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真・恋姫†無双~現代若人の歩み、佇み~

作者:Duegion
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第三章:蒼天は黄巾を平らげること その5


 仁ノ助は言葉の端に僅かに出かけた矛を収めて前を見つめる。進軍を始めてより早二週間。冀州へと入った官軍は既に広宋を包囲している軍と合流しようとしていた。

「見えましたね」

 地平線の彼方から徐々に見えてきた群集に、曹洪が呟いた。遠目から見ても分かるくらいの大群衆、大軍勢。高く掲げられた旗は自らの頭領の一字を刻んで『我こそここにあり』と言うようにはためいている。最も多く見えるのは『袁』の一字、袁本初の旗だ。黄色の旗、いやよく見たらあれは金色の旗であったが、あれは黄巾賊の党旗と同色のそれは、賊共の物などただの紛い物であると言わんばかりの豪奢な色合いだ。あれを指揮する袁紹はなぜ態々賊と似た色の軍旗を掲げているのだろうか。
 次に見える旗は、『公』。ということは公孫讃の軍だろう。白馬義従の根幹をなす駿馬達があの旗の下に集っているに違いない。袁紹軍と比べれば地味な印象を受けるほど、控えめに旗をはためかせていた。
 そしてその軍旗に紛れて、十字に交わされた剣の印の旗が靡いているのが分かった。

「曹洪、あの旗は何処の者だ?」
「『天の御遣い』という人物が率いる義勇軍かと。各地を転々としていき、今では公孫讃の軍に身を寄せているそうです。武芸に秀でた者がいると噂になっております。また義勇軍の主は、天界から来た若人であると言われています」

 天の御遣いという単語に疑問がわいた。そのような噂は史実で流布されたとは記憶していない。一体何者であるというのか。

「ご安心を。ただの世迷い言の一つとして広まっているだけですので、信憑性はほとんどありません」

 それもそうだろう。皇帝を差し置いて天界などという更に高みから来たと語ってしまえば、不敬の極みとして義勇軍は処刑に連座する事もあり得るからだ。もちろん、噂を信じ込んだ者も含めての一大処刑である事は、王朝の腐敗ぶりを聞き及ぶに想像に難くない。
 だがそれにしては規模が多いように見える。公孫讃の軍勢と比較しても、その半数に膨れ上がるほどだ。軽く二千は超えているようにも見える。あれを指揮する者は余程信頼されているか、または畏敬されているのだろう。もしかしたらあれを率いるのは桃園の誓いを交わした、あの三義兄弟なのだろうか。仁ノ助は思わず期待してしまう。

「義勇兵のまとめ役は誰なんだ。知っているか?」
「天の御遣いと称されている、北郷一刀という男らしいです。北郷とは、なかなか珍しい姓名ですね」

 「同郷ですか」という問い。だが仁ノ助自身、そのような名を持つ友人は日本にも中原にも居なかった。それに、自分の出身についてごたごたが起こっては面倒だ。
 頸をきっぱりと横に振り、仁ノ助は十字の旗をじっと見つめる。他の軍から際立って目立つその印が彼には不気味な存在に思えた。



ーーー合流後、袁紹軍の本陣にてーーー


 金ぴか、高笑い、溜息。これが今の仁ノ助を取り巻く状況である。己の主君よりも見栄っ張りな金髪を双子の螺旋に整えて、その尊大そうな女性は鳥すらも戸惑いそうな高笑いを見せた。彼女に長く連れ添っている部下らはその勢いに慣れているようだが、初対面の仁ノ助ら曹操軍の諸将は面喰い、曹操は思い出したように溜息を吐いていた。幼馴染と邂逅してやるのがそれなのかと問いたくなるが、うざったいくらいの高笑いのせいでそんな馬鹿げた問いはすぐに立ち消えとなった。
 皇甫嵩は袁紹ら官軍と合流すると、彼女の本陣にて軍議を開くと報せてきて、曹操は参加。その折に夏候姉妹、そして仁ノ助が共に参加する事と相成ったのである。正直言って、こんな甲高い声に迎えられるくらいなら荀イクと同じように、本陣で部隊をまとめていればよかった。ふと横に目を遣ると、どうやら気疲れしているのは自分だけではないらしい。夏候淵も自分と同じような表情をしていると知ると、仁ノ助は彼女と視線を合わせ小さくうなずいた。彼女が頬を引き攣らせて意思を合わせきたが、それを咎めるように姉の鋭い視線が向けられてきた。
 ずらりと、まるで見せつけるかのように配下の武官を控えさせながら、袁紹は言う。

「お待ちしておりましたわ、中朗将皇甫嵩殿。早く軍議に入ってあの賊共をさっさと片付けてしまいましょう!」
「はは・・・その自信満々な態度。あなたは変わらぬな、袁紹殿」
「当然ですわ!名族の生まれとして、私は自分の力を出さねばなりません!すなわち雄々しく、勇ましく、華麗に撃破ですわ。当然でしょう?」

