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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第十五章


第十五章

「可愛い名前でしょ?お気に入りなのよ」
「確かに。いい名前ですね」
 速水はまずはそれに頷いた。形式的なものもある言葉の響きではあったが。
「ですが」
「何?」
「私達は貴女に興味があります。お答え願えますか」
「その前に私から聞いていいかしら」
「何でしょうか」
 速水はそれに右目を向けて応じる。やはり左目は髪の毛に隠れてよくは見えない。果たして本当に左目があるのかさえもわかりはしない程だ。
「あの傀儡は何なのかしら」
「あれですか。カードなのですよ」
「カード」
「はい、恋人の逆です」
 速水は答えた。まるでさも当然というような感じで。
「それを出したのですよ」
「そう。だから邪念を持っていたのね」
「そういうことです。おわかりでしょうか」
「ええ、わかったわ」
 ルチアーナは納得した声で返した。どうやら彼女もまたタロットの知識はそれなりにあるようである。これはタロットもまた異形の世界と幾らかの関わりがあるからであろうか。
「じゃあ次は私の番ね」
「はい。では教えて頂けますか、貴女のことを」
「私は死神よ」
 アンジェレッタは少女の無邪気な笑みを浮かべて答えた。
「やはり」
「魔界の死神。そう、よからぬ魂を魔界に導くのが私の仕事なのよ」
「そうだったのですか、やはりね」
 速水の予想通りであった。これは彼にとっては会心であった。といっても何があるわけでもないが。だが予想が当たったことは事実であった。
「けれどそれはこの世の摂理ではないわね」
 アンジェレッタが後ろからそう述べた。
「どういうことかしら」
「この世の摂理は天界から」
 彼女は言う。
「よき魂とよからぬ魂を選別し振り分けるもの。それを勝手に持って行くのは摂理ではないわね」
「そんなこと。私は知らないわ」
 ルチアーナはにこりと笑って述べる。無邪気な笑みであった。まるでその摂理を嘲笑うかのような。そうした類の無邪気な笑みであった。
「だって。私は死神だから。死神がどうして人の命を奪ったら駄目なの?」
「くっ」
「おそらく無駄です」
 速水が歯噛みする彼女を制止した。まるでそれが最初からわかっていたかのように。
「無駄って」
「どうやら。心が壊れているようです」
「心が」
「はい。あの目を御覧下さい」
 ルチアーナの目を見るように言う。アンジェレッタはそれを受けて彼女の目を見やる。そこにあったものとは。
「あの目は狂気の目。わかりますね」
「そういえば」
 言われて目を見てやっとそれに気付いた。
 焦点が定まっておらず笑っている。しかもその笑みは対象すらわからない。彼等に向けられているものでもなく自分自身に向けられたものでもなかった。何もなくとも笑っている。まさに狂気の笑みであった。少なくとも人の世ではそう認識されるものであった。
「狂気の死神というわけね」
「あの妖気の理由がはっきりとわかりましたね」
「ええ。これはまた大変ね」
「何を話しているのかしら」
 ルチアーナは二人に問うてきた。二人が話していることが聞こえないのではない。理解できないのだ。それは何故か、彼女は人の世界の者ではないからである。

 
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