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乱世の確率事象改変

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焦がれる雛は


 黄巾の乱を終えた大陸は一時は平和になったと言えた。
 しかし各州での黄巾の残党たちによる被害は少なくなってきたモノの未だ後を絶たない。
 俺たち劉備義勇軍は黄巾の乱の終結と同時に漢王朝からその功績が評価され、桃香が平原の相を任されることとなった。
 白蓮や曹操の口添えによるところも大きかったんじゃないかと思う。
 そういえば白蓮の烏丸迎撃は驚くほど上手くいき、今代の頭目である丘力居を倒したとか。未だに安心はできないがしばらくは大人しくしていることだろう。
 内だけでなく外の防衛も行ったとして多大な功績を認められた白蓮は大きく出世した、との話も聞いた。
 一方、桃香を始め俺たちは初めての地域管理にてんてこまいであり、各地区の問題点や改善点を忙しく見直す日々であった。


 久しぶりに昼からの休みが取れたので街に遊びにきている。うん、のどかだ。
 忙しい日々の甲斐あってか、なんとか形にはなってきた。
 街の警備草案は俺が出したが驚くほど上手くいった。警察のシステムをちょっと参考にすると、
「こ、こんな方法が……。この案、私に煮詰めさせてくだしゃい!」
 と朱里がかなり張り切って考えて、何を言っても聞き取れないほど集中していたから。
 ぶつぶつと机に向かいながら何やら呟いていた朱里を思い出して苦笑が漏れ、それと同時に首から下げた一つの金属器がカラリと音を鳴らした。
 現代で言うホイッスルである。
 初めは竹を材料に作ってみたが中々大きな音が鳴り、何事かと新しく編成された徐晃隊の兵達にどやされた。
 元が竹だから安価であり、重量も軽く、持ち運びも容易いので使いやすい。警告の合図などで街の治安にも結構貢献しているようだ。何せ元が竹、各家にも防犯ブザー代わりに持ち始める者達が出たくらいだ。
 指示の簡略化にも便利だった。軍の練兵の時には音の大きな金属製のモノを使っている。首から下げているモノがまさしくそれ。
 行軍や集合などでも声を張り上げるより早く確実であるが……戦場では使わないつもりだったりする。
 そういえば笛を作る過程、遊びで小学生の時に図工で習った水笛を記憶を引きずり出しながら作り、簡単なものを子供たちに配って広めさせてみた。さすがにガラスで出来た水笛などは作れないのでもちろん竹だが。
 普通、半刻もしたら飽きるものなのだが、子供の発想力はもの凄い。集まって一曲作ったりしているのだから。
「徐晃様ぁ! これから皆で合わせて吹くから聴いててね!」
 楽しそうにはしゃぐ子供たちはどうやら練習していたらしい。俺が来たら聴かせるつもりだったそうな。
 最近精神的に疲れたような顔をしていた雛里も連れて来たが凄く興味深々の様子。俺ももちろん楽しみだ。
 街角にある子供たちの溜まり場にて、一列に並んだ彼らは瞳を輝かせ、緊張した面持ちでおずおずと笛を一斉に口に当てた。
 そして子供たちの演奏が始まる。
 始まりの音が流れ出すと同時にゆっくりと目を瞑り、可愛らしい子供たちの演奏に耳を傾けることにした。

 †

 凄いです。
 楽器である笛を警備や軍に活かすなんてどんな発想をしているんだろう。
 確かに銅鑼などは戦でも使われるが持ち運びが面倒だ。
 しかも高い音を出すこの笛は喧騒の中でも聞き取りやすいのは間違いない。それにその過程で子供たちの娯楽にも使えるものまで作ってしまうなんて。

