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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第二十四話 ~彼女たちのお話 -スバル・ナカジマの章-【暁 Ver】

 
前書き
『暁』移転版の二十四話。本編でスバルが皆に告白する前にワンクッションという感じです。 

 


────── 切掛けは。些細なことだった。




 子供の頃は近所にある公園で、ギン姉と一緒に他の子供たちと遊ぶのが日課だった。得意だったのは鬼ごっこと、かくれんぼ。あたしに追いつける子供なんていなかったし、あたしが追いつけない子供もいなかった。

 かくれんぼにしても、どこに誰が隠れているのか不思議と理解できた。それを母さんに話すと少しだけ悲しい顔をして、それはあなたの個性だと言ってくれた。あの頃は個性と言われてもよくわからなかったけど、その時のあたしはとてもいいことなんだと思った──── 思ってしまった。

 子供たち同士が集まれば、諍いが起こることだってある。原因はよく憶えていない。きっと他愛無い理由だったと思う。男の子二人が喧嘩を始めて。当時から争い事が嫌いだったあたしは、子供心に止めなければと思ったんだ、確か。男の子二人の間に割って入って。片方の男の子を殴ろうとしていた子を手の平で押したんだ──── それだけだったのに。





 彼女──── スバル・ナカジマは、あのキャンプ場での一件以来『エイジ・タカムラ』に関しての情報を調べていた。とは言っても、彼女が持っている権限では本人の来歴などの情報を調べるのが関の山であった。内部調査室はその性質上、名前はあっても実体がない部隊だ。通常の職員としての肩書きと併せ持っている者が殆どで、決まった拠点すらない。それを考えれば、タカムラという男は異例とも言えた。

「やっぱり、簡単なプロフィールしかわからないかぁ。……腐っても内査だよね」

 人気のないオフィスにて、スバルは独りごちる。六課がオフィスとして使用している部屋は、どちらかと言えば大学に於ける講堂のような作りだ。上から下へ段差事に規則正しく並べられたデスクがあるオフィスは、ちょっとしたコンサートが行えるほどの広さがある。

「やっぱり、本人の個人端末を調べなきゃダメかな」

 スバルはそう言いながら、エイジ・タカムラが普段座っているデスクを目を細めながら睨みつけるように視線を送る。スバルは食べていた飴の包み紙をくしゃりと丸めると、ゴミ箱へ放り込み人気のないオフィスを後にした。





 その時のあたしの視界に映ったのは。風に弄ばれる枯れ葉のように、あたしが押した子供が()()()いく姿だった。人間は本当に驚いた時、何も言えない。あれは本当だ。男の子は背中から地面へ落ちると、何が起こったのかわからないような顔をしていた。だけど、やがて。あたしへゆっくりと顔を向けると────

 あの時。男の子があたしへと向けた時の瞳が、未だに忘れられない。その時のあたしは只々、ギン姉の手を握りしめて、震えているだけだった。その日から。雪が降り積もった坂道を転がり落ちる雪玉のように──── 災厄が増えていった。





 次の日、桐生アスナを探しているスバルの姿が隊舎にあった。だが、肝心の桐生アスナの姿が見当たらない。スバルが途方に暮れていた時に廊下の先を歩いているフェイトの後ろ姿を見つけたスバルは、さらりと揺れる腰まである豊かなブロンドを視界に収めながら声をかける。

「うん? どうしたの、スバル」

「はい、アスナを見かけませんでしたか?」

「アスナなら、中庭で向日葵を植えてたよ」

 スバルは肩を落とす。最初から中庭へ行くべきだった。礼を言おうとしたスバルではあったが、フェイトの表情が気にかかった。何かに怯えているような……そんな不安そうな表情。

「どうかしたんですか?」

「うん……向日葵って昔から虫を呼ぶって言われてるから……」

 フェイトの言葉を聞いたスバルは苦笑せざるを得ない。やはり虫は嫌いらしい。対して高町なのははゴキブリ以外は存外に平気だと言うことが発覚していた。怖がればアスナを喜ばせるだけだと伝えようと思ったが、かと言って我慢しろと言えるはずもなかったので既の所で言葉を飲み込む。

