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空を駆ける姫御子

作者:島津弥七
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第二十三話 ~なまえをよんで StrikerS Ver.【暁 Ver】

 
前書き
ブログからの移転版である二十三話です。閑話4の時に書き忘れてしまいましたが、本作で『神』の位置づけであるリリーは、ちょくちょく顔を出します。ですが、本編に絡むことは一切ありません。時々、桐生の家に来ては馬鹿話をしてお茶菓子を食い散らかして帰っていく近所のおばさんポジションです。 

 


────── きみのなまえは




 前回の事件から数日が経った。身元不明である少女の保護から始まったあの事件は、これから起こる大きな事件の前哨戦に過ぎなかった。或いはもっと前から始まっていたのかも知れないけれど。

 あの事件で負傷したのは、あたしとアスナ。あたしは全身を強く打ったのと、口内の裂傷で全治一週間。アスナは左腕の打撲と、頭部への強打。何れも軽傷というレベルなので、シャマル先生の治療魔法の出番はなかった。シャマル先生曰く、安易に治療魔法に頼るのは良くないとのことだ。緊急を要さなければ、人間が本来持っている自然治癒力に任せた方が良いと言うことなのだろう。

 そんな八神部隊長と愉快な仲間達は、食堂にて年頃の少女よろしく他愛もない話に花を咲かせながら食事を摂っていた。しかし改めて見渡してみると、六課の食堂は清潔で綺麗だ。簡素なデザインではあるが、数人が食事できる強化ガラス製の丸テーブルが幾つも置かれ、大きな窓からは日差しがよく差し込む。ちょっとしたカフェのような雰囲気だ。

「ねぇ、ティア」

「なに?」

「さっき、凄い珍しいものを見ちゃった」

「珍しいもの?」

「うん。アスナにね? あたしが考えた例の技名を教えたらね」

「うん」

「凄く目を丸くしてた。あたしのハイセンスなネーミングに驚いたみたいだね」

「そう……」

 さもありなん、だ。『稲妻駝鳥蹴り』とか言われたら、誰だってそんな顔をするだろう。あの時、無表情を貫いたあたしを誰か褒めて欲しい。スバルとそんな会話を交わしていると、件の人物がトレイを両手に持ちながら、危なっかしい足取りで近づいてくる。アスナと言えば、最近になって『虫遣い』の名が付いた。あたしとしてはぎりぎりまで隠しておきたかったが、なのはさんが起こしたゴキブリ騒動以来、広く知れ渡ることになってしまった。

 一度、ヴァイス陸曹が揶揄い半分で、その事ををアスナに言った事があるが、その時アスナは「……よこむきにしか歩けないからだにしてやる」と言い放った。それ以来それを口にする者は誰もいない。誰だって蟹の気分を味わうのはご免だからだ。あたし達とテーブルが一緒になったなのはさんが、見兼ねたように小走りでアスナに走り寄っていく。

「最近、仲いいね。なのはさんとアスナ」

「例の騒動からでしょ。……こうもあっさり懐かれると、少し腹立たしいけど。あたし達の苦労はなんだったのよ」

「苦労したもんねぇ」

「それを考えると、いいことなのかも知れないけど」

 なのはさんにトレイを持って貰い、ふらふらとあたし達のテーブルへやってきたアスナの頭に載っている緑色の物体をチラ見しつつ声をかける。最近は皆のスルースキルが上がってきてるのを喜べば良いのか、悲しめば良いのか。

「亀の名前は決まったの?」

「……まだ。せんせいにつけてもらう」

 これに驚いたのは『先生』こと、なのはさんだ。テーブルに着き、食事を再開しようとしていた箸が止まる。

「聞いてないよ」

「……いま、言ったからな」

 なのはさんは助けを求めるように周りを見渡すが、誰一人として視線を合わそうとしない。薄情だと思うなかれ。そこにアスナが絡むのであれば致し方ない事なのだ。恐らく戸惑っているであろうなのはさんと、自分が注文したお子様ランチに立っている旗を不思議そうに見ているアスナの対比が、可笑しくて思わず吹き出しそうになったが、何とか飲み込んだ。

