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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第八十三話 フェザーン謀略戦(その5)




宇宙暦 795年 9月16日    フェザーン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



皆の視線がルビンスキーに向いている。しかしルビンスキーは微動だにしなかった。
「出鱈目だ」
「証拠が無ければ認めませんか」
「当然だろう」

ルビンスキーが俺に笑いかけた。勝ち誇ったような顔だが鼻血が出ている、滑稽なだけだ。
「残念だな、中将。良く出来た推理だとは思う。地球などという良く分からぬものを使ってフェザーンを貶め、フェザーンの中立を無効にしようとしたのだろう。レオポルド・ラープは地球出身だからな、推理は成り立つ。それによって帝国軍を誘き出すか……。見事ではある、だが証拠が無い」

皆が感嘆の表情でルビンスキーを見ている。全く俺も同感だ、大したものだ、ルビンスキー、なかなかしぶとい。まあこいつも命がかかっている、必死という事か。失敗すればたちまち地球に消されるだろう。現自治領主から故自治領主に名義変更というわけだ。もっとも俺を甘く見たことは死ぬほど後悔させてやる。

「では、貴方は地球とは全く関係ないと?」
「当然だ」
「そうですか、それは残念です。後悔しますよ、私を甘く見た事を」
自信満々だな、ルビンスキー。可笑しくて思わず笑い声が出た。そんな俺をシェーンコップが面白そうに、サアヤが呆れたように見ている。

「貴方の自宅には変わった部屋が有りますね」
「……」
俺の問いかけに皆が不思議そうな顔をした。何故話題が変わったのか理解できなかったのだろう。ルビンスキーだけがこちらを窺うような表情をしている。

「窓が無く分厚い鉛の壁で閉じられている……」
ルビンスキーが顔を蒼褪めさせた。信じられないと言った風情で俺を見ている。形勢逆転だな、ルビンスキー。俺はにっこりとルビンスキーに微笑みかけた。ルビンスキーの顔が更に蒼褪めた。

「どうしました、顔色が悪い。先程までの元気が無いようですが」
「……」
皆が俺とルビンスキーを見ている。訝しげな表情だ。不思議なのだろう、部屋の話をしただけでルビンスキーが蒼褪めているのだから。

「部屋自体が通信室になっている。しかも声を出す必要もない。貴方の思念を特殊な波長に変えて送り出している……。さて、受け手は誰です、アドリアン・ルビンスキー」
「……馬鹿な、何故それを」
ルビンスキーが喘いでいるのを見て声を出して笑った。幽霊でも見たような表情で俺を見ている。余程にショックだったらしい。

「証拠が無いと言いましたね。貴方の家の通信室を起動してみましょうか、一体誰が出てくるのか」
「……」
ルビンスキーの身体が小刻みに震えだした。先程までの傲岸さなど欠片も無い、怯えたように震え俯いている。そして周囲ではざわめきが起きた。

「私です。お応え下さい」
「……」
ルビンスキーが弾かれた様に顔を上げ俺を見た。にっこりと笑ってみせると慌てて視線を逸らす。レムシャイド伯が目を見張って俺とルビンスキーを見ていた。

「私とはどの私だ」
「……」
今度は肩がぴくっと動いた。“馬鹿な……”、ルビンスキーが呟くのが聞こえた。

「フェザーンの自治領主、ルビンスキーです。総大主教猊下には御機嫌うるわしくあられましょうか」
「……」
周囲がざわめく。おそらく皆顔を見合わせあっているだろう。ルビンスキーは顔を伏せたまま動かない、そして震えている。故意に笑い声を上げた。さてルビンスキーにはどう聞こえているか……。

「随分と低姿勢ではありませんか、アドリアン・ルビンスキー。何時もの貴方らしくない、自信も無ければ傲岸さもない。まるで主人に対する奴隷のようだ」
「……」

嘲笑を込めて言い放つとルビンスキーの身体の震えが更に酷くなった。レムシャイド伯に視線を向けた、伯も蒼白になっている。リンツ、ブルームハルトも貧血でも起こしたような顔色だ。可笑しかった、訳もなく笑い声が出た。その声に更に皆の顔が蒼褪めるのが見えた。

「大変でしょう、自分の心を押し殺すのは……。言葉ではなく思念が相手に届いてしまうのですからね。常に奴隷として振る舞わなくてはならない。野心家の貴方にとっては非常な苦痛だ」
「……」
ゴクッと喉が鳴る音がした。誰かが唾を飲みこんだのだろう。その音だけが部屋に響く。

「しかし失敗すれば貴方に待っているのは死だ。彼らは裏切りを許さない、貴方の前任者、ワレンコフのように急死する事になる」
周囲がまたざわめく中、ルビンスキーが顔を上げた。
「……馬鹿な、貴様、一体……」

