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乱世の確率事象改変

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雛は現実を知る


 忙しく平原を治めている俺たちだったがそのころ大陸は大変な状態になっていた。
 霊帝の死。
 黄巾の乱の最中から病床に伏していた霊帝が亡くなった事で都は混沌としていた。
 権力者達の派閥争いは激化し、宦官の中心である十常侍と軍人である何進が対立。
 霊帝の子供二人はその渦中に放り出されることとなった。
 何進は軍事力を笠に無理やり劉弁を即位させることに成功し一時は安定するかに見えた。
 しかしそれがおもしろくない十常侍連中も黙ってはおらず、何進の暗殺を強行した。
 だがその行き過ぎた行動に激怒した何進の部下であった将軍達は十常侍を強襲、数名を亡き者にする。
 それと同時に渦中でいち早く身の危険を察知していた十常侍筆頭張譲は前帝の子供二人を連れて洛陽から逃げた。
 張譲は地方の太守を任されていた董卓に助けを求め、その大軍勢を味方に引き入れ洛陽へ戻ったが董卓の裏切りに合いあっけなく命を落とすことになった。
 二人を手中に収めた董卓は幼い劉協を皇帝に即位させ、中央の政権をわが物としている。
 それに対抗するために他の地を治める各諸侯に檄文が飛ぶこととなったのであった。


 ついに反董卓連合……有名な虎牢関の戦い。あのゲームみたいに貂蝉とかはいるのかな。
 そういや董卓が政権をとるまでが歴史とちょっと違う。時機もあまりに速すぎる。やっぱり三国志はあてにならんじゃないか。
 物思いに耽っていると、檄文を読んだ桃香が口を開いた。
「袁紹さんからの檄文について皆の意見が聞きたいの。ちなみに私は参戦したいと思ってる。董卓っていう人は長安の人に重税を課して苦しめてるって言うし」
 いきなり主である桃香が参加を表明しては意見を聞いても変わらないんだが、とは言わないでおく。
「私も桃香様に賛成です。民達を救えるのならば、私たちは戦うべきでしょう」
「鈴々も! 悪い奴はぶっ飛ばさないといけないのだ!」
 口々に参加の意を唱える三人……さて、軍師二人は難しい顔をしているがどう答えるのか。
「どうしたのだ? 朱里と雛里は反対なのか?」
 不思議そうに、さも全員が意気投合して是を唱えると思っていたのか鈴々が二人に尋ねた。
「いえ、ただ檄文の内容が気になってしまって」
「確かに言っていることは正しいのですがあまりに出来すぎている気がして」
 その通り。正史ではもっと酷かったが、商人達から噂話を聞いてもそこまで酷い話は無い。そして檄文にはあまりに諸侯側の意見しかない。
「出来すぎている……とは?」
「諸侯側の見解のみしかわかっておらず、単純に董卓を倒そう、というのを鵜呑みにしてしまうのはよくないかと」
「多分、いえ確実にこれは諸侯の権力争い。帝を手中に収めた董卓さんへの嫉妬がほとんどの理由だと思います」
 二人の話に感嘆してほうとため息が一つ漏れ出た。さすが、軍師達はすごいな。
「むぅー、そんなに難しく考えなきゃいけない事なのかなぁ。圧政に苦しめられている人がいるってだけで十分な参加理由になると思うんだけど」
「もしかしたら違う……と言う訳か」
 さすがは桃香というべきか、やはり人の言葉を信じすぎている。それに対して愛紗は考えを深めたようで軍師の注意に思考を傾けた。
「秋斗さんはどう思いますか?」
 ずっと黙っていた俺に雛里が聞き、皆の視線が俺へと一斉に集まる。なら……お前達がどれくらいなのか試してみようか。
「どこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからない情報に左右されて戦いたくはないな」
「だけど苦しんでいる民がいるかもしれないんだよ?」
「そうだな。だがこんなにごちゃごちゃ入り乱れた状況じゃあ誰が苦しめているかわからないんだがな」
「では参加すべきではない……と?」
 そこまでは言いきれない。何故なら――
「でも私たちのような弱小勢力は漢の崩壊が予見される今、先を見て動かなければいつか潰されてしまいます。」
 朱里が話す通り、立ち上げたばかりの俺達はそうしないとこの先、生き残れないだろう。乱世を抜けて行くのだとしたら余計に。
「俺が言いたいのは理想の実現のためにはどうするべきか、それを自分たちの状況から判断して、自覚して決めてほしいってことだな」
 思考のはざまで揺れてくれ、考えてくれ。自分たちの理想について。自分たちの目指すものについて。
 俺の話を聞いた皆は一様に考え始めたようだ。少ししてから桃香が顔を上げ、俺を強い目で見据えてから口を開いた。
「私は……私は参加したい。この情報がどんなに裏があったとしても、そこに苦しんでいる人がいる可能性があるなら、私は助けに行きたい」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。しかしどうにか思考を続ける。
 これが桃香だったな。愛紗は――