 なのはさんは諦めたようにお味噌汁を手に取ると、艶のある唇をお椀につけた。ほっと息を吐くと同時に何事か呟いたが、あたしには聞こえなかった。だが、なのはさんの隣にいたこの娘は違ったらしい。

「……かわいい」

「え?」

「……きにいりました」

「ん?」

「……さすが、せんせいです」

 混乱と困惑。なのはさんの顔は、正にそんな表情だった。それでも彼女は『不屈のエース』と呼ばれた魔導師なのだ。この程度で屈することなどあり得ない。

「でしょう?」

 なのはさんは、アスナに花が咲くように微笑むと、しれっと言い放つ。なんのことやらさっぱりわからないが、取り敢えず同意しとけ。という感じだろう。恐らくだけど。アスナは自分の頭に乗っていた()()──── 亀を手に取ると誇らしげに。何の意味があるのか、向かいに座って食事をしていた八神部隊長に突き出した。

「……今日からこの子は、めかぶちゃんです。女の子なので」

 八神部隊長は眉一つ動かさずに、ちぎったクロワッサンを口へと放り込む。そして、なのはさんへ哀れみの視線を送りながらこう言ったのだ。

「ええ、名前やな。流石なのはちゃんやで」

 なのはさんの樣子を横目で伺うと、肩を落とし項垂れながら、お味噌汁のお椀を恨めしげに見つめていた。なるほど、めかぶのお味噌汁だったのか。……気持ちはわからないでもない。なにせこれからずっと、「亀に『めかぶ』と名前をつけた高町なのは」と言われ続けるのだ。

 八神部隊長へと突き出された亀……めかぶはやっぱり迷惑そうに手足をじたばたと動かしていた。早く降ろせと抗議しているのか、自分の意思とは無関係に決まってしまった名前に抗議しているのかはわからないけど。





「高町。いつまで落ち込んでいる」

 シグナムと高町なのはは、六課で保護した少女の検査が終了したとの連絡を受け、フェイトから借り受けた愛車で一路、聖王医療院へと向かっていた。

「本人が気に入っているのだから、いいだろう」

 シグナムはそう言いながら、ルームミラーにちらりと視線を走らせた。普段は二人乗りのフェイトの愛車は、()()()と同じように後部のトランクスペースを利用して四人乗りとなっている。

「はい……そうですね」

 高町なのはもシグナムを習うようにして、ルームミラーへと視線を送った。後部座席には。あの時と同じように、桐生アスナが座っていた。但し、あの時と違うのは彼女が借りてきた猫のように大人しく座っているという事だ。ご丁寧にもシートベルトまで締めている。

「アスナ? 随分、おとなしいね」

「……車は、ちゃんとすわってないと大変あぶないです」

「う、うん? そうだね」

 ティアナのサイドカーで走行中にいきなり立ち上がった人間の台詞とは思えなかったが、高町なのはは取り敢えず頷いておくことにした。なのはが隣を見てみると、ハンドルを握っているシグナムが笑っている。シグナムは八神はやてから前回の事情を聞いていたのだ。なのはの視線に気づいたのか、シグナムは真面目な表情をすると話を切り出した。

「検査はひと通り終わったのだろう? ……彼女の処遇はどうなるのだろうな」

「取り敢えずは……聖王教会か、六課で預かることになると思います」

「人造魔導師か……」

 そう呟くシグナムの表情は暗い。なのはは、そんなシグナムの表情を見て取ると静かに目を閉じる。恐らく、二人の脳裏に浮かんでいるのは一人の女性の姿。シグナムは、少々重くなってしまった空気を変えるかのように彼女にしては、明るめな声色で口を開いた。

