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夜の影

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第二十章


第二十章

「このワインですが」
「ワインですか」
「今我々が飲んでいる」
「そう、そのワインです」
 話は最後にワインに及ぶのだった。
「飲みやすいでしょうか」
「ええ、とても」
「これはかなり」
 二人はそのワインをここでも飲みながら警視正の今の言葉に頷くのだった。
「それにしても何処かで飲んだような」
「懐かしいような味ですね」
「それは当然です」
 そして警視正は穏やかに笑って彼に述べるのだった。
「何故ならです。そのワインは」
「このワインは?」
「そしてチーズもソーセージも」
「むっ」 
 本郷はそこにまで話が及んで顔色を少し変えたのだった。
「それにまでですか」
「実は。我が国のものではありません」
 これは本郷にとっても役にとっても意外な言葉だった。役もそのグラスの中のワインを見詰めて何かを考えるような顔になるのだった。
「このワインはですか」
「そしてフランスやドイツのものでもありません」
 この辺り両国に何かと迷惑を蒙ってきたこの国の歴史が見られた。ナポレオンに攻められヒトラーに攻められだったからだ。そもそも独立前にはスペインの下にあった。オランダの歴史もかなり複雑なのである。この辺りは西欧の経済の先進地域でもあり続けていたからだ。
「欧州のどの国のものでもありません」
「ではどの国のものですか?」
「お国のものです」
 そしてこう二人に言ってきたのだった。
「そちらのお国の」
「日本のですか」
 役はここでわかったのだった。本郷もだ。
「それがこのワインですか」
「そういえばそうですね」
 本郷はここでまた一口含んで確かめてから述べた。
「この味は。確かに」
「甲州ワインですね」
「はい、そうです」
 日本のどの国のワインかまで見抜いた役の言葉にすぐに頷いてきたのだった。
「その甲州ワインです。そしてチーズにしろソーセージにしろです」
「日本のものですか」
「何しろ。日本に留学していましたので」
 ここでまたにこりと微笑む警視正だった。そのうえでまた述べるのだった。
「その味にも親しみがありまして」
「そうでしたか」
「それでこのワインをでしょうか」
「それが一つの理由です。それにこれはおもてなしでもありまして」
「おもてなしでもですか」
「といいますと」
 また警視正に対して問う二人だった。話しているうちにワインは一本完全にあけていて二本めに入っていた。相変わらず見事な飲み方である。
「どういったものですか?」
「おもてなしの意味とは」
「オランダにあっても日本はある」
 日本好きの警視正らしい言葉であった。
「それを最後にお知りになって頂きたかったのです」
「そうですか。オランダにも日本はあるんですね」
「こうしたふうに」
「その通りです。それでは今度はです」
「はい」
「私が日本にお伺いしたいと思っていますので」
 にこやかに笑ってまた二人に話した。
「その時はまた。御願いします」
「ええ、その時は是非」
「日本を楽しみましょう」
 その日本のワインをオランダにおいて楽しみながら言葉を交えさせる三人だった。仕事は終わり日本に帰る前のほんの一時の楽しみの時だった。闘いを終えた彼等にとってこの時はかけがえのないものであった。それだけにその中での日本のワインは美味いものであった。


夜の影   完


                  2009・4・13
 
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