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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第12話「京都―初戦」



 時刻は午前6時。鳥の鳴声が澄んだ空に広がり、朝の始まりを告げる。まだ昇りかけている太陽が顔を見せ始め、世界を深夜から早朝へと塗り替える。少しずつ活発化を始める街に、一人の男、大和猛がその姿を現した。

 常と変わらず学生服に身を包み、身長は170手前。黒い短髪が清潔感を醸し、だが、平凡なはずの顔つきは今日は違っていた。目の下にげっそりとしたクマを作り、まるで人を殺したか、はたまた危ないクスリでもやってきたのではないか、そう思わせるような顔つきだった。

「……ついた」

 ちょっとばかし挫けそうだったタケルの目に生気が宿る。

 ――長かった。

 思い起こせば2日前。迷子の少女を拾ったことからそれは始まった。少女を交番に届けようとして自身が迷子になり、そこから地獄のような旅である。なぜか同じ所を行ったりきたり。飛んだり跳ねたり走ったり、人に尋ねてもそれは同じで。

 全然帰れないため、完全に徹夜で探し回り、ついに今日、修学旅行出発の地。大宮駅に辿り着いたのだった。

「眠い」
「あ、おはようございます! タケ……」

 半分ほど死に体になっているタケルを見かけたネギが真っ先に駆け寄り、顔を真っ青にさせて言葉をとめた。

「……」

 声をかけられたことにも気付かず、そのまま通り過ぎる。ガタガタと肩を震わせるネギに、既に到着していた長瀬が肩に手を置く。

「どうしたでござるか?」
「……た、たたタケルさんが、がが」

 まるで錆びれた機械のような動きになっているネギに、彼女もまた珍しくも真剣な顔で「ふむ」と頷く。

 ――確かに、あれほど殺気立っているのは気になるでござるな。

 ちらりとタケルに目を配ると、当の本人は早々に先生たちに挨拶を交わし終えたのか、駅の柱にその身をもたれさせて、まるで死んだように気配を殺していた。
 



 生徒達が集まり始め、駅の構内はいつも以上の活気に溢れていた。女子中等部の修学旅行というだけあって、先生に数人の男がいる以外は全員が女性徒。

 余りにも華やかなその集団に、だが日本人の特徴とでもいえばいいのか、それとも日本社会のそれといえばいいのか。目をくれる大人も、通学中の中高生男子もいない。ただ、迷惑そうだったり、煙たそうだったり、とにかく嫌そうな顔ばかりを見せている。

 もちろん、女性徒たちは修学旅行の朝という大行事に胸躍らせているため、そんな外聞を気にすることもなく話しに夢中になっている。

 そんな彼女達を見つめる一人の女性がいた。少し遠めに距離を取り、柱の影からジッと標的である近衛木乃香に目を凝らす。

 木乃香の能力とその協会内での高い地位を利用して関西呪術協会を牛耳る。それが彼女、天ヶ崎 千草の目的だった。

 そのためには近衛木乃香の拉致、そして関東魔法協会から関西呪術協会へ送られる親書の奪取。この2点が大事だった。

 そのために色々と下準備はやったし、神鳴流の剣士も護衛に雇った。魔法使いの教師がネギという10歳の子供だということも調べはついていた。だが、一人、彼女の心を悩ませる存在がいた。

 それが――。

 ――あの高校生、誰や?

 一人、奇妙な人間がいた。最初は部外者の高校生と思って見向きもしなかったのだが、先生たちと肩を並べて、女子生徒たちの真ん中に堂々と立っていることから部外者ではないことがわかる。

 ただ、そうなると彼の立場がわからなくなる。

 生徒はありえない。何せ性別が違う。

 ――教師なわけもないし……まさか、木乃香お嬢様の護衛? ……どっかで計画が漏れたんか?いや、そんなはずは。

 突然、その高校生が身じろぎをし、そして

「――っ!?」

 身の毛もよだつような殺気が彼女を襲った。

 足が地面に張り付いて動かない。背筋が震えて冷や汗が垂れる。呼吸することすら忘れるほどの悪寒。

 不意に、生徒達と教師そして問題の高校生が移動を始め、その寒気から開放された。

「……はぁ、はぁ」

 柱に体を預ける。そうでなければ立っていることすら出来そうになかった。

 ――あ、あほな……ウチが気圧された?