「何者だ? それとも何故知っている、ですか。詰まらない質問だ、……言ったでしょう、世の中には不思議な事がたくさんあると」
思わず笑ってしまった。転生者に何者と聞いてどうする。何故知っていると聞いてどうする。答えられるわけがない、ただ笑うだけだ。周囲が俺を怯えたように見ているのが分かった、それでも俺は笑うしかない。そしてルビンスキーはさらに怯えた表情を見せた。

笑い終わってルビンスキーの顔を覗き込んだ。ルビンスキーは俺と目を合わせようとしない。
「通信が終わると貴方はこう考える。自分は地球を支配する者達にとって一介の下僕でしかない。しかし、未来永劫にわたってそうだろうか? そうであらねばならぬ正当な理由は何処にもない……」
「……止めろ」
ルビンスキーが呻いだ。

「さて、誰が勝ち残るかな」
「止せ……」
「帝国か、同盟か、地球か……」
「止めるんだ……」
ルビンスキーが俯いたまま呻く。

「それとも、俺か……」
「止めてくれ!」
最後は絶叫だった。頭を抱えて呻いている。凍り付いたような部屋にルビンスキーの呻き声だけが響いた。笑った、思いっきり笑った。俺はその声が聞きたかったんだ、ルビンスキー。

「顔を上げなさい」
ルビンスキーがイヤイヤをするように首を振った。リンツに視線を向ける、リンツが慌てて嫌がるルビンスキーの顔を上向かせた。しかし目を合わせようとしない。

「私を見なさい、アドリアン・ルビンスキー」
「……」
「私を見なさい!」
奴の目を見る、明らかな怯えが有った。顔を近づけて低い声で囁いた。

「私を甘く見るんじゃない、分かりましたか」
ルビンスキーが震えながら頷いた。少し威かし過ぎたか……、だがこれで馬鹿な事は考えないだろう……。時刻を確認した、十一時十八分。

立ち上がって全員を見た。皆姿勢を正して無表情に俺を見ている。命令を待つ姿だ。
「撤収します。アドリアン・ルビンスキーを拘束してください。人質として連れて行きます」
リンツがルビンスキーを引き立ててもルビンスキーは抵抗しなかった。良い傾向だ。

「私はどうするのだ、ヴァレンシュタイン」
半分以上諦めの口調でレムシャイド伯が問いかけてきた。まあ人質に取られると思うのは当然だろう。俺もそれを否定はしない、しかし話の持って行き方が有る。この爺様にはもう少し協力してもらわないと……。

「私達と同行してもらいます」
「人質か……」
「いえ、フェザーンは危険です。何処に地球教の人間が居るか分かりません。イゼルローン経由で帝国に戻ってください」

俺の言葉にレムシャイド伯が考え込んだ。それを見たシェーンコップが伯に声をかけた。
「提督の言うとおりですな、我々と同行した方が良い。最悪の場合、連中は閣下を暗殺しその罪を我々に擦り付けるかもしれない」
「なるほど、フェザーンは危険か」

「それも有りますが、地球対策は帝国と同盟がバラバラに行うのではなく協力して行う必要が有ります。そのためには伯の力が必要です。我々がいくら帝国に訴えても帝国はなかなか信用しないでしょう。伯に死なれては困るのですよ」
「分かった、ところで部下達はどうする」
レムシャイド伯が拘束され転がされている部下達を目で指し示した。

「この場で開放します」
俺の言葉に皆が不安そうな表情を見せた。今一つ信用できない、そう考えているのだろう。そして拘束されている帝国人達も妙な目で俺を見ている。

「良いのか?」
レムシャイド伯も皆の不安を感じ取ったのだろう。幾分こちらを気遣う様な表情で質問してきた。良い傾向だな、少なくともチャンスとは捉えていない。協力的だ。

「ええ、彼らにはやってもらいたい事が有ります」
「?」
「ルビンスキーの自宅へ行って欲しいのですよ」
「なるほど、通信室か、それが有ったか……」
「証拠を押さえる必要が有りますからね」
レムシャイド伯が何度か頷いていたが顔を俺に向けると妙な眼で俺を見た。

「しかし、卿、それを何処で知った?」
「……さあ、随分と昔の事なので覚えていませんよ」
「ふむ、答えたくないと言う事か」
今度は納得したような表情をしている。思わず苦笑が漏れた。

「レムシャイド伯、彼らには伯から命じてください」
「分かった」
「シェーンコップ准将、彼らの拘束を解いてください」
「はっ」

全てを終え、部屋を出たのは十一時二十八分だった。



宇宙暦 795年 9月16日    フェザーン  ミハマ・サアヤ



「どうも目障りですな」
シェーンコップ准将の声と口調は不機嫌そのものでしたが提督は気にすることもなくシートに座っていました。チラッと准将を見ます。

「攻撃はしてこないのでしょう」
「まあ、そうです。しかし気持ちの良いものではありません。尾行(つけ)られる事も見下ろされることも」
「仕方ないでしょう、ルビンスキーを攫われたのですから向こうも必死です」

