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占術師速水丈太郎 白衣の悪魔

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10部分:第十章


第十章

 壁も赤い血で染まりそこには臓物すらこびり付いていた。それを見るだけで尋常な殺され方ではないのがわかる。壁にこびり付いているのは肝臓の欠片であった。速水はその欠片を見て言ってきた。
「食べた後で・・・・・・壁に投げ付けたようですね」
「そうですね、これは」
 警部は忌々しげにその肝臓を見て答えてきた。
「その証拠に。ほら」
 屍を指し示す。血と肉片の中で微かにわかるのはどうやらこの屍は女であるらしい。両脚は無残に何箇所も折られて動けなくされていた。目は恐怖で見開かれている。見れば腹を無残に引き裂かれ内蔵を全て引き摺り出されている。その引き摺り出された内臓は肝臓のように壁に叩き付けられているものもあれば口に捻じ込まれているものもあった。腸は幾つも引き千切られて首にもかけられておりその首も脳味噌を出されてそこに引き千切った両手首を入れられている。脳味噌はなかった。
「脳味噌は・・・・・・食べられましたか?」
「いえ、違うみたいね」
 横にいる沙耶香が述べてきた。
「ほら、見て」
 そのうえで速水に対して言う。見れば屍は一つではなかった。もう一つあったのであった。
 それはどうやら男のものらしい。顔半分が削ぎ落とされそこに脳味噌を突っ込まれていた。身体中を爪か何か鋭いものでズタズタに引き裂かれ睾丸が完全に踏み潰されていた。女が脚を主に砕かれているのに対して彼は両手を引き裂かれていたり食い千切られていた。脚は右の部分が鈍器か何かで殴られたようにひしゃげているだけであった。肋骨がそのまま引き出されてそれが腹に何本も突き刺さっていた。
「こちらに入れられてあるわ」
「確かに」
 速水はそのもう一方の死体を見て頷く。
「しかしこれはまた。何と無残な」
「無残どころではないですな」
 警部は忌々しげに述べる。まだハンカチで手を拭いている。
「ここまでえげつない殺し方は。長いこと警官をやっていますがはじめてです」
「そうでしょうね」
 速水も警部の今の言葉に同意して頷く。
「これはまた。ジェヴォダンの野獣でも切り裂きジャックでもしないでしょう」
 ジェヴォダンの野獣とはかつてフランスのジェヴォダンに現われ何年にも渡って多くの者を食い殺してきた獣である。その姿は大きな狼であったとされるがこの野獣は獲物の首を切ることが多かった。狼は獲物の首は切らない。そして人間的な動作をしたとの目撃例も多い。一説には人狼、即ち狼憑きだったとも悪魔崇拝者だったとも言われているが真相は今になっても不明である。フランスでは今もなお学者達の研究対象となっている。このことではロンドンにおいて街を恐怖のどん底に陥れた謎の連続殺人鬼切り裂きジャックと同じである。彼もまた正体は今も尚不明である。当時の王族の誰かであるとも医者であるとも言われているがやはり真相は藪の中なのである。
「あきらかに殺人というものを楽しんでいます」
「楽しんでいるどころではないですね」
 警部は今度は忌々しげに述べてきた。
「このやり方は。実はこれを見て参ってしまう者も多くて」
「そうでしょうね、これは」
 速水もそれに同意する。
「我々はまあ平気ですが」
「そうなのですか」
「今までもこうした事件の捜査に協力していましたから」
「それは凄い」
 警部は相変わらず手を拭きながら速水に述べる。どうも彼はそうではないようだ。
「私は無理ですね、流石にここまでは」
「そのわりにはよく耐えておられませんか?」
「痩せ我慢というやつですよ」
 苦笑いで速水に応える。
「これは。飛び込みより酷い」
「電車のですか」
「ええ。それでもこうはなりませんよ」
 死体を見て忌々しげに述べる。周りの警官達の中には吐いている者すらいる。
「あんまりです、これは」
「確かに。殺すのを楽しんでいる感じですね」
「快楽殺人者というものでしょう」
 速水はそう述べる。
「切り裂きジャックと同じで」
「それ、マスコミに言うとネタにされますよ」
 苦い顔で速水に言う。その間に死体は回収されていく。
「ですから御気をつけて」
「はい。何かと厄介ですね、それは」
 話を聞いて言う。
「マスコミの方々はまた。こうした事件には敏感ですから」
「そうね。ジャーナリストはそれが仕事だし」
 沙耶香はその手から黒い花びらを数枚放っていた。そうしてそれで何かを探っているようであった。これも魔術のようであった。
「殺されたのは昨日の真夜中ね」
「それでわかるのですか」
「わかるわ。花びらが教えてくれるの」
 沙耶香は花びらを見ながら答えてきた。答えるその顔はまるで仮面のように死体を見ていた。
「どうなったのかをね。生きながらこうされたのね」
「はい、そうなのです」
 警部は生きながらという言葉に反応を見せてきた。
「生きながらです。犯人はいつも被害者を生きながら引き裂いて食べていくのです」
「獣ですね、まるで」
 速水はそれを聞いて言ってきた。
「それですと」
「獣どころではないでしょうね」
 警部はまた答える。
「この殺し方は。人のものなのは間違いないのですから」
「人の頭脳に獣の心」
 速水はそれを聞いて呟くように述べてきた。
「そうなりますかね」
「力は?」
「人の力というのは恐ろしい潜在力を秘めていまして」
 こう説明してきた。

 
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