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ドラクエⅤ・ドーラちゃんの外伝

作者:あさつき
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キラーパンサーに転生
  21(終)あの場所であなたを待つ

 パパさんの剣を木箱に入れて、海に浮かべて。
 水漏れもなくきちんと浮くことは剣を入れる前に確認済みなので、剣を入れても問題ないことをまた確認して、木箱につかまって対岸を目指して泳ぎ始めます。

 すごく広かった河口よりもまだ遠いけど、遠いとは言っても見えてるし、川で練習したときも長さ以上に何度も泳いでたし、比重の問題で海は体が浮きやすいっていうし。
 きっと、大丈夫。


 そんな風に簡単に考えて、泳ぎ始めたけど。


 潮の流れが速くって、最短距離を進めばそれほど時間もかからず着けたと思うのに、見えていた対岸の岬がどんどん横に流れて、遠ざかっていきます。

 ……そうだ、海は潮の流れがあったんだ!

 なんで気づかなかったんだろう。
 川のときは、あんなに何度も確認して練習したのに。
 ここでも、ちゃんと練習しておけば……。
 ……ううん、流されて元の場所に戻れなかったら、パパさんの剣を取りに戻れなくなってたから、これはこれでよかったけど。

 だけど、パパさんの剣はなくさなくても、あたしが死んじゃったらどうしようもない!
 元々の予定の場所とは違っても、なんとしても向こう側に泳ぎ着かなくちゃ!!


 最初に目指した、向こうの大陸から海に長く飛び出た岬には、もうどうやってもたどり着けそうにないけど、とにかく向こう岸を目指して。

 潮の流れに乗りながらも、少しずつ流れから離れて岸に流れ着けるように、必死に後ろ肢をばたつかせて。


 かなり東に流されてしまったけど、なんとか外洋に出る前に、目指す大陸の海岸に泳ぎ着くことができました。


 死に物狂いで後ろ肢を動かし続けて、もう力尽きそうだったけど、気力を振り絞って、なんとか海水に濡らさないようにパパさんの剣をくわえて高く持ち上げて、海岸に上がって。

 そのままもう倒れ込んでしまいたかったけど、こんな目立つ場所で濡れた体をそのままにして倒れたら、敵に狙われるか体温を失って凍え死ぬか、どちらにしても命はないから。

 ほとんど意識を飛ばしそうになりながら、体を震わせて水分を払って、また剣をくわえて物陰に移動して、ひとまず目立たなくなったことを確認して。

 安全が確認できたところで今度こそ倒れ込んで、意識を失ってしまいました。





 そのまま、どれくらい経ったのか。
 十分に体力が戻ったわけじゃないけど、お腹が空いて目が覚めて。

 ……体の調子から考えて、そんなに長いこと眠ってたわけじゃないと思うけど。
 それでも、完全に意識を失ってしまってた。
 その間に敵に見つかってたら、あたし、死んでた。

 考えて背筋が冷たくなったけど、でも結果、あたしは生きてるんだから。
 だけどこのままなにも食べないでいて、休んで少しは戻った体力をまた失うようなことになったら、結局は死んじゃうんだから。
 生き延びるためには、済んだことに気を取られてる場合じゃない。
 体力が残ってるうちに狩りをして、食事を取らないと。


 そうやって、気力を奮い立たせて狩りに出て。
 注意力が散漫になってたのか最初の獲物を取り逃がしてしまって、体力のムダ遣いをしてる場合じゃないって気を引き締めて。

 二度目に見つけた獲物は間違いなく仕留めて、食事を済ませてお腹を満たして。

 今度は油断しないで半分起きた状態の睡眠を取って、体力が回復したところでまた移動を始めます。


 泳いで着く予定の場所から、東に流されて予定外の場所に着いたけど。
 目指す洞窟に行くには、かえって近い場所に流れ着けたはず。
 確か、この近くにはポートセルミの町があって。
 ここから南に向かえばカボチの村があって、そこからさらに西に行けば、ドーラちゃんが迎えにきてくれる洞窟に着けるはず。

 ドーラちゃんがドレイから逃げ出すまでの十年間は、目立たないように隠れてるだけになるけど。
 それでも当てもなくさまようよりは、そこに居着いて、万が一忘れちゃっても大丈夫なように。
 覚えてても、その場所を他の誰かに取られないように。
 十年後にあわてなくていいように、十年かけて、そこをあたしの縄張りにしちゃったほうがいい。


 ポートセルミの町に寄る意味はないから、あたしはそのまま南を目指して歩いて。
 ゲームの記憶にそこまで自信があるわけでもなかったけど、例え違ったとしても、気がついたときに考えればいいんだから。
 今は正しそうなほうに向かって、進んでいればいい。
 間違ってないかどうかより、目的を見失って立ち止まるほうが怖いから。
 目の前に、目的があるうちは。
 進むことだけを考えて、きっと忘れないでいられるから。


