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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission10 ヘカトンベ
  (6) クランスピア社正面玄関~同社社長室

 
前書き
 さあ、羽ばたこう 一緒に――真昼の蝶 

 
 時同じくして。エル・メル・マータはクランスピア社の巨大な本社ビルの前に着いた。

 前にも何度か来たが、それはルドガーらオトナと一緒だったから平気だった。会社という、コドモには一種不可侵領域である場所を前に、エルは入ることを躊躇っていた。

「見つけた」
「ひにゃあ!?」

 肩を後ろからぽんと叩かれた。
 エルはバッと飛びのいてふり返る。肩を叩いた相手はユティだった。

「イタズラ大成功。ぶい」
「ダイセーコーじゃないよ! 本当にびっくりしたんだからぁ!」
「ゴメン。――ここに用事?」

 肯く。正確にはここの社長、ビズリー・カルシ・バクーに用がある。誰にも言えない「お願い」。だからエルは、不安を我慢して一人列車に乗って先にトリグラフに帰って来たのだ。

「じゃ、行こっか」
「うん……って何でユティついて来るの!?」
「いたら、ジャマ?」
「…じゃ、ジャマとかじゃなくて…そのぉ…」

 するとユティはふっと笑んでしゃがみ込み、エルの耳元にある言葉を囁いた。

「! なんで……」
「ワタシも同じことを社長さんにオネガイに来たから、だよ。さあ、行こう。二人一緒なら怖くない、でしょ?」

 ユティが差し出す掌に、エルはおっかなびっくり自分の手を置いた。ルドガーと同じくらい硬い、けれどルドガーよりずっと小さな掌は、エルの手をきゅっと包み込んだ。




「アポイントはなかったはずだが?」

 社長室に通されるなり、ビズリーはどこまで本気か分からない調子で告げた。

 エルがユティの後ろに僅か身を隠した。ユティにも気持ちは分かる。何度会ってもこの偉丈夫には慣れない。

(よく見ればちゃんと、とーさまと似てる。けど、オーラが半端じゃない。怖じるな、ワタシ。とーさまのお父さんで、ワタシのおじいちゃまなんだから。ワタシにも同じ血が流れてるんだから。ビクつく道理なんて、ない)

「ワタシたち、社長さんにどうしてもオネガイしたいことがあって、来た」
「『カナンの地』への入り方の件かね」

 入り方、と聞いてようやくエルも、おずおずながら前に出た。ルドガーの安否と目の前の恐怖では、ルドガーが圧倒的優位なのだろう。

「君の報告は届いている。ユースティア・レイシィ。いや、ユースティア・ジュノー・クルスニクと呼ぶべきか。――分史世界とは摩訶不思議なものだ。あのユリウスが子を授かるとは」
「授かってない。とーさまはワタシを『造った』の」
「――ユリウスの娘なら私とも家族のようなものだな。先に君たちの要求を聞こう」

 ユティはエルと見交わす。肯き合う。

「「ルドガーが消えないようにして」」

 エルだけは控えめに「……してください」と付け加えた。小さな従姉の可愛らしさに、ユティは密かに笑んだ。

「そのためにはお前たち二人のどちらか、あるいは両方の協力が必要だ。私の命令に従ってもらわねばならないが、できるか?」
「……ワタシには『橋』を架ける場面でやらなきゃいけないことがある。地上に残らなくちゃいけない。だから、エルだけならあげてもいい。条件付きになるけど」
「聞こう」
「一つ。『カナンの地』関係の騒動が終わっても、ルドガーをクランスピア社で継続雇用する。二つ。『カナンの地』に向かうまでの期間はエル・メル・マータの衣食住の一切を保障し、精神を脅かす待遇をしない。これらを約束してくれるなら、『鍵』としてのエルは社長さんの好きにしていい」

 ビズリーは考え込むようにあごひげを撫でる。

「ユリウスの名が条件にないようだがいいのかね。父親だろう」
「いい」

 即答した。一瞬で胸に渦巻いたあらゆるものを圧殺して。

「ルドガーを生かすのが、とーさまがワタシをココに送り込んだ最大の動機だから。その中にエルは含まれるけど、とーさま自身は含まれていない。ワタシはとーさまの言いつけ通りに行動する」
「20年近く経ってもあれは『優しい兄さん』を続けていたわけか。――いいだろう。取引成立だ」
「ありがとう、ございます」

 ユティはビズリーに深々と頭を下げた。

 繋いだ手の先、エルを見下ろす。
 不安と怯えでいっぱいで、でもやめるとは決して言わない年下の従姉。

 しゃがみ込み、エルを見上げる。翠の瞳がユティを映し、戸惑いに染まる。

「ワタシね、ちっちゃい頃、エル姉(・・・)に憧れてた」
「エルに?」
「ん。外見(ふく)だって中身(せいかく)だって、アナタみたいになりたくてこうしたんだよ。その憧れごと、ワタシは壊してしまったけど」
「……でも、ユティの『エル』はエルじゃないでしょ」
「うん。ワタシの世界の『エル』。この世界のエルとは違う人。でもね」

 ビズリーには聴こえないよう小声で、エルの耳元で囁く。

「いつだってエルは強くて凛々しかった。ルドガーが迎えに行くまでの間、エルならダイジョウブって信じちゃうくらい、アナタはすごかったんだよ」
「!!」

 エルがユティの首っ玉に飛びついた。ユティはエルを受け止めてぎゅーっとハグした。

「独りぼっち、コワイと思う。サビシイと思う。でもエルはガマンできる。だからルドガーもちゃんと迎えに行かせる。エルとルドガーの『約束』、どうでもいいなんて、絶対ないんだから」
「うん…!」

 エルが何度も大きく肯いた感触が、腕の中に伝わった。
 
 

 
後書き
 少女二人だけの小さな冒険と大きな別離。
 R4でルドガーがエルにきちんとした切符の買い方・電車の乗り方を教えてあげたのがこんな形で裏目に出ました。こういう地味な伏線が好きだったりします^m^(←書いてるの自分のクセに何を言う)
 アポイントも何も、「本社で説明する」ってゆーたのあーたでしょーがビズリーさん(^_^;)

 エルが「鍵」であることをひた隠してきたのはこういう意図だったりしました。自分の代わりというか、土壇場でビズリーに邪魔されないために従姉を売る。ある意味さすがユリウスの娘でビズリーの孫娘ではないでしょうか?
 最近はルドガーたちにほだされ気味だったオリ主、再び覚悟完了モードで外道?モードです。それでもどこか冷徹になりきれないのは時間経過が大きいですね。

 ちなみにどちらがビズリーに付いてどちらがルドガーの見張り兼護衛をするのか、鍵っこ二人はエレベーターの中で決めたってことで一つ(^_^;) 
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