 目の前の子どもたちはたどたどしくも立派な楽師になっていた。
 一生懸命な子供たちは秋斗さんに聴かせるために練習してきたんだろう事が分かる。
 流れ出る音色は一部の乱れも無く、それぞれが役割を補い合って一つの曲を紡ぎ切った。
 心に響く演奏というのはこういうモノをいうのかもしれない。じわりと暖かくなる胸を押さえ、ほうとため息をついてから手を合わせて拍手喝采を送る。
 気付けば街の人達も主賓である私達二人に気を使ってか、少し離れたそこかしこから拍手を送っていた。
「どうだった!?」
 子供たちのまとめ役の一人が近づいて来て秋斗さんに笑顔で聞く。
「いい演奏だった。宮廷でもこんな演奏は聴けないだろうな」
 笑顔でその子の頭を撫でてから皆に向かって言う。頭を撫でられた子は褒められて照れくさいのか、はにかんで俯いたがくしゃと笑顔をさらに深めた。
「あぁー! ずるい! 僕も撫でてよ!」
「じゃあ私はおんぶしてー」
「えぇー! じゃあ抱っこしてよー!」
 それを見てか皆、近寄ってきて口々に話す。先程の結束はどこへやらだ。
「お姉ちゃんも一緒にやってみる?」
 突然、一人の女の子が話しかけてきたので、
「あわわ、その、いいんでしゅか?」
 噛んでしまった。子供たちの前なのに……恥ずかしい。
「ふふ、お姉ちゃん面白いねー! やろうよ!」
 そう言って水笛を一つ手渡される。よく見ると可愛らしい絵柄が描かれていて、彼女の手作りなのだと分かった。
「雛里、水の量で音色が変わるから皆で合わせたほうが楽しいぞ。お前達、今度はこのお姉ちゃんも入れてやってみてくれないか?」
「「いいよー!」」
「じゃあ合いそうな音は……これくらいだな。これなら適当なところで鳴らしても大丈夫だからな」
 もう一度並んだ子供たちの列の一番端に促された。うぅ、出来るかな。
 戸惑っていると演奏が始まり、慌てながらも皆の音を乱さない時機を見計らって笛を奏でた。



 演奏は何故か上手くいった。観客の人の歓声と拍手を受け、高揚する胸を押さえながら、列を離れる。
「お姉ちゃんすごーい!」
「僕たちと完璧にあってたよ!」
「今度から一緒に練習しようよ!」
 口々に皆が褒めてくれる。恥ずかしかったけど、楽しい。でも――
「ご、ごめんなさい。次はいつになるか……」
 忙しくて一緒に練習はできない。
「凄くよかったぞ皆! だけど雛里も俺も忙しいからなぁ。また来た時は一緒に遊んでくれるか?」
 落ち込んで話す私を見てか秋斗さんが上手く繋げてくれた。
「わかった!」
「また来た時は一緒にしようね、お姉ちゃん!」
 優しい子達だ。彼女達を見て、私達はこの笑顔のために戦ってるんだと自覚する。
「ありがとう」
 お礼を言うと秋斗さんにまた集まり始める。こんなに好かれて、楽しそうな笑顔をみせて。
 こんな風に子供と笑いあってる姿が本当の秋斗さんなんだろうな、と思う。
 戦場で鬼神の如く戦う姿は仮のモノで、本来は優しくて暖かい――
「あ、お姉ちゃん徐晃様のこと見つめてる!」
「しかもすっげぇ優しい顔してたぜ!」
「徐晃様の事好きなんじゃない?」
「お姉ちゃん徐晃様の事好きなんだー!」
「あわわ!」
 思考に潜りながらじっと秋斗さんを見てしまっていたら不意に子供たちから奇襲をかけられる。顔が熱い、思考が回らない。
「こらこら、お前達あんまりからかうな。雛里が困ってるだろう?」
「えー、でも真名で呼び合ってるじゃん」
「じゃあ徐晃様もお姉ちゃんのことが好きなんだ!」

