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戦場のヴァルキュリア 第二次ガリア戦役黙秘録

作者:白黄金虫
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第1部 ファウゼン防衛作戦
第1章 人狼部隊
  焔に踊るモノ

 
前書き
 今回は短めです。 

 
 ファウゼン防衛から数日後、ランドグリーズに帰還したアンリたちは次の事例が下るまでの間、休暇を許された。正規軍や義勇軍と異なり、諜報部所属の『ヴェアヴォルフ』は任務内容が軍部所属より過酷なため、クロウ少将から指示がない間を休暇とする決まりである。
クロウ少将の邸宅を出て、近場の雑貨店に向かおうとしたアンリは、途中の定食屋のそばでエルンストと会った。白いシャツにパンツ姿のシンプルな装いが、完全にアンリと被っている。
 
「おや隊長、奇遇ですね。お出掛けですか?」

「まぁな。この道を東に行くなら、裏通りの古書店かその向かいの肉屋が目当てか」

「やはりご存じでしたか。あそこの肉屋は珍しい品が多いので贔屓にしてまして」

「……あれを食べるのか?」

「ガリアは動物の内臓を食べませんが、私の故郷では普通ですよ。栄養価が高くて脂肪は少なく、美容効果もある優秀な食材なんですから」

 ヨーロッパで動物の内臓を食べるのは、帝国の一部と連邦南部の地域だけだ。ガリアの肉料理は挽き肉が一般的で、ワインで煮込むか焼いてソースをかけるかしか食べ方はない。しかし、アンリは他のガリア国民に比べて雑食性が高く、山菜や野草、ダルクス料理も気にせず口にする珍しい人間だ。当然、まだ見ぬ内臓料理に興味を抱かないはずもない。

「知り合いの店で食べる予定ですが、隊長もご一緒しますか? 男だけでは華がありませんし」

「華になるかどうかは保証しかねるが、話し相手にはなる」

 食べることが趣味のアンリが食事に誘われれば、誰彼構わずついていくのは昔からの癖である。



 知り合いの店、というのは貧民街のそばにある小さな飲み屋だった。しかも食材は持ち込み式、飲み物も違法な密造酒ばかりの闇市のような品揃えだ。しかしカウンターで新聞に目を通している痩身の中年男はやけに身なりがよく、ネクタイにベストを着用している。
 金貨をカウンターに置いてエルンストは二階の個室に仕切りで区切られただけの部屋に入る。あるのは横長の椅子とテーブルだけだ。天板には網が取り付けられている。

「なんだこれは?」

「焼き肉ですよ。商売仲間が騎馬民族の国から教わったそうですが、これがまた美味しいんですよ」

 薄暗い店内は微かぬ煙と肉の焼ける独特の香りで満ちている。エルンストはマッチで網の下に敷き詰められた炭に火をつける。テーブルの端はふちの欠けた皿と粗雑な使い捨て箸、そしてありと臓物の詰められた袋が置かれている。

「商売仲間……商人、だったのか?」

「近からず、しかしてまた遠からずです。私の本業は卸売り業者でして」

 適当に肉を網に並べて焼き始めたエルンストは、普段の柔和な雰囲気とは違う底知れない何かを感じさせた。ラフな格好であるに関わらずだ。卸売りとは言っても、何を扱っているのか考えるとアンリは背筋に寒気が走った。

「おー、悪い悪い。頼まれてたモン探してたら手間取っちまった」

 派手な柄のワイシャツとブーツが目を引くギュスパーが現れ、酒瓶満載の木箱を担いでアンリの隣に座った。金のネックレスも趣味が悪く、質素な二人とは対照的だ。

「ありましたか。やはり焼き肉にはこれですよ、これ」

「そこだきゃあはお前さんと同意見だぜ。隊長さん、アンタ酒はイケる口かい?」

 ギュスパーがアンリに見せた瓶は、白濁した液体に満たされていた。ラベルはなく、薄緑のガラスに映った彼女の顔は化粧っ気も女っ気もなかった。

「それなりには。こんな酒は見たことがないんだが……牛乳ではないのか?」

 ヨーロッパで酒と言えば麦芽酒か葡萄酒だ。透き通っていない酒など存在しない。不思議そうにするアンリの前でギュスパーは栓を抜き、コップに注いでいく。匂いもやはり独特で、ヨーロッパのそれとは違ったまろやかさがあった。

「さて、こちらも食べ頃ですね。焼くのは私がしますから、お二人はじゃんじゃん消化して下さい」

「よしきた、任せとけ」

「では遠慮なく」

 真っ赤なタレに漬け込まれた肉を一つつまみ、口に運ぶ。歯応えのある食感とタレの旨みが調和し、適度な香辛料の刺激が味を引き締める。

「美味い……」

「だろ? でもってこのヤギ酒がたまらねぇんだよ」

 



