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特殊陸戦部隊長の平凡な日々

作者:hyuki
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第5話:ハイジャック事件-5


隊舎へ帰ったゲオルグは、チンクと別れて自分の部屋へと戻った。
上着を脱ぎ自分の席に座ると、ゲオルグはクロノから受けとった
新しい隊員の候補者リストに目を通しはじめる。

丹念に中身を読み込みながら、1枚ずつめくっていく。
候補者はいずれもBからCランクの魔導師で、地上部隊に所属している。

「よくもまあ優秀な魔導師をこんなに探し出せるもんだ」

ゲオルグは書類の束を机の上に置くと、椅子の背にもたれかかって呟くように言う。

《前もそんなことを言ってませんでしたか?》

ゲオルグの呟きに対してレーベンが茶々を入れると、
ゲオルグは微笑を浮かべる。

「そうかもな。 まあ、出来る上司を何度褒めても損をすることはないだろうさ」

《確かに・・・》

ゲオルグは再びリストを手に取るとパラパラとめくる。

「新しく採用するのは10人・・・か。 どうやって絞ったもんかな」

《セレクションをやるのですよね?》

「俺が悩んでるのはその内容をどうするかだよ」

《つまり、どんな模擬戦にすればいいかで悩んでいるのですか?》

「そういうこと。 まあ、普通に考えればウチの分隊との集団戦か
 隊長クラスとの個人戦かどちらかなんだけどな・・・」

《・・・何か他に案が?》

レーベンが問いかけると、ゲオルグは自分の胸元にちらりと目をやってから
机の上で頬づえをつく。

「いくつかシチュエーションを決めて、模擬戦闘訓練をやってもいいかなとは
 思ってるんだよ」
 
《ですが、即席のチームでそれをやるのですか?
 少し無理があるような気もするのですけど》

レーベンからの反論に、ゲオルグはわずかに眉をひそめる。

「まあな。 でも、だからこそ想定外の事態に対してどう対処できるかを
 見ることができると思うんだよ」

《なるほど》

レーベンが感心したような声をあげたとき、部隊長室の中にブザーの音が鳴る。
ゲオルグがモニターを確認してからドアを開けると、
端末を小脇に抱えたティアナが入ってくる。

彼女はゲオルグの前まで来ると、姿勢を正す。

「取り調べが一通り終わりましたので報告したいんですけど、今いいですか?」

「かまわないぞ。 そこで話そうか」

ゲオルグは部屋の中にあるソファセットを指差すと、席から立ち上がる。

「コーヒーでいいか?」

ソファに腰をおろしかけていたティアナが慌てて立ち上がる。

「わ、私がやりますよ!」

「いやいや、いいんだ。 俺が好きでやってることだし。
 それに、ここには俺達しかいないんだから、そこまで気を遣わなくていい」

ゲオルグが笑顔でコーヒーを淹れながら言うと、ティアナは黙ってソファに
腰を下ろす。
数分してカップに入った2杯のコーヒーを持ったゲオルグが、
ティアナの向かい側に座る。

「どうぞ」

「すいません・・・」

ゲオルグはテーブルの上のコーヒーをひと口飲むと、真面目な顔を作る。

「で、何が判ったんだ?」

ソファの背に身体を預け、足を組んだゲオルグが尋ねると、
カップを抱え込むように持ってコーヒーを飲んでいたティアナは
慌ててカップをテーブルに置く。

「慌てなくていいぞ。 時間に追われてるわけじゃないからな」

慌てて口の中のコーヒーを飲み込んだせいで咽ているティアナを気遣うように
ゲオルグは苦笑しながら声をかける。
しばらくして、咳が収まったティアナはテーブルの上の端末を開いて話を始める。

「結論から言えば、ゲオルグさんの推論はあたってました。
 次元航行船を乗っ取ったグループと狙撃を実行したグループの双方から
 次元航行船の乗っ取り計画を持ち込み、具体的なプランを指南した者が
 存在したという証言が得られています」

「やっぱりいたか。そいつの情報は?」

ティアナの言葉に頷きながらゲオルグが尋ねると、ティアナは眉間に
少ししわを寄せた難しい顔で首を横に振る。

「大したことは判っていません。 判っているのはその人物が男性であること、
 そして乗っ取り犯たちから"旦那"と呼ばれていたこと。
 あとは、その人物が言葉巧みに犯人グループに乗っ取りこそが目的達成に
 最も適した手段であると誘導したことぐらいです」

「目的とは?」

「それを話していませんでしたね。
 彼らの目的は管理局によって収監されているかつての仲間を釈放させることです」

「ま、そんな事だろうと思ったけどな」

ゲオルグはわずかな嘲笑をその声に混ぜつつ話す。

「それで、その"旦那"とやらの指南した乗っ取りプランってのは?」

ティアナは、えーっと・・・と声をあげながら端末を慌ただしく操作し始める。
しばらくすると、その手を止めて顔をあげた。

「次元港のセキュリティには穴があったようです。
 その穴を突く形で武器を船内に持ち込んだようですね」

ティアナが端末の画面をゲオルグの方に向けながら言うと、
ゲオルグは画面の中にある図を凝視する。

「ミッドの中央次元港では、自宅から発送した荷物をそのまま搭乗する次元航行船に
 搭載するサービスが行われています。
 通常は搭載直前にセキュリティチェックが行われるので何の問題もないんです」

「そうだな。 俺も何度も使ったことがあるよ」

ゲオルグがコクコクと頷くと、ティアナは微笑を浮かべた顔をゲオルグに向ける。

「私もです。で、先を続けますね。
 あまり知られていないことですけど、このサービスは出発の1時間前までなら
 搭乗手続き時にキャンセルできるんです。
 この場合、荷物の受け取りは保安検査を抜けたあとにあるサービスカウンターで
 行われることになっているんです。
 つまり、このサービスを利用することで保安検査を通ることなく
 次元航行船の中に武器を持ち込むことができたわけですね」