 この尊大な態度にある種の納得ができた。やはり彼女は名族出身の漢王朝の忠実な僕、袁本初なのだ。後漢時代に四代に渡って三公である、司徒・司空・太尉を輩出してきた名門の後取り娘。知識を研鑽する過程で自らの一族が漢王朝の歴史に大いに貢献したことを知り、誇りに思ったのであろう。そして自らもその末端に加えられる名誉を受けたいと思っているのだろう。自意識が過剰となって軍旗や、はては兵の鎧もが派手なものと成っているのはこのためか。
 その隣の席、淡い赤色の髪をポニーテールにして、面倒に付き合わされる身にもなってほしいという愚痴を溜息に変えて疲れた表情をしている女性が、公孫讃将軍である。年齢の若さに似合わず苦労の皺が眉間に寄せられているのが可哀想に思える。だからといって救済しようとは思わないのが、仁ノ助の本心であったが。
 
(ファンタジーな性格をした御姫様だな。んで、隣に立つこの青年が、件の義勇軍の棟梁という事か)

 仁ノ助は公孫讃の隣に立つ、妙にそわそわとした桃色の髪をした女性を従えた、一人の端正な青年を捉える。太陽の光を浴びて白く輝く服は、何処かお嬢様学校に通う学生服のようでもあり、天界から来たと尊称されても仕方のない異彩を放っている。それなりに武芸を嗜んでいるのだろう身体つきは歳の割には立派なものだ。諸侯を見渡して顎に指やって深く考える様は、どこか第三者的な一歩引いたものがあり、油断ならぬものを感じさせる。いや、そう表現するよりも、まるで劇画の世界を観察する明晰な学生のような印象を受けた。
 この会議に出席できるという事はそれなりの立場を持っているという事。つまり彼こそ義勇軍の統率者であり、天の御遣いという事なのだろう。だがそんな風評を信じるよりも、仁ノ助としては、『彼はもしかしたら自分と同じ時代からやってきたのではないか。いやそうに違いない』と信じる方が、はるかに楽な話であった。そんな確信の根拠は彼が来ている衣服にあった。太陽光を受けて思い出したようにてかてかとする特徴は、いわゆるポリエステル繊維特質のものであったのだ。機械の如く精巧に、複雑に編み込まれたそれは高級感を失わせず、手作業では絶対に作れない品の良さを現していた。
 仁ノ助は改めて感じる。彼はイレギュラーであると。この世界におけるロキの役目を担う、大番狂わせの存在、現役高校生であると。

(・・・ってか学生なのか?高そう服着やがって。あれ俺が通ってた高校よりもぜったい良い素材使ってやがる。なんて羨ましい。俺の時代なんて高校でも学ランだぞ、学ラン。なんであんなにテッカテカなやつを着て・・・)

 表面にはおくびにも出さぬ彼の自分勝手な妬みは、皇甫嵩の袁紹に対する返しによって遮られた。

「まぁまぁ、袁紹殿。そんなに急いても事は始まらん。まずは順当に現状を把握するとしようぞ。なに、四面楚歌となった奴等など鎧袖一触ぞ」

 獰猛な笑みで彼は答える。彼にとって、波才以降の賊は稚児に等しいものといってもよかった。伊達に官位と経験を重ねているわけではない。袁紹は不満げな表情をしたがそれを抑えて改めて問う。

「北中郎将の盧植、そして東中郎将の董卓。いずれもその四面楚歌の賊とやら負けていますわ。敵は数こそ我等に劣る。にも関わらずこれまで戦線を担ってきた将軍達は負けた。それに代わって、私を差し置いて連合の総大将に着任されたあなたには、何か秘策でもお有りで?」
 
 どこまでも不遜で、年功序列を全く意に介していない口振りで問う。だが皇甫嵩は寛大にも気を害さず、余裕の色を崩さない。

「有るからこそよ、こうしてわしが生き延びてきたのは。で、本題だ。公孫讃殿。斥候が申すには戦場の最前線はそなたらの軍が支えていたそうな。敵の様子はどうなっておる?」
「はい。本拠地を守護するだけあって、地方の賊と比べると精強です。以前交戦した際には、敵は鶴翼の陣を敷かんとしておりました。ある程度、心得のあるものが敵方にいるものかと。また、此方の斥候が申すには奇妙なものが見えたと」
「奇妙なもの?」
「はい。人の手とは思えぬ、紫色の煙が広宗に登っていたと」

 皇甫嵩は首を捻って思案し始めた。沈黙を潰すように袁紹が今の言葉を一蹴せんと声高に論を打ち始め、公孫讃はそれを否定するべく言葉を返す。彼女等の付き人もそれに巻き込まれる形で、それぞれ意見を述べていき、軍議は喧しさを募らせていった。誰もが好き勝手な論調で続けていき、袁紹と公孫讃の部下同士に至っては不信をぶつけ合っていた。こんな調子でこの日まで連合を保っていたのだろうか。

