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特殊陸戦部隊長の平凡な日々

作者:hyuki
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第4話:ハイジャック事件-4


ハイジャック事件の翌日、朝6時。
ゲオルグは自宅の寝室にあるベッドの上で目を覚ました。

「んぅ・・・っ!」

まどろみから覚醒に至る途上で、意味をなさない声をあげる。
視点のはっきりしない目でぼんやりと天井を眺めながら
何度かまばたきすると、目の焦点が合ってくる。

ベッドサイドの時計に目をやり、起床する時間が来ていることを確認すると、
隣で寝ているなのはに目を向ける。
小さく寝息を立てるなのはにそっと口付けを落とし、ゲオルグはベッドを下りた。

寝室を出て階段を下りると真っ直ぐバスルームの方に向かう。
洗面所で顔を洗い、ひげを剃り、髪を整えると、次に向かうのはキッチンである。
平日の朝食を作るのがゲオルグの役割だからだ。

ゲオルグがキッチンで朝食の準備を進めていると、6時半ごろに
ヴィヴィオとティグアンが起き出してくる。

「おはよ、パパ」

「おとーさん、おはよー」

「おはよう。 朝ごはんはもうすぐできるから、2人とも顔を洗っておいで」

「はーい」

2人が洗面所へ向かってからしばらくして、ゲオルグが朝食の盛り付けを
終えようとしたころ、なのはが現れる。
彼女は既に身支度を終えていて、化粧もバッチリである。

「おはよ、ゲオルグくん」

「おはよう」

ゲオルグが挨拶を返すと、なのはがゲオルグにすり寄っていく。
そして2人は唇を合わせた。
1分ほどの長いキスのあと、2人は名残惜しげに唇を離す。

「手伝うよ」

「じゃあ、これを運んでくれ」

ゲオルグはサラダボウルを指差す。

「うん」

なのはは頷くと、サラダボウルを持ってダイニングテーブルへと歩いて行く。
ゲオルグも卵やベーコンの乗った皿を持ってそれに続いた。
テーブルの上に敷かれた4枚のランチョンマットそれぞれの上に皿が置かれた時、
ヴィヴィオとティグアンが洗面所から戻ってくる。

「2人とも座って。 朝ごはんにしよう」

「はーいっ!」

ダイニングテーブルにシュミット一家全員が揃って座る。

「いただきます!」





朝食後、最初に出かけるのはゲオルグである。
制服に着替えたゲオルグは家族に見送られて家を出ると、
車庫のスポーツカーに乗り込み、隊舎に向かって走らせ始める。
朝の渋滞が始まりつつあるクラナガン外周の環状道路を走り、
ゲオルグを乗せた車は港湾地区へと向かう。

普段通り8時前に隊舎に到着したゲオルグは正面玄関から隊舎に入り、
部隊長室に向かって足早に歩く。
ちらほらとすれ違う隊員たちと挨拶を交わしながら歩き、
部隊長室に入ったゲオルグは自分の椅子の背に制服の上着を掛けると、
引き出しのカギを開けて端末とカップを取り出す。

端末のスイッチを入れてからカップを持って部屋を出ると、
近くの給湯室に向かう。
給湯室のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れると部屋へと戻る。

自席に座り既に立ち上がっている端末にログインすると、
メールソフトを開いて夜の間に来たメールを確認し始める。

(まずは昨日の事件絡みのヤツから処理だな)

ゲオルグは、メールリストの題名をざっと流し読みしながら、
湯気をあげるコーヒーをすする。

(ん? クロノさんからのメール?)

昨夜届いていたクロノからのメールを開く。

(なになに・・・執務官は明日の朝9時にそちらにつくように行かせる・・・ね。
 あと30分か。 了解・・・っと)

クロノへの返信を終えたところで、部屋の中にブザーが鳴る。
見るとチンクが部屋の前に立っていた。
ゲオルグが机の上にあるパネルを操作してドアを開けると、
部屋の中にチンクが入ってくる。