ティアナは一通りの説明を終えたところで、コーヒーカップに手を伸ばす。
その目には呆れた表情で首を振るゲオルグの姿が映る。

「ったく、なんてお粗末な・・・」

ゲオルグはそう言って深いため息をつく。

「連中がどうやって武器を船内に持ち込んだのかは判った。
 セキュリティの問題については次元港の担当者に連絡しておくとして、
 次に気になるのはどうやって武器を入手したのかだな。
 それについては何か判ってるか?」
 
「はい、ちょっと待ってくださいね」

ティアナは再び端末の画面を自分の方に向けると、いくつかの資料を開いて
もう一度ゲオルグの方に向ける。

「犯人グループから押収した銃は拳銃が10丁、ライフル2丁、狙撃銃が2丁の
 計14丁です。
 それぞれすべて同じ型の物ですが、管理局で把握している型ではありません」

ティアナの報告に対してゲオルグは顔をしかめる。

「把握してない型・・・ってことは、管理外世界で作られた物ってことか?」

ゲオルグの問いに、ティアナは首を横に振って答えた。

「そうではないと思います。 というのも、どの銃もカートリッジシステムが
 搭載されているんです」

「なんだって!?」

思いがけないティアナの言葉にゲオルグは思わず声を荒げる。
だが、ティアナはゲオルグの反応を予測していたのか、
落ちついてゲオルグの厳しい視線を受け止めた。

「私も驚きました。 実物の方は現在ハミルトン博士が機能と構造の解析を。
 明日までには答えを出す、とのことです」

「・・・犯人グループの連中はなんて言ってんだ?」

「カートリッジシステムについては詳しく訊かされていなかったようです。
 ですが、威力向上のためということでカートリッジを数発ごとに
 装填するように"旦那"から言われていたようです」

「ってことは、その"旦那"とやらが銃を用意したってことか。
 いずれにせよ銃の詳細についてはステラさんの調査待ちだな。 他には?」
 
「特にありません。 以上です」

「そうか、とりあえず今までのところをまとめて報告書にしておいてくれ。
 あとは・・・」

ゲオルグは呟くように言うとティアナからの情報を整理するために目を閉じる。
しばらくして、目を閉じたままのゲオルグの眉がぴくっと跳ね上がる。

「ん? 俺、扇動者が居るんじゃないかって推論をティアナに話したか?」

怪訝な表情を浮かべてティアナを見るゲオルグがそう尋ねると、
ティアナは意地悪い笑顔を浮かべて首を横に振る。

「いいえ。 犯人たちからの証言で扇動者の存在が明らかになったときに
 ゲオルグさんのシナリオってこれだったのかなって思って、カマをかけました」

ティアナの言葉を聞いたゲオルグは苦笑して天井を見上げる。

「やられた・・・」

その様子を見て笑顔を浮かべていたティアナであったが、
しばらくして真剣な表情に戻ってゲオルグに声をかける。

「ゲオルグさん、ひとつお聞きしたいんですけど」

「なんだ?」

ぐてっとソファの背にもたれかかっていたゲオルグは、
ティアナの声色から真剣な話に戻ったことを察知して身体を起こす。

「なんで扇動者が居るって、あの時点で推定できたんですか?
 さすがに情報不足だと思うんですけど・・・」

「ああ、そんなことか・・・」

ゲオルグはそう言うとソファから立ち上がり、自分のデスクから端末を取って
ソファのところまで戻ってくる。

「ティアナにはもう話してもいいと思うから話すんだが、
 実は狙撃が行われた時刻の少し後に、倉庫から出て行く人物がいたことが
 昨日にはわかってたんだよ。
 それも踏まえて考えると、扇動者がいると考えるが妥当だと思ったんだ」

端末の画面に映る画像を指さしながら、ティアナに事情を説明する。
それを聞いたティアナは少し頬を膨らませてむくれた表情を見せる。

「じゃあ、ズルじゃないですか。 なんで教えてくれなかったんですか?」

「この情報を取ってきた方法が秘匿事項だからだよ」

ゲオルグの言葉にティアナは眉根を寄せた怪訝な表情をする。

「秘匿・・・ですか?」

「そう。 特秘ではないから部隊長である俺の権限で話すかどうか
 決められるんだけどな」

「はあ・・・。それで、どんな方法でこの画像をとってきたんですか?」

「ふふん、それはな・・・」

ゲオルグは自慢げに笑うと、ルッツをはじめとする通称シャドウ分隊の存在と
活動内容についての説明を始める。
10分ほどかけた説明を聞き終わり、ティアナは驚きで目を丸くしていた。

「なんか・・・さすがゲオルグさんって感じです」

感心したような口調でため息をつきながら言うティアナは、
ハッとしたようにゲオルグの方に顔を向ける。

「そういえば、それって私が聞いてよかったことなんですか?」

ティアナが尋ねると今度はゲオルグがハッとした顔を見せる。

「そういえば、クロノさんに伝えとけって言われたことを伝えるのを忘れてたよ」

ゲオルグはバツの悪い思いで頭を掻くと、真面目な顔を作り背筋を伸ばす。

「ランスター執務官」

「えっ!? あ、はい!」

突然かしこまった呼び方をされたティアナは、一瞬返事につまる。
ゲオルグはそれには構わずピンと背筋を張ったまま話を続ける。

「貴官は本年4月1日付けで当特殊陸戦部隊へ異動となる。
 役職は部隊付きの執務官だが、合わせて4月から4つに増える分隊のうち
 1個分隊の分隊長も任せるつもりだ。
 ただし、分隊長については貴官の指揮官としての資質を確認する機会を設けるので
 その結果を持って決定する」

