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占術師速水丈太郎 五つの港で

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第三十六章


第三十六章

「喉のところまで、です」
「やはり」
 これは速水の独り言だ。小川には聞こえなかった。
「そうでしたか」
「それで、です」
 小川はそれに気付かずさらに話してきた。
「朝の六時にここで倒れていました」
「朝の六時にですか」
「そうです、それまで船にいたのにです」
 丁度立ち止まったその場で話してきた。港の端の方を指差しながらである。
「それが何故か外にいてです」
「外に出たという話はなかったのですね」
「はい、全く」
 このことは首を横に振って否定したのだった。
「それはありませんでした。同じ場所で寝ていた同僚からも確かな報告があります」
「では間違いありませんね」
「その通りです。発見時間は死亡から十分です」
「十分ですか」
「殺されてすぐにその現場に転がされていたのです」
「そうですね。その時間だとすぐですね」
 速水もそれを聞いて納得した。
「それは」
「はい、その通りです」
「殺されてから外に出されたのでしょうか」
「そうとしか考えられませんが」
 しかしなのであった。
「ですが外に出たとは考えられませんので
「そうですね。それは」
「だからこそ不思議なのです。それに」
 さらにであった。疑問となることはさらにあるのであった。
「真空破で切られていまして」
「真空で、ですね」
「少なくとも刃ではありませんでした」
「斧や鉈ではなく」
「違います、それは断言できます」
「左様ですか」
「実におかしなことにです」
 こう話さざるを得ない小川であった。
「凶器は何も見つかってませんし」
「何もですね」
「はい、全くです」
 それもなのだった。
「容疑者は実に多いのですが」
「容疑者はですか」
「それはかなり多いのです」
 これは先の四人の被害者と同じであった。誰もが容疑者が多い。その意味するところはだ。
「何しろ評判の悪い人物でしたから」
「ですか」
「はい、残念ですが」
 やはり同じであった。先の四人と同じくこの河上という男も至って評判の悪い男なのであった。それこそ殺されてもおかしくないような人物だったのである。
「しょっちゅう暴力沙汰や盗難の嫌疑がかけられていましたから」
「またそれはかなり」
「実際警務隊にも目をつけられていました」
 そういう人物だったのだという。
「それで容疑者は徹底的に洗い出されましたが」
「結果は」
「全員シロでした」
 ここでは警察用語も出て来た。自衛隊ではあるがだ。
「誰も犯人ではありませんでした」
「そうでしたか」
 速水はそれを聞いて内心当然だと思ったがやはりそれは表情にも出さずにそのまま聞くだけであった。顔には見えない仮面があった。
「ではそのまま謎の事件になっているのですね」
「彼を嫌っていた人間は大喜びですが」
「それでもですね」
「やはり犯人も何も見つかってはいません」
 それは何もだという。
「全くです」
「わかりました」
「私がお話できるのはここまでです」
 小川はここで話を止めてきた。
「これで宜しいでしょうか」
「はい、有り難うございます」
 微笑んで小川のその問いに応えた。
 
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