「アスナにとってはご褒美なので……」

「そうなんだよね……スバル、聞いて。この前なんか、カブトムシの幼虫を持って追いかけてきたんだよ」

「ホント、ごめんなさい。後で言っておきますから……ティアが」

 ティアナへ丸投げするところが実に彼女らしいが、昔からその手の説教ごとはティアナの役割になっていた。スバルは手を振りながらフェイトと別れると、中庭を目指した。





 その日。家に帰ったあたしと、ギン姉は公園での出来事を包み隠さず、父さんと母さんに話した。母さんは泣きながら、あたしとギン姉を抱きしめると、ごめんなさいと謝った。どうして母さんが謝ったのかその時はわからなかった。父さんはそんなあたしたちを見ながら、おまえ達は大切な娘だと言ってくれた。それが何故かとても嬉しくて、暖かくて。母さんの温もりを感じながら、あたしとギン姉は──── 泣いた。

 戦闘機人──── 母さんが説明してくれたけど、その時のあたしは何一つ理解出来なかった。ただ、一つわかったのは。あたしとギン姉は、『人』じゃない。そんな悲しい現実だった。





 スバルが中庭へ足を踏み入れると、今も空に浮かんでいる暖かな太陽を思わせる黄金と爽やかな緑のコントラスト。そして、さわさわと吹く心地良い風に揺れる大勢の向日葵が、スバルを出迎えた。

 花壇の一角を陣取った向日葵を前に──── 桐生アスナは、心なしか満足気に立っていた。風に揺れる向日葵に合わせるように彼女の髪も揺れる。スバルはそんな光景をもう少しだけ見ていたかったが、自分がここに来た理由を思い出し、アスナへ声を掛けた。

「綺麗だねぇ、向日葵」

 アスナは横目でちらりとスバルを見ただけで、何も言わずに少しだけ頷いた。

「アスナに聞きたいことと、お願いしたいことがあるんだ」

「……なに」

 ここで初めて、アスナはスバルへと顔を向ける。

「うん……タカムラさんに張り付けてある『伍長』って……まだ、いる?」

「……いる。なんで?」

「他の人には内緒にして欲しいんだけど……彼が端末を使う時の認証パスワードってわかるかな」

「……むしと視界をリンクさせれば、わかるとおもう」

 スバルは、それが出来ることを知っていた。自分とティアナはアスナに関して他の人間が知らないことをまだ知っている。ティアナは隠しておきたかったらしいが、とある騒ぎでばれてしまったのを悔やんでいた。スバルは切り札は最後まで見せるなと言うティアナの口癖を思い出す。スバル自身も『秘密』を持っている事を心苦しく思っていたが、ティアナや八神はやてから固く口止めされていた。スバルは心の中で溜息をつく。

「お願い、出来るかな。……調べて欲しいんだ」

「……わかった」

 特に理由も問わず了承したアスナにスバルは感謝する。スバルがやろうとしていることは不正アクセス禁止法に触れる立派な犯罪だ。その片棒を担げと言っているのだから。話を聞いていたであろうボブも、スバルの相棒であるマッハキャリバーも何も言わなかった。スバルは改めて皆の配慮に感謝した。





 あたしとギン姉は、家の中で遊ぶことが多くなった。他の子供たちが、あたし達を避けたんじゃなくて。あたし達が、他の子を避けた。怖かったんだ。自分の『力』が。必然的に友達は出来なかったけど、あたしはそれでいいと思っていた。誰かを傷つけるよりは、ずっといい。だけど、そんなあたしを決定的に変えた災厄が起きる。あの空港火災だ。

 あの事故で、あたしはなのはさんに助けられた。なのはさんは紛れもなくあたしの恩人で、尊敬もしている。だけど、憧れているわけじゃない。あたしは、『なのは』さんになりたいわけじゃなくて、『あたし』になりたかったんだ。

 あの空港火災で、あたしの目に映ったのは。自分たちが被害者だっていうのに、お互いに励まし合いながら助けあう大人達の姿だった。怪我をした人を率先して手当てする人。子供がいないと泣き叫ぶ母親に代わって探しに行く人。あたしは、あんな大人になりたいと思ったんだ。