硬い表情と硬い口調でそこまで言うと、ゲオルグはふっと表情を緩める。

「というわけで、ティアナは4月からこの特殊陸戦部隊の仲間入りってわけだ。
 ちょっと早いけどよろしく頼むな」

ゲオルグはソファから腰を浮かせてテーブルを挟んで反対側にいる
ティアナのほうに手を伸ばす。
だが、ティアナのほうはゲオルグの言ったことの意味をつかみ損ね、
ゲオルグが差し出した手をぼんやりと見ていた。

「おーい、ティアナー」

ゲオルグがティアナの顔の前で手を振ると、ティアナは夢から覚めたように
フッと我に返る。
だが、その表情は冴えない。

「あの・・・ありがとうございます」

「どういたしまして」

微笑を浮かべて言うと、ゲオルグは差し出した手を引っ込めて
ソファに深く腰を下ろす。
そのまま黙ってティアナの顔に目を向けていると、伏し目がちな表情のままの
ティアナがゆっくりと口を開き始める。

「あの・・・光栄なことなんですけど、私でいいんですか?
 執務官としての経験もまだまだ浅いですし、指揮官の経験はないですし」

暗い表情で言うティアナに向けて、ゲオルグは鋭い目線を送る。

「嫌なら辞退して構わないぞ」

ゲオルグが少し低めの声で言うと、ティアナはハッと顔を上げてかぶりを振る。

「嫌ではないです! むしろ声を掛けていただいて嬉しいです。
 ですけど、その・・・自信がなくて・・・・・」

そう言って俯くティアナを見て、ゲオルグは小さくため息をつく。
そして再び腰を上げ、ティアナの頭に手を伸ばす。

「大丈夫だ。 お前ならきちんとやれるさ。
 お前の力は俺が一番よく知ってる。 だから大丈夫だ・・・」

優しい口調で放たれるゲオルグの言葉に、ティアナはゆっくりと顔を上げる。

「ゲオルグさ・・・」

そしてゲオルグの顔を見たティアナは発しかけた言葉を飲み込んだ。

「・・・とでも言って欲しいのか? 甘えんな」

そこにあったのは優しく微笑む顔ではなかった。
眉間に皺を寄せ、自分を睨みつけるように見下ろす顔だった。

「俺が求めてるのは優秀な魔道師であり、優秀な執務官だ。
 甘えんぼうのガキなんかはいらないんだよ」

ソファの深く腰を下ろし、冷たい口調で言うゲオルグの顔を
ティアナは呆然と見つめる。

「ゲオルグさん・・・」

ティアナが蚊の鳴くような声で呼ぶのをゲオルグは無視する。

「自信がなくてやれないっていうならそれで結構。 他の人材を探すだけだ」

突き放すような口調で言い放ったゲオルグは足を組んでティアナをジッと見つめる。
その冷たい視線に耐え切れずティアナは再び肩を落として俯く。

(あたし、何やってんだろ・・・)

ティアナはこれまでの自分が歩んできた道を振り返る。
フェイトのもとで執務官補を務め、試験に合格して執務官になり、
それなりの数の事件を解決に導いてきた。

(悔しい・・・)

ティアナは己の唇をきつく噛み締める。

(こんなとこで負けてらんないのよ! アタシは!!)

そしてキッと鋭い目でゲオルグの顔を見る。

「やります」

「・・・本当にいいのか? キツイぞ」

「覚悟は出来てます」

断固とした口調で言うティアナの顔をゲオルグはジッと見る。

「わかった」

しばらくして、ゲオルグはそう言うとフッと表情を緩めた。

「言ったからには死ぬ気で付いて来い。 プロとしてな」

そしてゲオルグは微笑を浮かべる。

「どうしてもダメなら遠慮なく言え。 助け舟は出す」

そう言うとゲオルグはティアナに向かって再び手を差し伸べる。
今度はガシっとティアナがそれを掴む。

「ようこそ、特殊陸戦部隊へ」

「はい、よろしくお願いします!」

そして、ゲオルグとティアナはお互いに笑いあった。





夕方・・・。
ティアナと別れたあと、クリーグのフォックス分隊の訓練に参加し、
部隊の翌年度予算についての会議に出席したゲオルグは、帰り支度を始める。
上着を羽織り、カバンを手に持って部屋を出ると、ちょうど前を通りかかった
チンクとかち合う。

「ん? もう帰るのか?」

「ああ、今日は例の記者さんとの情報交換会でね」

ゲオルグが答えるとチンクは首をひねって何かを思い出そうとする。

「確か・・・、クラナガン・テレグラフ紙のネオン記者だったか?」

「正解」

「判った。 あとは任せておけ」

チンクは凛々しい表情でゲオルグに向かって頷く。
その頼もしい反応に、ゲオルグは意外そうな表情を見せる。

「あれ? いつもの文句は出ないな」

ゲオルグがそう言うと、チンクは目線をそらして頬をかく。

「私もいつまでもクレームをつけるだけではダメだと思ってな。
 来月からはゲオルグの代理を務める場面も増えるだろうし」

チンクの反応を見たゲオルグは、微笑を浮かべてチンクの頭に手を乗せる。

「頼もしいのは助かるんだけど、今からそんなに気を張ってちゃ持たないぞ。
 俺だって鬼じゃないんだから、最初から全てを期待しちゃいないよ。
 マイペースでやってくれればいいから」