「なぁ、秋蘭。こんなので大丈夫なのか?頼りになりそうなのがいないぞ」
「何を言う姉者。袁紹殿が頼りにならないのは今に始まった事じゃないだろう。結局、自分達の力こそ、最良の刃と鎧になるんだ」
「それは分かってはいるのだが・・・しかし、なんだかなぁ。期待外れな展開であるのは変わりがないよ」

 夏候姉妹は互いに目を合わせ、小さく肩を竦め合う。自分達の軍議では誰しもが自由に意見を述べる事ができた。だがここまで無法図にやっていいものではないし、何より仲間を信頼しない状態で行われる軍議など俄かに信じがたいものであった。
 仁ノ助も主の手前、勝手な発言をする事無かったが呆れを覚えざるを得ない。あと一歩で賊が討伐され、一先ずの平和がやってくるのだからちょっとは自律したらいいものを。だがそれが出来ないのが諸侯であり、それを糺そうとしても今更無理であろう。仁ノ助は場の流れ、そして主の動向に注意を向けて時を潰さんとしていた。

(・・・いやいや、俺の主はぶれないね、ほんと)

 乱世の奸雄は我関せずといった感じあった。泰然とした態度で腕組みをし、軍議に参加する諸将らを、とりわけ喧々とした犬のような真似をしない分別を弁えた物静かな将達を、値踏みするような視線で眺めている。ともすれば引っこ抜いて自陣に加えようという魂胆であろう。流石は人材マニアといったところだ。
 だが努力の甲斐むなしく気に入るような者を見付けられなかったのか、曹操は最後にぐるっと諸将を見詰め、天の御遣いを見定める。視線は長らくポリエステル素材の服へと向けられていたが、それも飽きたのだろう、喧騒を増していく軍議に「なんにせよ」と、冷水のごとく言葉を投げかける。皆は静まり返り、すぐに軍議に相応しき意気を取り戻した。

「なんにせよ、私達がやる事に変わりはないわ。敵を蹂躙し、漢室の御世を脅かさんとする賊徒を屈服させる。それがするために私達は集った。違わないかしら?」
「何を当然の事を申されているのです、曹操さん?名族の出である私がそのような事を失念するとでも?わが軍が進むは勝利の道。道草を眺めて愛でる趣味などありませんわ」
「ならばとっとと軍議を進めたいのだけれど。時間が進むにつれて、刻一刻と民は傷ついているのだから。皇甫嵩殿。先程から何かお考えの様子でしたが・・・策は来まったようですね」
「うむ。諸君らの活発な議論の御蔭で、大体の状況は把握出来た。さて、わしの案を披露させてもらうとしよう。何かあればすぐに指摘してくれ」
 
 そう前置きすると、皇甫嵩は自らの考え説き始めた。纏めると次のようになる。
 賊軍側は官軍を何度も打ち破ったせいで自分達が優位に立っていると誤認しており、ここでまた勝利を積み重ねれば、その油断は決定的なものとなるに違いない。この隙を突くべく、まず最初に賊と正面でぶつかり、早々に退却してわざと敗戦を装う。援軍何するものぞと賊軍は油断をさらに晒すであろうし、それゆえに拠点の防備を緩めると予測される。それを逃すことなく、攻撃の翌日の払暁、人が最も油断する時に連合の兵力を結集して、大奇襲をかける。敵が態勢を整えるより前に城門を突破し、城を攻め落とすのである。
 ようは質と量を頼みとする短期決戦であった。荀イクのような兵法家にとってはつまらぬ戦いとなるだろう。だが他の策を用いたとしても、賊軍の投降以上の戦果が見込めるとも思えない。賊たちに負け続けたせいで、いい加減に兵達にもフラストレーションが溜まっている。歴戦の諸将らは首を縦に振らぬ選択肢を持ち合わせなかった。

「華麗とはいいませんが、悪くはないですわね。一撃を加えるのみで、彼らは本拠地を明け渡すことと成るでしょう」
「私も同意です。攻撃の先鋒には、どうぞ私の白馬義従をお使いください。戦況を有利なものと致しましょう」
「・・・私も異論はありません。で、そちらでずっと黙っておられる義勇軍の指揮官は、どのように考えているのかしら。意見があるのなら言いなさい」

 曹操の言に合わせるように諸将が彼を見た。己へと集中する視線に天の御遣い、北郷一刀は思案から復帰して顎から指をおろすと、しっかりとした瞳で皇甫嵩を見詰める。若々しさのうちに情熱を感じるやや高めの声が、彼の口元から毀れた。

