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占術師速水丈太郎  横須賀の海にて

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第八章


第八章

 契約通り仕事を終えた速水にはもうここに留まる理由はなかった。程無く艦を去ることになったのであった。
「それでは」
 彼は次の日の朝に昨夜の戦いの状況を艦長達に話し、横須賀を後にすることにした。なお左目はもう隠している。
「いえ、それはお待ち下さい」
 だがここで待ったがかかった。
「もう仕事は終わりの筈ですが」
「いえ、御礼がありますので」
 艦長はにこやかに笑ってこう述べた。
「御礼?」
「はい、夜になればわかります」
 艦長の様子は何か隠している様子であった。速水はそれを見て何か妙なものを感じていた。
「何か御考えですか?」
「ですから夜になればわかりますので」
 艦長はそれでもまだ言った。どうも悪いことではなさそうなので速水はそれに従うことにした。こうして彼は夜まで待った。その間ずっと部屋にいてぼんやりとしていた。
 夜になり夕食も終わって大分経つと扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
 入るように言うと艦長が入って来た。彼の後ろにもう二人いた。
「そちらは」
「この艦隊群の司令です」
 階級は海将補であった。自衛隊の中でもかなり階級が高い。
「そして私は横須賀のこの基地の司令です」
 彼もまた海将補であった。何と昔で言う提督が二人並んで彼のところにやって来たのだ。
「またどうしたのですか」
「自衛隊の恩人に挨拶に参りました」
 彼等はこう述べた。
「挨拶」
「はい。死霊を倒してくれましたね」
「それが仕事でしたから」
 彼は戸惑いながらも答えた。いきなり海上自衛隊の最高幹部達がやって来て戸惑いを隠せなかったからだ。
「大したことは」
「それでそれへの御礼でして」
「報酬はもうかなりもらっているのですが」
「報酬とはまた別にです」
 基地司令が述べた。
「外に出て下さい」
「外に?」
「はい、海上自衛隊からの御礼がありますので」
 何か、と思った。彼は海上自衛隊のことはそれ程知っているわけではない。だから彼等が何を考えているのかわかりかねて
いたのである。
「それでは」
「はい、どうぞ」
 その司令達が案内する。彼等に案内されて速水は艦の外に出た。
「我々は御礼は欠かさない主義でして」
 司令はにこやかに笑ったまま言う。
「そしてそれは」
「もう帰られるのですよね」
「はい、まあ」
 彼は答えた。
「まあまずは外へ」
「わかりました
 彼は言われるまま艦を進む。そこでは乗組員達が自衛隊の礼装に着替えて並んで待ってくれていた。
「海上自衛隊の恩人に対し敬礼」
「敬礼!」
 号令と共に彼に向けて一斉に敬礼が向けられる。それは闇夜の中からもはっきり見えた。
「何と」
「私なぞの為に」
「言った筈ですが。恩義は返すと」
「いえそれでも」
「それでは最後の仕上げです」
 まだある。今度は何だろうと思った。
「帽振れ」
「帽振れーーーーーーーっ!」
「お別れの挨拶です」
「何か最高の気分ですね」
 もう速水は自分が受けている礼に対して言葉を失ってしまっていた。
「本当に。ここまで」
「またいらして下さい」
 司令が最後に声をかけてきた。
「できれば今度は御客様として。仕事ではなく」
「はい」
 彼は笑顔で基地を歩いていった。振り向かずともその背に果てしない感謝と祝辞を浴びながら。それを後ろから横須賀の夜の世界を後にするのであった。


占術師速水丈太郎 横須賀の海にて    完


                   2006・1・23
 


 
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