「それにしても……なぜ、アスナを?」

 なのはは、細い指を顎へと持って行き暫く考える仕草を見せていたが、やがてこう答えた。

「なんと、なく。かな」

 シグナムはそんな彼女の答えに苦笑を浮かべる。

「私はてっきり……子供には子供が適任だろうなどと考えたのかと思ったぞ」

「そうかも」

 なのはは、悪戯げに舌をぺろりと出し笑う。そんな時、シートの間から薄らぼんやりした表情が、ぬっとばかりに顔を出した。

「……なんか、わるくちを言われたきがする」

 ティアナ曰く、都合の悪いことは全く聞かないのに、自分の悪口だけはよく聞こえる耳、だそうだ。

「言ってないぞ?」

「言ってないよ? アスナは可愛いねって言ってたの」

「……せんせいは、おしりがおおきいな?」

「いきなり何なのっ」

「落ち着け、高町」

「……どこに向かってる?」

 二人はどこに向かっているのかも理解していなかったアスナへと、生ぬるい視線をを向ける。先ほどまでの重い空気は無くなっていた。シグナムは、ぷりぷりと怒りながらアスナの鼻を摘んでいるなのはを見て、彼女にしては珍しく声を出して笑った。そんな喧騒を破ったのは、唐突に浮かび上がった通信スクリーンの中で険しい表情を浮かべている『シャッハ・ヌエラ』からの緊張を孕んだ声だった。

──── 少女が病室から姿を消しました





「……なぁ、元気出してくれよ。ルールー。絶対見つかるからさ、11番のコア」

「うん、ありがとう。アギト」

 あの時まんまと逃げ果せた召喚士の少女と、赤の融合機は窓一つない無味簡素な部屋で言葉を交わしていた。融合機から『ルールー』と呼ばれた少女──── ルーテシア・アルピーノは気怠げにベッドから起き上がる。そんなルーテシアを見て融合機──── アギトは幾分ほっとした表情を浮かべた。

「ガリューの様子はどうだ?」

「うん。思いの外ダメージが大きかったけど、もう大丈夫。……強かったね、あの魔導師」

「あぁ。ガリューも本気じゃなかったとは言え……それにしても、アイツ本当に魔導師か? あれじゃまるで、狂戦士だ」

 アギトは考える。不可解なことは、まだあった。ガリューと戦った……あれが戦いと呼べるかどうかはわからないが、あの『魔導師』から殆ど魔力を感じることが出来なかったのだ。にも拘わらず、ガリューを圧倒する戦闘力。不可解以前の問題だった。

──── あり得ない。

 彼女の疑問も当然と言えた。事前に六課の魔導師に関しての情報は得ていたが、情報自体が簡単なプロフィール程度でしかなく、加えあの『魔導師』──── 桐生アスナはあの戦いで『完全魔法無効化能力(Cancel Magic)』さえ使ってはいない。桐生アスナから殆ど魔力を感じられないのも、その能力が影響していることを彼女は知らないのだから。だが、些細な問題だ。相手が誰であろうと、自分を救ってくれた心優しい少女の為に。彼女は──── アギトは戦うだけなのだから。





 高町なのはらが聖王医療院へ到着すると、待ちかねた様にシャッハが出迎えた。

「申し訳ありませんっ」

 そう言って頭を下げる彼女の顔は蒼白で、自分の失態を責めているようにも見えた。こういった場合は第三者は却って冷静になるもので高町なのはも又、例外ではなかった。なのははシャッハの明るい紫色した頭頂にある旋毛を見ながら話しかける。

「いえ……状況はどうなってますか?」

「はい。特別病棟と、その周辺の封鎖は済んでいます。何者かが侵入した形跡も今のところありません」

 桐生アスナは、シャッハの言葉を聞いて僅かに目を細める。そんなアスナの様子を高町なのは横目で見ていたが、敢えて見なかったようにシャッハへと答える。

「外へは出ていないはずですよね……手分けして探しましょう。シグナムさんは、シスターシャッハとお願いできますか?」

「わかった。では、行きましょう」

 なのはは、シグナムとシャッハが建物へと駆けていくのを見送るとアスナへ声をかける。

「それじゃ、アスナは」

 なのはは次の言葉を紡ぐことが出来なかった。案山子のように棒立ちになっているアスナの髪が風に吹かれているかのように、ゆらりと踊る。それと同時に周辺の緑が騒いだ。だが、それも一瞬だった。気がつけば桐生アスナは、高町なのはの前に立っており、アスナは視線だけでなのはを促すと、何も言わずに歩き出す。