 震える足を引きずって新幹線の中に移動する。

「どうやら思ってたより難しい仕事になりそうやな」

 彼女の呟きはもちろん、雑踏にかき消された。




 3-Aの女性徒たちは考え事に没頭しているように見えるタケルを動かそうとしていた。柱にもたれかかったまま目を閉じている彼は、誰になんと呼ばれようと動く前兆すら見せない。

 本当は寝ているだけだったりするのだが、まさか突っ立ったまま寝ているとは誰も思っていない。

「……せ、せんせい?」
「先輩~~?」

 最早これで何度目だろうか。それでも動かない。

「た、タケルさん?」

 もちろん、ネギの声でも同じことだ。

「だったら私に任せるアル」

 クー・フェイが力づくで無理やり、と構えをとる。

「いやー、止めた方が」と制止するネギの遠慮がちな声にも耳を貸さず、拳を放とうとして、「「止めた方がいい(でござる)」」長瀬と竜宮に止められた。

 まさかの2人にダブルでストップをかけられたクーは困った顔で拳を収めて「だったらどうやって動いてもらうアル?」と口を尖らせたが、すぐに何かを思い出したのか、意地悪な笑顔で長瀬を肘でつついた。

 クーの意図が読めず、長瀬が首を傾げる。

「ふっふっふ、愛しのお姫様の声なら動いてくれるんじゃないアルか?」
「なっ!? 何を――」

 長瀬が反論しようとする前に、女性徒たちが騒ぎ出した。

「「「「愛しのお姫様!?」」」」
「え、何それ? 私知らないよ!?」
「実は……――」

 図書館島でタケルが長瀬をお姫様抱っこで抱えて帰ってきたときのことを言っているのだろう。

 騒ぎ出す友人たちを尻目に、長瀬が顔を赤らめてガックリと肩を落とす。その肩に竜宮がポンと肩を叩いた。

「……事実はどうでもいいが、可能性があるならやるべきだと思わないか? これほどに殺気だっている大和先生を無理に動かすのは少し勇気が必要だ」

 あまりに冷静な、そして長瀬にとっては酷な言葉をさらりと告げる。

「わ、わかっているでござる」

 長瀬がタケルに近寄り、緊張に身を震わせる。周囲の生徒やネギも固唾を呑んで見守っている。起きなくて当然、だがもしこれで起きたら――。

 そんな修学旅行とは別のドキドキが彼等により一層な緊張を強いる。

「た、タケル殿。そろそろ移動があるので動くでござるよ~」
「……」

 1秒、2秒と経過するが返事ない。

「駄目だったアルか」
「なぜか少し悔しいでござる」

 長瀬とクーが呟き、肩を落とす。タケルが動かない分、教師としての仕事を頑張ろうとネギが班の確認のため口を開いた。

「そういえば、長瀬さんはクーさんの班でしたね」

 長瀬自身がよくわからない気持ちに首を捻らせていた時だったので、「え?」と聞き返すが、すぐにネギの言葉を思い出したのか笑顔で「あいあい」と頷いた。

「……う」

 言葉が漏れた。

 全員がサッとタケルに顔を向けた。確かに彼は不機嫌そうに、そして顔を顰めてゆっくりと身じろぎする。

 まず、長瀬に顔を向けた。

 タケルに目を向けられた理由がわからない長瀬は首を傾げる。

 それを見た彼も不思議そうに首を傾げて、ため息を吐いた。

「……ネギ」
「は、はい!」

 呼ばれたネギはビクリとその体を恐怖に震わせる。

「移動はまだか?」
「班ごとに点呼して、それから移動ですので、もうすぐです!」

 ビシッと直立したまま答える。

「……そうか、悪いが先に行く」

 それだけ言ってのそのそと歩き出した。新幹線の中にタケルの姿が消えた途端、誰かが呟いた。

