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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission10 ヘカトンベ
  (5) マクスバード/リーゼ港 ④

 
前書き
 もうすぐ もうすぐだよ、とーさま 

 
「あンのバカ…! また一人先走りやがってっ」

 アルヴィンが自分の掌にパンチをぶつけ、両拳を握りしめる。

「アルヴィン……」
「! …わり。本当に怒っていいのはおたくのほうだよな」

 ルドガーは首を横に振った。現実、アルヴィンの言う通り、怒りどころを失ったルドガーの困惑がユティにはありありと伝わったのだが。

(少なくともこれでクロノスがルドガーを『鍵』と勘違いして襲うケースは回避できる。エルが『鍵』だともバレにくくできた。問題はこれから。『鍵』が本当はもう一人いると知ったおじいちゃまがワタシも利用しようとするのを掻い潜らきゃいけない)

 後ろの離れた位置にいたジュードたちが集まってきた。

「ビズリー。『カナンの地』へ入る方法を知っていると言ったな?」

 ガイアスが皆を代表して問う。びくん、と傍らのエルが震え上がった。翠の瞳孔が限界まで見開かれていく。この調子なら大丈夫だ(・・・・・・・・・・)

「――ああ」

 ゆえにユティは黙して待つ。エルがトリガーを引くのを。後戻りの利かない展開のスタートを告げるのを。


「行かなくていい」


 幼く、されど凛とした宣言が、埠頭に響き渡った。

(状況――成功)






「カナンの地なんて、行かなくていいよ!」

 エルの急な変心は、ルドガーはもちろん、あのビズリーでさえも軽く瞠目させた。

「いきなりどうしたの、エル」
「分かってるでしょう。全ての分史世界を消すには、カナンの地でオリジンに願うしか――」
「そんなの! みんなで何とかしてよ!」

 エルがルドガーの手を掴み力任せに引っ張る。幼女の腕力とはいえ、予告なく引っ張られたルドガーは堪ったものではない。つい前のめりになる。

「エルもルドガーも関係ない!」
「ちょ、ちょっと、エルっ。どうしたのよ。落ち着いて、分かるように話して?」

 ミラが輪を抜けてそばに来た。しかし、何とエルは、ルドガーを引っ張ってミラの手を逃れた。
 ショックを受けるミラへ手を伸ばしたくとも、ルドガーはエルに捕まっていてミラに届かない。

 ルドガーはしゃがんでエルと目線の高さを合わせて。

「みんなの言う通りだ。どうして急にそんなこと言い出すんだ。――約束しただろ。一緒にカナンの地へ行くって」

 エルの細い両肩に手を伸ばした。
 エルは、――ルドガーの手を叩き返した。

「約束なんて……どうでもいい!」
「……どうでもいい?」
「約束より……っ大事なことがあるんだよ!」

 エルは彼女にとって命の次に大切であるはずの真鍮時計を外し、ルドガーに投げつけると、そのまま港から走り去った。

(エル、泣いてた…何で? せっかく念願の『カナンの地』へ行けそうなのに)

 落ちた真鍮の懐中時計を拾う。彼女の掌には大きく、しかし彼の手には小さな時計。

「あの娘の言う通りだ。お前はもう骸殻を使う必要はない」
「用済みってわけ?」
「いや。ルドガーは成すべき仕事を成したというだけさ。我が一族――ひいては人類の悲願、カナンの地を出現させたのだから」

 ビズリーは大きな掌をルドガーへ差し出した。

「これで精霊どもの思惑を打ち破れる。ルドガー。私はお前を誇りに思う」

 目を瞠った。天下のクランスピア社のトップから、これほど大きな賞賛を貰うことになるとは。数か月前のルドガーでは想像もしえなかった。

(正直、あんなグロイもん出現させてどんな叱責があるかと思ってたのに)

 自分はビズリーにそう言わせるほどの高みに来たのだ。
 ルドガーは応えてビズリーと握手を交わした。

 「カナンの地」への行き方は本社で説明するとビズリーは言い残し、先にクランスピア社へと帰って行った。




 ユリウスもエルも心配だが、ユリウスを追って空間を超える力は自分にはないし、ビズリーがエルを保護させると言った。ルドガーにしてやれることは一つもない。
 そう結論付けて自身も本社へ歩き出そうとした時――

