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占術師速水丈太郎  ローマの少女

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第十四章


第十四章

 その夜。速水とアンジェレッタは夜のローマに出ていた。トレヴィの泉のところである。映画ローマの休日でも出て来る有名な場所である。ここで後ろ向きにコインを投げるとまたローマに来られると言われている。
「コインを投げたいところですがね」
「残念ですね」
「はい。まあ今は我慢します」
 速水は夜の闇の中の静かな泉を見ながら苦笑いを浮かべていた。そこでは白い彫像や神殿が闇の中に浮かび上がっていた。
「事件の後で」
「それで朝のお話ですが」
「はい」
 話はそこに戻った。
「あれで本当に大丈夫でしょうか」
「ええ。大丈夫かと」
 目の前を歩く一人の男を見て言った。それは何処か人ではない雰囲気を醸し出していた。
「彼は言うならば傀儡です」
「ですね」
「中身のない。だからあえて選びました」
「中に邪念を送って」
「それはカードを逆にすれば容易に済むことなので」
 速水は述べる。タロットカードは逆になればそれで意味が全く正反対になってしまう。例外は塔のカードでありこれだけは正であっても逆であっても最悪の意味を為すというカードなのである。
「容易いものでした」
「それでは」
「はい。私達の予想が当たれば彼女は来ますよ」
「もうすぐ」
「さあ、おいでなさい」
 まだ姿も見せない相手に対して声をかける。
「貴女とは一度お話してみたいと思っていましたから」
「速水さん」
「おっと、失礼」
「いえ、違います」
 彼女が声をかけたのは失言を咎めてのものではなかった。その証拠にその猫の目がはっきりと光っていた。闇の中でまばゆいまでに。
「来ますよ」
「むっ」 
 彼もそれを察した。あの気が近付いてきているのがわかったのだ。それはモンタージュからもはっきり感じられたあの気であった。
「来ましたか」
「ええ、これだけの妖気。間違いないですね」
「では私達も気配を消しましょう」
「はい」 
 アンジェレッタはそれに応える。二人は物陰に隠れるとそのまますうっと泉の側に気配を消した。そして少女を待つのであった。まるで影そのもののように。
「ねえおじさん」
 傀儡は歩いていく。それに声をかける者がいた。
「ん!?」
 傀儡は声を出した。出せるように速水が魔術を入れたのである。
「おじさん、人間じゃないわね」
「何を言っているんだい?お嬢ちゃん」
「私にはわかるのよ」
 声の主がすうっと闇の中からまるでその闇そのもののように出て来た。それはあの少女であった。速水達の予想が見事なまでに当たった形となった。
「いるんでしょう?二人かしら」
 だが彼女は傀儡を見てはいなかった。その闇の中から聞こえてくるような声を速水とアンジェレッタが隠れている方に顔を向けて問うてきた。
「わかっているのよ。だから」
「おわかりでしたか」
 速水はそれを聞いて最早意味がないと気配を露わにさせた。
 そして立ち上がる。その後ろにはアンジェレッタもいた。彼女もまた意味がないことを悟って気配を露わにさせたのである。この辺りの判断は見事であった。
「昨日駅にいたわね」
「ええ」
 速水が少女の質問に答える。
「その通りです」
「やっぱりね。見ていたわ」
「むっ」
 その言葉に右目が光る。右目だけであり今は左目は光りはしなかった。ただ右の目で見据えているだけである。
「チャリオットで来たのを。はっきりと見ていたわよ」
「あの場所におられたと」
「そうよ。姿は消していたけれど」
 少女は宙に少し浮かび上がっていた。そのままでふわふわと浮きながら二人に話し掛けていたのである。
「貴方達が私について調べているのはわかっていたわ。カードと水晶玉まで使ってね」
「そこまで御存知とは」
「わかるわ。だって貴方達の気配はとても強いから」
「隠れても無駄、というわけね」
「ええ。私の名前はルチアーナ」
 彼女は名乗った。イタリアの女の子にはよくある名前であると言えた。


 
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