「今のって楓ちゃんの『あいあい』で起きたよね?」

 そしてそれは皆が思ったことらしく、口々に騒ぎ始める。

「あ、やっぱり? 私もそう思った!」
「だよね、しかもその後、長瀬さんの顔みたしーー!!」

 キャーキャーと騒ぐ女性徒たちに、長瀬は困ったような、それでいて満更でもないような顔を見せるのだった。




 新幹線の中、タケルが爆睡している最中、何かが顔に張り付いた。

 それだけなら彼の眠りを妨げるには至らなかっただろうが、それは「ゲコゲコ」と鳴き声をあげながら彼の顔をべたべたと跳ねて回り、タケルの睡眠を見事に邪魔してみせた。

「……!」

 頭に飛び乗ろうと跳ねた蛙を空中でキャッチ。

「蛙――」

 と考えようとして周囲一帯に無数の蛙が存在していることに気付いた。どう考えても電車内に潜伏できる数じゃない。

 ――じゃないな、魔法か?

 妙に冷静に呟いたかと思えばそのまま握りつぶした。それはそのままポンと音を立てて紙は姿を変えた。

「……下らないことを」

 明らかにイラつきながら立ち上がり、便所に向かう。後ろではまだネギや生徒が蛙の騒動で騒いでいるため寝付けそうになかったからだ。

 トイレを終え、個室を出る。と、今度は燕。車内を飛び回り、こちらに向かってきていた。タケルは何かを考えたわけではない。疑問にも思ったわけでもない。ほとんど眠っている頭はもちろん働かず、なによりも体が勝手に反応した。

 まるで頭でも掻くかのように無造作に、そして自然に振るわれた腕は、次の瞬間にはその燕を握り潰していた。

「……」

 手の中でまたもや姿を紙に変えた燕と、燕がくわえていた手紙を近くにいた桜咲刹那に無言で渡す。

「……え、タケル先生?」

 困ったような顔をする桜咲は無視し、彼はシートに座った。そのときには既に蛙騒動が終わっていたようで、それに気を良くしたタケルはすぐにまた目を閉じたのだった。




 不意に目が覚めた。

「……ここは?」

 辺りを見回すが見覚えがない。

「……いや」

 すこしづつ意識が覚醒を始めたせいか、ゆっくりと今日の出来事を思い出す。

「そうか、今は京都か」

 ほとんど寝ていたせいで記憶はおぼろげだが、なんとなく覚えていた。現在午後の11時過ぎ。消灯時間を過ぎたところだ。

 ――そういえば風呂に入ってなかったな。

 今すぐにでも2度寝したい気分だったが、着替え一つせず眠っていたため汗が気持ち悪い。露天風呂でのんびりを決め込み、外に出る。

「さて……」

 ほとんど誰もいない廊下を歩き、ロビーに出たところで数人の生徒が顔を付き合わせていた。

 ――初日から……か。元気だな。

 生徒達の気持ちもわかるが注意は必要だろうと考えて声をかける。

「もう消灯時間だ、ほどほどに……む?」

 だが、その中に教師が一人。なぜかタケルの顔を見た瞬間にアスナの後ろに隠れた。その小動物のような行動の意味がわからずに首を傾げる。

「どうしたネギ、俺に何かついてるか?」

 いつも通りに声をかけただけだったが、不意にネギから怯えが消えて「へ?」と間の抜けた声が出ていた。

「元に戻ったんですね?」

 ネギの言葉に首を傾げたくなったが面倒くさいので頷くことにする。正直に言ってまだ寝たりないのだ。

「ああ」
「よかったぁ、タケルさん、実はお話したいことが――」
「――ちょ、いいんすか?兄貴」とネギの肩から顔を出して焦るオコジョに、刹那が冷静に答える。
「いえ、タケル先生には今朝の電車の中でお世話になりました。おそらく事情は大体知っているでしょう」