「あなたに何度殺されかけたか……ロマノでの一件は忘れていませんよ」

「そんならあんなクソ薬捨てりゃいいんだよ。つうか
、俺は賞金稼ぎだぞ!? 南欧一の賞金首を狙わねぇわきゃねぇっつーの」

 肉の大半が三人の胃袋に消えた頃、エルンストとギュスパーは酔い潰れ愚痴りあっていた。へべれけの男二人は南欧では麻薬カルテルの大物として賞金をかけられていた死の天使と、それを追うフリーの賞金稼ぎである。どちらも名の知れた人物で、かれこれ十年近く鼬ごっこを続けてきたらしい。
 南欧は帝国南部の乾燥した高原地帯に近く、その土地では貧しい農民が特殊な植物を栽培、加工してヨーロッパへ密輸している。エルンストが取り仕切るカルナヴァル・ファミリアは南欧から帝国、連邦、ガリアの各地に散らばる商人へ加工された粉末状の薬を卸しているのだ。

「本当に、クロウ少将も人が悪い……よりによってギュスパー・ヨードルを捕まえるなんて……」

「そいつぁ俺の台詞だよチクショウ……なぁんでテメェと肩並べてんだ俺ぁ?」

(腐れ縁とはこの事か)

 一人で二本丸々空けたアンリは素面で黙々と最後の一本をコップに注いでいく。すると、ギュスパーが微かに首を動かして

「隊長さんは前は正規軍にいたんだよな? その前はどうだったんだぁ?」

「馬鹿ですかあなたは……正規軍の指揮官クラスはランシール卒に決まっているでしょうに」

「その通り、私はランシールに在籍していた。同期はみんな軍に召集されただろうが、誰がどこにいるかは知らない。貴族の奴らばかりで私は浮いていたからな」

「隊長はクロウ少将のご息女では? 養子とは言え、ラムゼイ・クロウの名は大きいはずでしょう」

「表向きはそうでも、実質的に周りから拒絶されていたのは察していた。私も奴らと馴れ合うつもりは無かったが」

 ランシールでの貴族階級における平民への差別意識は凄まじいものだ。アンリはそれほど気にしていなかったが、平民出身というだけで血筋が誇りの生徒からすれば目障りでしかない。さらに彼女はダルクス人の要素を持っている。旧家の人間はそれだけで他人を嫌うこともあるが、まずアンリがそれを真に受けていなかったことは確かだ。
 保身に走った士官たちを彼女は「どうでもいい」と切り捨て、無関心を貫いた。自分を蔑む周囲の存在も同じ要領で無視したに違いないと二人は察した。

「アンタも面倒な奴らに囲まれたもんだぜ……」

「?」

 ギュスパーの呟きにも、アンリは不思議そうに首を傾げた。そもそも、面倒な奴らに囲まれた、という認識すらなかったらしい。






 ガリア方面侵攻部隊総司令部、ギルランダイオ要塞の一室に集まった二人の軍人が、ヨーロッパの地図を机に広げて話し合っている。一人は金髪碧眼で色白、女と見紛う美貌と金と灰色を基調とした派手な軍服を身に付けた青年だ。その隣には赤い将校の礼服を着た痩身の男がいる。

「まずいですね。ファウゼン攻略の主力部隊が壊滅、おまけにヘルヴォルまで奪われたとあっては我が方に不利だ」

「マルベリーの海軍工厰の防衛隊を増やす必要があるやもしれませんね……」

「その必要はない」

 室内に響く声に二人は振り返る。少し段になった部分に置かれた玉座に腰かけた女性の一喝で空気が凍る。
 漆黒の衣に深紅のマント、瞳は冷えきったサファイアブルー、長い髪は皇帝一族特有のプラチナブロンド、無機質な貌は東ヨーロッパ帝国第四皇女アナスタシア・エルジェベート・フォン・レギンレイヴだ。アナスタシアは玉座に座したまま続ける。

「ファウゼンが取れずとも構わぬ……鉱山だけが勝利の要因となるわけでもなし。第二陣を南部へ向かわせよ」

「アナスタシア殿下、しかし……」

「身を弁えよ。そなたの計画した攻略作戦で失敗したのだぞ」

 青年は食って掛かるものの、無情にも遮られた。

「アルベリヒ、そなたはガッセナール城に二陣を移動させ、速やかにメルフェアを占領せよ。ランドグリーズを兵糧攻めとし、その隙にスメイク・アインドンの半数をベルファスト攻略作戦に加えるのだ」

「では、クラーケン作戦の件は……」

「よい、赦す。しかし投入するのは半分までだ。……エラガバル、貴様はクローデンの補給基地に行きトリスタンを用いてガリア軍の大隊を撃滅しろ」

 エラガバルと呼ばれた青年は頭を垂れる。アルベリヒは軽く一礼して部屋を出た。エラガバルも後に続き、残ったのはアナスタシアと、その斜め後ろで佇むモーニング姿の黒髪の人物だけだ。

「よろしいのですか、アナスタシア殿下」

「何がだ」

「ファウゼン攻略を諦めることです」

「構わぬ。ダルクス人のたかだか百人や二百人を殺したところで戦意高揚にはならぬ。ガリア人の兵を百人殺した方が良い。そもそも、東方の永久凍土から採れるラグナイトがあればあのような山の一つ、くれてやる」

「皇帝陛下に説明は?」

「あの無能がそれを理解できるものか。余の配下が理解できておれば良い……小腹が空いた。茶を」

 執事は恭しく礼をして、部屋を後にした。アナスタシアは玉座からヨーロッパの地図を見下ろし、思索に耽る。その顔に感情はなく、仮面を被っているようであった。 
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