「おはよう、チンク」

「ああ」

ゲオルグは微笑を浮かべてチンクを招き入れるが、
チンクの方は仏頂面でそれに応じる。
ゲオルグの机の前に立ったチンクは右手に持っていた紙の束を机の上に置く。

「昨日の戦闘詳報だ。私とクリーグの分もある」

「今読むよ。座って待っててくれ」

ゲオルグは部屋の中央にあるソファセットを指差す。

「わかった」

チンクは仏頂面のまま頷くとソファにドカッと腰を下ろす。

「朝飯は?」

「家で食べてきた」

「何か欲しけりゃ適当に取って食え」

「判っている」

ゲオルグが部屋の隅にあるキャビネットを指差しながら言うと、
チンクは座ったばかりのソファから立ち上がってキャビネットの中を漁る。

「・・・相変わらずジャンクなモノが揃ってるな」

「それがいいんじゃねえか。 家じゃこんなもん食えないからな」

ゲオルグは机の上にあるチョコレート菓子の袋を振る。

「不満なのか? 贅沢な奴だ」

チンクはキャビネットから取り出したスナック菓子の袋を開けながら
ゲオルグに向かって呆れたような声をあげる。

「不満はないさ。 実際なのはの作ってくれるものの方がはるかに美味い。
 ただな・・・」

そこでゲオルグは一旦言葉を切ると、チンクの持ってきた戦闘詳報を一枚めくる。

「こういうジャンキーなものもたまには食べたくなるんだよ」

「やはり贅沢ではないか」

そう言いながらチンクは袋の中のスナック菓子をポリポリとかじる。

「まあ、判らんではないが・・・太るぞ」

「だからこそときどきお前らの基礎訓練にお邪魔させてもらってるんだろ」

ゲオルグはそう言って手の中の書類を机の上にパサリと置いた。

「戦闘詳報はこれでOKだ。
 11時にハラオウン少将に報告に行くから同行してくれ」

「なに?」

チンクはゲオルグの言葉に反応して顔をあげる。

「そういうことはフォッケの仕事だろうが」

「フォッケは研修で今日一日不在だよ。たまには俺とデートと洒落こもうや」

ゲオルグはそう言ってチンクに向かってウィンクする。

「・・・高町1尉。 ということだが何か伝えておくことは?」

『帰ってきたらオハナシしようね、ゲオルグくん』

いつの間にか開いていた通信ウィンドウの中でなのはがにっこり笑っていた。

「だ、そうだ」

大きく両手を広げて肩をすくめるチンク。
彼女のアイパッチで隠されていない方の目は明らかに笑っていた。

「・・・冗談の通じない奴め。 とにかく、報告に同行してもらうのは決定だ」

「了解した。 ではな」

「待て」

片手をあげて部屋を出ようとするチンクをゲオルグは呼び止めた。

「後少ししたら執務官が来る。 そうしたら取り調べを始めるからな」

「それも了解だ。 以上か?」

「ああ」

「では行く。 またあとでな」

今度こそチンクは部隊長室を後にする。
彼女の背中がドアの向こうに消えたあと、ゲオルグは苦笑を浮かべて首を振ると
端末に目を戻して事務作業を再開した。





ゲオルグがクロノに提出する戦闘報告書を書き終え、その確認をしていると
再び来客を告げるブザーが鳴った。
パネルを操作するとその小さな画面にゲオルグにとって見知った顔が映り、
その口元に笑みを浮かべる。

(こっちが来たか・・・)

ゲオルグはドアを開けると椅子から立ち上がる。
ドアの向こうから黒い執務官の制服を着た人物が入ってくると、
ゲオルグは軽く手をあげた。

「よく来た。 直接会うのは正月以来か?」

「そうですね。 ご無沙汰してます」

明るい茶色のロングヘアを揺らしてその執務官-ティアナ・ランスターが頷く。

「最近どうだ? 忙しいのか?」

「どうでしょうね、八神司令ほどではないと思いますよ」

「はやてに限らず捜査部は忙しいみたいだな。
 今回お前に来てもらったのも、そのとばっちりみたいなもんだから」

「それなんですけどね・・・」

ティアナは苦笑して話し始めるが、そこで一旦言葉を切る。

「なんだ?」

「実は私、1月にテロ対策室に異動になったんです」

ゲオルグに尋ねられ、ティアナは指で頬を掻きながら答える。

「なるほど、それでか・・・」

ゲオルグが妙に得心が言った顔で頷くのを見て、ティアナは怪訝な表情を見せる。

「何がですか?」

「あ、いや。 実は今回来る執務官はフェイトじゃないかと思ってたんだよ」

「それって、私じゃ頼りないってことですか?」

ティアナが俯きがちに少し低い声で言うと、ゲオルグは首を横に振った。

「そうじゃない。 フェイトは産休明けで身体がなまってるだろうから
 こういう仕事にうってつけだと思ってたんだよ」

ゲオルグはそう言うと、机を回り込んでティアナのすぐそばまで歩いて行く。

「ウチは純然たる実戦部隊だから、こういう捜査活動には慣れてない
 連中がほとんどだ。 頼りにしてるぞ」

ゲオルグはそう言ってティアナに向かって右手を差し出した。

「はい。 全力でやらせていただきます」

ティアナはニコッと笑うとゲオルグの手を握った。

「ようこそ、ハラオウン少将の強制労働キャンプへ」

「それ、冗談にしても笑えませんって・・・」

苦笑したティアナがそう言うと、2人は声をあげて笑い始めた。





部隊長室を出たゲオルグとティアナは、ハイジャック犯たちを収容している
地下に向かって歩いていた。

「ところで、今回の件についてどこまで聞いてるんだ?」

「通りいっぺんのことだけです。 報道以上のことはほとんど聞いてません。
 少将からは、詳細はゲオルグさんに聞くように言われてます」

「ったく、あの人は・・・」

ティアナが真面目な顔で答えると、ゲオルグは呆れたように大きくため息をつく。

「なら、事件については概要から説明しておく」

「はい、お願いします」

ティアナは少し背を伸ばして頷く。

「事件の発生は、昨日の午前9時30分ごろ。
 場所はミッドチルダ中央次元港だ。
 出発準備をほぼ終えた定期民間次元航行船を一部乗客が武器を使って
 操縦室を占拠して乗っ取った。
 乗っ取り犯は10名。 武器は拳銃とライフルが各数丁だ」