 そしてあたしには、その為の『力』があった。今のあたし──── 『スバル・ナカジマ』の誕生だ。





「……スバル」

 早朝訓練後に午前の書類仕事。そんなルーチンワークを熟した後の昼休み。スバルがお腹の虫の大合唱を止めるべく食堂へと急いでいると、アスナに呼び止められた。

「ん? なに、アスナ。今のあたしを邪魔する人間はアスナと言えども」

「……だまれ。これ」

 スバルが首を傾げながらも、アスナから差し出されたメモを受け取る。アスナ特有の丸まった文字へと視線を走らせると、スバルは同じように目を丸くした。

「嘘……もう、わかったの?」

 アスナの話によると虫の複眼は意外と発達しており、色の識別もある程度は可能と言うことだった。だが、視力が弱いらしく人間で言えば0.1以下。その為に数日は待って欲しいとスバルは言われていた。

「……取得した映像をかいせきしたボブにかんしゃしてください」

 ボブはアスナが取得した映像を補完、修正。そしてキーを叩く指の動きや位置などから、打ち込まれたキーワードを割り出したのだ。探索や解析に特化したボブの面目躍如と言ったところだろう。

「うん……アスナにも感謝だね、ありがとう」

「……なら、お礼にティアナに向かって、ばーかと言ってください」

「何その罰ゲーム。いやだよ」

「……真顔」

「アスナだって知ってるでしょ。ティアは人から馬鹿って言われるのが、一番嫌いなんだから」

「……これだから、主席卒業は」

 アスナはそう言いながら、やれやれとばかりに肩を竦めてみせた。因みにスバルはそれに次ぐ成績で卒業している。アスナは実技の成績は良かったが、座学の内申点が悪かった為に真ん中より少し上という成績であった。そんなアスナへ背後から忍び寄る影があった。

「こんにちは。主席卒業のティアナ・ランスターです」

 ティアナであった。後ろを振り返ったアスナへと聖母のような微笑みを向けている。だが、こめかみに太い血管が浮いているのをスバルは見逃さなかった。

「アスナ?」

「……はい」

「ちょっと、こっちに来なさい」

 ティアナは有無を言わさず、アスナが着ているワイシャツの襟を掴むと、引きずるようにして連行していった。

「……どこにいく」

「優しいお姉さんが、美味しいお茶とお菓子を用意して待ってるわ」

「……わーい」

 そんな二人をいつものようにスバルは見送った。心なしか食肉処理場へ連れて行かれる家畜を見るような目で。因みに優しいお姉さんはシグナムで、向かう先は説教部屋だ。


──── よく来たな、アスナ

──── ……あがー


 遠くから聞こえてくる喧躁を余所に、スバルはもう一度アスナから渡されたメモを見つめながら、表情を引き締めた。

「今夜、だね」

 スバルは丁寧にメモを折りたたむと、胸ポケットへと入れる。当初の目的を思い出したスバルは、食堂へと歩を進めたが、空腹はもう感じていなかった。





 それからあたしは『戦闘機人』としての能力と力を上手く制御することに全力を注いだ。元々、魔導師になるつもりなんてなかったから普通校だったし、魔法もさっぱりだった。だから、ギン姉からシューティングアーツを習い、魔法も独学で身につけた。……その頃にはもう母さんはいなかったし、父さんは魔法を使えないから。訓練校に入学する頃にはその努力は実っていた。母さんの知り合いだったマリーさんも協力してくれたのは大きかった。そして、あたしはあの二人に出会ったんだ。

 何もかも諦めて、全てを悟ったような目をした女の子と。理由はわからなかったけど、全てを遠ざけて傷つけていた女の子。一人の女の子は救えた。無我夢中だったし、スマートでもかっこよくもなかったけど。問題は、もう一人の女の子だ。

──── ……みんな、私がきらい

 違う。違うんだよ。そうじゃない、そうじゃないんだ、アスナ。周りの人間がアスナを嫌っているんじゃなくて、アスナが周りの人たちを嫌ってるの。何故そんな事になったのかは未だにわからない。だけど、そのことに絶対、気づかせてあげる。……そう誓ったんだ、ティアと二人で。





 人気のない六課オフィスに、スバル・ナカジマはいた。時刻はすでに深夜。明かりも途切れた暗闇の中で、スバルは一人。立ち上げたスクリーンを見つめながら、忙しく指を動かす。緊張して喉が乾いたのか、それとも口寂しくなったのか、彼女は飴を口へと放り込んだ。