「同感です。裏を読み過ぎて助けられなかった、などという事は許せません」

 そうか、やはりか。

「鈴々も困ってる人を助けたいのだ!」
 朱里と雛里も同意だというようにコクコクと頷いている。
「本当にいいんだな?」
 とりあえず、無駄だと分かってはいるが念を押してみると、不思議そうな目で朱里と雛里が見つめてきた。同時に強い瞳で三人が俺に頷いた。
「大丈夫だって秋斗さん! 準備万端整えておけば、どんなことが起こっても対応できるって! こんなに頼もしい仲間がいるんだし!」
 俺に向かって満面の笑みで桃香が言い、その通りとばかりに皆も一様に頷いた。
 そこじゃないんだよ。しかしそうか……気付かなかったのか。

 戦う以外に方法があるんじゃなかったのか?
 敵はどんなモノか分かっているのか?

 それらの言葉を口から出す前に飲み下し、
「分かった。お前たちの判断を信じるよ。俺も参加すべきとは思っていたからな。少し考えすぎてた」
 軽く笑いを顔に貼り付け、彼女達に話しかけた。
 話しながらも力が抜けそうになっていた。俺は今、ちゃんと笑えているのか?
「なんだ、結局お兄ちゃんも賛成だったのか」
「まあな、ただ、理想ばかり見るんじゃなく自分の足元も見ないとダメだから、誰かが考えさせることを言わないと。朱里や雛里が反対意見をいってたのはそれもあるんだろう?」
「はい。見えていない事象に注意を喚起するため、反対意見を言うのは軍師の仕事ですから」
「私たちも苦しんでる民達を助けたいです」
 お前たちでさえ気づかないんだ。桃香達が気付くわけはない。
「じゃあ決定だね! 私たちは反董卓連合に参加するってことで!」
「「「御意」」」
「了解なのだー!」
「……了解」
「じゃあさっそく準備にとりかかろう。兵士さんの糧食とかも計算しなきゃだし」
「それがですね桃香様……」
 言いよどむ朱里を見て他の問題が頭に浮かんだ。
「まだ赴任したてで軍資金等の都合により糧食が……その……連合参加には足りないんです」
「じゃあ持って行けるギリギリの糧食を計算して後は……たかるか」
 それしかないからやるしかないだろう。交換条件は手柄の譲渡か先陣か。名を上げるためだとしたら本末転倒だが……まあいい。
「うー……。少し恥ずかしいのだ」
「私もそれは些か気が引けます」
「格好を気にしてちゃ人は救えないよ」
「そうだね。それしかないんだから……。やろう皆!」
 頷く皆と同じように首を縦に振りながらも、俺は別の事を考えていた。
 雛里の視線に気付かないまま。

 †

 どこか変だ。違和感を感じる。
 桃香様は変わらない。愛紗さんも変わらない。朱里ちゃんも変わらない。鈴々ちゃんも変わらない。
 私も……いつも通りだ。
 秋斗さんだけが少し違う。
 どこかが違う。
 気付いてるのは私だけ。
 でも何が違うのかわからない。
 どうしてだろう。
 胸がざわめく。
 あの人は何を考えてるの?
 秋斗さんはなんて言った?
 思い出したらいい。
 理想の実現のため、理想ばかりじゃなく自分の足元も、理想……あ。