歩きながらゲオルグが話す内容をティアナはメモしていく。

「事件発生から30分後の午前10時。
 次元港の警備部隊が突入作戦を実行するも失敗。
 この際、次元港の敷地外にある商社の保税倉庫からの狙撃が実行されている」

「狙撃・・・ですか?」

メモから顔をあげたティアナの問いかけにゲオルグは頷く。

「そうだ。実弾を使用した・・・な」

「実弾ですか!? ずいぶんと物騒ですね」

目を丸くしたティアナが声をあげると、ゲオルグは立ち止まって
ティアナの顔をじっと見る。

「同感だ。 俺達でどこまで捜査ができるかは判らないが、
 物騒だからこそ背後関係まで洗いざらい解明したい。
 それにはティアナ、お前の力が必要だ。 頼りにしてるからな」

ゲオルグが真剣な顔でティアナに向かって放った言葉は、
ティアナの心構えを引き締めるに十分な力を持っていたようで、
彼女は少し表情を固くする。

「はい」

「とはいえ、だ」

些か緊張が過ぎるとも思える顔で頷くティアナに向けて、
ゲオルグは表情を崩して微笑をティアナに向ける。

「あまり肩肘張らずにやればいい。 お前の力は知ってるつもりだからな。
 いつも通り淡々とやるべきことをやればいいさ。
 お前に負担がかかりすぎないように配慮はするつもりだから」

ティアナはゲオルグの言葉にきょとんとして何度か目を瞬かせると、
にっこりと笑う。

「そうします」

「結構。 先を続けても?」

「はい、お願いします」

ティアナが頷くとゲオルグは再び歩を進め始める。

「どこまで話したっけか・・・そうだ!
 で、次元港の警備司令から少将宛に俺らの出動要請が来て、
 俺らが出張って行ったわけだ。 俺らの採った作戦については
 報告書を読んでくれ」

「判りました」

「結果として狙撃犯3名を含む実行犯13名を全員逮捕。
 人質となっていた乗客乗員は全員無傷で救出できた」

「さすがですね」

ティアナが感嘆の声をあげるが、ゲオルグはそれを笑い飛ばす。

「それが俺達の仕事だよ。
 でだ、昨夜の時点で13名の犯人全員のDNAサンプルを取得。
 本局のサーバーに検索を掛けたからさすがにもう終わってるだろ。
 それ以降の捜査については下に降りてから担当者から話を聞こう。
 何か質問は?」

「狙撃に使われた銃は回収されているんですか?」

「当然だ。 恐らく分析中だろうな。 他には?」

ティアナは黙りこむとメモを睨みつけるように見る。
しばらくして顔をあげるとゲオルグの方を見た。

「ないです。 あとは捜査の進捗を聞いてからですね」

ティアナの言葉にゲオルグは頷く。

「そうか。 じゃあ下に降りるか」

2人はエレベータの前に立つ隊員にIDカードを見せるとエレベータに乗り込んで
地下へと降りる。
地下についてエレベータを降りた2人は薄暗い通路を歩く。

「そういえば、ヴィヴィオとティグアンはどうしてますか?」

「2人とも元気だよ。 ヴィヴィオとは昨日、格闘戦のトレーニングを
 やったんだけどだいぶ強くなってるぞ」

「へえ、じゃあ今度のオフトレツアーは楽しみですね」

「まあな」

ゲオルグはティアナに向かって返事を返すと同時にその足を止める。

「ここですか?」

ティアナが緊張した面持ちで尋ねると、ゲオルグは黙って頷きドアを開けた。
そこは、昨日ゲオルグと3人の分隊長が話をした部屋だった。
2人が入るとウェゲナーが2人の方を振り返って見る。

「あ、部隊長・・・とランスター執務官でしたっけ? おはようございます」

「おはよう、ウェゲナー。ご苦労だったな」

「おはようございます。 今日からしばらくの間お世話になります」

ゲオルグが片手をあげて軽い挨拶をしたのに続いて、
ティアナは丁寧に頭を下げる。

「こちらこそ、捜査はあまりやりつけない仕事なのでご迷惑を
 おかけするかもしれませんがよろしくお願いします」
 
ウェゲナーの方もティアナと同じように深く頭を下げる。

「親睦を深めているとこ申し訳ないが、時間がないんでな。
 早速だが、捜査の進捗を聞かせてもらおうか」

ゲオルグがティアナとウェゲナーの間に割り込むように言うと、
ウェゲナーはゲオルグの方に向き直り、真剣な表情となって頷く。
一方、ティアナの方も話を聞く態勢を整える。

