと意味が無い。それに無駄に再生させると諏訪子の限界突破が早まってしまう。

ヴォォォォォォォォォォ!!!!!!

 突然大蛇が咆哮したかと思うと大蛇の身体を地中から這い出た幾十もの黒い鎖が伽藍締めに拘束していた。ルーミアの援護だろう。
 それを見て僕は一気に大蛇の胴部目掛けて空を翔ける。鎖の拘束は見る間に引き千切られていくが僕が接近するには十分すぎる。
 僕は太刀を上段から一気に下に振り下ろし大蛇の胴部を斬り裂くとその内側で暗闇に浮かぶ様に漂う諏訪子が見えた。
 その暗闇に強欲(マンモン)を突き立て諏訪子の周囲の祟りを吸収し薄まっていく祟りの闇から諏訪子の手を取り此方側に引っ張り出した。
 限界が近かったのだろう、諏訪子の瞳には力が無く意識があるかも怪しい。僕に引き寄せられた諏訪子は抵抗する事も無く僕の胸に倒れ込み完全に意識を失った。それと同時に八つ首の大蛇がゆっくりと、まるで蜃気楼の様に揺らぎながら消えていく。
 それを確認すると僕は大きく息を吐いた。

「……何とかなったかな。…諏訪子にはたぶん怨まれるだろうな、まぁしょうがないか」

 諏訪子を抱きとめた時に彼女が呟いた一言が耳に残っていた。
 『…虚空、…どうして?』
 どうして?、か…僕がそうしたかったから。なんて正直に言ったらきっと物凄く怒るだろうな。

「虚空!諏訪子はどうなの!」

 僕がそんな事を考えていたらルーミアがそこまで来ていた。

「大丈夫だよ相当疲労してるけど神力を分けてもらえば安定する筈だから。それでルーミアにお願いがあるんだけど」

「何よ?」

「さっきから紫のスキマの気配を感じないんだ、たぶん疲労で倒れたんだと思う。だから諏訪子を本陣まで連れて行ってくれるかな?」

 僕の申し出にルーミアは不思議そうな顔をする。

「?何でよあんたがそのまま運べばいいじゃない?」

 そうしたいのは山々なんだけどね、出来ない理由がすぐそこまで来ているだよ。

「僕はこの後ちょっと用事があって帰れないんだよ……そうだよね神奈子?」

 後ろを振り返ると神奈子と数人の大和の神がいた。それを見てルーミアが身構える。その集団から神奈子が此方に歩み寄って来た。

「取引は“洩矢を含む全ての諏訪の神達の身の安全”だったね?悪いけど念の為にあんたは拘束させてもらうよ、文句は無いんだろ?あとそこの妖怪、見逃してあげるから洩矢を連れてとっとと諏訪の陣に帰りな」

 それを聞いたルーミアは目線で僕に問いかけてくる、どうするのか?と。

「と、言う訳だから諏訪子の事お願いねルーミア。あぁ後紫に『帰りが遅くなるけどいい子にしているように』って伝えてもらえるかな」

 諏訪子をルーミアに預けながらそうお願いをする。まぁあの子の事だから心配は要らないだろうけど。
 ルーミアは大きく溜息を吐きながら、

「分かったわ、それとあんた私との取引内容忘れてるでしょう?仕方が無いからあんたが帰ってくるまで諏訪にいてあげるわ、感謝しなさい」

 そう言い残しルーミアは諏訪子を抱きかかえて諏訪の陣を目指し飛んでいった。確かにルーミアの言う通り取引内容を忘れていた、確か“この戦が終わるまで”だったな。帰ったら何かお礼しなきゃいけないな。

「……さてと、お待たせ神奈子、行こうか」

「そうだね――――この者に錠をかけ本陣に連行せよ!」

「「 はっ!! 」」

 神奈子の号令に大和の神達が返事を返しそして僕の手に錠をかけ拘束した。こうして後に『諏訪大戦』として語り継がれる神々最大の戦は幕を閉じた。
 双方の神々と大地に深い傷を残して。

 
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