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気まぐれな吹雪

作者:パッセロ
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第一章 平凡な日常
  44、ジッリョネロ

聖なる森。

それは、内に聖なる泉を秘めていることから付けられたこの森の名前。

そしてその森に住み、泉の守人となっているのが、ジッリョネロファミリーである。

「でっけー」

んでオレは、今そのジッロョネロファミリーのアジトである城の前に来ていた。

森の中にひっそりと、しかし堂々と構えるそれは、見るものを畏縮させるだろう。

で、なんだが、

ガチャッ

Alzi una mano(手をあげろ)

いつの間に包囲されたの?



†‡†‡†‡†‡†‡



ヅーッヅーッヅーッ

広い城内に警報が鳴り響く。

「何事だ」

「どうやら不審者のようです」

「不審者だと?」

警報を聞き付けた金髪の青年は、顔をしかめる。

彼と話していた部下は、すぐに監視カメラの映像を映した。

それは、城門の前の映像だった。

エメラルドグリーンの髪の少年が、自分のファミリーの者に包囲されている。

少年はそんな状態にありながらも、少し不機嫌そうな顔をするだけで、何もしようとはしなかった。

と言うよりは、

「あのバカが」

青年は彼を知っていた。

「警報を止めろ。お前も下がってろ」

「あのどちらへ」

「やつは、客人だ」



†‡†‡†‡†‡†‡



ピンチなう。

あてがないなう。

わーどーしましょー(棒読み)

じゃなくて!

いや、マジでヤバイってこれ。

まさかこんなことになるとは……。

せめてγが来てくれれば

「銃を下げろ」

「あ、来た」

聞き覚えのある声と共に、城の中から金髪の青年が出てきた。

うん、γだ。

「ヤッホーγ。遊びに来ちゃったぜー」

「連絡を入れてくれれば空港まで迎えに行ってやったのに」

「だってお前、連絡先くれないで帰ったし」

「……そうだな。悪かった」

ハァ、とため息をつくγ。

うんあのね、ため息つきたいのはこっちなんだからね?

ま、突然の訪問でドッキリを狙ってたのも本音だけどさ。

「で、何でここの場所を知ったんだ? 一応極秘事項のはずなんだが」

「ジャーン」

γにコスモにもらった地図を見せる。

「はぁ……坊っちゃんの仕業か」

かなりの極秘事項を、命の恩人とは言え一般人のオレに教えちゃうとは、コスモも抜けてるな。

それとも、それほど信用されてんのかな?

