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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その十


第三幕その十

「その通りです故郷を引き払う時に持って来ることができるものは全て持って来ました」
「ですからそれをです」
「そうですか。それを持って来てくれたのですか」
「その通りです。ですからそれを」
「有り難うございます」
「ですから」
 ザックスはここでヴァルターも誘うのだった。
「是非こちらの部屋に」
「服の衣装合わせにですね」
「その通りです。その為にです」
 また語るザックスだった。
「ですからこちらに」
「はい。それでは」
 ヴァルターも静かに彼の言葉に頷くのだった。
「私も。そちらへ」
「私もまた着替えましょう」
 ザックスは穏やかな声で述べた。
「この晴れやかな日の為に普段着慣れているこの服を脱ぎ」
「晴れ着にですね」
「それはその時にこそあるものです」
 こう語るのだった。
「ですから。是非」
「はい、では」
 こうして彼等は隣の部屋にと向かった。そうしてそこで着替えるのだった。二人が部屋から消えるろ暫くしてもう立派な服を着て背中にリュートを背負っているベックメッサーがやって来た。確かに黒く立派な絹の服と腰までのマントで着飾っているがその足取りはふらふらとしている。そしてやたらと部屋の中をせわしなく見回していた。そうして部屋の中央の机の上に先程までザックスが書いていたヴァルターの詩を見るのだった。
 その詩を見た彼は。顔を顰めさせて言った。
「これはザックスさんの字ではないか。ではやはり」
 顔を顰めさせたところで隣の部屋の扉が開いた。彼はそれを見てギョットした顔になったがここでザックスだったのでとりあえずは落ち着きを取り戻した。
「おや、ベックメッサーさん」
「はい、私です」
「今朝もこちらにですか」
「おはようございます」
 とりあえずザックスに対して挨拶はした。
「今朝もお元気なようで」
「はい、おはようございます」
 ザックスもまたすぐに彼に返事を返した。
「それで靴のことですが」
「底が薄いですぞ」
 またここで顔を顰めさせてザックスに告げるのだった。
「砂利まで感じてしまいます。どうにかなりませんか?」
「私の審判員としての格言がそうさせたのでしょう」
 しかしザックスは平然として彼に言葉を返すのだった。
「審判の採点が靴底をそうさせたのです」
「それはもういいです」
 昨夜のことなぞ思い出したくもないのだった。
「全く。ザックスさん」
「今度は何ですか?」
「今度ばかりは貴方に対して悪い感情を抱いてしまいましたよ」
「今度ばかりはですか」
「今までは確かに対立することもありましたが尊敬していました」
 苦い顔でザックスに告げる。
「しかし昨晩のあれは」
「あの大騒ぎですか」
「あれは貴方が仕組まれたことではないのですか?」
 彼にしても事情が全くわからないので勝手にこんなふうに思っているのである。
「だとすれば少し悪質に過ぎませんか?あれだけの騒ぎを起こされて平然とされておられるのは」
「いや、それは誤解です」
 ザックスは彼の言葉に右手を制止する仕草で前に出してそれは否定した。
「何故私がそんなことをする必要があるのです?」
「では違うと仰るのですか?」
「はい」
 はっきりと述べるのだった。ここでも。
「それはありません」
「本当ですか?」
「ですから意味のないことです」
 また答えるザックスだった。
 
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