「ア、アスナっ、どこ行くの?」

 アスナはなのはの問いかけには答えず、僅かに視線を合わせたのみだ。いったいどこへ向かっているのか。なのははその問いかけを飲み込んだ。彼女との付き合いは、ティアナやスバルのように決して長くはないが、刹那とも思えるほど短いわけでもない。彼女は少しずつではあるが、桐生アスナという不思議な少女を理解し始めていた。遠ざかっていく華奢な背中を慌てて追いかける。恐らく、この先に待っているであろう小さな少女との大きな出会いに心を弾ませながら。その背中を──── 追いかけた。





 なのはとアスナは緑が清々しい中庭へ足を踏み入れる。中央にある噴水が夏の暑さを和らげるように涼しげな水を噴き上げている。二人が暫しそんな光景に目を奪われていると、二階の渡り廊下からガラスを突き破りながら人影が飛び出してきた。前髪が綺麗に切り揃えられているショートカットが凜々しく、両手にトンファーのような物を構えている人物は、シグナムと探索を行っているはずである、シャッハ・ヌエラであった。二人が何事かと驚いていると、シャッハの視線の先には──── あの『少女』がいた。なのはが駆け出したのと、アスナの眉が釣り上がるのは同時だった。

 シャッハ・ヌエラの行動は『騎士』としては正しかった。自分の失態を恥じていたのもあるだろう。検査の結果、『人造魔導師』と判断された幼い少女は、完全に無害であるとは決して言い切れないのだ。袖の無いシンプルなデザインのバリアジャケットを身に纏い、トンファー型のデバイス──── 『ヴィンデルシャフト』を構え、じりじりと少女へと近づいていく。

 対する少女は驚きのあまり、持っていた兎のぬいぐるみを放り出し、地面へ尻餅をついていた。左右色彩の違う瞳が、いよいよ決壊しようとした時。少女の目の前を何かが、ふわりと通り過ぎた。それは──── 真白な蝶。どこからともなく現れた蝶は一頭、また一頭と増えていった。最終的に六頭まで増えた蝶は、風に遊ぶ淡雪のように少女の周りをふわり、ふわりと踊りだす。少女はゆっくりと立ち上がると、瞳を輝かせた。

「……わぁ」

 少女が周りを踊る蝶に手を伸ばすと少女を誂うように、遊ぶように──── 慰めるように蝶は舞う。日差しを浴びて、きらきらと輝く少女の金髪と相まった幻想的な光景に、シャッハも呆気に取られていた。ふと気がつけば、桐生アスナがいつの間にか傍にきている。アスナはふらふらと、シャッハの隣まで移動するとシャッハを見据えた。

「……おかっぱは、ホントにダメな」

 シグナムが、口を抑え横を向く。

「騎士シグナム? 笑いましたよね」

「笑っていません」

 誰が見ても笑ってはいたが、しれっと言い放つところが誰かさんに非常によく似ていた。なのはは、二人のやり取りに苦笑を浮かべながら、ぬいぐるみを拾い上げ少女と視線を合わせるように屈む。その兎のぬいぐるみは、昨日高町なのはが買い求め眠っている少女の枕元に置いた物だった。どうやら、気に入ってくれたらしい。

「こんにちは。わたしの名前は高町なのは。あなたの名前は? 言えるかな」

 少女は、なのはからぬいぐるみを恐る恐る受け取ると、名前を──── 告げる。

「……ヴィヴィオ」

「うん、いいお名前だね。こっちのお姉ちゃんは」

「……キャサリンです」

「こら」

 アスナは無表情にヴィヴィオと名乗った少女を見下ろしていた。やがて、ゆっくりとヴィヴィオへ右手を伸ばすと……おでこをぺしりと叩いた。その拍子に、ヴィヴィオの体のあちこちで羽を休めていた蝶が飛び立ってしまった。