「作戦自体に、私達の方も異論を唱えるわけではありません。喜んでお手伝いいたします。ですが、一つお伺いしたい事が」
「赦す。聞くがよい」
「・・・先程、公孫讃殿が敵陣より立ち上る紫色の煙について言及されていました。紫の煙など、狼煙ではそのようなものが上がるはずもありません。また敵は士気旺盛にして、数も相当のままです。あれが降伏の意を伝えるものとも思えません」
「そうであろうな。続けよ」
「もしかしたら敵は・・・こんな馬鹿げた問いなど一笑して下さっても全く問題は無いのですが・・・何か呪いのような、あるいは儀式でも執り行っているのではないでしょうか。敵将の張角は決起する際、仙人より妖術の書を授かったといわれております。仮にあれが書に記載されているであろう、禍々しい術のための準備であった場合、私達の攻撃に合わせて敵が何かしてくるやもしれません。特に何か対策をおく必要があるのではないでしょうか?」
「ふん!何と浅はかな事を考えていらっしゃるのでしょう、白蓮さんのお友達とやらは。いいですか、素人さん。誇り高き名家の出身である、この袁本初が皇甫嵩殿に代わってお答えして差し上げますわ!敵がいかなる手段を講じたとして、我が軍は絶対に怯みません!雄々しく進み、勇ましく戦い、そして華麗に勝利を収める!分かり切った事を聞かないでもらえます?」
「ちょ、ちょっと袁紹さん!あなたがいくら将軍と言ってもそんな言い方・・・」「桃香、やめるんだ」

 可憐な連れを抑える北郷は冷静な瞳のまま、皇甫嵩のみを見詰めていた。その真摯な光に感心したのか将軍は首肯をした後、応える。

「先んじて言われてしまったが、私も袁紹殿と同じ意見だ、北郷殿。何が起きようが連合軍の方針は変わらない。起きたとて迅速に対処すればよい話であるし、それに義勇軍の面々には中々の強者がいると聞いておる。心配ならば、その者達を煙の出所へと向かわせればいい。戦場では徒にそなたらを縛ろうとは思っておらんからな」
「つまり、私達を遊撃隊として用いるおつもりという訳ですか。疑問に思うのであれば、自分達で動いて確認しても構わないと」
「もとより義勇軍は官軍の指揮系統に組み込んでいいものではない。その自由な足を使ってこそ本領が発揮されるものだ。作戦が開始して城内への突撃に成功したら、お前たちは自由に動くと良い」
「畏まりました。御心を砕いて下さって、有難うございます」
「なに。若い者が張り切るのはよいことだ。・・・さて、諸君。全体の流れが決まったという事で宜しいかな?なれば早速、各軍の配置を決めようではないか」

 彼の威風堂々たる言動によって諸将らは己の領分を弁え、それぞれ最適の役割を担わんと口火を切っていく。曹操もまた黄巾党に引導を渡すべく、誰よりも苛烈に、かつ理路整然として武を訴えていった。

「ふむ。ようやくまともな軍議になったようだな。いい緊張感だ」
「喋るべき者が喋らねば場は引き締まらない、という事だろう。華琳様は凄いな。そうは思わないか、仁ノ助」
「・・・ええ。さすがは英雄、という事でしょう」

 再び蚊帳の外に置かれてしまった仁ノ助は、その後はだんまりを決め込んでいたが、軍議の最中にちょくちょくと意見を述べる天の御遣いから目が離せなかった。物怖じせずに周りの人達を信じようとする誠実さが、懐かしき故郷にいる友人らを思い起こさせたのだ。
 ふと、北郷の視線が仁ノ助に向けられる。内心を窺わせぬ愛想のいい微笑を返すと、彼も淡い笑みを返し、再び軍議に参加していく。仁ノ助はそれ以上は何事にも関心を示さず、瞳を閉じて軍議が終わるのを待った。完全な余談であるが、あの桃色の髪をした女性が劉玄徳であると知ると、仁ノ助は途方に暮れたように天を仰いで溜息を漏らし、それを春蘭が首を傾げて見ていたそうだ。



ーーー軍議の後ーーー



 大した時間もかからず、太陽が茜色に輝くより前に軍議はまとまった。誰が最初に当たって敗北を装うかで互いへの牽制が生じかけたが、皇甫嵩がこれを快く引き受けてくれたおかげで軍議は留まる事がなかった。あとは計画通りに動けばいいだけだ。
 軍議が解散して少し時間を空けた後、曹操は例のごとく夏候姉妹と仁ノ助を連れてーーーまたも自分を傍に置いてくれない事に、荀イクがぎりりと歯軋りをして悔しがっていたが、華琳に頬を撫でられて何事か囁かれると即座に機嫌を取り直して見送ってくれたーーー、とある場所へと向かっていた。そこへ辿り着くまでの道中、官軍の諸侯らの兵達には見られない純朴さと優しさがある一般兵から、まるで珍しい生き物を見るかのような視線を注がれていた。その対象は華琳が半分、そして彼女の後ろを歩く喧しくも忠実なる三人の配下であった。