思わず溜息が出ました。他人事みたいな口調ですがルビンスキーを攫った首謀者は他でもないヴァレンシュタイン提督です。今の話を相手が聞いたら頭から湯気を立てて怒るでしょう。でも提督の事です、“何で怒るの”とか平然と訊きそう……。可哀想に……。

私達は今宇宙港に向かっています。私達が宇宙港から乗ってきた五台の地上車の他ヴィオラ大佐が地下の駐車場に用意した五台の地上車、合わせて十台の地上車が宇宙港に向かって疾走している。まるで映画のようです。知らない人が見たら映画の撮影でもしてるのかと勘違いするでしょう。何事も無ければ後三十分程で宇宙港に着くはずです。

当然ですが全車地上交通管制センターのコントロールをカットして手動運転です。法定制限速度なんて無視、周りの地上車を弾き飛ばすような勢いで十台の車が爆走しています。そんな私達に周囲の車は逃げるように道を譲るのです、凄い快感! 私、段々物騒な女になりそう……。

先頭車はデア・デッケン少佐が乗車しています。そして最後尾はリンツ中佐、私達はその手前にいます。ちなみにレムシャイド伯爵はヴィオラ大佐と共に私達の前の地上車にいます。そしてそんな私達を警察のヘリが上空から監視している……。

シェーンコップ准将が目障りと言ったのはこのヘリの事です。もっともヘリは必要以上に近づきませんし攻撃もしてきません。私達が危険だと分かっているのでしょう。既にフェザーンの警察は嫌というほど痛い目に遭っています。

最初に私達を追ってきたのは警察のパトカーです。しつこく追ってくるパトカーをリンツ中佐がロケットランチャーで破壊しました。酷かったです、破壊されたパトカーに後続のパトカーが突っ込みたちまち二重、三重の衝突事故が発生しました。突っ込んだパトカーが宙に舞ったほどです。そんなの初めて見ました。

その後は前方にパトカーのバリケードを敷いて私達を止めようとしましたが、それもデア・デッケン少佐が多機能複合弾で一蹴しました。破壊されスクラップになったパトカーをデア・デッケン少佐の地上車が弾き飛ばし、その突破口を私達が走り抜けました。あれも凄かったです。

警察は私達が自由惑星同盟の危険極まりない破壊工作員でルビンスキーだけでなくレムシャイド伯も拉致したと考えているようです。何度も二人を開放して投降しろとヘリが呼びかけていますし今も呼びかけています。

愚か者共め。私達は破壊工作員などではありません。氷雪地獄の大魔王、エーリッヒ様とその忠実なる眷族達です。このフェザーンには大魔王様を侮る愚かな妖狐、白狐と黒狐を懲らしめるために来ました。

降伏を勧めたにもかかわらず黒狐は愚かにも大魔王様に逆らいました。地球などという良く分からないものに忠義だてしたのです。大魔王様のブリザードが吹き荒れました、黒狐は大魔王様の氷柱で串刺しにされ悲鳴を上げて降伏しました。鎧袖一触です。愚かな黒狐は全ての魔力を奪われただの狐になってしまいました。今は囚われの身です。口を利く事も出来ぬ程打ちひしがれています。

白狐は賢明にも直ぐに降伏しました。大魔王様はそれを受けあまつさえ白狐を眷族に加えるという好意を示しました。固めの杯まで交わしたのです。白狐は大いに喜び大魔王様に忠誠を誓っています。白狐の部下達も大魔王様に忠誠を誓いました。彼らは今、黒狐の屋敷に戦利品を奪いに行っています。

イゼルローンに続きフェザーンの妖狐を下した事で大魔王様の悪名、いえ勇名はまた一段と上がりました。いずれ全銀河が大魔王様の前にひれ伏すでしょう。その時宇宙は平和になると思います……。作り話に思えないところが怖い……。


「やれやれ、自治領主閣下はともかくレムシャイド伯は自由意志で我々に同行しているのですが」
シェーンコップ准将が肩を竦める仕草をするとヴァレンシュタイン提督がチラと准将を見ました。

「一人攫うのも二人攫うのも同じ事です、気にすることは有りません。好都合でしょう、連中は我々が協力体制を取っている事を知らずにいる」
「……まあ、そうですな。ルビンスキーの自宅ですか」
提督が無言で頷きました。そしてシェーンコップ准将に顔を向けました。強い視線で准将を見ています。准将もその視線に気圧されるかのように姿勢を正しました。

「シェーンコップ准将、どんな手段を使っても構いません。私を無事にベリョースカ号まで運びなさい。私はまだ死ぬわけにはいかないんです」
准将が微かに目を見張り、そして口元に笑みを浮かべました。

「お任せあれ、必ずや閣下をベリョースカ号へお連れ致しましょう、ローゼンリッターの名誉にかけて!」
そう言うとローゼンリッター第十三代連隊長は楽しそうに笑い声を上げました。残り、約二十五分……。






 
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