 南にしばらく進むと立て札があって、文字が読めるあたしは自分が間違ってなかったことを確認して、さらに南に進みます。

 もうすぐ、カボチの村があるから。
 あの場所まで、洞窟までも、あと少し。



 途中で狩りをしたり休んだり、無理せず体力を維持しながら進んで、とうとう目的の洞窟にたどり着きます。


 洞窟の魔物は、ドーラちゃんと一緒に戦ったヤツらよりは強かったけど、それでもレベルの上がったあたしほど強いわけではなさそうだった。
 そうは言っても集団でこられたら負けるし、回復の手段がないあたしは無茶はできないから、あんまり対立するつもりはないけど。

 普通のベビーパンサーもいるからおとなしくしてるぶんには攻撃されることもなさそうだし、外で少しずつ経験値をかせいで、もっと強くなって。
 できれば薬草の生えてる場所でも見つけて回復手段を確保するまでは、ここではおとなしくして。

 準備が整ったら、少しずつあたしの強さを見せつけて、縄張りを広げて。
 洞窟の奥のあの場所をあたしのねぐらにして、ドーラちゃんを待ってよう。

 魔物のあたしは、例え覚えてても、何年経ったかわからなくなりそうだから。
 洞窟の入り口にあるこの木に一本傷をつけて、あとは毎年この木に最初の花が咲いたら、傷を一本ずつ増やしていこう。





 そうやって洞窟で息を潜めて過ごして、外で経験値をかせいで、薬草の群生地も見つけて傷を治せるようになって。
 十分に強くなったと判断して、洞窟の奥のねぐらを確保できたのが、三年目の春。

 強さだけならもっと早くてもよかったかもしれないけど、ケモノだからすぐに大きくなってキラーパンサーになるのかと思ってたのに、意外になかなか体が大きくならなくて。

 ケモノ同士の世界では、強さを示すには見た目もかなり大事だし、もっと大きく、あと少しだけでも大きくなってから……と待ち続けてしびれを切らしたのが、三年目だった。

 パパさんの剣は洞窟のすみっこに穴を掘って、目立たないように隠してはあったけど。
 通りすがりの冒険者に見つけられたらと思うと気が気じゃなかったから、早く安全な場所を確保して隠したかった。
 洞窟の奥なら安全とも限らないけど、簡単に潜れる浅い場所よりは、まだ安全だろうと思ったから。


 確保したねぐらの奥にまた小さな穴を掘って、あたしがいない間に人間が入り込んだとしても、よっぽど念入りに調べなければ見つからないように隠し終えて、一息ついて。

 ……あたし、いつキラーパンサーになるんだろう。
 早く大人にならないってことは、そのぶん長生きできるってことかもしれないから、まあいいけど。
 外で活動するにも小さいほうが目立たないから、それもいいんだけど。

 ベビーパンサーは基本的に兄弟で群れてるし、あたしは馴れ合うつもりはないから特に交流もしてないし。
 いつの間にか入れ替わってるみたいで、何年で大人になるのかよくわからないんだよね……。

 ……まあ、いっか。
 見た目の威圧感が足りなくて手間取ったけど、この場所ももう確保できたし。
 たぶん十年経つ間に大人にはなるんだろうし、ならなくてもドーラちゃんに会えれば別に問題はないし。

 あとは、できるだけ忘れないように、よく思い出すようにして。
 十年経つ前に目立ってしまって退治されたり追い出されたりしないように、気をつけて待ってよう。

 ……二年経って、今が三年目だから。
 あと、八年近くか……。

 今までは目的があったけどそれもなくなって、経験値をかせいで強くなるとか、あとは文字を書く練習をする以外には、特にすることがなくなっちゃって。
 きっとこれからが、本当につらい時間なのかもしれない……。



 目の前の目的が達成されて、ねぐらにこもって考える時間も多くなって。

 考えながらうとうとしてると、夢を見て。
 ドーラちゃんと一緒で、明るくてあったかいおうちで、パパさんとサンチョさんもいて、おいしいごはんを食べてお風呂に入って。
 柔らかいベッドでドーラちゃんと一緒に眠って、とっても幸せな気分になって。

 だけど目を覚ますと暗い穴蔵で、あたしはひとりぼっちで。

 ため息をついてねぐらを出ては、食べるための狩りをしたり、経験値をかせぐために戦ったり。
 ねぐらに戻ったらなんとなく字を書く練習をして、またうとうとして夢を見て。


 そんな毎日を繰り返してるうちに、目を覚ましてがっかりすることにも慣れてきて、段々と感覚が麻痺していった。

 あんな幸せな毎日は、本当はなかったのかもしれない。
 前世の記憶みたいに、本当のことなのかわからない、あたしがあったと思ってるだけのことかもしれない。

 期待してしまうから、つらいけど。
 目を逸らしていれば、つらいことにも気づかないから。


 はっきり意識してたわけじゃないけど、頭のどこかでそんな風に考えて、また見ないふりをして。

 あたしはまた少しずつ、野生に馴染んでいった。



 そんな風に過ぎていった、十年目の春。

 洞窟の前の木にまた花が咲いて、あたしはまた傷をつける。
 傷が、これで十本。

 九年経って十年目だから、あと一年弱。

 錆び付いた感情はほとんど動かなくても頭でそう考えるあたしは、ほとんどキラーパンサーと言ってもいいくらいに大きくなっていた。

 だけど自分では動いてないつもりでも、やっぱり本当は動いてたのかもしれない。
 ただ、見ないふりをしてただけで。

 本当に動いてなかったら、あんな気まぐれみたいなことはしなかったように思うから。



 もう、ほとんどキラーパンサーなんだから。
 あと一年しかないのに今さら目立つのもよくないし、今日は少し遠出をしてみよう。
 この近くの魔物だけじゃ、もうあまりレベルも上がりそうにないし。