 その言葉の意味はわからなかったが、どことなく厄介ごとであることを直感した彼はフと思った。

 ――寝たい。
 


 
「――と、いうわけなんです!」

 ネギがタケルに自信満々に言い切った。おそらくタケルは助けてくれるものだという想いが無条件にあるのだろう。

「……要約すると近衛さんが狙われているから皆で守ってくれ、ということだな」

 話を整理し、まとめたタケルの確認に、三人が一斉に頷いた。

「……なるほど、わかった」

 少しだけ考えるように頷いて、

「やった! タケルさんがいれば100人力です」
「はい、随分と助かります」
「これで木乃香を守る壁は鉄壁になったってわけね!」
「この地味なアニキがねぇ」

 3人が一様に喜び、一匹が胡散臭そうな顔をした。だが、タケルはその喜びに水を差すようにネギを見据えて「ただし」と加えた。

「……俺は少ししか手伝わない」
「……少し?」
「ああ」
「な、どうしてですか!?」

 気色ばむ刹那に、タケルは目もくれず「そうだろ、ネギ?」とだけ言う。そのタケルの瞳に、ネギは彼の言いたいことを理解した。どこか嬉しそうな顔になって元気よく返事をした。

「……はい!」
「ネギ先生! 納得が――」

 なぜそれだけで納得したのかわからない刹那が抗議をあげようとしてアスナに肩を叩かれた。彼女にもその言葉の意味が理解できたのだろう、そんな目で刹那を止めていた。

「俺は風呂に行って来る。もしもコトが起きたら、どうにかして知らせてくれ」
「はい!」

 ネギの元気のいい言葉に頷き、その場を去る。その背を悔しげに見つめていた刹那は説明を求めてネギとアスナににじり寄った。

「それで、なぜあんなふうに納得したのですか?」

 答え次第では斬る、とでもいいたそうな顔をする刹那に、ネギは軽く呟く。「これはタケルさんとの約束なんです」

「……約束?」
「『どんなピンチでも俺に頼るな、それを乗り越えてこそ強くなれる』……ってね?」

 首を傾げた刹那にアスナが答えた。

「……ですが、今回の場合は――」

 事情が、といいかけた刹那にネギは「大丈夫です」と答える。

「少しは力を貸してくれるんですから」

 ね? と笑う先生に、刹那は言葉を詰まらせた。




 そして、それから20分と経たないうちに、木乃香は連れ去られた。




「ふ~」

 道に迷うこと約20分、やっとこさ風呂場に浸かったタケルはその身を襲う快感に気分を最高によくしていた。

「風呂はいい、いやほんと」

 珍しく彼が笑い、ボケッと空を見上げた時、空にネギの魔法らしき光が散った。

「……」

 それを無言で見つめること数秒。さらに、それがネギによる合図であることを理解するのにさらに数秒。

そして――。

「……ふ、ふふ、フフフフフ」

 ――気付けば彼は笑っていた。

そもそも、彼は朝から不機嫌だった。それは単なる疲れからくるもので、眠っていれば自然と解消されるはずだったのだ。だが、それは蛙騒動に邪魔をされ、トイレ終わりには燕に気を取られ、安眠を妨害された。

