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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第十九章


第十九章

 屋敷は白いバロック様式のものであった。何処かその当時のフランスの建築を思わせるものになっている。正直に言うならばイタリア的ではない。だが左右対称の庭が実にヨーロッパのそれらしい。
 緑の草木と赤い花々が左右対称に夜の中にも見える。速水は車でその庭を通り過ぎる。彼は後部座席におりその横にはアンジェレッタもいる。彼女は速水に顔を向けて微笑んでいた。
「如何ですか、私の屋敷は」
「よい趣きですね」
 速水は右目で庭と建物を見ながら述べた。その顔には芸術を見る目があった。
「しかし。屋敷と言うよりは」
「宮殿だと仰りたいのですか?」
「はい」
 その言葉に答える。
「ここまで大きな屋敷はそうはない筈ですから」
「これは我が家が代々持ってきた屋敷なのです」
「代々、ですか」
「ダラゴーナ家は古来より占術で知られてきた家」
「ほう」
 速水はその言葉を聞いて声をあげる。
「その蓄積の結果がこの屋敷なのですよ」
「代々、ですか」
「この屋敷が建てられたのはまだイタリアが一つになっていない頃でした」
「十八世紀でしょうか」
「その初期である。それは建築からもおわかりだと思いますが」
「そうですね、バロックですから」
 バロックは十七世紀、太陽王ルイ十四世の時代である。彼がベルサイユに建築させたベルサイユ宮殿がその代表であるとされている。
 それに対してロココは十八世紀終わりである。建物としてはポツダムのサンスーシーである。これはフリードリヒ大王が立てさせた壮美な宮殿である。人としてはマリー=アントワネットが有名である。いささか華美に過ぎるという印象がないわけでもない。どちらもフランスで生まれたものであるが様式はいささか違う。どちらがいいとは決して断定出来ないものであるがそうした違いがあるのは確かである。
「その頃から我が家はローマにいました」
「教皇のお膝元でですか」
「何かとお世話になってきております」
「お世話に、ですか」
「バチカンは色々あるところですから」
 うっすらと口元に笑みを浮かべる。思わせぶりな笑みである。だがそこにあるのは歴史を語る笑みであった。
「ダラゴーナ家のパトロンでもあられました」
「教皇様だけでしょうか」
 速水はその言葉に対して問う。すぐに思いつくのはバチカンであった。表では占いを否定しているとしても実際のところは裏ではそれを気にかけていたりするのだ。バチカンもやはり人の世界にある場所である。表と裏は全く違っていたりするのである。むしろバチカン程表と裏が違う場所はないとまで言える。
「ダラゴーナ家のパトロンとなったのは」
「無論それだけではありません」
 アンジェレッタの笑みが深く、そして濃くなった。
「この半島を巡って実に様々な勢力が入って来ましたから」
「ハプルブルク家然り」
「ナポレオン然り」
 アンジェレッタも自分で語る。イタリアが統一されたのは十九世紀後半であり長い間多くの小国に分かれていた。そこに様々な勢力が介入してきた歴史なのである。ローマとて例外ではなくビザンツ帝国に焼かれた時もあれば神聖ローマ帝国の傭兵達に焼き払われたこともある。血を多く吸ってきた街でもあるのだ。
「多くの歴史上の人物がダラゴーナ家に関わってきていますよ」
「ふうむ」
「今もね」
「それを聞くとどうやら私は無事では済まないようですね」
「さて、それはどうでしょうか」
 うっすらと笑って即答せずに楽しむ。
「そうともばかりは限りませんよ」
「こういう時占い師は楽ですね」
 速水は少しおどけて述べた。といっても本心からではない。あくまで場をリラックスさせる為だ。
「誰にも秘密を言うことがないのですから」
「神父も占い師も同じです」
 アンジェレッタは言う。
「人の心の奥底を聞かされるのですから。ただ」
 そしてここでまた言った。
「そこに救いを与えるのか道を示すのかという差です」
「そういうことですね」
「少なくともそれが表です」
 裏のことはあえて言わない。言わない方がいいものもあるのだ。
「さて、では降りますか」
「ええ」
 宮殿の扉に着いた。黒い服の使用人に開けられたドアから出る。そしてアンジェレッタに連れられてその屋敷の中へと入るのであった。

 
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