 ドクンと心臓が跳ねる。
 彼は……どうなんだろうか

「ん? 好きだぞ」

 さらに大きく心臓が音を放つ。うるさいくらいに耳に響き、手にじんわりと汗をかいてきた。
 この人は今なんて言った? 私のことが好き? 本当に?
 暖かい気持ちになり、気分が高揚して、思考の中で彼の事しか考えられなくなり、きゅうっと胸が締め付けられた。
「それにお前達のことも大好きだし」
 続けられた言葉に、なんだそういう事か、と高揚した気分が落ち込む。あれ?
「こうして皆で笑いあって遊んでる時間が大好きだしな!」
「あたしも好きー!」
「僕も好きだし!」
 秋斗さんが話すと口々に好意を伝え合う子供たち。
 聞きながらずるい、と思った。そして自然と――
「あわ、わ、私も、その……」
 自分もだと言おうとしたが尻すぼみになってしまった。どうしてだろう。子供たちと同じことができないなんて。
「お姉ちゃんちょっといい?」
 ちょいちょいと服の袖を引いて、まとめ役の一人が話しかけてきた。
「はい、な、なんでしょうか」
 何故かは分からないが頭が回らず敬語になってしまう。
「ふふ、お姉ちゃん徐晃様に恋してるでしょー」
「な、なな」
「あのねー、恋する乙女の目をしてるよー」
 彼女の話はしっかりと聞こえていたが、理解する事はできず答える事が出来ない。
「恋ってね、一緒にいると恥ずかしかったり、ドキドキしたり、暖かかったり、離れたくなかったり、その人の事ばかり考えちゃうんだって!」
 説明を聞いて思い至る。確かにそのようなことだと本では読んだ覚えもある。でもこれがそうなんだろうか。
「気付きにくいけど気付いたら早いんだよー」
「どうしてそれを――」
「私も徐晃様のこと好きだもん! だから負けないよー!」
 言いきると悪戯っぽくペロリと舌を出しておどけてから秋斗さんの方へ行ってしまった。
 茫然と見送りながら思考がゆっくりと回り出す。
 私は秋斗さんに恋している?
 自問に対して自分のこれまでを思い返してみた。
 思えば幽州の時からすでに目で追っていた。義勇軍に入る時は離れたくなかった。一緒にいると恥ずかしくて、暖かくて、秋斗さんのことばかり考えている。

 ああ、そうか。私は恋をしている。

 気付いたらすっと心が楽になった気がした。もう私は、ずっと前からそうだったんだ。
「お前達、今日はありがとうな。おかげで元気でたし仕事を頑張れそうだ。あとすまないが俺達はそろそろ行かないとダメなんだ」

 この暖かい人が

「えぇー! 次は蹴鞠したかったのにー。」
「許せ、また今度な。それとお前たちも早く帰らないとしまっちゃうおじさんが来るぞ」

 この優しい人が

「え!? わ、わかった! 絶対だよ!」
「ああ、約束だ」

 私は大好きなんだ

「雛里? 何ぼーっとしてるんだ。そろそろ行くぞ」
「ひゃ、ひゃい!」
 いつの間に近づいたのか、いきなり声をかけられて噛んでしまった。恥ずかしい。
「徐晃様またねー」
「お姉ちゃんもまたねー!」
 手を振り返して子供たちと別れ、私たちは二人きりで街道を歩き出した。
「少しは息抜きになったか?」
「はい、とても」
 彼の問いかけにも、先程気付いてしまった自分の気持ちから返答が短くなってしまい、その後の言葉が繋がらない。
「どうかしたか?」
「い、いえ」
「……クク、幽州でホットケーキ食う前みたいになってるぞ」
 可笑しそうに笑いながら言われて思い出す。確かにあの時みたいになっている。そういえばあの時は――
「ふふ、そうですね。……じ、じゃああの時は帰り道でこんな感じでした。」
 勇気を出して手を繋いでみた。自分でも驚くような大胆な行動をしてしまったため、鼓動が速くなり、顔が熱くなる。
「お、おう。そうだったな」
 今度は秋斗さんが恥ずかしがって顔を逸らし、言葉が少なくなった。

 そういえば秋斗さんは私の事をどう思っているんだろう。
 私と同じ気持ちなんだろうか。
 なんとも思ってないんだろうか。

 また、胸が締め付けられた。

 今はまだいい。
 もっと私の事を見てもらいたい。
 この人自身に私と同じ気持ちになってほしい。
 もっと私が努力して、こっちを向いてもらおう。
 それにこの人のことももっと知りたい。
 欲張りだろうか。

「秋斗さん」
「ん?」
「私、頑張りますから」
「……何をだ?」
「ふふ、今は内緒です」
「……気になるんだが?」
「それでも内緒です」
「そうか、いつか話してくれよ」
「はい、いつかは」
「楽しみにしてるよ」

 そんなやり取りを行って、笑い合って歩き続ける。

 やっと気付けたこの初めての気持ちを大事にしよう

 そして今はこの幸せな時間に酔っていよう

 進むのが少し怖いから

 この関係も好きだから

 その時までは



 その日、城の前で秋斗さんと手を繋いでいるのを朱里ちゃんに見られていたのに気付かなかった私は、夜遅くまで質問攻めに合うことになった。

 
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