「キーをタイプする音って意外と響くんだ……お願い、通ってよ」

 アスナから教えて貰った認証コードを打ち込む。六課のロゴマークがくるり、くるりと回るスクリーンを息を呑んで見つめていると。

──── Welcome! E.Takamura 【Administrative Bureau. Lost Property Riot Force 6】

「よしっ!」

 スバルは拳を握りしめ喜ぶのもそこそこに、目についたファイルに片っ端から目を通していく。ファイル自体が暗号化されていなかったのも幸いした。だが、喜色満面といったスバルの表情であったが、次第に落胆の色が濃くなっていく。

 スバルが欲しているのは、エイジ・タカムラが『ジェイル・スカリエッティ』と繋がっていることを示す情報だ。結果的にスバルの推理は間違っているのだが、それを彼女は知らない。仕方ないことだろう。すでに時空管理局の局員として、スカリエッティ側の『戦闘機人』が潜り込んでいるなど、彼女には想像出来なかったのだから。

「はぁ……無駄足か」

 スバルは肩を落としながら、やけくそ気味に一つのファイルを開く。スバルが何気なく文書ファイルの表題に視線を走らせた時。彼女の心臓が──── 跳ね上がった。

──── 『ヨハン・ゲヌイトに関する調査報告書』

 スバルの思考はたっぷりと一分ほど停止していた。心の中に疑問と困惑が渦を巻いていく。

──── なんで。なんで、なんで、なんで、どうして、なんで、なんで……こいつが、いなくなってしまった教官のことを調べてるんだ。

 スバルが震える指先で端末を操作して内容を確認しようとした時。オフィスの入り口に人影がいるのを、視界の隅に捉える。今一番、決して見つかってはいけない人物が──── いた。デスクに拳を叩きつけたくなる衝動を何とか抑えこむと、電光石火とも言える早業で端末を閉じ、スバルは物陰へと身を潜めた。件の人物は、こつり、こつりと足音を響かせながらデスクへと近づいていく。

 スバルはまだ、希望を持っていた。何をしに戻ってきたのかはわからないが、このまま身を潜めてやり過ごし先ほどのデータを確認する。スバルの脳裏に、教官がいなくなったと聞いた時のティアナの表情が浮かぶ。だが、スバルの予想に反して気配はまったく動こうとしない。不安になった彼女は物陰から様子を伺った。その人物は。デスクの上から()()を摘み上げる。

──── 飴の包み紙

 スバルは己の迂闊さを呪った。その人物は飴の包み紙を握りつぶすと、訝し気に周囲を見渡し……彼女が隠れている物陰へと歩を進める。こつり、こつり。足音が近づいて来るたびに、スバルの心臓が早鐘を打つ。

「そこにいるのは、誰だ」





 エイジ・タカムラは、不躾に自分の顔へ当てられたライトに表情を歪めた。

「タカムラだったか……こんな時間に何をしている」

「忘れ物を取りに来ただけだ……お前のほうこそ、こんな時間まで主人に付き合ってお仕事か? ご苦労なことだな」

 タカムラをライトで照らした人物──── シグナムは、皮肉にも眉一つ動かさない。桜色した艶やかな髪を後ろで纏め、アスナのように制服を着崩すこともない立ち姿は些か潔癖さを感じさせるが、女性を十分すぎるほど主張している体のラインがそれを打ち消していた。

「以前から言っているが……私にはシグナムという名がある。()()呼ばわりされる謂れはない。タカムラ殿?」

 タカムラの眉が、ぴくりと動いた。シグナムが瞳を細め、タカムラを射ぬく。そんな剣呑な雰囲気を破ったのは、少なくともタカムラにとっては予想外の人物だった。

「……シグナム」

「ん? あぁ、どうした?」

「……はやてが、おなかすいたって、うるさい」

 予想外の人物──── 桐生アスナの言葉を聞くと、シグナムは短く笑う。

「わかった。アスナもこんな時間までつきあわせて悪かったな」

 アスナはシグナムの言葉には何も答えず、入り口からオフィスを見渡す。オフィスの一角を少しだけ長く見つめていたが、すぐにいつものような茫洋とした視線に戻った。タカムラは全く視界には入っていないらしい。タカムラは、そんな二人を不機嫌そうに見ながら入り口まで歩いてくる。人形のようなアスナの表情に薄気味悪さを感じながら、横を通り過ぎた時。全身が──── 総毛立った。