 そう考えたあたしは、今まで越えたことのなかったルラフェンの先、さらに西に進んで、あたしの経験値になる魔物を探していた。


 そこで初めて、キラーパンサーに会った。
 キラーパンサーのお母さんとかまだ子供のベビーパンサーとか、あたし自身を除いて初めての。


『……』

 なんて言ったらいいんだろう。
 あたしは経験値をかせぎにきたんだから、黙って倒せばいいのかな?
 だけど人間と、ドーラちゃんと一緒にいるわけでもないのに同族殺しって、それはやっぱりよくないのかな。
 ベビーパンサーも、殺したことはないし。
 あっちの場合は弱すぎるし、子供だからっていうのもあるけど。

 とりあえず相手の反応を待って、襲われるようなら倒そう、そうしよう。と決めたあたしの前で、キラーパンサーが呟きます。

『……かわいい』
『……え?』

 ……可愛い、って、言われたような気がするんだけど。
 まさかね、そんなね、キラーパンサーがね。
 あたしみたいな、元人間ならともかく。

 嫌な予感を振り払おうとするあたしにキラーパンサーが一歩近付いてきて、思わず一歩下がります。

『……かわいい。つよい。おんな』
『……』

 距離を詰めようとさらに歩み寄ってくるキラーパンサーから、同じだけ離れて距離を保つあたし。

『……おれの、子。……産め!』
『……近寄らないで!!』

 目をギラギラさせて誤魔化しようのない言葉を吐いたキラーパンサーを、咄嗟に身構えて威嚇します。

 ……なにこれ、なにこれ!
 確かにあたしは今は、キラーパンサーだけど!
 恋愛対象にするなら、たぶんキラーパンサーになるんだろうと思うけど!

 でも、男なら誰でもいいってわけじゃないんだから!
 こんな、こんな下品で、頭悪そうなの!
 いきなり産めとか、言っちゃうようなの!!
 ケモノなら普通のことかもしれないけど、でも絶対!!無理!!

 あたしが全身から拒絶と嫌悪感と殺気を発するのにキラーパンサーは一瞬怯んだけど、すぐに持ち直してまた近付いてきます。

『かわいい、つよい、おんな。……ぜったい、産ませる!!』
『……!!』

 全身を悪寒が駆け抜けて、あたしは決めました。

 よし、殺そう。



 九年間さんざんレベルを上げてきたあたしに、そこらのただのキラーパンサーが勝てるわけもなくて。
 止めを刺す前にヤツは尻尾を巻いて逃げ出して、あたしはひとまず同族殺しを免れました。

 ……妙な仏心を出さないで、きちんと殺しておけばよかったかな……。
 普通のキラーパンサーのメスから見て、あれはどうなんだろう。
 キラーパンサーのお母さんって、どんな感じだったかな……。

 ……ともかく、元人間のあたしが、あんまりキラーパンサーの社会に介入するのもよくないよね。
 襲われるたびに殺してたら、オスだけ減って生態系が崩れそうだし。
 だからって黙って襲われるなんて冗談じゃないし、また襲われるのも絶対に嫌だし、もうここにくるのはやめよう。
 ドーラちゃんに会うまでは。



 新天地の開拓に失敗したあたしは、すごすごと東に戻って、また地道に経験値をかせいで。

 きっかけは不本意ながらも蘇った感情を、蘇ったぶんだけ辛さとも向き合いながらも、なんとか麻痺させずに保った状態でまた一年が過ぎて、十年後の春を迎えました。



 ……もうすぐだ。
 もうあと少しで、ドーラちゃんがここにくる。

 そろそろ、村にいったほうがいいかな。
 時期はよくわからないけど、ドーラちゃんが通り過ぎたあとじゃ意味がないんだから。
 迷惑になりすぎないように、少しだけ野菜をもらって。
 被害は少なくても姿を見せるようにすれば、怖がって退治しようとしてくれるかな。


 タイミングがずれてしまわないか、忘れられてしまってないか、他にも予定外のなにかが起こらないか、もうすぐだと思って期待が高まるぶんだけ、不安も大きくなったけど。

 だけど、心配したって結果は変わらないんだから。
 十分に考えてやることをやったら、あとはドーラちゃんを信じて待っていよう。


 ドーラちゃん、あたし待ってるから!
 だから、きっと迎えにきてね! 
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