ゲオルグの言葉を聞き、チンクは何度か目をパチクリさせると小さく頷いた。

「助かる。 言葉に甘えてそうさせてもらう。ではな」

そう言ってチンクはゲオルグが向かうのとは逆方向に向かって歩いていった。
一方ゲオルグはチンクの背中を見送ると、玄関に向かって歩き出す。
車に乗り込み、ゲオルグは車をクラナガンの中心部に向けて走らせはじめる。

郊外へと向かう車で混雑する対向車線を尻目に、中心街へと向かう
ゲオルグの車は快調に高架道路を走り抜けていく。

30分ほどで繁華街近くのパーキングに車を停めたゲオルグは、
界隈のメインストリートを歩く。
洒落た服装の人々が闊歩する中を茶色い制服で行く姿は目立つ。
とはいえ、近くには警防署もありさほど珍しいものでもなく
ゲオルグはなに食わぬ顔で歩いていく。

5分ほど歩いたところで、ゲオルグは細い路地に入る。
そこは煌びやかなメインストリートとは打って変わって、
少し薄暗い、だが雰囲気の悪さは感じない落ち着いた空間だった。
そしてゲオルグはあるビルの地下へと降りる階段を下りていく。
その先のドアを開けて中に入ると、そこはこじゃれたバーだった。

ゲオルグはそれなりに客のいる店内を歩いてカウンターへと向かうと、
カウンターの向こうにいるマスターに声をかけた。

「やあ、マスター」

「いらっしゃい。 お連れさんならもう奥にいますよ」

微笑を浮かべたマスターがそう言うと、ゲオルグは僅かに目を細める。

「そう。 じゃあ、いつものを奥に頼むよ」

「かしこまりました」

慣れた口調でそう言うと、ゲオルグは片手を上げて店の奥にある小部屋へと入る。
そこには一つの丸テーブルを囲むように4つの1人がけソファが置かれた部屋で
そのうちの1つには背広をだらしなく着崩した男-ネオンが座っていた。

「どうも。 少し遅くなってしまって申し訳ない」

ゲオルグがネオンの対面に座りながら声をかけると、
ネオンはニコッと笑って会釈をする。

「いえいえ。 僕も少し早く来すぎてしまいましてね」

「いつもはネオンさんが遅れてくるのに、珍しいじゃないですか」

「実は、ハイジャック事件の担当を外されましてね。
 デスクにサッサと取材に行けって社を追い出されたんで、
 早めにここに来たんですよ。これも大事な取材ですから」

話している内容とは対照的に、ネオンの表情は明るい。

「正直言って、今回の事件について一番情報を握ってるのは
 今のところあなただと思ってるんですよ」

口に笑みを浮かべて言うネオンだが、その目は全く笑っていなかった。
そして、それはゲオルグも察知しているところだった。

「どうでしょうね。 所詮、俺のところは実戦部隊ですからね。
 制圧作戦についてはよく知ってますけどね」

ゲオルグが真面目な顔をして言うと、ネオンはニヤっと笑う。

「なるほど。 では、ハイジャック犯たちはどうやって移送を?
 シュミットさんと別れた後も次元港にいましたけど、
 それらしい車両は見ませんでしたよ」

「そうなんですか? 俺は作戦後、次元港の警備部隊と少し話をして
 すぐ隊に戻ったのでよく知らないんですよ」

「そうですか・・・」

ネオンは上着の内ポケットから取り出した手帳をめくる。
そしてあるページでその手が止まり、顔を上げた。

「ところで、事件発生から制圧完了までターミナルビルにいた乗客の話では
 犯人が輸送機に載せられるのを目撃したという話もあるんですけどね・・・」

その時、部屋の扉が開かれ店員が2つのグラスを持って現れる。
店員はネオンとゲオルグ、それぞれの前にグラスを置くと会釈をして帰っていった。
ドアが閉じられると、ゲオルグはグラスの中の液体に少し口をつけてから
大きく息を吐く。

「で、何が聞きたいんです?
 お察しのとおり、ハイジャック犯一味は俺たちのところで拘留してますけど」

ゲオルグは先ほどまでの硬い表情とは打って変わって、
リラックスした表情で話す。

「今回の犯人はどういう素性の持ち主なんですか?」

それを受けたネオンも単刀直入に聞きたいことを尋ね始める。
さっきまでの2人のやり取りは、店員が飲み物をの運んでくるまでの
遊びのようなもののようである。

「申し訳ないですけど、捜査の内容については捜査部の公式発表までは
 待ってください。 さすがにそれを話すわけにはいかないんですよ。
 それに、まだ捜査は始まったばかりですしね」

「そうですか。 残念ですけど、いずれ捜査部の会見の後にまたお話を
 聞かせてください。
 ところで、今回の作戦はどうでした? 傍から見てる分には楽勝だったように
 見えましたけど」

ネオンの些か不躾な質問にゲオルグは僅かに眉をひそめる。

「そんなことはないですね。 そもそも、ウチの作戦が楽勝だったことは
 これまで一度もないですよ。 
 今回にしても、事前にハイジャック犯たちの手の内がある程度わかっていたから
 うまくことを運ぶことができただけですから」

「また、ご謙遜を・・・」

ネオンの持ち上げるような言葉にゲオルグは首を横に振る。

「謙遜じゃありませんって。
 初っ端からウチで制圧に乗り出していたら、多数の負傷者を
 出していたのはウチの方だったかもしれませんしね」

肩をすくめてゲオルグが話すと、ネオンは少し身を乗り出す。

「それなんですけどね、ひとつ疑問があるんですよ。
 ミッドチルダ中央次元港の警備部隊といえばそれなりの精鋭部隊ですよね。
 それが突入時にあれだけの負傷者を出して為すすべもなく撤退に至ったというのが
 不思議でならないんです。 なんでなんですか?」

