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OH!ポップスター

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第一章


第一章

                  OH!ポップスター
「青春が渡れない河あるねと」
「全くだな」
 俺はラジオでその歌を聴いて一人呟いた。その歌を歌っているのは俺だ。俺が歌っている。まさかこんな荒んだやりきれない気持ちで自分の歌を聴くことになるとは思わなかった。
 後ろを振り向くとそこにはベイブリッジがある。もう戻ることはない。戻りたくもない。俺の青春があった場所、二度と思い出したくはない青春のある場所だ。
 粉雪が摩天楼の中で降って海にも道路にも舞い降りる。俺はその中で歩きながらこれまでのことを思い出していた。思い出したくはないが思い出してしまう、そんな状況だった。
 あの時俺は屋根裏の部屋で暮らしていた。最初は一人だった。
 バイトをしたり道で歌ったりして生きていた。貧しかったが何時か夢を掴んでみせる、そう思いながら生きていた。
 そんなある日のことだった。その日はレストランで流しの歌を流していると誰かが声をかけてきた。
「いい曲ね」
 女の子の声だった。そこを振り向くとブラウンの髪と目の背の高い娘がいた。白いシャツに青いジーンズといったラフな格好が似合っていた。
「誰の曲かしら」
「ビッグスターの曲さ」 
 洒落たアメリカンなレストランの中で席を一つ貰ってギターを鳴らして歌っていた。その俺に声をかけてきた。
「ビッグスター?」
「ああ」
 俺はニヤリと笑って彼女に応えた。
「その通りさ」
「そのわりには知らない曲だけれど」
「当然だろうな」
 そのニヤリとした笑みで彼女に言葉を返した。
「これからスターになる奴の曲だからな」
「それは誰?」
 彼女は悪戯っぽく笑って俺に声をかけてきた。
「俺さ」
「下手な冗談ね」
 俺のその言葉を聞くと少し吹き出してきた。けれど俺は自信に満ちた顔でそれに返した。少なくとも俺にはこの時は絶対の自信があった。
「けれど歌は上手いぜ」
 俺は悪びれずに言い返した。
「それはわかるよな」
「そうね。悪くはないわ」
 彼女もそれを認めてきた。笑いながら言葉を返してきた。
「その曲は」
「そうだろ?じゃあ聴くかい?」
「ええ」
 にこりと笑って俺の側に座って曲を聴きだした。これが俺と彼女の出会いだった。
 彼女は学生だった。カレッジに通うごく普通の女の子だった。俺はハイスクールを出てそのままこの街に一人で出て来た。それからずっとこうして暮らしてきた。
 アメリカン=ドリームとは言うがそれを掴むのは難しい。中々掴めるものじゃない。実際に俺は何年も貧乏暮らしだ。それが現実なのもわかっていた。
 それでも夢は掴みたかった。だからこうしてやってきた。屋根裏で一人で。次に会った時もそうだった。俺は今度は道でギターを鳴らして歌っていた。
「今度は新曲?」
「曲は幾らでも考えつくんでね」
 顔を見上げて彼女に応えた。春の眩しい日差しの中で。
 俺はベンチの上に座っていた。その横に彼女が来たのだ。俺を見下ろすようにしてあのくすりとした笑みで声をかけてきたのだ。やっぱりジーンズが似合っていた。
「それでそれを歌ってるってわけさ」
「今何曲持ってるの?」
「百曲はあるな」
 俺は平然としてそう答えた。
「多いだろ」
「数はね」
 憎まれ口めいたことを述べてきた。
「他はどうかしら」
「この曲聴いて何も思わないんだったらあんたセンスないぜ」
 俺は笑ってこう言ってやった。
「いい曲だろうが」
「まあね」
 笑ったまま俺に頷いてきた。
「この前の曲もよかったけれど」
「あれはそこそこ有名なんだよ」
「へえ」
 俺のこの言葉に楽しそうに笑ってきた。実際に俺との言葉のやり取りを楽しんでいる感じであった。
「そうなんだ」
「そうさ、それでな」
 俺はさらに言葉を続けて述べた。
「この曲もそうなんだよ」
「今の曲ね」
「悪くないだろ?」
 あえてサビをギターで聴かせてみた。
「この曲もな」
「少なくともファンは作れるわね」
「どうも。それでそのファンは何処かな」
「ここに一人ね」
 つまり自分自身だと。こう言ってきたのだ。にこりとした笑みに変えて俺の顔を見下ろしながら。実際に楽しむ顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「いるわよ」
「惚れたってわけか」
「ええ。よかったらさ」
 俺の横に腰掛けてきた。そのうえでまた言ってきた。
「もっと聴かせてくれないかしら」
「チップは弾んでくれるんだろうな」
「あら、シビアね」
「結局コインが全てなんだよ」
 俺はそうした信条だった。売れなければ話にならないと思っていた。アメリカン=ドリームってやつは大金持ちになることだとばかり思っていた。今思うと俺は本当に馬鹿だった。
「全部な」
「そうかしら」
 彼女はくすりと笑って俺に言葉を返してきた。俺もそれを受ける。
「そうだったら随分簡単だと思うけれど」
「簡単なんだよ」
 何もわからないまま言った。
「世の中っていうのはな」
「それを確かめる為に音楽やってるの?」
「いや」
 その問いには首を横に振った。音楽への気持ちは本物だった。
「音楽は好きさ。それは本当のことさ」
「そうなの」
「ああ、じゃあ聴くかい?」
 また声をかけてみた。彼女を見ながら。
「俺の曲を」
「そうね。最後まで全部の曲聴きたいわ」
「そりゃどうも。じゃあ何度でも難局でも聴きな」
「ええ」
 こうして二人の付き合いがはじまった。俺達はすぐに一緒に暮らすようになって彼女にも何度も何曲も聴かせた。楽しい時間を過ごしていた。
 そんなある日だ。俺はまた仕事が入ったことを彼女に教えた。
「またギターの仕事が入ったよ」
「よかったじゃない」
 屋根裏の部屋に彼女が待っていた。その中で空のグラスを拭いていた。
「それで何処で仕事するの?」
「ライブ会場さ」
「あら、凄いじゃない」
 俺の言葉に目を輝かせてくれた。まるで自分のことのように。
「ライブだなんて」
「そうだろ。何か凄いラッキーだよ」
 俺は笑いながらそれに応えた。ギターを部屋の隅に置いてベッドの上に座った。彼女は椅子に座ってグラスを拭いて俺の方を見ていた。
「今でも夢みたいだ」
「お金は?」
「そっちもだよ」
 俺は笑ってそれに応えた。
「かなりいいんだ、これで酒が買えるぜ」
「じゃあ乾杯する?」
「ああ」
 俺はその言葉に頷く。
「何もないけれどな」
「それでもね」
 空のグラスで乾杯した。金が思いきり入ることに俺はとにかく嬉しかった。それだけを考えていた。金さえあればそれで幸せになれると思っていた。
 
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