 思考の隅に追いやっていた現実が、私の目の前に姿を現した。

 まさか……そんなはずは――

 次は自分の言ったことを思い出す。さっきのやり取りをもう一度確認する。黄巾の時の桃香様の言葉が甦る。

 そして――自分の足元が崩れ去る。

 私たちの理想は……叶わない。

 †

 今日の準備が終わり、自室で一人考えに耽っていた。

 俺は待つしかない。
 彼女たちは自分たちが矛盾していることにまだ気付かなかった。
 妄信している者は別の正論を並べられると反発する。客観的に見ることも不可能になる。
 宗教などがいい例だ。黄巾も同じだった。
 最初は正義を掲げても、時間が経つと歪んでくる。
 理想だけが独り歩きを始め、追いつこうと必死になり、さらに周りが見えなくなる。
 だから現状の理解と自身の把握を求めた。
 直接言うと拒絶が起こり、何故理解しようとしないのかをこちらに説いて、取り込もうとしてくる。
 こういうものを変えるにはゆっくりと一つ一つ気付かせて理解させるか、非情な現実の袋小路に追い詰めて心を叩き伏せるしかない。
 俺が行っているのは前者。
 これは臣下の者達限定だが、桃香自身に妄信している場合は桃香自身が変わらなければまず不可能だろう。歪みを見つけても目に入らないものと認識してしまう。少しでも疑問を持ったのなら救いがあるが。
 桃香自身のように理想に妄信している場合はまだ気付きやすい。歪みを理解しながら目を逸らしてしまうから。
 まだ様子を見る。
 今回は正しかろうとそうじゃなかろうと普通の兵とぶつかることになるんだ。強制的に後者の状況になる。
 言い方は悪いが董卓軍には王の成長の生贄になってもらう。さすがに桃香も理想の穴と自身の矛盾した発言を自覚するだろう。
 話し合いすら行えない状況ではなかったのだから。兵も守るべき民であるのだから。
 もし気付かなかったら……
 いや、やめておこう。信じているさ。

 突然、コンコンとノックの音が響き、潜っていた思考から抜け出した。
「どうぞ」
「失礼します」
 入ってきたのは自軍の軍師の一人。雛里が一人でこんな時間に会いに来るとは珍しい。しかも様子が明らかにおかしかった。
「どうした? 元気がないな」
 表情が暗く、声に反応して上げた瞳には絶望が宿っている。お前はまさか――
「……私たちは愚か者ですか?」
 気付いたんだな。聡い子だ、全て理解しただろう。
「……」
 無言の返答を行うと彼女はぐぐっと眉を寄せ泣き顔に変わった。
「っ! 私たちは……道化ですか?」
 ああ、乱世に踊る道化だな。
 思っていても口には出さず、さらに無言で見つめ続ける。
「わ、私たちは……なんのために……」
 そこから先は言葉を続ける事が出来ないようだった。
「雛里、思考を止めるな。俺たちは所詮殺人者だ。自分の覚悟を思い出せ」
 少し厳しめに彼女に言い放つと目線が揺れ始め、何かに縋ろうと手が伸ばされた。その手をとって続ける。
「確認して、考えるんだ。お前はどうしたい?」
「……争いのない優しい世を、作りたい、です」
「そこが笑顔だけじゃなくても?」
 聞き返すとコクリと頷いた。その目には涙が溢れ初め、頬から床へと次々に落ちて行く。
「俺たちは繋ぐしかない。この先、何千年先にいつか笑顔溢れる世になるなら、その礎になるんだ」
 そっと胸に引き寄せると、しゃくりあげる声が響きだした。
「不安定だろうとそれを確かなものにするしかない。力で脅かそうと、叩き伏せようとだ。話し合えるならこんな世になっちゃいないんだ。話し合いで解決できるならそれまで奪った命の関係者は絶対に救われない」
 やっぱり卑怯者だな、俺は。
「桃香の理想はそういうものだ。あいつもそのうち気付くだろう。本当はどの王も手段や過程が違うだけで同じ目標を目指しているんだと。好き好んで争う悪は本当の王になれないのだから」
 言い終わると部屋に嗚咽だけが響く。何故こんな優しい子が戦わなければいけないのか。
「よく聞け雛里」
 胸の中で小さく頷いたのを確認し、続きを紡いだ。
「ここでは王の成長を見守り我慢するしかない。王は自ら気付かなければ確固たるものにならないからな。臣下は口出しすべきじゃない。俺みたいなのの影響も受けさせたくないから極力接触を避けてきた」
 一息おいて、さらに続ける。
「出ていくか、それとも今はまだここで待つか。この戦いが始まるまでに決めておけ。民でもある兵士を自分達の理想の贄にするのかどうか」
 最低ラインは言った。これ以上は自分で考えて貰う。気付いたとしても、また理想に溺れる事もあるのだから。
「秋斗さんは、桃香様を、信じているんですね」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ雛里に、
「ああ。あいつの優しさは本物だろうから」
 俺の答えを言う。そう、ただ一途なだけ。人を純粋な優しさで惹きつけ、労り、暖かく励ます心はこの乱世では稀な存在だ。誰かの為にと乱世に立ち上がるなど、並大抵の人間では出来やしない。
「私も信じます。きっとあの方は気付きますから」
 もう大丈夫だな。
「そうか。……ごめんな雛里。それまでは辛いだろうが俺と共に矛盾を背負ってくれ」
「いいんです。秋斗さんと一緒なら……大丈夫ですから」
 俺は……最低な人間だ。本当は他の道に行く方が幸せなはずなのにひきずりこんでしまった。


 しばらく頭を撫でていたら眠ってしまった雛里を部屋に送り、俺は自室で夜の闇にさらに自問自答を繰り返すことにした。

 
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