「それはハイジャック犯の行動が管理局の想定を上回るものだったからですよ」

「なんか抽象的ですね。 もう少し具体的に教えていただけませんか?」

ネオンの質問を受けてゲオルグは視線を宙に彷徨わせて考えると、
ゆっくりと話し始める。

「管理局内部には民間の公共交通機関が乗っ取りを受けた場合の
 対処マニュアルってのがあるのはご存知ですよね。
 それによれば、乗っ取り事案については人質を安全に保護することを最優先に
 強行突入による迅速な解決を第1選択とすることになっています。
 この背景には、犯人グループが別働隊を組織して別方向からの攻撃を
 突入部隊に加える、といったケースが想定されていないんです」
 
ゲオルグの言葉にネオンは首をひねる。

「それがおかしいとは僕には思えないんですけどね」

「ええ、おかしいとは言ってませんよ。
 ただ、このマニュアルの存在と中身、マニュアルに依存している
 警備部隊の実情を知っている者が犯人グループにいればどうですか?」
 
ゲオルグの言葉にネオンは納得顔で深く頷く。

「なるほど。 その状況を当然逆用しますね。
 つまり、シュミットさんは今回の犯人グループに管理局の内情に詳しいものが
 いると考えているわけですね?」

「まあ、そんなとこです」

ゲオルグは苦笑しながらそう言うと、グラスの中身に口をつける。
その動きに合わせるようにネオンも自分の前のグラスの中身をぐいっと煽った。

「いやー、いつもながら興味深いお話をありがとうございます」

「そう言ってくれるのはネオンさんくらいですよ。
 ところで、最近の第73管理世界の情勢はどうなんですか?」

ゲオルグの問いかけに、ネオンはグラスを置いて真剣な表情をつくる。

「少しずつではありますけど、悪くなる一方ですね。
 管理局の警備体制はまた一段強化されて、新しく第228陸士部隊が
 ミッドから投入されていますけど、治安の改善効果はほとんどないようです」

ネオンの抑えた口調での話に耳を傾けているゲオルグの表情は
冴えないものに変わっていく。

「228部隊が投入されたのは聞きましたけど、効果はなかったんですね。
 となると、独立派の動きもさらに活発になっているんでしょうか?」

「いえ。 今のところは表立った動きに変化はありませんね。
 とはいえ、現地で飛び交っている流言の類を独立派が流しているという
 話もありますから、目に見えないところでの活動は活発化してるかもしれません」

「普通の住民たちの様子はどうですか?」

「概ね独立派に同調する意見と、管理局を擁護する意見が半々ですね。
 ただ、治安の悪化に伴う犯罪の増加で住民の不満は高まりつつあるようなので、
 治安を担っている管理局の立場は悪くなっています」

「そうですか・・・」

ゲオルグはそう呟くと、腕組みをしてジッとテーブルの上のグラスを見つめる。
しばらくして腕を解くと右手の人差し指でグラスの縁をゆっくりとなぞる。
そしてゆっくりと顔を上げると、ネオンの顔を見た。

「マズイですね。
 管理局の治安維持に対する不満が高まっているのもそうですが、
 独立派への支持が高まっていることはもっと問題です」

「なぜですか?」

「独立派を支持する市民によってテロ実行犯が匿われる可能性があるからです。
 そうなってしまえば、我々がテロを防止するのは非常に難しいですね」

ゲオルグがネオンの質問に答えると、ネオンは神妙な顔で頷いた。

「なるほど。 確かにそれはマズイですね。 どうされますか?」

「まだ最悪の状況には程遠いですから、落ち着いて考えますよ。
 慌てて介入すればヤブヘビになりかねませんしね」
 
微笑を浮かべてそう言うと、ゲオルグはちらりと時計に目をやる。

「もうこんな時間ですね。 そろそろ出ましょうか」

「そうですね。 今日はありがとうございました」

頭を下げて謝辞を述べるネオンに向かってゲオルグは首を横に振る。

「いえいえ。 お互い様ですよ」

そう言ってゲオルグはニコッと笑って席を立つ。
そして部屋のドアを開けると、ネオンのほうに顔を向ける。

「お先にどうぞ」

「あ、すいません。 失礼します」

ネオンは軽く頭を下げながらゲオルグの前を通ってドアを抜けていく。
ゲオルグもネオンに続いて部屋を出る。
2人が入った時よりも少し混んでいる店内を抜けて2人は店を後にした。

階段を上がって路地に出ると、3月のまだ冷たい夜風が2人の髪をなびかせる。

「やっぱり夜はまだまだ冷えますね」

「そうですね。 でもこの辺はまだ風がそこまで強くないから、
 港湾地区なんかに比べるとまだましですよ」

肩をすぼめて寒そうに歩くネオンの言葉にそう答えながら、
ゲオルグの方もぶるっと身を震わせる。

「ところで、ネオンさんはどうやって帰られますか?」

「電車ですね」

メインストリートへ出る直前、ゲオルグの質問に対してネオンが答えると、
ゲオルグは足を止めて隣を歩くネオンの顔を見る。

「俺は車なんで、よければ送っていきましょうか」

「いいんですか? 僕の家は西のほうなんですけど・・・」

ネオンはそう言って自宅のある場所をゲオルグに伝える。

「いいですよ。 ウチも方角はそっちですから。 乗っていきます?」

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

ゲオルグがネオンを連れて駐車場のほうに向かって歩き始めたとき、
ゲオルグの耳に聴き慣れたような声が届く。

「・・・・・のばかやろ~!!」

ゲオルグは後ろから聞こえてきたその声に、足を止めて振り返る。

「どうしました?」

ネオンが訝しげにゲオルグを見る。
一方、足を止めて後ろを振り返り、声の主を探そうとあたりを見回す。

「いえね、なんか知り合いに呼ばれたような気がして・・・」

(なんか、ティアナの声に似てた気がするんだけどな・・・)

