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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第三章


第三章

「古の都ローマですか」
 白く丈の長いコートと青いスーツを着ている。ネクタイも青であり、その下は白いシャツだ。時折見える赤いものはコートの裏地であった。そのせいでかなり目立って見えていた。伊達男というかキザ男が多いとされているイタリアでもかなり目立つ感じである。
 顔は細面で白い顔をしている。黒髪で顔の左半分を隠しているのが印象的だ。スラリとした長身の若いアジア系の男であった。
「ここに来るのははじめてですね」
「左様ですか」
 彼を迎えた私服の男がそれに応えた。その声は落ち着いたイタリア語でありとても普通の人間には思えない感じであった。何か常に周囲に気を払っている感じであった。
「それではイタリアも」
「はい」
 二人は今ローマの空港にいる。そこのロビーで並んで歩きながら話していた。
「今がはじめてです」
「そうでしたか」
「日本から出るのもね。あまり機会がありませんで」
 男はそう答えた。流暢で奇麗なイタリア語であった。声のせいもあるがかなり美しく聞こえる。イタリア人が話すよりも奇麗な程である。
「イタリアは小説や本で読むだけでした」
「それは寂しいお話です」
 男はそれを聞いて残念そうに溜息をつく。
「折角それ程までのイタリア語への造詣をお持ちだというのに」
「ああ、これは職業柄です」
「ああ、そうでしたね」
 男は彼にそう言われて納得したように頷いた。その動作もやはり流麗である。
「そのお仕事はイタリア語に造詣が深ければ知ることも多くなる」
「はい」
 彼はその言葉に頷いた。
「日本きってのタロット占い師速水丈太郎」
 男は彼の名を呼んだ。この名を知らない者は占い、いやより深い紫の世界にいる者ならば知らぬ者はいないとさえ言われている。それ程までに名の知られた男なのである。
「そして同時に日本屈指の退魔師でもあられますね」
「あくまでも本業は占い師ですよ」
 速水はその言葉に微笑んで答えた。
「そちらをする方が多いですから」
「そうでしたね」
「はい。最近はまあどちらの仕事も多いですが」
「そちらの仕事でもカードを使われるのですよね」
「ええ」
 その質問には淀みなく答えた。その声もまた流麗で美しいものであった。
「私はね。どちらの仕事でも使いますよ」
「左様ですか」
「ですが。イタリア語が思わぬところで役立ちます」
 速水は目を細めてそれについて自分から述べた。
 タロットには錬金術の奥儀が隠されていると言われていた。その為ルネサンスの頃欧州の文化の中心であったこの半島では錬金術の研究と共にタロットへの研究も行われてきたのである。そのせいでタロットの文献にはイタリア語が多い。日本で最も優れたタロット占い師である速水はその研究の過程でイタリア語を身に着けたのである。なお彼は錬金術に対しても知識がある。
「今こうしてここにいられますし」
「それもあって貴方を御呼びしたのですよ」
「そうだったのですか」
「はい、それでですね」
「はい」
 話は本題に入った。
「実は今このローマでおかしな事件が起こっているのです」
「お話は一応は聞いています」
 速水はそれに応える。二人は空港を出てタクシー乗り場に来ていた。
「何やら。女の子が関わっているとか」
「ええ、それです」
「どんな事件ですか」
 速水は右目を彼に向けて尋ねる。右目の光は冷たく、それでいて知的である。だがそれと共に何かを探る目であった。だがそれは右目だけであり左目は見えはしない。そこに見ているものが何であるかは他の者にはわからないのであった。知っているのは彼自身だけであった。
「詳しいことはあとで。来ましたよ」
「はい」
 タクシーがもう来ていた。二人はそれに入る。
「イタリアではタクシーを利用することが多くなりますよ」
「あと電車ですね」
「ええ。ただし地下鉄はあまり役に立てません」
 彼は述べた。
「それは何故かというと」
「地下鉄の線が二本しかないからですね」
「御存知でしたか」
「その訳も」
 口元で笑って言葉を返した。
「ローマは歴史のある街です」
 速水はその硬質の声で述べた。

 
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