「了解です。 ですが、何からお話ししましょうか」

「順を追って聞こうか。 まずはヤツらの身元は割れたか?」

「はい、全員の身元が判明しています」

ウェゲナーはゲオルグに向かって頷くと、端末を操作して部屋の奥にある
巨大な画面に犯人たちの身元調査結果を映し出す。

「彼らには全員、海賊行為の前科がありました」

「海賊行為・・・だと?」

ゲオルグが小さな声で呟くように言うと、それを聞いていたウェゲナーは頷く。

「そうです。 全員が3年前に行われた掃討作戦で壊滅した
 海賊集団に所属していました」

「3年前? ああ・・・どっかの無人世界に根拠地を作ってた連中だったか?」

「その件なら私も覚えてます。 確か、第71無人世界でしたっけ?」

自分の記憶を探りながら言うゲオルグとティアナに対して、ウェゲナーは頷く。

「お2人ともさすがですね。そのとおりです。
 で、彼らはそのときに捕まえ損ねた残党のようです」

「そうか・・・」

ゲオルグは小さくそう言ってしばらく腕を組んで考え込む。
たっぷり2分ほど経った頃、ゲオルグは再び口を開いた。

「意外だな・・・」

ゲオルグがティアナに目を向けながら言うと、ティアナも難しい顔をして頷く。

「そうですね。 ミッドの中央次元港でハイジャックを起こすくらいなんで
 何か政治的な目的があって起こされたんだと思ってました」

「同感だ。が、理由は?」

「政治的な目的のためならハイジャックそのものが失敗しても
 世間に問題の存在を知らしめる効果を期待できます。
 だからこそ、たとえ成功の可能性が低くても目立つ目標を選択することが
 合理的な意味を持ちます。
 ですが、そういった効果がなければ警戒が厳しく成功の期待が小さい
 目立つ目標を選択するのは不合理です」

「なるほど・・・」

自信に満ちた顔で話すティアナの言葉に、ウェゲナーは感心しながら頷く。

「となるとだ。 なぜそんな不合理な行動にこいつらが走ったのかを
 解明していく必要があるだろうな。
 今の時点で何か思い当るところはあるか?」

ゲオルグが2人の顔を見ながら尋ねると、ウェゲナーは肩をすくめて首を振る。
それを見てゲオルグは苦笑を浮かべる。

「ティアナは?」

ゲオルグが尋ねるとティアナは思案顔で腕組みしていたが、
やがてあきらめ顔で首を横に振った。

「ありません。 ゲオルグさんはあるんですか?」

自分より背の高いゲオルグの目をティアナは上目づかいで見る。
ティアナと目が合うと、ゲオルグは口の端を少しゆがめた。

「・・・1つだけなら」

「どんなストーリーですか?」

興味津津という顔で訊いてくるティアナに向かって、ゲオルグはウィンクする。

「・・・内緒だ」

ゲオルグの答えにティアナとウェゲナーはガクッと肩を落とす。
そしてティアナは非難めいた目線をゲオルグに向けた。

「教えてくださいよ」

「ダメダメ。 執務官ならそれくらい自分で考えなさい」

そう言って笑いながら手を振るゲオルグをティアナは不服そうな顔で見る。
が、しばらくして諦めたように大きく息を吐くと、ゲオルグに笑いかける。

「わかりました。 必ず私自身の力で答えを見つけて見せます」

そしてティアナはウェゲナーの方へと向き直る。

「取り調べを始めましょう。 まずはリーダーから始めます。
 行きますよ、ウェゲナーさん」

ティアナはウェゲナーにそう言うと部屋を出ていく。

「あ、ちょっと! 部隊長は取り調べに立ち会われないので?」

「ああ。昨日の報告を少将にする必要があるんでな。後は任せたぞ」

「了解です。 では!」

ウェゲナーはゲオルグに向かって敬礼すると、ティアナを追って部屋を出る。
ゲオルグ一人が残された部屋の中にゲオルグのものではない声が響く。

《で、マスターのストーリーはどんなものなんですか?》

「扇動者がいたんだと思う」

《扇動者・・・ですか?》

訝しげな声で問い返すレーベンの声にゲオルグは頷く。

「考えても見ろ。 金欲しさに海賊行為に走るような連中に
 次元港の厳重な警備を潜って次元航行船に潜り込むような
 緻密な計画を練るような頭があると思うか?
 仮にあるならティアナの言ったようなことに気付かない訳がない。
 とすれば、考えられるのは何者かに乗せられて今回のような行動に出たってこと」

《なるほど。 では、その扇動者は・・・》

「さあな。 そこはティアナたちの取り調べに期待だ。
 それに、偶然が重なってあそこまでは成功したってこともありうる。
 なんにせよ連中の口を割らせるのが先決だよ」

《確かにそうですね。 ところで、そろそろ時間では?》

レーベンに言われて、ゲオルグは時計に目を向ける。

「10時半か。 そろそろ行かないと間に合わないな」

ゲオルグはそう言うと、部屋の奥にあるモニタに目を向けた。
折しもティアナの居る取調室に犯人の一人が連れて来られてきたところだった。

(ガンバレよ・・・)

ゲオルグは画面の中で真剣な表情をするティアナにエールを送ると部屋を出た。





自室に戻ったゲオルグは戦闘報告書の束を抱えると屋上へと向かう。
隊舎の屋上は3機のヘリコプターとティルトロータが1機が置かれていて、
そのうちの1機のヘリコプターがロータを回していた。
ゲオルグはその1機に近づくと機体側面にあるドアから中に入る。