「こらっ、アスナなにやってるの」

「……まねされた」

「真似?」

 アスナの奇怪な行動に困り果てたなのはは、助けを求めるようにシグナムを見た。

「オッドアイのことを言っているのではないか?」

 そう。シグナムの指摘した通り二人ともオッドアイだ。色合いは違うが、アスナは右目が翡翠。左目が紺碧。対して、ヴィヴィオは左目が燃えるような紅玉だった。

「……キャラが、かぶる。オッドアイはふたりもいりません。ツインテールが、ふたりもいらないように」

「そんなこと、気にしなくていいのっ」

 高町なのはは先ほどの幻想的な光景を見ながら、改めて桐生アスナという少女のことを考えていた。稀少技能(レアスキル)と呼ばれる物は、既存の魔法体系に属さないと言うだけで、魔力というエネルギーを源にしている点では魔法と同じなのだ。だが、桐生アスナの稀少技能は明らかに違う。

 自分の()()の力だけで魔法を無効化し、昆虫と思いを通わせる。高町なのはは思った。それこそ『魔法』のような力ではないかと。





 突然くしゃみが出た。誰かが噂をしているなどとよく言われるが、あたしはそんな物を信じてはいない。

「どったの、ティア。風邪?」

「違うと思うけど……」

「アスナに理不尽なことを言われてるんじゃないの? ……そろそろ頃合いだと思うんだよね」

「そう」

「うん、あとは切っ掛けだけなんだ。()()()()()が出てきちゃったら話さないわけにはいかない。あいつらは多分……あたしと」

「スバルの好きになさい。……だけど、これだけは憶えておいて」

「あんたは一人じゃない、でしょ。八神部隊長に話を通してくるよ」

「了解」





「……なまえをもういちど」

「ヴィヴィオ」

「……そう。私はアスナ──── 桐生アスナ」





「なにか悩み事? はやて」

「ん? うん……」

 主の性格を表しているのか、綺麗に整頓されている部隊長室の応接ソファに八神はやてと、フェイト・T・ハラオウンの姿があった。はやてを悩ましていたのは、近々に地上本部より査察が入るという旨の通達が来たこと。そして、もうひとつ。スバル・ナカジマの件だった。フェイトが来る少し前に、スバルが部隊長室を訪ねてきた。用件は──── ()()のことを皆に話したい。はやての瞳をまっすぐに見つめ彼女はそう言った。前回の任務で敵対した()()達とも恐らく無関係ではないと付け加えた上で。

 スバルのことを知っているのは、今のところ自分とティアナ・ランスター。そして、桐生アスナの三人だけだ。はやて自身いつか話さなければいけないと考えてはいたが、存外に早くその時期が来てしまったようだった。フェイトはそんなはやてを暫く見つめていたが、意を決したしたように口を開く。

「はやて。そろそろ教えてくれる? ……六課設立の本当の理由」

 はやては、まっすぐ自分を見つめるフェイトを見ながら、諦めたかのように溜息を零した。

「……そやね。いいタイミングやしな。これから聖王教会本部へ報告に行くからそこで話すわ。クロノ君も来るから一緒にな。なのはちゃんにも声かけてくれるか?」

「わかった。なのは、もう帰って来てるかな」

 フェイトが、そう言いながら通信スクリーンを立ち上げようとした時、件の人物が部隊長室へと入ってくる。

「失礼します。聖王医療院から、ただ今戻りました。……ごめんね、遅くなっちゃった」

「いや、ええで。あの娘はどないしとる?」

「うん。ちょっとぐずっちゃったけど、アスナに任せてきたよ。アスナにも懐いてくれたみたい。連れて行ってよかった。……フェイトちゃん、ごめん。ちょっと様子が見たいからスクリーンを立ち上げてくれるかな」