「・・・なあ、春蘭」「なんだ」
「本気で乗り込むのかよ?義勇軍の陣営に」「華琳様が望まれた事だ。我等が口喧しく抗議するべきではないだろう」
「それは分かっているが・・・でもさ、さすがに美髯公を引き抜くっていうのは無理があるんじゃないか?なんでも関羽は義理堅く、あの桃色の髪をした女性の義姉妹とかって噂がある。自軍を離れるってのは想像し難いが・・・」「華琳様の御深慮に口答えするな!私とていらぬ女が加わるのは気に入らないが、それでも華琳様のためならばぐっと我慢できるというもの!お前も少しは抑えろ!」
「なんだよ、春蘭は華琳様の説得が成功すると?」「当然だ!華琳様の御誘いを受けぬ者など人間では無い!いかに『はーれむ』が大きくなろうが私は一向に構わん!なぜならな、誰よりも寵愛を受けるのは私でかく・・・か、かく・・・?」「確定?」「そう!カクテイなんだがらな!」
「凄いな。いつも凛々しく大声で話す姉者が囁くという芸当を行っている。それでも普通の人間にとっての話し声の域で華琳様に全部聞かれているのだが、努力しようとする献身ぶりが良い。姉者は本当に可愛いなぁ」
「頼むからあなた達全員が囁くという高等芸当を覚えてほしいわ。何なのこれ。何で私にこんな視線が突き刺さるのよ。私じゃなくてこいつらに向けてよ」

 表情の泰然とした様とは対照的に、口からは内心がダダ漏れであった。段々と義勇軍の将らが集う大きな天幕へと近づいてきた。劉備三義兄弟、否、三義姉妹が興した義勇軍の本陣である。
 天下の英雄たる器を備えた侠の人間、劉玄徳。仁ノ助はこのような認識をもって三国志を捉えており、劉備とその兄弟に対して、世間一般でいう義に篤い者達としては見ていなかった。この世界では有名武将が軒並み性転換を果たしているが、その性格も史実通りであるのか。だとすると油断ならないというのが仁ノ助の見解で、なるべく下手を打たないようにしようと心に決めていた。
 曹操にとって、いよいよお待ちかねの時が近付いてきた。だが背後の喧々とした様子は一向に変わらず、曹操はじりじりとした痛みを腹部に感じた。

「桂花を連れていたらどうなっていたやら・・・いや、考えたくないわね。これよりももっと喧しくなるでしょうから・・・。嗚呼、この胃の痛み・・・せめて関羽に会って癒しましょう。
 あなた達。そろそろ分を弁えて静かになさい。この曹孟徳の配下としての風格を見せなさい」
『はっ!』「・・・なるならなるで、もっと早く静かになってもいいのよ?」

 小さく弱音を漏らし、彼女等一行は天幕の前に着く。その風格から何かを察したか、衛兵は慌てたように背筋を伸ばした。曹操は表情の強みを深めながら、「失礼するわ」と、天幕の中へと入っていく。
 中には幾人かの者が詰めていた。白い服を着た北郷と桃色の髪をした女性、劉玄徳。彼らに何かを説いていたのか、扇をもって地図をなぞっていた少女は吃驚と目を見開く。頭の後ろに手を置いていた活発そうな赤髪の少女はくりくりとした目を此方に向け、そして漆黒の美ともいうべき流麗な長い髪をした女性が、一振りの剣を思わせる凛々しい瞳に疑問を浮かべていた。曹操が口角を上げたのを見て仁ノ助は察する。あの黒髪の女性こそ、彼女が求めていたモノなのだ。

(関雲長。コッチに来た時のことを思い出しても、まさか本当に会えるとは思ってもいなかった・・・女性なのは今更だけど。というか、劉備といい関羽といい、姉妹揃って胸がでかいな・・・。張飛はどうなっているんだ?まさか奇乳とかいわないだろうな?)

 邪な思いを抱いていると、鋭き直感を働かせた夏候惇が無言で足を踏んできた。北郷らは突然の来訪者に驚いていたがすぐに気を取り直して、口を開いてきた。

「あなたは、先程軍議にてお会いした・・・」「あっ、曹操さん?」
「先程ぶりね、天の御遣いさん。それに・・・劉玄徳、といったかしら。あの場ではあまり話せなかったから、改めて名乗らせてもらうわ。私は曹孟徳。騎都尉として広宗の賊軍を討伐しに来た、漢王朝の将軍よ」
「はわわ!漢室の騎都尉さまが態々訪ねてくるだなんて。まだ弱小勢力の私達にとって身に余る光栄です・・・。み、皆さん。決して失礼の無いようにお願いしますっ」

 帽子をかぶった小さな少女がそう言う。その軟弱な躰を見ていると、とても彼女が武器を振るうような武官とは思えなかった。想像の範囲でしかないが彼女は軍師の役割を担っているのだろう。この時期で劉玄徳に軍師がついていたとは記憶していないが、そもそも天の御遣いすらイレギュラーであるのに今更な疑問であった。