中ではチンクが座席に座って待っていた。

「悪い、待たせたな」

「いや、時間通りだ。 私が早めに来たんだ」

チンクの言葉を受けてゲオルグは時計を見る。
チンクの言うとおり時刻はちょうど約束の時間だった。

「みたいだな。 けど、女性を待たせるのは俺の主義に反するんでね」

歯の浮くようなセリフをサラリと言うゲオルグだが、残念ながら今回は
不発だったようで、チンクは表情を変えずにゲオルグの方を見る。

「そう思うならサッサと席に座ってベルトを締めるんだな」

「はいはい・・・」

ゲオルグは苦笑しながらチンクの隣の席に腰を下ろすと、
シートベルトを締めて前方のパイロットに声をかける。

「いいぞ、出してくれ」

「了解しました」

パイロットがちらりとゲオルグの方を振り返って答えると、
ヘリはすぐに上昇し始める。

機体が安定したところでゲオルグは戦闘報告書をパラパラとめくりながら眺め、
チンクは頬づえをついて外を眺める。

「まもなく着陸します」

押し黙ったままのゲオルグとチンクを乗せ、ヘリは本局の屋上に向けて
降下していく。
ゲオルグが報告書から顔をあげ、窓から下を見ると屋上には数人の制服姿の
局員が立っているのが見えた。

「ほう、出迎えつきか。 私たちはずいぶんと評価されているようだな」

チンクもゲオルグと同じように本局の屋上に目を向けていたようで
呟くように言う。

「まあ、俺らが評価されているというより、少将の客だからだろうな」

ゲオルグは報告書を鞄にしまいながらチンクの言葉に答える。

「なるほどな・・・」

チンクは小さな声でそう言うと、ゲオルグの方に顔を向ける。

「だがお前とて陸戦部隊の中でも精鋭と言われる部隊の隊長だ。
 評価はともかく敬意は持っていると思うがな」

ゲオルグはチンクの言葉を聞くと、顔をあげてチンクと目を合わせる。

「これは意外なお言葉。 チンク2尉は俺のことを嫌っていると思ったけどな」

「そんなわけないだろう。 誰が嫌いなヤツからの誘いを受けるものか」

ゲオルグがニヤリと笑って言うと、チンクは表情を変えずに答えた。
間をおかずヘリはわずかな衝撃とともに着陸する。
すぐさま待機していた局員たちがヘリに駆け寄ってきてドアを開けた。

「シュミット2佐、チンク2尉。 お待ちしていました。
 少将のところまでご案内します」

「頼みます」

案内の局員に先導されて、2人は屋上から降りてエレベータに乗り込む。
しばらくしてエレベータが止まりドアが開くと、案内の局員に続いて
ゲオルグたちも白い壁に囲まれた通路へと出る。
そして1枚の扉の前で彼らの足が止まった。

「少将、特殊陸戦部隊長をお連れしました」

『ご苦労。 通してくれ』

クロノの声がドアの脇にあるパネルから響き、同時にドアが開いた。

「どうぞ」

案内役の言葉に頷くとゲオルグは部屋の中へと足を向ける。
部屋の奥にある大きな机の向こうで紺色の制服を着た男が立ち上がる。

「よく来た。 少し早かったな」

「少将をお待たせするわけにはいきませんから」

ゲオルグが真顔で答えると、クロノは呆れたように苦笑する。

「よく言うよ。 しょっちゅう約束の時間に遅れてくるくせに」

「それは車で来るときですよね。 この辺は渋滞がひどくて・・・」

「その言い訳は聞きあきたよ」

クロノは手を振りながらそう言ってゲオルグの言葉を遮ると、
傍らに立つチンクに目を向けた。

「ようこそ、チンク。 ここで会うのは2回目かな?」

「ええ。 少将に誘っていただいたとき以来です」

チンクはそう言ってクロノに向けて笑いかける。

「普段、ゲオルグが連れてくるのはフォッケ3尉だったはずだが、
 今日はなぜ君が?」

「フォッケは今日一日研修だったので、代わりに私が」

「なるほど。 まあ、このメンバーだからリラックスしてくれればいい」

「ありがとうございます」

チンクはそう言ってクロノに向けて軽く頭を下げる。
チンクが頭をあげると、クロノはゲオルグとチンクに部屋の中にある
ソファに座るように言う。
そして机の上のパネルに手を伸ばすと、従卒を呼び出しコーヒーを3杯
持ってくるように告げ、ゲオルグたちが座っている向かい側に腰を下ろした。

「では、本題に入るとしようか。 まずは昨日の戦闘について報告を頼む」

クロノが真剣な表情を作ってゲオルグに報告を促すと、
ゲオルグも顔を引き締めクロノに向かって頷く。

「わかりました」

そう言ってゲオルグは話を始める。
1時間ほど前にティアナに話したのとは違い、詳細にまで細かく話していく。
途中でコーヒーを持った女性局員が入ってきて中断し、
また時折クロノが質問し、作戦全体についてはゲオルグが、
次元航行船内部の様子についてはチンクが答えるということを繰り返し、
ゲオルグがすべてを説明し終えるまでにたっぷり1時間はかかった。

