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箱庭に流れる旋律

作者:biwanosin
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歌い手、抜け出す

「と、お前の質問に返せるのはこんなところだ。他にも質問はあるか?」
「ううん、それだけ聞ければ満足。ゴメンね、わざわざ病人の病室に来てもらって」

 僕がそう返すと、逆廻君は「気にすんな」と返してきた。

「明日出られないとはいえ、現状を知る権利くらいはああるだろうしな。むしろ、勝手に病室を抜け出されるほうが迷惑だ」
「もちろん、分かってるよ。体調が悪い人は、ゲームが終わるまで、ここで大人しくしています」
「それならいいんだ。んじゃ、俺はもう行くぞ」

 逆廻君は椅子から立ち上がり、出口に向かって行く。

「そういや、オマエは“音楽シリーズ”の持ち主を探してるんだよな・・・」
「へ?そうだけど・・・ああ、そういうこと」

 逆廻君の言葉の意味を察して、僕は返す。

「さすがに、この状況で引き込んでくれ、とは言わないよ。何にも出来ないやつが、わがままを言う権利なんてないしね」
「そうか・・・分かった。それならいいんだ。じゃあ今度こそ、お大事に」

 そして、逆廻君が部屋を出て行ったのを確認し、

「でも・・・体調が悪くなければ、問題ないんだよね?」

 そうつぶやきながら、のど飴を一つ、口に含んだ。

 さて、ペストの正体も分かったことだし・・・



♪♪♪



 ゲーム再開と同時に現れたハーメルンの街を、三つの人影が縦横無尽に飛び回っていた。

「サンドラ様!前後で挟み込みます!」
「分かった!」

 内二つは、“擬似神格・金剛杵”から雷鳴を響かせる黒ウサギに、龍角から紅蓮の炎を放出するサンドラ。

「いい加減、無意味だと理解しないの?」

 だが、それは最後の人影・・・黒い風を球体状に纏っているペストに傷一つつけることも出来ず、消える。

「そして、この展開になることも」

 ペストはクイッと手首を返し、四本の黒い竜巻を二人に向かわせる。
 もう何度も繰り返している展開なので、二人はギフトを収めてペストから離れる。

「やっぱり・・・神格級のギフトが二つ同時に襲い掛かってもビクともしない!」
「ええ。神格級程度、私には通用しない。どうしても私を倒したいなら、もっと適役がいると思うけど?」

 ペストは、あせるサンドラに余裕そうに返す。

「適役、ですか。自分で感染させておいて、よく言えたものです」
「感染?まさか、あの歌い手は不参加なのかしら?」

 ペストは少し意外そうに、黒ウサギに尋ねた。

「病人に参加させるほど、私達は鬼ではありません」
「へえ・・・彼は参加していないのね。なら・・・私達に負けはない」

 ペストはそう言って、黒ウサギに向かって飛び・・・自分の前に飛んできた大量の剣に、行く手を阻まれる。



♪♪♪



「そうですか。なら・・・僕たちの勝ち、ですね?」

 僕はペストに向かって剣を飛ばし、そう言ってみる。
 なんだか黒ウサギさんたちの視線が怖い・・・

「奏さん!」
「はい!何でしょう!?」
「どうしてここにいるのですか!!」
「いや、その・・・特に体調に異常は感じませんし・・・問題ないかなぁ、と・・・」

 まあ、これは言い訳でもなんでもなく、事実だ。
 腕とかに黒い斑点は現れているから間違いなく黒死病には感染しているんだけど、僕は特に違和感を感じていない。
 だから結構余裕があって、わざわざ本番衣装に着替えてきた。

「はぁ・・・貴方は言われたままに大人しくしている人間だと思ったのだけど?」
「それはご期待に添えないようで。まあ、何もしないでいられるほど大人しくもないよ。体調が悪いならともかく、ね」
「いや、奏さんの体調が悪くないはずが・・・」
「そうね・・・貴女たちは知らないみたいだし、サービスで教えてあげるわ。“音楽シリーズ”のもつ、呪いについて」

 また、物騒な言葉が出てきたなあ・・・呪いって・・・

「それは、いついかなるときでも、音楽が奏でられる、と言うものよ」
「?それは別に呪いでもなんでもない気がするのですが・・・」
「いや・・・立派な呪いだよ。だって・・・どれだけ体が参ってても、それを一切感じることが出来ないんだから・・・」
「そう、正解。“音楽シリーズ”のギフト保持者は、死の直前になっても、自分の体がそんな状態だと感じることが出来ない」
「死ぬその瞬間まで、音楽をかなで続ける・・・確かに、呪いだなぁ・・・」

 まあ、そこまできついとも感じないし、問題ないけど。
 それに、そのおかげでここに来れてるんだから、むしろ感謝しておこう。

「じゃあ、僕も一つ、調べたら出てきた“音楽シリーズ”の知識の披露を。『音楽は万人、万物に平等である。その音色の前に、格上格下の隔たりは存在せず』・・・このギフトは、相手の霊格に関わらず、効果を出す」

 そして、僕は曲目を発表する。

「“奇跡の歌い手”による、たった一曲のコンサート、どうぞごゆっくりお楽しみあれ。・・・『レクイエム ニ短調k.626第三曲 6,ラクリモーサ(涙の日)』」

 そして、いつも通り僕は、歌う。
 八千万の霊軍に対して送る、魂を送る歌、鎮魂歌を。

「ぐ・・・皆、ダメ・・・耐えて・・・」

 曲が始まると、ペストは見るからに苦しみだした。
 まあ、自分の霊格を構成している八千万の霊軍が苦しめば、その苦しみが自分に帰ってきて当然だろう。

「この・・・その口を、閉じなさい!」

 そして、ペストは僕の歌を直接止めようと黒い風を放ってくるけど・・・今の僕に、それは効果が薄い。

 今僕が歌っているモーツアルトのレクイエムは、未完で終わった作品だ。そして、この曲の作曲にはあるストーリーが存在する。
 それは、モーツアルトが作曲している間彼に死神がささやき、未完の間に彼の魂を連れ去った、と言うもの。

 だから、僕は歌にそのストーリーを乗せる。
 僕自身が死神となり、彼らの魂を送ると言う、ストーリーを。

「く・・・ダメ・・・私は、太陽に復讐を・・・」
「この調子なら、あるいは・・・」

 ただ苦しみ続けるペストを見て黒ウサギさんとサンドラちゃんは、攻撃のチャンスをうかがう。
 そして、曲も終盤に差し掛かってきたタイミングで・・・別の曲・・・フルートの旋律が、この場に流れ出した。
 
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