 本来は電車の中で爆睡して、京都をある程度元気に見てまわる予定が、そのせいで見事に崩れ去った。

 そして、今度は風呂を邪魔しようというのだろうか。

「……ふぅ」

 スーツをフィットさせ、その上から学生服を着込む。顔は無色に――。

 即ち、タケルが戦闘態勢に入った証だった。ズボンのポケットから小さな黒球を取り出し、それに呟く。

「ガンツ、俺に転送を頼む。武器は――」

 ネギが空に放った光を目指し、タケルは屋根を飛び越えた。




 木乃香を抱えて逃げるサルの着ぐるみをかぶった人をネギたち三人は追いかける。電車をおり、改札を出て、大きな階段でその敵はネギたちを待ちうけていた。

「ふふ……よーここまで追ってこれましたな」

 不敵な笑みを浮かべ、着ぐるみを脱ぎ捨て、その素顔をさらした女性、つまりは天ヶ崎 千草は己が武器である符を掲げる。

「……タケル先生はまだですか?」
「う~ん、さっき呼んだんだけど」
「やっぱりあいつ頼りになりませんぜ、兄貴!」

 ぼそぼそと囁きあうネギたちに、千草が「何をこそこそと話してはるんですか?」と符術を発動させようとした時だった。

 ネギとアスナの2歩先で、刹那が敵を見据え、そこから約10~20Mほど離れた位置にその女性が位置している。

 その丁度、真ん中あたりだろうか。

 地を砕き、その右腕には奇妙な武器を掲げ、一人の高校生が着地を果たした。

「タケルさん!」
「先輩!!」
「タケル先生!」
「げ、本当にきた?」
「ウチの邪魔をしてくれた護衛の高校生か。これはまた厄介な人が」

 5者5様の反応には一切の興味を示さずに、まずはネギたちを振り返った。

「たけ……!!」

 その姿に、顔を向けられた全員が息を忘れた。

 朝とは違う。殺気に溢れているとか、そういう次元の類ではない。もはや鋭い刃物を首に突きつけられているような感触。それでいて殺気とかそういった危険な空気は出ていない。

 無色の感情から感じる本当の恐怖。

「待たせた」

 それだけ言い、向きを敵の女性に変えた。今度はその恐怖を敵が感じる番だった。

「なるほど、お前が俺の敵だな」
「ぐ……ぬ……ふ……フン!」

 タケルに睨まれた女性は恐怖にその身を震わせつつ、精一杯な虚勢と共に術を放る。

「喰らいはなれ、3枚符術 京都大文字焼き」

 刹那の眼前で大きな炎が舞い上がり、その行く手を阻む。

「た、タケルさん!?」

 後ろにいてまだ余裕があったネギは、タケルがその炎に直接巻き込まれたことを見て、悲鳴のような声をあげた。

 そのネギの声に千草は愉快そうに言う。

「目障りな位置にいたんでつい焼き払ってしまいしたえ」
「きっさま~~!!」
「あんた……!」
「た、タケルさん……」

 怒りを見せる2人の女性徒と今にも崩れ落ちそうなネギ。

「ホホホホ」

 と敵にありがちな笑い声をあげたときだった。

「随分とご機嫌だな……」

 炎を裂き、闇をも呑み込み、空気さえ引き込んで。

 タケルの声が小さく、だが確かに響いた。

「タケルさん!!」

 ネギを筆頭に女子達が喜びの声を上げ、無事にホッと胸をなでおろす。だが、それはタケルの仲間だからこそだ。術をまともに受けて全くの無傷など、敵からすれば恐怖でしかない。

「な、ななな……?」

 錯乱しかけている敵に、タケルは淡々と呟く。
「電車の中で蛙騒動を起こし、俺の睡眠を邪魔したのが、お前だ……」
「へ?」

 ――何を?

 千草は首をかしげるが、ただ立っているタケルを見とめて「ひ」と悲鳴を上げた。

「燕で俺の安眠を妨げたもの、お前……」

 ぼそぼそと呟いているせいか、後ろのネギたちには聞こえていないのだろう。よくわからない顔でジッと見ている。

「近衛さんを連れ去って俺の風呂を邪魔したのも……お前」

 タケルは誰もが初めて見るその武器らしき存在を右手に掲げて言い放つ。

「今すぐに近衛さんを解放するか、死ぬか。好きなほうを選べ」

 これが本当の殺気だろうか。ネギもアスナも、仕事に慣れている刹那でさえもが息苦しくなる。直接向けられたらそれこそ気を失ってしまうのではないかと思われるほどのソレだった。