報告を終えたゲオルグがテーブルの上に報告書の束を置くと、
クロノは大きく息を吐いてソファの背にもたれかかった。

「人質にも局員にも死者を出さずに、無事作戦を完遂してくれてよかったよ。
 2人ともご苦労だったな」
 
「ありがとうございます。 少将のお言葉はウチの連中にも伝えておきます」

「そうしてくれ」

クロノは微笑を浮かべて頷いたあと、身を起こして再び真剣な顔になる。

「ところで、捜査はどうなっているんだ?
 今わかっている範囲でいいから教えてくれ」

クロノが言うと、ゲオルグは神妙な顔で頷いた。

「はい。 昨日のうちに連中の身元を洗うためにDNAをもとにした
 身元検索を完了し、それをもとに今取り調べを行っている最中です」

「そうか。 それで連中はどういう奴らなんだ?」

「3年前に行われた討伐作戦の結果壊滅した海賊グループの生き残りです」

クロノの問いにゲオルグが答えると、クロノは眉間にしわをよせる。

「海賊グループだって? それは意外だな」

「ええ、俺もティアナも同感です。 なので外部の扇動者がいた可能性を
 考えています」

「扇動者・・・か」

クロノはそう呟くと腕組みをして目を閉じた。
クロノが考え込んでいるあいだにゲオルグは目の前にあるカップに手を伸ばし
その中身をあおった。
だが、コーヒーはすでに冷めきっていて、ゲオルグは口を付けた瞬間に
顔をしかめ、中身を飲みきらずにカップを置いた。

「それは、手段と目的のバランスを考えてのことだろう?
 だが、プロフェッショナルな連中が開いてならともかく、
 元海賊グループみたいな連中が論理的な行動をするとは限らないんじゃないか?」

「確かに。 ですが、ミッドの中央次元港の警備はそんなに
 甘いもんじゃないですよ。 海賊グループにいたような大雑把な連中が
 武器を持ったまま抜けられるほど甘くないはずです。
 なら、ノウハウを持った誰かがアドバイスしたと考えるのが妥当です。
 もちろん、偶然が重なって・・・ということも考えられますがね。
 いずれにせよ、もう少し捜査を進めないことにはなんとも言えません」

「そうだな。 よし、引き続き頼むよ」

「了解です。 それでは・・・」

失礼します、と続けようと立ち上がりかけたゲオルグとチンクを
クロノは手で制する。

「待ってくれ。 今回の件とは別に話すことがある」

クロノの言葉を受けてゲオルグとチンクは浮かせかけた腰を
再びソファに落ちつける。

「なんですか?」

「実は、今度の4月の人事で君を昇進させることになった」

「はぁ・・・ありがとうございます」

ゲオルグはクロノの言っていることの意味を図りかね、曖昧な返事をする。
だが、その返事でクロノは機嫌を損ねたようでゲオルグに鋭い目を向けた。

「なんだ、嬉しくないのか?」

「嬉しくないこともないですけど、あまりそういうのに執着してないので」

ゲオルグの言葉にクロノは拍子抜けしたのか、少し肩を落とす。

「もう少し喜んでくれてもいいと思うんだけどね。でだ。
 君たち、特にゲオルグの1佐昇進に伴って特殊陸戦部隊の規模を拡大する」

「なるほど、そっちが本題ですか。 それで、どの程度拡大するんです?」

「1個分隊を増設するのと同時に、執務官と数人の捜査官を配置して
 テロ事件の初動捜査機能を持たせる」

ゲオルグはクロノの言葉を聞くと、わずかに顔をしかめる。

「初動捜査ですか・・・。 また面倒なことを言いますね。それに分隊増設も。
 理由をお聞きしてもいいですか?」

ゲオルグがわずかに細めた目でクロノを見ながら尋ねる。

「君らは高い情報収集能力を持っているだろう?
 それを捜査に使わないのはもったいないと思ってね。
 戦闘要員の増員については、より弾力的な部隊運用ができるようにとね」

「弾力的って、どういう意味ですか?」

「たとえば、4個分隊のうち2個分隊ずつで別の作戦を展開するとかだよ」

「ですけど、それを実現するには上級指揮官が足りませんね。
 俺の次に階級が高いのはアバーライン3佐ですけど、彼は強襲揚陸艦の運用を
 任せるために呼んだ人材で、陸戦要員ではありませんから」

「それについては僕にも腹案はある」

「それは?」

ゲオルグが尋ねるとクロノはチンクの方に顔を向けた。

「チンク。 君を1尉に昇進させて、副部隊長としてはどうかと思う」

「はい!?」

クロノの発言を受けて、チンクは驚きのあまり大声をあげた。

「そうですね。 隊を分割して同時展開させて、もう一方を指揮するのは
 チンクが最も適任でしょうね」

チンクとは対照的に落ちついた口調でゲオルグがクロノの意見に同調すると、
チンクは慌てた表情を見せる。

「ちょ、ちょっと待て。 私はそんな器じゃない!」

隣で座るゲオルグに向かってチンクが詰めよるが、ゲオルグは落ちついて
それを受け止めた。

「なら、代わりに誰を置くんだ?
 クリーグは分隊長としてもう少し経験を積むべきだし、
 ウェゲナーは分隊より大きな規模の指揮をとらせるにはもう少し落ちつきがいる。
 そもそも今でも最上位の分隊長として前線での指揮統率をとってきたのは
 チンクだったじゃないか。今までと大して変わらないよ」