「おぉ・・・鈴々なんかよりも、背の大きいお姉ちゃんなのだ。鈴々も成長したらあれくらい立派になりたいのだ」
「まだまだ先の話だぞ、鈴々。そう時の経過を急くものでは無い。お前は身長を伸ばすよりも先に、もっと学ばねばならぬ事が多いのだからな」

 見た目通りの凛とした声で、関羽は年下の少女をたしなめる。首だけで振り返って正したのであるが、その様に隙一つ感じられず、武将としての泰然自若の精神が現れているようであった。たしなめを受けても破願した様子である少女は、恰好の活発さから察するに最前線で戦う将の一人なのだろうか。関羽との仲の良さから見て彼女が張翼徳という事か。もはや何もいうまい。
 曹操は威風堂々として彼らを見遣るーーー関羽に対しては熱っぽいものが混じっていたーーーと、北郷に向かって言う。

「噂に違わぬ興味深い面々ね。来てみて正解だったわ。ところで・・・御遣い殿。あなたは自分の軍の噂については御存知かしら」
「ええ、東北の民の間ではかなり広まっているようです。自分で言うのもあれですが・・・白く輝く服を着た、天から参られた若き使者が、龍の鬼才と虎の武力をもって乱世を平定すると・・・」
「民草らしい、脚色甚だしい噂ね。実際の人物を見れば彼らとて気づくでしょうに。たとえ天から来た者であろうがなかろうが、ただの凡庸な人間に相違ないという事にね。漢王朝の宦官よりかはまともな頭を持っているようだけど・・・ふん。ブ男ね」

 場が静まり、刃を打ち合わせて火花が散ったように空気が穏やかなものではなくなった。背中に獰猛な剣を突き付けられているような緊張を仁ノ助は覚え、北郷の仲間の顕著な反応に思わず身構えてしまった。劉備は表情を俄かに抑えて剣呑な色を出し、関羽は明らかな苛立ちを露わとしていた。軍師の少女がまたも慌てたように「はわわ」と呟いていたが、その心労には同情する。出来る事なら首を可愛らしく傾げる張飛のように、素っ頓狂としていたいだろうに。面罵された北郷自身は瞠目するだけなのが、なんとも場違いな気がしてならなかった。
 これも予想通りの反応だというのだろうか。演出を彩るかのように曹操は螺旋状のツインテールの片方を払うと、蠱惑の瞳で『彼女』を捉えた。

「まぁ、そんなどうでもいい事は後にしましょう。そこの黒髪のあなた・・・関羽だったわね。噂通りの綺麗で、宝石のような黒髪。同じ女性として羨ましいくらい」
「・・・お褒めの言葉、痛み入ります」
「単刀直入に言うわ。あなたの才覚と美は、ただの義勇軍で終わらせるには惜しい。この曹孟徳の配下となりなさい。仕えるべき本当の主に、忠誠を誓いなさい」
『えっ!』

 ぎょっとする義勇軍一同。特に関羽の反応は著しく、激発しかけた心を抑えるように顔を憤然と引き攣らせた。それだけで回答が予想されるというもので、仁ノ助は無言で夏候淵と視線を合わせ、夏候惇を挟むように摺り足で移動する。彼女が疑問の声を漏らす前に、ついに関羽が怒声を放った。

「曹操殿!私は劉玄徳の義姉妹にして天の御遣いに忠義を捧げた武士だ!いかなる言葉を掛けられたとしてもこれを覆す事は罷りならん!あなたの要求は絶対に飲めない!」
「なっ!き、貴様ぁっ!華琳様の御言葉を断るとはどういう了見ーーー」
「はいはい、姉者。ちょっと落ち着け」「そうですよ、春蘭さん。っていうかちょっとは力緩めて。腕が攣ります」

 沸騰したように怒る夏候惇の右腕を夏候淵は片手で制し、左手に仁ノ助は両腕を絡ませて、かつ引き摺られるように彼の靴底がずずずと地面を滑っていた。夏候惇が力を抑えるような器用な真似をするわけがない。片手だけで姉を抑える妹の逞しさに驚嘆するやら、自分の文字通りの力無さを痛感するやらで、仁ノ助は複雑な思いを抱く。
 「どうしても駄目かしら」との問いに、「二言は無い」と押し問答。それを後押しするように劉備が、そして義勇軍の面々が続く。