「待って」

 いつもより大きめなユティの声が、ルドガーたちを引き留めた。

「行かなくていいよ。カナンの地の入り方、ワタシ、知ってる」
「はぁ!?」

 特秘事項のように扱われていた情報を、何故ユティが。そんな視線がユティに集中する。

「忘れた? ワタシは未来の人間。どうすればいいかは周りの大人が、教えてくれた」
「どんな方法だっ?」

 ユティに詰め寄った。どんな方法かを知って先にカナンの地への「道」を拓けば、エルも考えを改め、ルドガーの下へ戻ってくるかもしれない。

「目安としてハーフ以上の骸殻を持ったクルスニクの者。その者の魂を循環システムに潜り込ませて、内側から『橋』の術式を開錠させる。これが『魂の橋』システム。最後の最後に、費やした時間も労苦もなげうって、無私の献身をもって他者に後を託して死ねるかを見定める。『オリジンの審判』の中で最もえげつない試練」
「――――え?」

 困惑の声を上げたのは自分か、はたまた仲間か。

「分かりにくかった? もう一回言い直す?」

 しかしユティは妙な勘違いで首を傾げ、より生々しい形で告げる。


「殺すの。ルドガーとか、ユリウスとか、強い骸殻能力者を」


 場の全員にそれぞれの形で衝撃が広がった。

「エルはルドガーが殺されると思ったんでしょうね。でも彼女はまだ幼い。彼女に思いついたのは、カナンの地に行かないって言って、問題を根元から断ち切ることだけだった。行かないなら、行き方でうだうだ悩む必要はない。そうすればルドガーは死なずにすむと考えたんじゃないかしら」
「ないかしら、って……他人事みたいに言うなよ! ――くそっ」

 ルドガーは二度踵を返した。今度こそエルを探しに行くために。だがそれを、ユティが前に立ち塞がって止めた。

「どけ!」
「心配すべき相手が違う」
「ユティっ!」
「一番に身を案じるべきは、ルドガー、アナタ」

 予想外の指名。ルドガーは勢いを削がれた。
 かぶせるタイミングで問いを発したのは、ジュードだった。

「まさかユティ、ルドガーが『橋』にされると思ってるの?」
「俺…?」

 仲間たちの反応は疑問と納得に割れた。

「なるほど、そういうことか」
「え、アルヴィン、今ので分かったんですか?」
「ビズリーがさっき言ったろ。ルドガーは成すべきことを成した、って。『道標』は全て集まった。分史世界はこれからオリジンに願って消す。もう分史破壊はしなくていい。つまりルドガーが働く場がない」
「ルドガーはクランスピアにとって抹殺するのに不都合のない存在となったということだ」
「! ちょっと、ガイアス!」

 咎めるレイアの声が霞んで聞こえる。レイアだけではない、みんなの声が聴こえない。音が耳に入ってこない。脳が現実の受け入れを拒否している。

(俺を、殺す? 俺をエージェントにしたのは、いずれ殺すつもりだったから?)

 戦っていれば死とは隣り合わせの背中合わせ。分かっていたのに麻痺していて、今、突きつけられたそれに対し、ルドガーの処理は追いつかない。

(死…死ぬ…俺が、死ぬ…)

 急な吐き気にルドガーは外聞もなく口を押さえて体をくの字に折った。近くにいたアルヴィンとジュードがルドガーを慌てたように支えるが、やはり彼らの声は遠く聞き取りづらい。

 だからルドガーは、支えてくれる二人に対しても、「大丈夫だから」と言い張って離れてもらった。
 どうしてか、どうしても、他者の感触に我慢がならなかった。


「探しましょう。ルドガーや、他のクルスニクを『橋』にしなくてもいい方法」

 口火を切ったのはミラだった。

断界殻(シェル)を開いたジュードと、クルスニクのルドガーが出会った。これはきっと必然。だったら今までの歴史でなかったことが起きたって不思議じゃない」

 ミュゼも笑ってミラの言葉を接いだ。

「……さがして、くれるのか? 『魂の橋』以外のやり方」

 ようやくルドガーの聴覚も再稼働を始めた。

「当たり前です!」『友達だものー』
「誰か一人を犠牲にしての勝利ほど、後味の悪いものはありませんからね」
「……ありがとな。みんな」

 仲間たちはみんな笑った。ルドガーは心から安堵した。 
 

 
後書き
 アルヴィンの文句はまんま「俺の台詞だろそれ」って感じにしてみました。見よこの主人公の疎外感ww

 さてここでエルがPT離脱した上でルドガーたちが魂の橋の正体を知ります。そして代案を探そうとキャラたちの奮闘劇が始まることに相成りましてございます。X1でも割と行き当たりばったり感があったジュード君ですが、果たして代案は見つかるのでしょうか?
 プラスワン。エルはヴィクトル分史に行ってないので、ルドガーに死んでほしくない、カナンの地に行かせまいとするのは完全なる乙女心ってやつです2424 あえて分史ミラさえ拒絶したのは乙女なライバル意識の成せる技ってことで(*^_^*)b 
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