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吸血花

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第十章


第十章

「成程、それが貴様の武器か」
 縮み元の爪に戻っていくその蔦を見ながら言った。
「その通り。けれどこの蔦はこれだけじゃないのよ」
「ほお、まだ使い道があるのか。便利な蔦だな」
「どういたしまして。それはそうと何に使うか知りたいでしょ?」
「勿論」
 本郷は懐から新しい短刀を取り出しながら言った。まだストックはある。
「こう使うのよ」
 そう言うと右手を前に伸ばした。爪が再び蔦に変化した。
 その蔦が本郷の喉下に襲い掛かる。本郷はそれを刀で咄嗟に打ち払った。
「首を・・・・・・そうか」
 その攻撃で本郷はこの蔦が何の為に使われるのか悟った。
「その通りよ。私はここから血を吸うのよ」
 女怪はニイィ、と笑った。その唇が血の様にぬめった。
「勿論口から吸う事も出来るけれどね。けどね、指から吸うのが一番美味しいの」
「だろうな。植物は根から養分を吸うからな」
 本郷は場所を移動した。出来る限り攻撃し易い場所を探している。
「そうよ。これでここの子達の血を頂いたの。とても美味しかったわ」
 蔦を爪に直しながら言った。
「成程ね、じゃあ今までさぞかしたっぷりと頂いたことだろう」
「いえ、まだよ。まだ満腹にはなっていないわ。私のこの美しい身体をより美しくする為にはもっと血が必要よ」
「ふん、何処ぞの伯爵夫人みたいな事を言いやがる。結局人も化け物も血に狂った奴は考える事が同じってことか」
 かってハンガリーにはエリザベート=バートリーという女がいた。彼女は自分の美しさを保つ為多くの若い娘を鉄の処女と呼ばれる機械で惨殺し、その搾り取った血で風呂に入り恍惚としていたという。今でも欧州の暗黒の歴史にその名を残す呪われた魔性の女である。
「今度は貴方の血を頂いてあげるわ」
 そう言うと腕を本郷に向けてきた。爪が蔦に変わり襲い掛かる。
「生憎俺の血は吸わせるわけにはいかなくてね」
 跳躍でそれをかわす。そして着地してすぐに構えを取った。
「もっともこれ以上他の誰の血も吸わせるつもりは無いが。諦めて魔界にでも帰ったらどうだ」
「折角だけれどお断りするわ。だってまだまだ満腹になっていないんですもの」
 そして再び蔦を伸ばす。本郷はそれを冷静に見ていた。
「見切った!」
 蔦が本郷の身体をすり抜けた。そして逆に短刀が女怪を襲う。
「うっ!?」
 女怪はそれをぎりぎりのところでかわした。蔦を慌てて引き戻す。
「どういう事!?身体をすり抜けるなんて」
「ふん、見切りというものを知らないらしいな」
 本郷は自信に満ちた顔で笑った。
 見切りとは武道の極意の一つである。相手の攻撃の動きや早さを完全に掴みそれを至近で最少の動きでかわすのである。武道の達人のみが為し得る技である。
「見切り・・・・・・。よくは解からないけれど要するに私の攻撃を読んでいるということね」
「まあそういう事だ。もう貴様の蔦は通用しないぞ」
「それはどうかしら」
 それに対して女怪は笑った。
「強がりか。プライドの高い吸血鬼らしいな」
「強がり?違うわね」
 女怪は言い返した。
「知っているのよ。貴方の確実な死を」
「それは七十年後か、八十年後の話か?少なくとも今の話じゃないな」
「いえ、今よ」
 女怪の腕が上がった。すると床から棘が出て来た。
「ムッ!?」
 それは地走りの要領で本郷に向かって来る。本郷はそれを横に見切ってかわした。
「甘いわね」
 そこへ蔦が来た。本郷の右肩をかすった。
「失敗したわね。その首に突き立てて吸ってやろうと思ったのに」
「お生憎様・・・・・・」