「わかった」





「こんにちは。名前を教えてくれますか?」

 キャロはそう言いながら、少しだけヴィヴィオへと屈む。ヴィヴィオは小動物のような仕草でアスナのスカートを掴みながらも名前を告げた。

「……ヴィヴィオです」

 キャロはにこりと微笑むと自分の名を告げようと口を開こうとしたが、いつもの間延びした声が上から降ってきた。

「……このピンク髪のちっこい子は、六課でフルネームが一番言いづらい人ナンバーワンのキャロです」

 可愛らしい花の様だったキャロの微笑みが、アスナへ顔を向けた時には能面の様だった。アスナはフルネームが言いづらいどころか、憶えているかどうかさえ怪しい。

「アスナさん、後でお話があります」

「……なんでおこった?」

 アスナの隣にいたティアナは然も頭が痛いとばかりに、こめかみを揉みほぐす。

「あんたは、ちょっと黙ってなさい。ヴィヴィオ、ね。この娘はキャロ。キャロの隣にいる男の子がエリオ。二人共ヴィヴィオより少しだけ年上ね。そして、彼女がスバル。あたしは、ティアナって言うの。宜しくね」

 ティアナに紹介されたヴィヴィオは、はにかみながらもしっかりと頷く。

「えぇ、と。この薄らぼけっとしたのはもう知ってる?」

「うん、アスナおねーちゃん。……ちょうちょを呼んでくれた」

「そう、よかったわね」

 ティアナは優しげに微笑みながら、ヴィヴィオの頭を撫でる。ヴィヴィオは猫のように目を細めていたが、ティアナの手が頭から離れると、アスナを見上げた。

「さっきの、おねーさんは?」

「……先生は、はやてやフェイトと一緒においしいものを食べにいきました。なので、私たちもおいしいものを食べることにします。……あとで、ザッフィーも紹介する」

「ざっふぃー?」

「……六課の番犬です」

 桐生アスナの中で、ザフィーラは番犬という位置づけらしい。とんでもない番犬がいたものである。アスナは、お前の答えなど聞いてないとばかりに、ヴィヴィオの小さな手を引いて一路食堂を目指す。ティアナはそんな二人を見ながらスバルと顔を見合わせると、御互いに肩を竦めた。エリオとキャロが慌てて二人の後を追いかけるのを見届けると、ティアナとスバルも食堂へと向かう。彼女たちの表情は一様に──── 微笑んでいた。





「……アスナちゃんはフリーダムやな、相変わらず」

「でも、ヴィヴィオには丁度いいかも。今のヴィヴィオは右も左もわからなくて、不安で一杯だと思うから」

 高町なのはの脳裏に中庭での光景が蘇る。なのはが、ヴィヴィオへと話しかけた時。ヴィヴィオの小さな唇から零れ落ちた不安に満ちた言葉。

──── ママがいないの

 なのはは、唇を噛み締める。ヴィヴィオが、『作られた存在』だという事は、確定だろう。その彼女が母を求めるという事は、()()の記憶を受け継いでいる事に他ならない。自分達の都合で理不尽に彼女を生み出した何者かに対する怒りが、ふつふつと沸いてくる。





 エリオは、険しい表情を作り上げる。眠ってしまったヴィヴィオへ毛布をかけているキャロの姿を見ながら、先程から掴もうとしても、するりと逃げてしまう思考をエリオは──── 掴まえていた。

 彼女が、『人造魔導師』の素体として生を受けたのであれば、言語や意識がはっきりしすぎている。それは何を意味するのか? ……記憶があるのだ。元になった人間の。どうしてこの世界はこうも、理不尽なのだろう。彼女はその記憶を持ったまま生きていかなければならないのだ。……自分と同じように。彼は──── エリオ・モンディアルは忘れていたのだ。いや、考えないようにしていたのかも知れない。『プロジェクト・F』は……まだ、生きているのだ。





 桐生アスナは、拳を握り締める。ヴィヴィオと名乗った少女からは、フェイトやエリオ。そしてスバルと同じ()()がした。それは鼻腔を刺激するようなものではなく謂わば、彼女にしかわからない感覚だ。常人には決して見えないものが見えてしまう彼女の『瞳』が──── それを告げていた。

 だが、桐生アスナという少女は、だからどうしたとも思う。考えてみれば、そんな『違和感』は今更だった。あの廃ビル屋上で対峙した二人の少女からも同様の匂いがした。彼女にとって、スバルは『スバル』でしかなく、フェイトやエリオも同じ事だ。彼女にとって余計な事実など、兄が何者であるかという事と同じくらい、どうでもいいことなのだから。