「気のせいじゃないですか?」

「そうですね。 行きましょう」

(気になる・・・けど、まあいいか)

ゲオルグは未だ後ろを気にしつつも、ネオンとともに自分の車のある
パーキングに向かって歩き始めた。
人波を挟んだ後方30mで明るい茶色のロングヘアと青いショートヘアの
女性2人組が歩いていることにも気づかずに・・・・・。





ここで時間は数時間巻き戻る。

時空管理局は事故や災害が発生したときの救難活動もその守備範囲である。
さほど大きくない規模の交通事故や火災であれば、救難活動も最寄の
警防署あるいは陸士部隊の管轄である。

しかし、高層ビル火災や大規模な自然災害など、専門知識や技能を要する場合には
その道のエキスパートである特別救難隊、略して特救隊と呼ばれる部隊が出動する。

かつて機動6課に所属したAAランクの陸戦魔導師であるスバル・ナカジマ士長は
その一員である。

この日、早番であったスバルが帰宅しようとしていたときに、そのメールは届いた。
差出人はスバルの親友であるティアナで、"今日、飲みに行くわよ!!"の
一言とともに待ち合わせ場所の地図が貼り付けられていた。

(もっと早く言ってよ~、ティア~)

などと思いつつもスバルは待ち合わせ時間の5分前には待ち合わせ場所である、
クラナガンの繁華街にある広場に立っていた。

(おそいなー、ティア・・・)

少し冷たくなった手をこすり合わせながら、彼女は広場の時計に目をやる。
すでに待ち合わせ時間を5分ほど過ぎていた。

(呼び出すんなら時間通り来てよー)

心中で親友に対する呪詛の言葉を吐きながらも、彼女はじっと立って待っていた。
それからさらに数分たったであろうか、彼女の目に白いニットと
黒いタイトスカートを着た親友の姿が飛び込んでくる。

ティアナはパンプスのかかとを鳴らしながらスバルの前まで走ってくると、
ストッキングで包まれたひざに手をついて上半身を折る。

「ご・・・ゴメン。 ちょっと仕事が長引いて・・・・・」

息を整えたティアナが顔を上げて両手を合わせると、スバルはにこっと笑う。

「いいよ。 ティアは執務官だもん、忙しいのはわかってるからさ」

スバルの言葉にティアナはほっと胸をなでおろし、礼を言おうと口を開きかけた。

「じゃ、今日はティアのおごりってことで!」

満面の笑みを浮かべて言うスバルに対し、ティアナは恨めしげな目を向ける。

「・・・わかったわよ!」





さらに5分後、彼女たちの姿はメインストリートに面したビルの2階にある
居酒屋の一席にあった。

「かんぱーい!」

2人はそれぞれの手に持ったグラスを互いに軽く触れ合わせると、
その中身をぐいっと呷る。
グラスの3分の1ほどを飲み干し、2人は息を合わせたかのように
タイミングよくグラスをテーブルの上へ置く。

「お疲れ、ティア」

「あんたもね」

互いの今日一日の労をねぎらい、2人は笑いあう。

「そういえばさ」

注文した料理がいくつか届き、店員が去ったところでスバルはそう切り出した。

「ティアがこういうお店を選ぶのって意外だな」

スバルがから揚げを摘み上げながら言うと、ティアナは多少不機嫌になったようで
スバルを軽くにらむような表情をみせる。

「どういう意味よ?」

「だって、ティアがお店を選ぶとだいたいお洒落なバーとか、
 そういうところになるじゃん」

スバルがそう言うと、ティアナはサラダを自分の取り皿に移していた手を止める。

「あたしだって、味とか雰囲気とかどうでもいいから酔いたい、
 ってときぐらいあるわよ・・・」

ティアナはそう言うと、深いため息をつく。

「・・・仕事でなんかあった?」

ティアナの様子が普段と違うことから、スバルはティアナを案じて尋ねる。
それに対してティアナは渋い顔をしてうつむくと、手元のグラスの中身を呷る。

「まあ・・・ね。 いろいろあんのよ」

そう言ってティアナはグラスを置く。

「今日はちょっといろいろありすぎてね、頭ん中がごちゃごちゃしちゃってんのよ」

「ふーん」

スバルはティアナの言葉に相槌を打つと、自分のグラスに手を伸ばしながら
ティアナの表情をそっと伺う。
スバルにはティアナの顔が少し沈んで見えた。

(ティアが話してくれるまで待ってようかな・・・)

そしてスバルは自分のグラスの中身を少し飲むと、
サラダを自分の取りざらに取り分ける。

「あたしが異動になった話って、あんたにしたわよね?」

おもむろに口を開いたティアナの言葉に対して、スバルは口の中のサラダを
飲み込みながら頷く。

「うん、聞いたよ。 ハラオウン少将のとこだったよね」

「そ、テロ対策室ね。 で、昨日テロ事件があったじゃない?」

スバルは少し視線をさまよわせてティアナの言った事件について思い出そうとする。

「えっと・・・、次元港で起きたやつ?」

語尾を上げてスバルが確認するように尋ねると、ティアナは2度首を縦に振った。

「そうそう。 でね、あの事件で特殊陸戦部隊が出動したんだけど、
 捜査部が忙しくって手が回らないからって、特殊陸戦部隊が初動捜査を
 担当することになってね。
 あそこは執務官も捜査官もいないから、あたしが支援のために
 行くことになったのよ」

