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20部分:第二十章


第二十章

「そうですかね。俺なりに」
「だったらいいがな。それはそうと」
「ええ」
 ここで話が移る。その墓地が見えてきたのである。
「ここだが」
「ええ。リンデンハイム家のですよね」
「多分探すのは簡単だな」
 役は墓の方を見てこう述べた。
「おそらくはな」
「簡単ですかね」
「見ればわかる」
 そう答えて本郷にも墓を見るように言ってきた。
「墓をですか」
「一つ一つな。ここからでもある程度わかると思うがな」
「ある程度ですか」
「どうだ?」
 本郷もまた墓を見たのを確認してから彼に問うた。
「わかったと思うが」
「そうですね」
 本郷は目を細めて墓地を見ていた。そのうえで役に答えてきた。
「見たところ。かなり差がありますね」
「そうだ」
 役が言いたいのはそこであったのだ。本郷もそれをわかったのである。
「墓石の質にも造りにも随分差がありますね」
「欧州だからな」
 役の答えはこうであった。
「墓石一つにも階級が出る」
「そういうことですね。まあ日本でも墓石にはある程度の差がありますけれどね」
 これは日本にもある話である。だがドイツは完全な階級社会であったのでその差も日本より遥かに大きなものとなっているのである。二人はそれに気付いたのである。
「造りは大体同じですよね」
「そういうことだ。それにだ」
 役はさらに言った。
「見ればいい。その墓石のある場所だ」
「ええ」
 今度は話がそこに向かっていた。二人は墓地の入り口まで来ていた。墓地は墓石の他は緑の草原があるだけであった。石の前に時々花が捧げられている。その他には特に何の変わりもない。雰囲気自体は日本のそれと変わっていないように見えた。
「庶民のものは先にあるな」
「そうですね」
 これはもう墓石の質や造りで既にわかっていた。先の話の通りである。
「それじゃあ所謂貴族の墓は」
「後ろの方だ」
 見れば立派な墓は後ろにある。そういうことであった。
「あの中でとりわけ立派な墓だろうな」
「そうでしょうね」
 本郷はまた役の言葉に答えた。見ればその立派な墓の数は少ない。後は石に書かれた文字を見ればすぐにわかることであった。
「多分。あれですよ」
「そうだな。あれだな」
 二人は頷き合う。その中でとりわけ立派な墓にドイツ語でリンデンバウムと書かれていた。間違いがなかった。
「ここに秘密がありそうですね」
「そうだな。見てみるのだ」
 役は本郷に墓石を指差して告げた。そこにあるのは。
「名前ですね」
「そうだ。あるな」
「ええ、確かに」
 見ればそこにはエルザの名前があった。間違いなかった。
「あるな。しかしだ」
「しかし?」
「調べてみる必要がある」
 そう言うと懐から何かを出してきた。それは一枚の黄色い紙の札であった。
「土の中を調べるんですね」
「そうだ。おそらく謎はそこにある」
 役は答えた。
「この中にな」
「ですね」
 本郷にも役がこれから何をしようとしているのかわかった。だからこそ頷くことができたのであった。
「それで。あると思いますか?」
「君はどう思うか」
 役は本郷の今の問いには直接答えずに逆に問い返すのであった。
「あると思うか」
「役さんと同じですね」
 それに対する本郷の返事はこうであった。
「多分ですけれどね」
「そうか」
「ええ。あくまで多分ですけれど」
 下を見下ろしながら答える。その謎がある下を。
「そうか。なら余計に調べてみる必要があるな」
「はい」
 本郷はまた頷いてみせてきた。
「それじゃあその札で」
「そうだ。さて」
 札を一振りさせるとそれが黄色い小鬼になった。小鬼はそのまま地の上に降り立つと中に沈んで行った。役はそれを見ながら言うのであった。
「どうやら中には」
「ありました?」
「いや」
 本郷の言葉に首を横に振る。今彼は自分の目からものを言っているのではなかった。他のものから見ているものを語っているのであった。
「ないな」
「そうですか。やっぱりそうなりましたか」
「うん。予想通りだが」
「若い女性の骸はなしということで」
「少なくともこのリンデンバウム家の墓にはなかった」
 答えはこうであった。
「そういうことだ。では行くか」
「そうですね。何もないとなると」
 本郷も頷く。それがわかったのは大きかった。二人はそれを確認してから墓地を後にした。その途中に立ち寄った公園のベンチに並んで座りながらまた話をするのであった。
「何かこれで話がかなり限られてきましたね」
「そうだな」
 役は本郷の言葉に答えた。
「それもかなりな」
「亡骸がないんですからね」
 欧州は土葬が主である。だから墓の下には亡骸があるのが普通なのだ。しかしそれがないということは明らかにおかしなことであったのだ。そういうことであった。
「ということは」
「しかし死んでいるのは間違いないな」
「ええ」
 そのうえでこのことが語られる。墓石には彼女の名前がはっきりと書かれていたのだ。しかもあのレストランでのおかみの言葉だ。話は矛盾していると言える流れにもなっていた。普通ならば。
「どういうことだと思うか」
「けれどエルザさんはおられました」
 本郷は言う。正面を見たまま。その先にはのどかな緑の森があったが今彼はそれを見てはいなかった。他のものを見ていたのである。
「あの城に」
「そうだ。しかし」
 ここで役はもう一つの証拠を出してきた。
「式神には何の反応もなかった」
「生者の反応がですよね」
「そう。何の反応もな」
 城に入る前に飛ばしていた式神のことである。このことも語られるのであった。
「ありはしなかった。生きている者ならばある筈の」
「エルザさんは何の表情の変化もありませんでしたしね」
「うん」
 このことも話される。
「まるで人形のようにな」
「じゃあやっぱりあれですかね」
 本郷はここで一つの結論を出すのであった。
「エルザさんは。機械ですかね」
「機械か」
 役はその言葉に目を光らせた。彼は少し蹲って彼の言葉を聞いていたのである。
「そうかもな。だが」
「息はされていますね」
「そうだ」
 それは否定された。エルザは間違いなく息をしていた。二人はそれもはっきりと見ていた。だからこそ機械であるというのは否定できたのだ。
「間違いなくな」
「肌も髪も。人のものですし」
「色もある」 
 蒼白ではあってもそれは生者のものであった。これも間違いのないことであった。
「つまりだ。間違いなく生きているのだ」
「そうですね、確実に」
「では。何だ」
 ここまで話したうえで役は言う。
「彼女は。一体何なのだ」
「生きてはいますよね」
「しかし生気がない」
 矛盾しているものが同時に存在していた。エルザという美女に。
 
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