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19部分:第十九章


第十九章

「あんた達日本人にしては随分大きいね」
「そうですかね」
「こっちの人間とも全然変わらないね」
 こうまで言う。確かに二人はかなりの長身だ。そのうえ筋肉質でもある。とりわけ本郷のそれはかなり逞しく見事な程である。
「大きいものだよ」
「それはよく言われますね」
 本郷がデザートを食べながら応える。
「日本でも」
「そうだろうね。まあ食べてくれるのには越したことはないよ」
 それはおかみにとってはいいことであった。
「美味しかったのかね」
「ええ、それもかなり」
 本郷はにこやかな顔になる。それが嘘を言っていないことを教えていた。
「最初から最後まで」
「いいねえ、その言葉」
 厨房から親父も言ってきた。
「こっちも作ったかいがあったよ」
「そうですか」
「ああ。その一言がいいんだよ」
 こうも言葉が返ってきた。
「作る方としてはね」
「そこんところはドイツでも変わらないよ」
 おかみもそれは同じであった。
「何かドイツは結構食べ物が悪いって言われているけれどね」
「それは偏見ですね」
 役がすぐにそれを否定する。彼は最後のワインを飲んでいた。
「何処の誰の偏見かはわかりませんが」
「日本ではドイツ料理は人気があるのかね」
「あるって言えばありますね」
 本郷は少し考えてから述べた。視線を上にあった。
「まああれですよ」
「どうせフランスやイタリアの方が人気があるんだろうね」
「まあそれはそうですが」
 それは否定できなかった。やはりこの二国は強い。とりわけイタリアのあのパスタの魔力はかなりのものだ。二人もパスタが好きだからわかるのである。
「それでも人気はありますよ」
「だといいけれどね。ここで本当はサービスしたいところだけれど」
「はい」
「そこまで食べたら流石に無理だね」
 デザートまで食べ終えているがそこまでの量がかなりのものだった。おかみはそれを見て二人に対して問うたのである。
「だから少しまけておいてあげるよ」
「有り難うございます」
 二人はおかみのにこやかな笑みと共の言葉に礼を述べるのであった。
「それじゃあ。ドイツの旅を楽しんでおくれよ」
「ええ、それはもう」
「ここもそれなりにいいところだしね」
 少なくとも風景は悪くはなかった。ドイツを象徴すると言っていい森の美しさがとりわけ際立っている。二人もそれを見て目を和ませていたのである。
「それがあたしの望みだよ。あとは」
「ドイツ料理を堪能してくれってことだね」
「そうだよ。盛大に太って日本に帰っておくれよ」
「わしみたいにな」
 本郷に応えて親父も出て来た。彼はドイツ人らしく丸々と太っていてしかも頭が見事に禿げているのであった。何故か本郷はその禿頭にもドイツを見たのであった。
 店を出てから二人はそのリンデンバウム家の墓地に向かうのであった。その途中で本郷はリンデンバウム家とは関係ない話を役に対してしてきた。
「ところでですね」
「何だ?」
「ドイツに来て思っていたことですけれど」
 そのうえ店また思ったことである。それを役に話すのであった。
「ドイツ人ってあれですよね」
「あれではわからないが」
「いえ、何か太った人が多くて」
 まずはこれであった。
「それで頭が禿げた人が多いような」
「それは気のせいではないな」 
 役の返事はドイツ人にとってはあまりに惨いものであった。
「君の見た通りだ」
「やっぱりそうですか」
「しかもだ」
 役の容赦のない言葉は続く。
「痛風も多い」
「痛風ですか」
「これはどうしてかわかるな」
「痛風ですよね」
 ここに大きなヒントがあった。これ以上はないヒントが。
「ビールですか」
「そうだ、それだ」
 やはり答えはそこであった。ビールは痛風にかなり悪い。実際のところワインの方が身体にいいのである。だがそれでもビールはかなり美味いのであるが。
「そのせいでな。痛風も多い」
「あとあれですかね」
 本郷はビールの話を聞いてまた考えるのであった。歩きながら。周りには今も緑の森が生い茂っているのが遠くに見える。近くにはのどかな田園がある。ドイツののどかな田舎の風景である。
「ソーセージとかバターとか」
「肉料理が多いとな。やはり危ない」
「俺の好きな組み合わせなんですけれどね」
 本郷はここで自分の好みを述べてきた。
「ビールとソーセージやバターをたっぷり塗ったジャガイモとかチーズ使った料理とか」
「あれはいいものだ」
 役の好物でもあるようだ。
「けれどそれがいつもだとやっぱり駄目なんですか」
「特にビールだ」 
 やはりこれであった。
「いつもいつも飲んでいるとやはり身体に悪い」
「ですよね」
「ルターがいたな」
 プロテスタントの創始者である。非常に戦闘的な宗教観と人生を送った人物であるとされている。
「彼も痛風持ちだった」
「やっぱりビールですかね」
「彼は何時間もビールの害毒を講義した」
「じゃあ違うんですね」
「ところがだ」
 しかしここで役は言うのであった。ルターの意外な一面を。
「彼はその講義の後でビールを美味そうに何杯もゴクゴクと飲んだそうだ」
「そりゃ駄目じゃないですか」
 本郷はそれを聞いて思わず呆れてしまった。
「だからですね。痛風になったのは」
「そうだ。他にも彼と対立したカール一世や」
 神聖ローマ帝国皇帝でありスペイン国王でもあった。ハプスブルク家の者である。
「他にも三十年戦争の名将ワレンシュタインも痛風持ちだった」
「有名人にも痛風が多いんですね」
「そして今だ」
 当然今もドイツ人達はビールを愛している。これは言うまでもないことだ。
「今も痛風で悩んでいるドイツ人は多い」
「まあ最近は日本人もですけれどね」
「ビールがやはり問題になる」
 これが大きいのだ。そうした意味でやはりビールは問題があるのである。もっとも害毒に満ちているからといってそれを止められるものではないのだが。
「肉や卵、乳製品の食べ過ぎも問題だがな」
「コリステロールとか乳酸ですよね」
 話が核心に迫る。完全に成人病の話であった。
「特に内臓が」
「ドイツ料理は内臓も食べるな」
「ええ」
 さらに悪いと言えた。話が成人病にとってはさらに悪くなっていっていた。
「尚更だ。ドイツ料理を食べるにあたっては野菜も多く採らないと危ない」
「だからこそのザワークラフトですか」
 そもそもドイツは寒冷地であり保存の為に考え出された食べ方なのだ。この食べ方ではビタミンが壊れず栄養がそのまま保たれるのである。
「成程」
「肉ばかり、ビールだけではやはり身体に悪い」
「そうですね。偏食は何でもよくないです」
「そういうことだ。とりわけ酒は」
「ええ」
 話が酒にも至っていた。
「そういうことですね。俺も気をつけます」
「今まで気をつけていたのか?」
 これはかなり嫌味めいた言葉になっていた。本郷はとにかく何でも食べる男なのでビールにしろソーセージにしろ最も問題のある内蔵にしろ動物的に食べている。役もそれを知っているのである。
「まあ一応は」
「そうは見えないのだがな」
 役はそれに対して疑問的な顔を見せて言うのだった。
 
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