「曹操さん。あなたの要求は愛紗ちゃんの義姉として、そして義勇軍の将として了承できません。どうかお引き取りいただけないでしょうか」
「そうなのだ。いきなりそっちに行ってハイさよならなんて、鈴々は許さないのだ!会ったばかりの人間とすぐに仲良くなるのは鈴々でもできるけど、それとこれとは別の話なのだ!」
「口を挟むようで申し訳ありませんが、愛紗さんは私達にとって、鳳凰の片翼に等しい方です。あなた方の要求は断固拒否いたします。これは、私達の総意です」
「・・・との事だ。曹操殿、俺達は民の平和のために旗を上げたんだ。あなたの目指すであろう、武による乱世の平定とは相容れない」
「北郷、といったかしら。どうして私が武を目指すと?」
「その風格は覇者のものだ。唯一無二の理のみを信じ、それ以外を排斥する覇道の風格。だが覇道は俺達の王道とは似て非なる道だ。志が違う以上、同じ道を歩む事はできない。どうか今日は帰っていただきたい」

 面と向かって言う北郷の真剣さを吟味するように、曹操は片方の口端を上げた。頬の膨らみの中には、唾液に混じって凡人には及びもつかぬ壮大で、龍のような野心の炎が燻っているに違いなかった。ぐるぐると唸る勇猛な忠犬を他所に、逡巡を挟んで彼女は決断する。 

「今日の所は諦めましょう。でも覚えておきなさい。私は欲しいと思ったものを必ず手にする。それの使い方を誰よりも知っている者であるがゆえに。春蘭、秋蘭、仁ノ助」
『はっ!』
「本陣に帰ります。黄巾党を滅ぼすための、最後の準備をするために」

 そう言い残して曹操は最後に一つ、関羽に対する熱い笑みを残しながら天幕を去る。後に続いて夏候姉妹が去っていき、それに仁ノ助も続かんとした時、北郷に呼び止められた。

「すみません、仁ノ助さん」
「まだ名前で呼ばれるほど俺達は親しく無い筈だが・・・なんだ、北郷殿」
「・・・あなたは、俺と同郷の方ですか?その、俺と同じ故郷で生まれて、俺と同じようにこっちに来たのでしょうか?」

 びくりと肩が震えて、而して内心の動揺を見せぬよう冷たい鉄面皮を浮かべながら振り返る。もしかしたら自分達がここに来る前にこれに関する話をしていたのか、荒唐無稽な話の割に義勇軍の面々はひどく落ち着いていた。この中で一番幼いであろう張飛ですら、まるで初めての御伽噺に傾聴するような無邪気な顔だ。
 仁ノ助は北郷をじっと見る。まるで探偵小説を登場人物になったつもりで解き明かす、一縷の確信と大いなる疑いを同居させた、意味深な表情をしていた。それが様になっているように見えるのは、彼が同年代の者よりも幾分か精悍さを秘めているからであろう。自分が通っていた高校・大学では、そんな人間は真っ先に世捨て人のように怠惰の道に陥るか、もしくは群衆に紛れ込んで己の道を独走するかであった。
 懐かしさを感じる黒髪黒目の容貌に、「その問いに答える事はできない」と、仁ノ助は冷たく言って天幕から去って行った。



ーーーそのころ、荊州南陽郡宛城にてーーー



 川辺の小魚のような薄い鱗雲が空を漂い、それを掻き消さんとばかりに鼓がガンガンと鳴らされて、男達の怒声と悲鳴が大地に響く。その声は城の東北の部分から響き、剣戟の響きが暴風雨を思わせるようにその場を支配した。
 その反対側、城の南西部において、孫堅は自分の目論み通りに作戦がうまくいき、賊軍の主力が官軍本隊に引き付けられているのを察した。朱儁自身が鎧を着て戦っているのだ。陽動がうまくいかぬ筈がなかった。

「よし、皆の者!城壁を制圧しろ!」

 腹の底から力を籠めて、端までいる兵まで伝わるように声を上げる。その命令を聞いた兵士達が一斉に城壁へと殺到する。どうやら城壁には、官軍本隊に陽動されていてもそれなりの数の敵兵が居るようで、登攀(とうはん)を邪魔するために弓を射掛けたり、石を落としたりして妨害してくる。だが孫堅の兵達に、振りかかる矢の雨を物怖じする様子はまったく見られなかった。
 いち早く着いた者から順番に、縄に鉤爪がついた道具を取り出してぶんぶんと振り回すと、これを城壁に向かって投げつけて、頂上のブロックの隙間に爪を食い込ませ、縄を伝ってよじ登っていく。または大きな梯子を担ぎ込んで城壁にかけると、勇気のある者から順番に登っていく。その慄然とするような殺意に気圧されたか、賊らは抵抗の意思をさらに露わとする。岩の直撃を受けて、鉤爪を手放した者が城壁途中から落ちていき、下にいた仲間を押し潰した。