「だが、それはゲオルグの後ろ盾があったからで・・・」

チンクが吐く弱気なセリフに対して、ゲオルグはゆっくりと首を横に振る。

「確かにそうだけど、それだけじゃないと思うな。
 ウチの連中は間違いなくチンクに一目置いてるよ。クリーグもウェゲナーもな。
 それに俺もお前の指揮官としての才覚は高く評価してる。
 俺の代役を任せられるのはチンク、お前しかいないんだ。なんとか頼めないか?」

自分に向かって深く頭を下げるゲオルグを見て、チンクは諦めのため息を吐いた。

「・・・わかった。 副部隊長の役目を引き受けさせてもらう」

チンクの言葉に頭をあげたゲオルグは笑顔を見せた。

「決まりだな。 これで無事に部隊の規模を大きくできそうだ」

クロノが何度か頷きながら言うと、ゲオルグは真面目な顔をして首を横に振った。

「まだですよ。 チンクの後任と新設分隊、2個分隊の分隊長は誰にするか。
 あと、執務官や捜査官は誰にするんです?」

「あぁ・・・それを伝えていなかったな」

クロノはゲオルグの問いでそのことを思い出し、ソファから立ち上がって
自分のデスクの上に置かれていた書類の束を手に取ると、
再びソファに戻って腰をおろし、テーブルの上に書類を置いた。

「執務官はティアナを4月付けで君らのところへ異動させる。
 空席になる分隊長のうち1人は彼女にしてくれ」

「ティアナをですか!? まさか、そのためにテロ対策室に?」

「そうだ。 今回の派遣もその一環だ。 彼女には伝えていないがね」

ゲオルグはクロノの言葉を聞いて、驚きで目を丸くする。
一方、クロノは平然として話を続ける。

「捜査官の方ははやてに候補者を何名か挙げてくれるように頼んでいる。
 もう少しすれば候補者リストが君のところへ送られてくるはずだ。
 あと、残る分隊長と分隊員の候補者のリストがこれだ」

クロノはそう言うと、テーブルの上に自分が置いた書類の束を指差す。

「拝見します」

ゲオルグはテーブルの上にある書類の束を手に取ると、その中身を読み進めていく。
一枚読み終わるごとに隣に座っているチンクに渡していく。
20人ほどのプロフィールを見終わり、最後の一枚になったところで
ゲオルグはその両目を見開いた。

「なんですか、これは!?」

ゲオルグは大声をあげてクロノの方につい今まで見ていた最後の一枚を突き出す。

「見れば判るだろ。分隊長候補のプロフィールだよ」

淡々とした口調で答えるクロノの言葉に、ゲオルグは大きくかぶりを振る。

「そういうことを聞いてるんじゃないんですよ!」

ゲオルグはわずかに顔を紅潮させて右手に持った紙を振りまわす。
その紙を不機嫌な顔をしたチンクが手を伸ばして取った。

「人の耳元で叫ぶな、まったく。 いったい何が・・・」

チンクがゲオルグから奪いとった紙に書いている内容を一見した瞬間に
その表情は一変した。

「なるほどな・・・ゲオルグがいきり立つわけだ」

チンクは納得顔で頷くと、クロノの方に目を向ける。

「少将、さすがに部隊長と分隊長が姉弟というのはいささかマズイのでは?」

チンクはそう言って手に持っていた書類を机の上にパサリと投げる。
その紙にはエリーゼの顔写真と経歴・能力などが詳しく書かれていた。

「そんなことを意に介する必要はない。
 それに、ゲオルグもそんな理由で怒っているわけじゃないんだろう?」

「そうなのか?」

クロノとチンクの二人にじっと見つめられ、ゲオルグは怒気を収めて
その上半身をソファの背に持たせかける。
その顔面に浮かんだ表情は不機嫌そのもので、眉間には深いしわが刻まれていた。

「姉ちゃんが部下だなんてやりづらくてしょうがないんだよ。
 今回、仕事場で会ったのだってちょっと気まずかったしな。
 それが今度は毎日だぞ。 やってられるかよ」

チンクに向かって吐き捨てるように言うと、次いでゲオルグはクロノに目を向ける。

「大体ですね、何で姉ちゃんがウチの分隊長候補なんです?
 そこまで高い能力はないはずですけどね」

ゲオルグが肩をすくめて言うと、クロノはテーブルの上の書類を拾い上げながら
ゲオルグの顔を鋭い目で見る。

「そういうセリフはコイツをきちんと読んでから言ったらどうだい?」

「そんなもの読まなくても判って・・・」

「いいから読め!」

厳しい口調でクロノに言われ、ゲオルグはしぶしぶクロノが差し出す紙を受け取り
その中身に改めて目を通し始めた。
面倒くさそうに読み進めていくゲオルグであったが、中身を理解するに従って
その表情が真剣なものに変わっていく。

(魔導師ランクが陸戦Aだって!? しかも陸戦戦術の評価も高い・・・
 いつの間にこんな・・・)

ゲオルグが顔をあげて見開いた目でクロノの顔を見る。
表情からゲオルグが自分の言いたいことを理解したと判断したクロノは小さく頷く。

「見ての通り、彼女は今や一線級の陸戦魔導師であり前線指揮官だよ。
 そして、彼女は接近戦に強い。 ポジションで言えばフロントアタッカーだ。
 この特性も彼女が特殊陸戦部隊の分隊長に適する理由のひとつだ」
 
