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吸血花

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第十一章


第十一章

 屋上での闘いの後本郷と役は捜査を続けると共に赤煉瓦について調べた。それは主に図書室に置かれている資料や兵学校の歴史に詳しい広報官の人に聞く等して行なわれた。
「こうして調べてみるとつくづく歴史のある建物ですね」
「ああ。ここであの帝国海軍の提督達もその青春時代を過ごしていたしね」
 二人は中庭を歩き回りながら話していた。
 「あと上下関係がかなり厳しかったようですね」
それは有名だよ。一号生徒と四号生徒じゃ石ころと神様程地位が違っていたというし」
 役が中庭に転がっている一つの小さな石を見ながら言った。
「それはちょっとオーバーでしょう」
「オーバーじゃないよ。昔はそんなものさ。あの武専もそうだったし」
 武専、その正式名称は武道専門学校という。日本全国から柔剣道、そして薙刀の達人を選りすぐって集めた学校であり少数精鋭を旨とした武芸者の養成機関とも言える学校であった。その門は帝国大学など比べ物にならずこの学校に落ちた者の受け皿としてあの国士舘大学が設立された程である。今だにその名が伝えられている伝説的な学校である。
「武専ですか。あそこはまた極端な例でしょう」
「それより極端な例がここだよ。本郷君、それにしてもその事を知らなかったのかい?」
 役がそう言って本郷の顔を見た。少し意外そうな顔である。
「いえ、知っていましたよ。ただあの武専より凄いとは」
 彼は剣術を学んでいる為武専の事にも詳しい。なお他の武道の事にも詳しいのである。
「有名なのが鉄拳制裁かな。歯を食いしばれっ、というあれ」
「あっ、それは映画でも見ました」
「兵学校といえばその鉄拳制裁。入学したらいきなり始まったらしいからね」
「何か体育会系ですね」
「そう、体育会系の基の一つだったからね、ここは。その他にも色々と厳しかったんだよ」
「それは本で読んだ事があります。『赤煉瓦の監獄』って呼ばれていたんでしょう」
「何だ、詳しいじゃないか」
 役は少し呆れた顔で言った。
「ある程度は知っているつもりでしたけれどね。ただそこまで物凄いとは」
「けれどあまり辞める人はいなかったらしいよ」
「何でですか?」
「意地があるからね。折角入ったっていう。何せ東京帝国大学に入るより難しかったそうだから」
「そうらしいですね。じゃあ武専とどっこいどっこいというところですか?」
「だから何でいつも武専を出すのかな。まあ確かに難関だったけれどね」
 役はそこまで言うとふと顔を暗くした。
「確かに辞める人は少なかったけれどね」
「・・・・・・何かありそうですね」
 本郷は彼のその顔から何かを察した。
「うん。自殺者は結構いたらしい」
「自殺者、ですか」
 かっての軍は組織に人を合わせるという方針であった。これはどの組織でも大なり小なりそうであり責められる謂れは無い。組織とはそういった一面を持つ事は事実である。だから組織によっては合わない人もいる。ただ軍隊というものはそれが他の組織よりも強いのである。
 だからこそ合わない人物も多い。体育会系のノリについていけない人や厳格な規律に馴染めない人、暴力に耐えられない人。特に暴力に耐えられない人にとってはつらいものであろう。今だに暴力教師などという社会にとって悪性腫瘍でしかない輩が多々いる嘆かわしい現状であるがこの時代こうした暴力は常識であった。暴力教師とは似て非なるものではない。彼等はこの時代の常識に従って拳を振るっていたのであって暴力教師の様に自らの感情や嗜虐性を抑えられずに無意味な暴力に走る輩共とは根本から異なるのである。
 だがその暴力に耐えられない人というものは何処にでもいる。何時の時代にでも。こうした人達にとってそれは耐え難い苦しみであり何時それが振るわれるか怯える日々が続く。
 これに耐えられるうちはいい。だが耐えられなくなった場合事態は悲劇となりかねない。
「・・・・・・まあ何時の時代にでもある事ですけれどね」
「ああ。悲しい事にね」
 役は目を閉じ静かに頷きながら言った。
「そうした歴史もここにはあるんですね」
「そういう事になるね。この建物は伝統と共にそうした陰の歴史も併せ持っているんだ」
 役はその言葉で説明を締めくくった。
「ただここまで聞いて一つ気になる事があるんですけれど」
「何だい?」
「あの吸血鬼は女ですよね。ここはつい最近まで男ばかりのところだったんじゃないですか」
「そう、問題はそこだ」
 役が指をビシッと振りながら言った。指が一振りしたところで止まる。
「出て来るのが死霊だったら話は解かるんだ。実際この学校はそういった話が多いようだしね」
「軍の施設には付き物ですね」
「まあね。特にここは世界有数の心霊スポットでもあるし」
 あまり知られていないが事実である。
「しかし女の霊、ですか?何か違うと思いますけれど」 
「そうなんだ。私も考えているんだが妙に引っ掛かる」
 役は首を傾げた。
「大体蔦や棘、花びらを使うところを見ると花の怪だが違うようなことを言っているし。赤煉瓦というのなら死霊か何かだろうがやはりそれでもなさそうだ」
「この学校に詳しい人に聞いてみますか?」
「そうだな、それがいい」
 こうしてこの学校の事に詳しい人物に話を聞く事になった。教官の一人斉藤准尉という人である。
 
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