「な……はっ。何をアホなことを。ウチがそう簡単に――」

 ――ドン。

 女性の声を遮るように、彼女の数センチ手前に大きな穴が開いた。

「「「「「……は?」」」」」

 誰もがみな目を皿にした。

 女性が恐る恐る穴を覗き込み、完全に床が抜けていることを確認。周囲にヒビの一つも入っていないのはそれほどの力が集約されているからだ。

「は、はは」と乾いた笑いを浮かべる。

「もう一度だけ聞く。近衛さんを解放するか、死ぬか。どちらか好きな――」

 先程はタケルが女性の言葉を遮ったが、今度はタケルがその言葉をさえぎられることになった。

「えいー」

 別の少女が2振りの刀を手に提げ、飛び込んできたのだ。タケルは一瞬だけZガンを向け、だが、ため息をついてそれを手放し、相手の剣筋も確認せずに無造作に拳を振るった。

 少女の剣が閃き、タケルを切り裂いた。

 タケルの拳が風を切り、少女の体を捉えた。

「きゃ~~~」

 と吹っ飛ぶ少女に、タケルはいつの間に構えたのか、左手からYガンを放った。

 ダメージを受けた様子も見せず、少女は元気そうに立ち上がり「あれ~?」と間の抜けた声を発した。

「ん~、動けないですー」

 彼女の体をレーザーが幾重にも巻き付き、その体を捕らえていた。地面にはアンカーが打ち込まれ、それをさらに固定する。

「2、3分後には消える、安心していい」
「やったー」

 タケルの言葉に素直に喜ぶ少女剣士とは対照的に、符術を使う女性は頬を引きつらせた。

「今、斬られてませんでしたかえ?」
「斬られたが……」

 ソレが何だ? と、またもやZガンを拾い上げ構える。だが、敵もさすがにプロ。既に作戦を考えていたらしい。

「ちょ、ちょっと停戦!!」
「何?」

 両手をあげて、木乃香を地面に寝かせ、ゆっくりとタケルに近寄り、そしてぼそぼそと呟く。

「ウチのこと好きにしてかまへんから、今回だけは見逃してくれへんやろか?」

 この通りや、とふくよかな体を押し付けてタケルに頼み込む。直立不動でその言葉を聞いていたタケルは、とりあえずその体を突き飛ばして「いやだ」

「ち、やっぱアカンか」と戦闘態勢に移ろうとする女性に、タケルはその目先にガンツソードの切っ先を突きつけていたのだった。




 ネギたちはじっとタケルの戦いを見守っていたが、タケルが木乃香を取り返して降りてきたことに安堵の息と喜びの声をあげる。

「タケル先生!」

 ――ありがとうございます!

 頭をさげて礼をしようとする刹那の言葉をぶったぎって、先にタケルが頭を下げた。

「すまない」
「「「「へ?」」」」

 謝罪される意味がわからない4人、正確には3人と一匹に、タケルは言葉を続ける。

「少ししか力を貸さないといっていたのに……つい、その……かっとなった」
「「「「……」」」」

 全員がタケルの言葉の意味を考えること数秒。真っ先にネギが気付いた。

「もしかし、少しじゃなくて大分助けてくれたことに関して謝ってるんですか、タケルさん?」
「「「え?」」」

 ネギ以外の2人と一匹。刹那とアスナとカモが首を傾げた。

「もちろん、そうだが……すまん」

 ネギの言葉に対する肯定と重ねての謝罪。

「「「「……」」」」

 ネギたちが一斉に黙り込むなか、誰かが「プッ」と息を漏らした。

「?」

 なんの音かわからずに首を傾げたタケルが反射的に頭をあげて、それの正体に気付いた。

「「「「……」」」」

 全員が俯き、肩を震わせている。

「笑っているのか?」

 その言葉とほとんど同時。

「「「「あははははは」」」」

 4人が大爆笑したのだった。

「?」
 



 その日、彼が風呂から上機嫌な顔で出てくる姿を誰かが見たとか見なかったとか。
 
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