 アスナは握りしめていた拳を広げると、穴が開くのではないかと思えるほど暫く見つめていたが、思い出したかのようにふらふらと中庭から隊舎へと歩き出した。あの小さな少女が、眠りから覚めたら何をして遊ぼうか。そんな他愛のない事を考えながら。





 自室に戻ろうとしていた桐生アスナへと、ティアナ・ランスターが小走りに近づいてくる。酷く慌てているようだった。

「……なに」

「八神部隊長達が聖王教会から戻ってきたわ。……緊急ミーティングだそうよ。場所は部隊長室」

 アスナはティアナへ頷きだけを返すと、部隊長室へと向かう。ティアナもそれに倣うようにして肩を並べて歩き出した。

「スバルが……話すわ。『自分』のこと」

 桐生アスナは何も答えない。ティアナが横目で伺ってみても、自分よりも幾分高い位置にある顔は──── いつもの無表情だった。





 ティアナとアスナが部隊長室へ足を踏み入れると、主要メンバーがすでに揃っていた。その光景はアスナが六課へ赴任してきたあの日の光景と重なり──── 自然とティアナの顔は微笑を浮かべていた。

「……なに?」

「なんでもないわ。ボブ? ()()()の映像と音声を記録している筈よね、頼むわ」

『そういう事か……了解したよ』

 緊急ミーティングの名目は『先の任務で自分達の前に立ちはだかった敵の目的と考察』というものだった。勿論それだけではないだろうと、ティアナ・ランスターは考えている。スバルの件以外にも何かあるのだろうか。ティアナがバラバラになっている思考のピースを掻き集めているのを他所に、あの屋上でのアスナとディエチ、クアットロと呼ばれた三人の少女の会話内容に全員が頭を抱えていた。

「確かに、私となのはが行くまでの時間稼ぎをお願いしたんだけど……」

「時間を稼いでるっちゅうか……アスナちゃん、()やろこれ」

「アスナ? 知らない人から飴とか貰って食べちゃダメだよ?」

 なのはにとどめを刺されたアスナは盛大に口をへの字にすると、そのままごろりとソファへ横になってしまった。

「ありゃ。へそ曲げてもうた。うーん、フェイト隊長の記録と大差ないなぁ」

『すまない。何らかの情報を聞き出せればよかったんだが』

「ううん。かまへんよ」

 その時、ボブとはやてのやり取りを聞いていたティアナが、発言権を求めるように手を上げる。

「ん? どないしたん」

「はい、一つだけ気になることが」

 ティアナが、そう言いながら立ち上がり、映像を巻き戻すように指示した。スバルが話しやすい流れに持っていければとの彼女なりの配慮ではあったが、実際に気になった部分でもあった。ティアナが組み立てた仮説が正しいのであれば、恐らくスバルの言った通りなのだろう。

「ここです」


『……かめです』

『あ、うん。知識としてはあるけど……初めて見た』


「ここが、どないしたん?」

「はい、あたしが気になったのは先ほどの部分です。……この言い回しは少しおかしく感じます。映像を見る限りは、あたしと同じくらいの年齢か、年上だと思いますがその年齢で知識でしか亀という生き物を知らないなんて本当にあり得るでしょうか……余程、特殊な状況で隔離されて生きてきたか、それとも──── ある日突然、()()だけを与えられたのか」

 部隊長室は、水を打ったように静まり返っていた。そんな中、スバルが意を決したように手を上げる。

「あたしは……多分、知っています。彼女達が何なのか」

 ティアナの眉がぴくりと反応し、ソファに寝転がっているアスナの肩が少しだけ、動いた。八神はやては静かに目を閉じる。

「どういうことなんだ? スバル」

 シグナムが、尤もな疑問をスバルへと投げかける。

「はい。彼女達は……恐らく『戦闘機人』です。いえ、間違いなく」

「なぜ、わかる?」

「それは────」

────── あたしも『同じ』だからです。






 ~なまえをよんで StrikerS Ver. 了
 
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