「へーっ、すごいね。 特殊陸戦部隊っていえば、陸戦の精鋭だよね。
 ウチにも行ってみたいって人が結構いるし。
 そんなとこに呼ばれるなんてすごいよ」

スバルが素直な感嘆の声を上げると、ティアナは一瞬ニコッと笑う。

「ありがと。 あたしも呼んでもらえたときは正直嬉しかったわ」

「そりゃそうでしょ。 だってゲオルグさんの部隊だもんね~」

スバルがニヤニヤと笑いながら言うと、逆にティアナの顔は沈んだ表情になる。

(あれ? てっきりツンデレ発動かと思ったんだけど・・・)

ティアナの反応が予想外で、スバルは笑い顔を引っ込めてティアナに声をかける。

「ねえ、ゲオルグさんと何かあったの?」

スバルがそう声をかけると、ティアナの肩がピクっと動く。

(当たりかぁ・・・)

「何があったのか話してくれないかな? 相談に乗れるかもしれないし」

スバルが穏やかな口調で言うと、ティアナは顔を上げてスバルの方に目を向ける。
その顔は話すべきか否かを逡巡しているようにスバルには見えた。
スバルはそんなティアナの背中を押すようにニコッと笑いかける。
すると、ティアナは大きく一度深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

「あのね、実は・・・」

そしてティアナはゲオルグから特殊陸戦部隊への異動を告げられたときの
会話について話し始めた。
10分ほどしてティアナが話し終えたとき、スバルは自分がゲオルグから
叱られたような気分でいた。

「・・・相変わらずキツイね、ゲオルグさん」

6課時代に何度も説教を受けた身として、身につまされるような思いで
スバルは思わずティアナに向かって同情の目を向ける。

「そうね。 でも、それだけ厳しい部隊だし、生半可な覚悟ではやっていけない
 ってことを伝えたかったんだと思うわよ」

(あれ? 意外と冷静に受け止めてる?)

落ちついた口調で話すティアナにスバルは違和感を覚える。

「なんか悩んでたワリには落ちついてるね、ティア」

「そう?」

スバルの問いにティアナは小首をかしげると一気にグラスを空けて、
店員に次のドリンクの注文をする。
話をしている最中に既に一杯空けているので都合3杯目。
そこまで酒に強くないティアナとしては早いペースであり
その顔はほんのり赤く染まっている。

(なんかピッチ早いなあ、ティア)

そんなことを考えているスバルもティアナと同じく2杯目のグラスを空ける。
そうこうしているうちに、ティアナの注文したドリンクが届き、
ティアナは一口飲んで、テーブルの上にグラスをドンと置いた。

「最初は理不尽なことを言われたと思ってたのよ。
 でも、アンタに話してるうちにゲオルグさんが言いたかったことが
 なんとなく分かっちゃって、納得しちゃったのよね」

「なにそれー。 そんなに簡単に解決するんなら、わざわざこんなとこまで
 来なくても良かったじゃん」

スバルは頬を膨らませて不満げな表情を見せる。
すると、ティアナはバツが悪そうな表情を見せた。

「悪いとは思ってるわよ・・・」

そう言ってティアナは肩身が狭そうに背を丸める。
その様子を見たスバルはさすがに気が咎めたのか、ことさら明るい表情と
口調でティアナに声をかける。

「いいって! それより今日はせっかく来たんだし、楽しく飲もうよ!」

スバルの言葉に背中を押されるように、ティアナは顔を上げて微笑を浮かべる。

「そうね。 ありがとね、スバル。 あんたのおかげでなんか吹っ切れた!
 さ、改めて乾杯しましょ!」

そして2人はお互いの手の中にあるグラスをコツンとぶつけた。





・・・1時間後。

「ったく・・・やってらんないっての!」

ティアナは真っ赤な顔をしてテーブルに突っ伏し、怪しい呂律で声を上げる。
その様子をスバルはため息をつきながら見ていた。

(はぁ・・・。 これ貸しですよ、ゲオルグさん・・・)

スバルはここにはいないかつての上司に向かって心中で不平を鳴らしながら、
この1時間に聞かされたティアナの愚痴を振り返り始めた。





それは、ティアナがゲオルグの部屋で特殊陸戦部隊への異動を告げられた
直後のことであった。
何か甘いものでも食べるか、とゲオルグに訊かれて頷いたティアナは、
ゲオルグの部屋にあるソファに腰を下ろして、ゲオルグの出してきたマフィンと
自分の淹れた紅茶のセットを味わっていた。

