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BLUES OF IT

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第一章


第一章

                          BLUES OF IT
 これで今日の仕事は終わりだ。いや、今週だった。どうも曜日について最近忘れっぽくなった。
 油と汗にまみれた作業着を脱いでロッカーに押し込んで。ここぞとばかりに決めてきた私服に着替えて俺は工場を出た。これで当分この工場ともお別れだ。
「また月曜な」
「ええ」
 工場長の親父に挨拶をする。何か親父も随分明るい様子だ。
「何かいいことあるんですか?」
「ガキにオモチャ買ってやるんだよ」
 親父は笑顔で俺に答えた。夕焼けにその薄くなった髪の毛とタバコのヤニの色がこびりついた顔が見える。何か顔に油や汚れが見えるのは俺の気のせいだった。
「オモチャですか」
「ああ、頼まれてたんだ」
 嬉しそうに俺に言う。俺達は駐車場に向かって歩きながら話をしている。大きなタイヤ工場なので駐車場も立派だ。俺は工場の油臭い匂いとこの駐車場がどういうわけか大好きだった。
「買って買ってってな。それで」
「で、何を買うんですか?」
「人形だよ」
 笑顔で俺に教えてくれた。
「リカちゃんかバービーちゃんか。それをな」
「ああ、下の子でしたっけ」
 この親父には子供が二人いる。上が男の子で下が女の子だ。下の子はまだ小さくて可愛い盛りだ。親父は随分子煩悩でいつも自分の子供の話ばかりしている。
「確か」
「そうさ、その子に買ってやるんだ」
 俺の問いにまた笑顔で答えてきた。
「プレゼントってやつさ」
「プレゼントですか」
「御前もどうだ?」
 ここで話を俺に振ってきた。俺はそれに顔を向けて言った。
「俺にですか」
「ああ、今日も行くんだよな」
「ええ、まあ」
 俺は答えた。俺みたいな独り者が休日に行く場所は大体決まっている。飲むかそれか女かあるいは両方ある場所か。そういうところしかない。
「そのつもりですけれど」
「で、また遊ぶのか」
 言われることはわかっていた。週末じゃ毎度のことだ。
「誰かと」
「それもいつも通りですよ」
 俺は笑みを作って答えた。心の中じゃそれが楽しみだがそれ以上に何か自分を笑う感じもした。どうにも微妙な気持ちがしたがそれも言わない。
「いつも通りで」
「早く身を固めろ」
 これもいつも言われる。
「結婚したらそんなこともしなくなるぞ」
「その相手を見つける為にも今日も」
「見つかるわけないだろが」
 こう言われるのもやっぱりいつものことだ。わかっているけれど言った。
「あんな場所で。見合いでもするか?」
「それはまた今度」
 そう言って逃げた。
「御願いします」
「そうか。じゃあ今週はあれだな」
「はい、行って来ます」
 丁度自分の車の前に来ていた。扉のところに行って鍵を開けた。
「今から」
「飲み過ぎには注意しろよ」
 お約束の注意を受けた。
「あと飲酒運転にもな」
「わかってますよ。それやったら終わりですからね」
「そうだ、それだけは注意しろ」
「ええ、わかってます」
 今度ばかりは真面目に返事した。流石の俺もそれだけはするつもりがなかった。遊ぶのは好きだがそれで人生を潰したら何にもならない。それだけはわかっていた。
「それじゃあ。また月曜」
「ああ、またな」
 こうして俺は金を溜めてやっと買った外車で夜の街に出た。車はいつもの駐車場に置いてそれから繁華街に入る。行くのはショットバーだった。
 そこに入るとまずはカウンターに座る。店の中は薄暗い灯りであまり周りが見えない。その中に派手な服や化粧の女があちこちに見える。それを見ているだけで俺は楽しくなる。この雰囲気が好きだ。飲むのもいいがこうした女達もいい。
 カウンターに座る。そうしてまずは。
「バーボンだ」
「バーボンかい」
「ああ、それもストレートでな」
 俺は笑ってマスターに言った。このマスターとはもう馴染みだ。だから気楽に声をかけることができた。向こうも俺に気さくに声を返してきた。
「頼むぜ」
「今日は一杯かい?」
 マスターは笑いながら俺に声をかけてきた。
「どうするんだい?」
「そうだな。何か疲れてるしな」
 疲れている時はどうするか。俺の場合はこうだった。
「一本くれ」
「いいねえ、それが」
「飲んで回復するのさ」
 俺は格好つけて笑ってマスターに答えた。まだ若いからできる、よく言われるが若いなら若いで思いきりやってみたかった。飲むのも。
「だからだよ」
「そうかい。じゃあサービスしとくよ」
「ああ、悪いな」
 ボトルごとそのバーボンを受け取った。そうしてストレートでどんどん飲んでいきあっという間に一本空けた。酒の強さには自信がある。
「これでいいさ」
「相変わらずいい飲みっぷりだね」
 俺が飲むのを見ていたマスターが楽しそうに声をかけてきた。
「相変わらず」
「エネルギーの補給さ」
 俺はその格好つけた笑みのまままた答えた。
「これもな」
「で、エネルギーを補給したらどうするんだい?」
「わかってるんだろ」
 そうマスターに答えた。
「飲んだ後は」
「いい飲みっぷりね」
 ここで向こうから声をかけてきた。髪を茶色に染めてやけに長く伸ばした派手な女だった。ドレスか何かわからないが随分目立つ長いスカートを履いている。それと黒いブーツが目立つ。胸をやけに強調した上のところもやけに目について仕方がなかった。
 
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