「腐っても兵という事か。やはり私が最初に切り込まねばならんな!」

 孫堅が痺れを切らしたように城壁に走っていく。距離が五尺ともいうところで、彼女は勢いよく地を踏んで跳躍した。地面と垂直である城壁を彼女は何だと思っているのか、壁を二度蹴り登ると、続いて城壁の僅かな指一本ほどの隙間に足を掛けて、まるで野猿のように上部へ上部へと跳んでいく。新兵が唖然としたように彼女の勇姿を見上げていた。
 城壁の手摺までよじ登ると、彼女は腰に差した剣を一気に抜いて振るう。猛烈な勢いで迫ってきた女性に驚いた賊は、その表情のまま頚部を切断され、自分が落としてきた官軍の兵の元へと飛んでいった。返り血が自らに降りかかる前に、孫堅は二人目へと飛び掛る。横殴りに振るわれた剣は男の体を両断するに留まらず、その余波でさらに三人の兵を斬り飛ばした。当たりが良かったのか、真っ二つににされた男は躰が崩れないままであったが、恐怖に陥った仲間により倒されてしまい、そのまま意識を失ってしまった。
 孫堅は男の死体を飛び越えて、その後ろで固まっている賊兵達へと斬りこんでいく。一振りで幾つもの命を散らし、返す刀でさらに奪う。血飛沫が嵐のように飛んでいき、今度こそ彼女の体に返り血をつけた。さらに孫堅は今しがた斬りつけた男を力強い直刀蹴りで吹き飛ばすと、突っ込んでくる男の懐に入り込んで、入股座から左腹までを切り落とした。消失を感じた男は次いで強烈な痛みを覚え、絶望の表情を浮かべて自らが噴き出した血溜りへと沈んだ。

「母様、張り切りすぎよ?私の分がなくなっちゃうじゃない」

 遅れて城壁をよじ登って来た孫策ーーーこちらはしっかりと梯子を伝って来たようだーーーが、当たり前のように一気に三人の賊を切裂いた。今更言うまでもないが、いちどきに幾人もの人間を切り伏せるのはまともな業で出来る事では無い。この親娘が異常なまでに、膂力が高いからであった。
 体を半ばに切断された男達は、か細い断末魔をあげて後ろ向きに倒れる。発露する血の臭いに笑みを深めた娘の姿に、『自分の若い頃に似てきたな』と孫堅は嬉しいような、あるいは悲しいような微笑を浮かべた。だが瞬きをしたと思えばその笑みは消えて、彼女の愛剣、南海覇王が主の意のままに猛威を振るっていく。顎を深く切り上げられた男が絶叫を上げ、ようやく城壁を登攀した兵の槍を受けて声を無くした。
 二人の女修羅を先鋒として、次々と官軍の精鋭部隊が城壁を制圧していく。孫堅の兵だけでなく、朱儁から借り受けた精鋭も含まれており、その意気はかなりのものであった。優位が完全に覆されたと悟ると賊は恐怖の声をあげ、ある者は逃げ、ある者はやけくそとなって突っ込んでくる。無論それらは文字通り針の(むしろ)となって斃されていった。

(なんと斬り甲斐の無い奴等よ。こやつ等に比べれば、あの男の方が余程諦めが悪いぞ)

 自らを抱いた男を、孫堅は戦場で想う。彼は今頃、広宋にて賊の本軍と戦っているのだろう。その彼と寝台で再び合間見えるには、更なる研鑽が自分には必要であると感じ、孫堅は相手の衣類から露出した部分を狙って刃を振るい、見事そこから肉を削ぎ落していく。
 孫策は剣を振るいつつ自らの母をちらちらと見遣る。修羅の表情で敵の急所を斬り、息絶えせしめる彼女に、一縷の女の色気が見受けられた。勘の良い孫策は、母親が誰かを想い、そしてそれが向けられる相手とは前の戦いで自分達を救出した騎馬隊の指揮官であると悟る。久方ぶりに見た母親の雌の表情であった。孫策が最後に見たのはまだ幼き頃、夜中に尿意を催して起き上がり、厠に向かう際に通りがかった両親の寝室で行われていた、情熱的な営みを覗き見た時であった。雲の彼方までいくような恍惚としたそれを見て、孫策は自らの胸の高鳴りから自分自身の女の本性を知ったのが懐かしい。
 閑話休題。孫策は母親が、再び想いはじめたに違いない男の存在に、自らも興味を抱き始めた。それは彼女の雌が疼いてきたといっても過言では無い。 

(母様が認めた男・・・曹孟徳に仕えて、騎馬部隊を率いていたあの男。なかなか興味がそそるわね。今度会ったら、じっくりとお話でもしてみようかしら)

 賊の胸部から引き抜いた剣を振り返らずに後背へと振るって、肉薄してきた男の顔面を斬り落としながら孫策は思う。仁ノ助を取り巻く情勢に、また一人普通ではない女性が参戦の意を抱いた瞬間であった。
 その後、城を攻める官軍の勢いは止まらず、孫母子もそれを焚きつける様にさらに血を求めていき、二日後には南陽黄巾軍は完全に鎮圧された。なお、その戦闘で指揮官の韓忠を討つ栄誉を頂いたのは孫堅が大きく期待を寄せている期待の新星、孫権であったと追記しておく。
 
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