 軽口を叩くがその顔は笑っていない。頬を冷や汗が伝う。
「けれど今度は外さないわ。覚悟するのね」
 女怪は笑った。勝利を確信した笑みだった。
「それはどうも」
 表面上は軽口を叩く。だが内心はまだ冷や汗が流れている。
(まずいな、これは)
 一つだけなら何無くかわせる。だが複合攻撃となると厄介だ。
(見切りは駄目だな。跳ぶしかないか)
 棘が来た。それが地走りしてこちらに来る。
「はっ!」
 本郷は跳んだ。こうするしかなかった。
「やはり!」
 女怪の爪が伸びた。だが本郷はそれを刀で打ち払った。
「何の!」
 だげそれで終わりではなかった。もう一撃来た。
「なっ!」
 それは左腕だった。刀には右の蔦を打ち払った衝撃がまだ残っている。こちらに戻すにはまだ間がある。
「かかったわね」
 それを見て女怪は笑った。蔦はそのまま一直線に本郷の首筋へ向けて伸びていく。
(終わりか・・・・・・!)
 さしもの本郷も観念した。その時だった。
 何かが左の蔦を撃った。その衝撃により蔦は大きく弾き飛ばされた。
「誰っ!?」
 咄嗟に辺りを見回す。危機を脱した本郷は両足を屈めて着地した。
「だらしがないな、本郷君」
 本郷から見て右手、女怪から見て左手から声がした。二人はそちらへ顔を向けた。
「遅いですよ、全く」
 本郷がその声の主に対し微笑みながら言った。
「申し訳ない、手こずったものでね」
 声の主もそれに対し微笑みをもって返した。コートを着た男がそこにいた。手には拳銃を持っている。昼にフェリーで江田島に来たあの男だ。月の黄金色の柔らかな光を背に立っている。
 この男の名は役 清明(えんのきよあき)という。本郷と一緒に京都で探偵を営んでいる。言わば彼の相棒である。
「吸血鬼と聞いていたが意外だな。アンデッドではなく植物の変化とは」
 役は銃を構えながらその女怪と対峙した。
「だがそうだからといって対応が変わるわけじゃない。遠慮なくこの銀の銃弾を受けてもらうぞ」
 照準を女怪の胸に合わせる。
「あら、私が植物の変化ですって?」
 役の言葉に対し皮肉混じりに言った。
「他にどう見ろというんだよ、花から変化してるっていうのに」
 本郷が言い返した。
「所詮その程度の知識しか無いの。とんだヘボ探偵ね」
「生憎今まで失敗した仕事は無いけれどな」
 本郷は更に言い返した。
「それは今までの相手が大した事なかったからでしょうね。今の仕事で失敗してあの世に旅立つことになるわ」
「それはどうも」
 女怪の言葉に今度は役が返した。
「しかしその蔦でどうして植物の魔物でないと言えるのだ?」
 役が照準をその頭部に当て直しながら問うた。
「それはあの赤煉瓦を見る事ね」
「赤煉瓦?」
 その言葉に二人は眉を上げた。
「そう、あの赤煉瓦をよく調べてみることね。そうすれば私が何なのか解かるかも知れないわよ」
 女怪はそう言うと左手を肩の高さで掲げた。
「今日のところはこれでさようなら。次に会う時までその血と命、預けておくわ」
「むっ、待て!」
 二人が叫び攻撃を仕掛ける。だがそれより前に女怪の身体を赤い無数の花びらが包んだ。
 花びらは吹雪となり彼女の身体を包んだ。そして彼女はその中に姿を消した。
「消えたか」 
 花びらが全て地に落ちた時女怪の姿は無かった。その花もまるで幻影の様に消えていった。
「今日のところは仕留め損ないましたね。次に会った時にしますか」
「ああ。しかし気になる事を言っていたな」
 役は考える顔をした。
「ええ、赤煉瓦がどうとか」
 本郷も眉を顰めた。
「どういう事だ。あの建物に何か秘密があるとでもいうのか」
 二人はふと左手を見た。そこには闇夜の中月の光に照らし出される古い欧風の建物があった。
 
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