 今まで感じたこともないような『気配』に飛び退るようにして距離をとる。背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、桐生アスナを警戒するように見据えた。ゆっくりと、タカムラへ向けたアスナの顔は。人形などとはほど遠く、凶悪に顔を歪めながら嗤っていた。アスナの後ろにいるシグナムの不思議そうな表情に気付いたタカムラは、逃げるようにしてその場を立ち去った。





 スバルは全身の力が抜け落ちたかのように、その場に座り込んだ。一時はどうなることかと肝を冷やしたが、偶然とは言えシグナムとアスナに助けられた。彼女が知りたかった情報は得られなかったが、思わぬ収穫はあった。例えそれが──── 蜘蛛の糸のようにか細いものだったとしても。タカムラは去った。だが、スバルはこのまま調査を続行するのはリスクが高いと判断した。然りとて、次の機会はもうないだろうとも考える。暫く思案に暮れていたスバルではあったが、撤退を決意した。





 結局あたしは、あいつの尻尾を掴めなかった。数日後に試した同じ認証パスワードは通らなかった。変えられたんだ。それは、つまり……警戒されていると言う事。違う手を考えなきゃいけない。今回の件をティアやアスナに報告しようかとも思ったけど、あたしはまだ何も掴めていない。まだ、言うわけにはいかない。だけど、絶対に掴んでやる。そう、あたしは

「……こころにきめたのであった」

「ねぇ、アスナ。珍しく、あたしの部屋に遊びに来たと思ったら、な、何を読んでるのかな?」

「……スバル・ナカジマさん、十五歳のおとめにっき」

「だよねぇ。凄い見覚えがあるもん、そのノート。……表にでろ、記憶が飛ぶまで殴る」

「……やってみろや。ア行をいえなくしてやる」





「……ねぇ、ティアナ?」

「なんでしょうか、フェイトさん」

「どうして、スバルとアスナが取っ組み合いの大喧嘩してるの?」

「さぁ。原因は十中八九アスナにあると思いますが……偶にやるんですよ。飽きるか、お腹がすけば自然に終わりますので、放っておけばいいです」

「人の日記を勝手に読んじゃ、ダメでしょっ! バーカ、アスナのバーカ」

「……バカって言うほうが、バカ。バカ、バカ、バカ。ぱーんち」

「いだっ、それ、キックだよっ」

「……理由はなんとなくわかったけど……子供の喧嘩だね」

 中庭で繰り広げられた久しぶりの大喧嘩をティアとフェイトさんが見物してる。ティアが呆れたように見てるけど、今回ばかりはアスナが悪い。あたしの怒りが収まるまで付き合って貰おう。なのはさんが以前言っていた。人は同じ所にはずっといられないんだって。あたしも、ティアも、アスナも。何れはそれぞれの道を見つけて歩いて行く。それは、やっぱり寂しいけど。

「……いなづまだちょうげりー」

「あ、馬鹿にしてるよね。馬鹿にしたなっ」

 それまでは、三人一緒がいいな。背負う荷物がどんどん増えていくような気がすると、ティアが言っていた。それはきっと責任とか、そんな物なんだろうけど。だけど、それでもいい。あたし達がそれぞれの道を見つけるまで、ティアとアスナに持って貰う。その代わり二人が疲れたら、今度はあたしが。暫くはそんな関係でいたい。

 当面の目標はあいつと教官の関係を掴むこと。あたしの推論はティアと違って大外れだったけど、教官が何故失踪したのかをあいつが知っている可能性が出てきた。……当面はまだ秘密にしてたほうが良いな、うん。また大外れだったら困るしね。そんなことを考えている内に人が、わらわらと中庭に集まってきた。六課は意外とお祭り好きが多い。……よし。

──── いくよ、アスナ。

──── ……こい。

 この大喧嘩の軍配がどちらに上がったかは、秘密だ。





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