「これ、すごく美味しいですね。 どこのお店で買ってきたんです?」

思えば、ティアナのこの一言が全ての発端だったのであろう。
ティアナに尋ねられたゲオルグはニコッと笑って身を乗り出す。

「これな、実はなのはが作ったんだよ」

「えっ、そうなんですか!? 全然そんなふうに見えないですよ。
 てっきりどこかのお店で買ってきたものとばかり・・・」

「俺もさ、そうなのはに聞いたんだよ。
 そしたら、ティグアンのおやつに作ったっていうからさ、驚いちゃったよ」
 
そう言うゲオルグの顔は自慢げな笑みが溢れていた。
その表情を見てティアナはちょっとした嫉妬を覚える。
ゲオルグにではなく、なのはに・・・。

「へぇ、すごいですね」

ティアナはささくれ立つ内心を覆い隠すように笑みを浮かべて言う。

「まあ、お義父さんから教えてもらったらしいんだけどな」

「なのはさんのお父さんって・・・ああ、喫茶店をやってるんですよね」

「そうなんだよ。 帰省するたびにいろいろご馳走になるんだけど
 これがまた美味くってさ」

「いいなぁ、私もなのはさんのお父さんのお菓子は何度かいただきましたけど
 すっごく美味しいですもんね」

話題がなのはの父親のことに移り、ティアナの心は少し平静を取り戻す。

「ところで、ティアナ。 お前、本当にウチに来て大丈夫か?」

ゲオルグが発した言葉の意味するところが理解できず、ティアナは首をかしげる。

「どういうことですか?」

「いや、だから・・・ウチは忙しい時は昼夜なくなるから、
 恋人と2週間会えないなんてことも結構あるからさ」

気遣うような表情でティアナのほうを見ながらゲオルグが言うと、
ティアナは苦笑しながら手を振る。

「いえ、その心配はありませんって。
 だって、お付き合いしてる人なんかいませんから
 そんな暇もありませんし・・・」

ゲオルグはティアナの言葉を聞くと、目を見開いて驚きを表現する。

「マジか!? もったいないなあ。 ティアナはカワイイし真面目だから
 絶対にモテると思うんだけどなぁ」

「ホントですか? 担いでません?」

ティアナはゲオルグの褒め言葉を受けて僅かに頬を染める。

(ゲオルグさんにカワイイって言われちゃった。 どうしよ。かなり嬉しい!)

「そんなわけないって。 なあ、好きな奴もいないのか?」

ゲオルグに尋ねられ、ティアナはなんと答えたものか逡巡する。

(どうしよう・・・いっそ、あなたのことが好きですっ!
 って言っちゃおうかしら・・・)

だが、ティアナはそこで踏みとどまった。

(ううん、ダメよね。 ゲオルグさんにはなのはさんがいるんだし・・・)

「・・・いないこともないんですけどね」

「なら、思い切ってアタックしろって! きっとお前のことを受け止めてくれるよ」

(え、ナニコレ? 誘ってんの!?)

「・・・ホントですか? ホントに受け止めてくれますか?」

上目遣いで訊くティアナの言葉の本当の意味に気づかず、
ゲオルグは自信ありげに大きく頷く。

「大丈夫だって。 俺だってティアナみたいなカワイイ女の子から
 告白されたらOKしちゃうからさ」

(うわ!うわ!どうしよ・・・これって・・・!!)

ゲオルグの言葉にティアナの心は舞い上がっていく。
だが・・・

「ま、なのはがいなけりゃだけどね」

次の瞬間にゲオルグの口から発せられたその言葉で、ティアナは
天国から地獄へと突き落とされるような感覚を味わった。

(・・・・・ま、そうよね)

「遠慮しときます。 それに4月からは忙しくなりそうですしね」

ティアナは精一杯の笑顔を浮かべて言うと、ソファから立ち上がった。

「じゃあ、仕事もありますし行きますね」

「あ、ああ。 引き止めて悪かったな」

「いえ、それじゃ」

そしてティアナはゲオルグの部屋を出る。
背後で部屋のドアが閉まった瞬間、ティアナは通路の床にへたりこんだ。

(わかってたことだけどさ・・・。 やっぱ、直接言われちゃうとなぁ・・・)

その時、通路に大きな足音が響く。
そしてその足音はだんだん近づいてきて、ティアナのすぐそばで止まった。

「大丈夫ですか? 体調でも?」

肩に手を乗せられる感覚に、ティアナは顔を上げる。
そこには心配そうに自分の顔を覗き込む、ウェゲナーの顔があった。

「いえ、大丈夫です。 ちょっとつまづいただけなんで」

ティアナはそう言うと立ち上がってウェゲナーに向かって頭を下げる。

「心配してくださってありがとうございます。 もう行きますね」

ティアナはそう言ってオフィススペースの方に向かってトボトボと歩き出した。





「ね、スバル。 あたし、どうすればいいと思う?」

スバルはテーブルの上に突っ伏しているティアナに声をかけられフッと我に返った。

「そだねぇ、明日もお互い仕事だし、そろそろ帰ろっか」

時計はすでに午後9時を指している。
ティアナがムクっと起き上がる。

「そうね。 明日も仕事だったわね」

相変わらず呂律の回らない口調で言うティアナ。
スバルはその手をひくと会計を済ませて店の外に出る。
外の空気はひんやりとしていて、酒で火照ったからだを覚ましてくれるように
スバルは感じていた。

「ねえ、スバル」

「ん? どうしたの?」

スバルが尋ねると、ティアナは彼女に向かって深く頭をたれた。

「今日は付き合わせちゃって悪かったわね。
 ありがたいと思ってるわ」

「そんな、いいよ。 だってティアは親友だしね」

ティアナの殊勝な言葉にスバルは首を横に振る。

「ありがと」

ティアナはふらふらと覚束無い足取りでスバルに支えられて歩きながらも
笑顔をスバルに向ける。
だが、次の瞬間にはティアナの表情はまた暗いものに戻る。

「ホント、なんであたしってゲオルグさんのことが好きなのかしら。
 絶対成就しない恋って解ってんのに・・・バカみたい」

「いっそ、思い切って告白して玉砕しちゃえばいいんじゃない?」

「そうね・・・。でも、せっかくゲオルグさんのそばに居られるのに
 変に意識されちゃうのはちょっとね・・・」

「そっかぁ・・・難しいね」

スバルが少しうつむき加減で言うと、ティアナは急に立ち止まった。

「ゲオルグ・シュミットのばかやろ~!!」

つないでいた手を引かれてスバルが振り返ったとき、
ティアナは夜空に向かって叫んでいた。
そして妙にスッキリした顔で歩き出す。
だが、スバルは急展開についていけず、アタフタする。

「ど、どうしたの、ティア?」

「ん? なんかいい加減あたしの気持ちに気づけよって思ったら腹たってきて、
 思わず叫んじゃった。 でも、ちょっとスッキリした」

「そっか。 もう大丈夫?」

「大丈夫よ。 帰りましょ!」

スバルに向かってニコッと微笑むと、ティアナは近くの駅に向かって歩き出した。

 
 

 
後書き
これが年内最後の投稿になります。
来年もご贔屓に。

では、皆さん良いお年を。 
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