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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第五章


第五章

「まあ私達も凝り性ではありますが」
「イタリアの方も」
「はい、イタリアの男は複数のことに全てを賭けております」
「それは一体何なのですか」
「美酒と美食、そしてサッカーです」
「そちらですか」
「はい、そして歌に美女。これ等への研究は日本人にも負けませんぞ」
 彼はにこりと笑ってそう述べた。これはよく言われていることであるがイタリア人のサッカーへの関心の高さは見事なまでである。日本人、その中でも阪神ファン達の熱狂に匹敵するかも知れない。
「決してね」
「私は美女に関しては一人ですね」
「身持ちがかたいのですな」
「いえ、特にそうは思いませんがね。ただ」
「ただ?」
「どうにも。その人だけしか目に入らなくて」
「一途にその方を」
「はい。しかしまだそれは実ってはいません」
「何、何度もアタックしていけばそのうち」
 イタリア男らしい言葉であった。イタリア男の口説きは最早世界に知れ渡っているといって過言ではない。イメージとはいっても実際にそう思われているのである。イタリア人は戦争には弱くとも美女には強い、こうした痩せ我慢なのか本気なのか冗談なのかわからない言葉まであったりする。
「陥落させられますよ」
「どうでしょうかね」
「このローマも何度も陥落していますし」
 ケルト人にゲルマン人、ビザンツ帝国、神聖ローマ帝国にナポレオンと多くの勢力や英傑がこの街を占領している。歴史そのものと言っていいこの街はその分だけ戦禍も経験しているのである。何度も廃墟になっていたりしている。戦争だけでなく疫病に襲われたことも無数だ。それによりティベレ川が腐敗した無残な屍で埋まったことも多い。なおこの川には暗殺された者も多く浮かんでいる。
「陥落しない女性もまたいません」
「だといいのですが」
 薄い苦笑いでそれに応える。その苦笑いは日本人としてのものであろうかそれとも男としてのものであろうか。それは彼にしかわからない。
「難しいですね」
「難攻不落だからこそ陥落させがいがあるのでは?」
「まあ花を手に収めるのに焦りは禁物ですしね」
「持久戦ですか」
「はい。黒い名花を手に入れる為に」
「ほう、黒い花」
 男はそれを聞いて目を細めさせた。
「日本人の女の子は可愛い花が多いですが面白い花もあるのですな」
「そう滅多にはない名花ですよ」
 彼も答える。その花は彼にとってはこのうえなく妖しく魅了する花なのである。例えて言うならば魔界に咲く一輪の黒い妖花であろうか。
「ですから私もまた」
「左様ですか」
「あとこのタクシーですが」
「はい」
「警察署に向かっているのですよね」
「ええ、ローマ警視庁本部にね」
「それでは詳しい話はそちらで」
「もっとも私は警視庁の人間ではなく首相官邸の人間なのですが」
「そうなのですか」
 これは意外な言葉であった。速水はてっきり彼は警察の人間だろうと思っていたのである。だがそれは予想が外れた形となってしまった。
「はい、今回はかなり特別なので。まあそれもお話します」
「わかりました」
「まずは申し遅れている私の名前を」
 男はかなり遅い名乗りを行った。

 
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