「とにかく中に入れ。お前が来たと知れば、坊っちゃんもボスも喜ぶだろうな」

「へ? ボスさんもか?」

「ああ。イタリアに帰ってから坊っちゃんはお前の話ばかりでな」

「ははっ。コスモらしいや」

そしてオレは、γに連れられて城の中へと入っていった。

中がどうなのかと聞かれたら、まぁあれだ。

城だな。

それ以外に何言えってんだよ。

しばらく歩くと、とある一室に案内された。

「ここで少し待ってろ。ボスを呼んでくる」

そう言うとγは部屋を出た。

ふと、突然の眠気に襲われた。

時差ボケのせいだろうか。

オレの意識が微睡みの中に落ちようとしていたときだった。

「かなねぇ!」

「うおっ!?」

久しぶりの声と小さな衝撃。

一気に現実に引き戻されたオレが見たのは、コスモの笑顔だった。

「あなたが、霜月要さんね」

優しく柔らかい女性の声。

入り口のところに一人の女性が立っていた。

コスモと同じ髪の色、コスモと同じ目の下の花模様。

「初めまして、私はアリア。ここジッリョネロファミリーのボスであり、コスモの母です」

「あ、どうも」

立ち上がって会釈する。

アリアさんはテーブルを挟んでオレの向かい側に座った。

コスモはオレの隣にいる。

γが持ってきた紅茶を一口飲む。

先に口を開いたのはアリアさんだった。

「まずは、お礼を言わなくちゃね。γやコスモから話を聞きました。あなたはコスモの命の恩人だわ」

「いえ、別に、オレは当然のことを」

「当然のことを当然にできる人は少ないわ。イタリア(ここ)は治安が悪くなるばかりで、日本でも犯罪が増えていると聞くわ。見て見ぬふりをする人だっている」

オレの脳内に、コスモを助けたときのことが蘇った。

口々に言うだけで、誰一人動かない大人たち。

「オレは、そういう偽善が大嫌いです」

するとアリアさんはふわりと笑った。

「コスモから日本での生活を聞きました。何不自由なくしてくれたみたいね。きっと、この子のワガママに振り回されたんじゃないかしら」

「いえ、大丈夫ですよ。オレも楽しかったですから」

ふてくされているコスモの頭を撫でる。

「昔から好奇心旺盛な子でね、世話を任せていたγをすごく振り回してたの。今回の日本旅行もコスモが行きたいって言うから行かせたのよ」

「そうなんですか」

オレは、隣で紅茶に砂糖をたっぷり入れているコスモを見た。

て言うかオイ、砂糖何個入れるつもりだ!?

「もしあなたさえよければ、また遊びに来てくれないかしら? あ、でも親御さんがなんて言うかしらね」

「大丈夫ですよ。親なんていませんから」

「え?」

できるだけ、明るく言ったつもりだった。

それができていないから、アリアさんの表情から笑顔が消えたんだ。

「殺されたんです。強盗殺人でした。オレが、五歳の時に」

脳裏にあの日の記憶が甦る。

血に染まった部屋。

血の海に沈み、冷たく動かない両親。

消え失せた日常。

フラッシュバックのように次々と映像が脳を埋め尽くす。

「父さんと母さんさえ生きていれば……兄さんだって」

「要!」

バシッ

右頬に痛みが走る。

一瞬何があったのか全くわからなかった。

いつの間にか、アリアさんがオレを抱き締めていた。

「辛い思い出だったのね。思い出させてしまってごめんなさい」

「ア……リア……さん?」

オレの胸元に顔を埋めている。

シャツがしっとりと濡れていた。

泣いて……るのか?

「どうして泣くんですか」

「なら、どうしてあなたは泣かないの?」

「え……?」

何でオレが泣く必要があるんだよ。

別に、過去が変えられる訳じゃない。

死んだ人間が帰ってくる訳じゃない。

今さら嘆いたって、何にもならないってことを、オレが一番よく知ってる。

「悲しかったら、辛かったら泣いていいのよ? 一人で背負い込んでしまっても、何にもならないのよ」

「泣いたって、そんなことしたって何も変わらないじゃないですか」

「それでも、泣くのを堪えてしまったら、そしたら要が壊れてしまうわ。そんなの耐えられない。
 だから、泣いていいの。その涙は、私が受け止めてあげるから。あなたは私たちの家族(ファミリー)なんだから」

……ファミリー?

何でそんなことが言えるんだよ。

オレとアリアさんは、さっき会ったばかりの他人なんだぜ?

ただ、コスモを助けたってだけの……。

何でオレのこと家族だなんて言えるんだよ。

気付けば、涙が溢れていた。

8年前のあの日、どんなに辛くても泣かないと決めていたのに。

父さんと母さんが関わることじゃ、絶対涙を見せないって決めてたのに。

それなのに、こんなにも簡単に崩れちまうものなのかよ……ッッ。

「そうよ、泣きなさい。たくさん泣いて、後は笑顔でいましょう」

「うっ……あ……あああああぁぁぁああぁあぁぁああ!!!!」

次から次へと溢れる涙を止めることはできない。

父さんと母さんが死んだ日以来、初めてオレは人前で涙を見せ、声をあげて泣いた。



†‡†‡†‡†‡†‡



「本当に帰っちゃうの?」

「時間も遅いし、泊まっていって構わないのよ?」

森の入り口。

夕日も沈んだイタリアは暗い。

「そこまで迷惑かけられませんよ。それに、仕事バックレてきたんで」

「まぁ、そうなの?」

驚くように口元に手を当てるアリアさんだが、その目は笑っている。

失礼にも思えるかもしれないが、それはオレが笑っているから。

「おい要、早くしないと最終便に間に合わ
ねぇぞ」

道に止まっている車から、γが顔を覗かせる。

アリアさんに言われ、空港までγに送ってもらうことにしたのだ。

ま、あの距離は二度と歩きたくないがな。

「おう。それじゃアリアさん、コスモ。さよなら。今度は二人で日本に来いよ」

「ええ」

「うん!」

じゃ、と言うと、オレは車に乗り込んで空港へと向かった。

家に帰ったとき、リビングのソファに恭が鎮座していたことは言うまでもない。

てか待て、なに不法侵入していやがんだよ。 
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