「なるほど。 新体制での分隊長のうちティアナとウェゲナーは射撃型。
 新たな分隊長を接近戦型にすればクリーグと合わせてバランスが
 取れるというわけですか」

クロノの言葉に納得したようにチンクは頷く。
そして再びゲオルグの方に顔を向けた。

「これは少将の案を受け入れるしかないのではないか?」

「・・・判ってる」

ゲオルグは苦虫をかみつぶしたような顔で小さく言うと、クロノに目を向けた。

「姉をウチの分隊長にするのは結構です。 が、条件があります」

「なんだ?」

「ティアナも含めて指揮官としての資質を俺の目で確認します。
 ダメなら別の候補を探します」

「いいだろう」

クロノはゲオルグの条件に短い言葉で賛意を伝えると、ソファから立ち上がる。

「それと、ティアナには4月の異動について君から話をしておいてくれ。以上だ」

「わかりました」

ゲオルグもソファから立ち上がり、自分の席に腰を下ろしたクロノの前に
チンクと並んで立った。

「それでは、失礼します」

ゲオルグとチンクは最後に揃って敬礼し、クロノの部屋を後にした。




30分後・・・。
隊舎の屋上にヘリが着陸し、チンクとゲオルグはヘリを降りた。
階段を降りながら、チンクは隣を歩くゲオルグに声をかける。

「なあ、ゲオルグ。 4月からの新体制についてなのだが、構想はあるのか?」

その声でぼんやりと前を見ていたゲオルグはチンクの方に顔を向ける。

「まだ何も。 とはいえ、もう間がないからサッサと考えておく必要があるな。
 それに、コイツの選別もやらないといけないし」
 
ゲオルグはそう言って、右手に持った書類の束を振る。

「新規入隊者の選別か・・・。どうする?」

「本来なら分隊長たちと相談して案を出せ・・・って言いたいんだけど、
 新しい分隊長が2人とも新任ではね。セレクションでもやるか?」

「セレクション?」

ゲオルグの言ったことの意味が判らなかったチンクは怪訝な顔をして訊き返す。

「候補者を集めて直接能力を見るんだよ。 で、その結果で採用者を決める」

「なるほどな・・・。いいんじゃないか?」

納得顔で頷くチンクを横目で見ながらゲオルグは首を横に振る。

「けどな、どんな課題を用意して、どういう基準で判断するかを
 前もって明確にしておく必要があるんだよ。 結構面倒じゃないか?」

「だが、それでいい魔導師をスカウトできるなら大した苦労ではないのでは?」

「まあな。 ま、ぼちぼち考えるさ。
 それよりも、俺は目先の捜査のほうが気になるね」

ゲオルグはおどけたように言うと、階段を軽やかに降りて行った。





同じころ、エリーゼ・シュミット3尉は次元港の警備司令室に呼ばれていた。
彼女がドアをノックすると中から"どうぞ"という声が聞こえる。
彼女はそっとドアを開けて司令室の中へと足を踏み入れ、ウォルフ2佐の前に立つ。

「司令、何か御用でしょうか」

「ああ。 ひとつ君に伝えておくことがあってね」

ウォルフは自分の椅子に腰かけたまま、エリーゼの顔を見上げる。

「先ほど、本局テロ対策室のハラオウン少将から連絡があったんだが、
 君を特殊陸戦部隊の新しい分隊長の候補にしたそうだ」

ウォルフの言葉を聞き、エリーゼは驚きで目を見開いた。

「私がですか!?」

大声をあげるエリーゼをウォルフは落ちついた表情で見上げる。

「そんなに驚くことか? Aランクの魔導師で指揮官としての能力も高い。
 俺が特殊陸戦部隊の隊長でもお前さんを選ぶがね」

「はぁ・・・」

何かが腑に落ちないのか、エリーゼは言葉を濁す。

(わたしがあんなとこに行って役に立つのかしら・・・)

エリーゼは目を閉じて復帰してからこれまでの自分の道のりを思い返す。

(でも、わたしだって必死で頑張ってきたんだもん。 やれる・・・よね?)

そしてエリーゼは目を開けてウォルフの顔を見た。

「やります。 やらせてください!」

エリーゼの言葉を聞いたウォルフは満足げな笑みを浮かべて頷いた。

「そう言ってくれると思ったよ。 お前さんが居なくなるのは
 俺としてはイタいんだが、お前さんのキャリアにとってはチャンスだからな。
 採用されるようにしっかり頑張ってこい!」

送り出すように景気のいい口調で言い切ったウォルフであったが、
その最後の言葉がエリーゼには引っかかった。

「採用されるように・・・って、どういうことですか?」

「ん?言わなかったか? 能力を確認するために演習をやるって。
 その結果如何によって採用するかどうか決めるそうだ」

ウォルフの言葉を聞いたエリーゼは両手の拳を握り、俯き加減で笑う。

(そういうこと・・・。ゲオルグ、見てなさいよ!!)

エリーゼは弟の設定した採用試験とも言える舞台に闘志を燃やし始めた。

 
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