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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その六


第三幕その六

「それに旋律は昨晩知りました」
「そうでしたか」
「横町では随分騒ぎになりましたから」
「ははは、確かに」
 ザックスもそれは知っていた。知っていたからこそ笑うのだった。
「それでもです」
「それでも?あの騒ぎでも何かあったのですか?」
「それに対する拍子もおわかりになられたと思います」
 言うのはこのことなのだった。
「ですがその話は止めておいて」
「はい」
「私の言葉を聞き入れてマイスターの歌曲を作って下さい」
「マイスターのですか」
「そうです」
 こうヴァルターにアドバイスするのだった。
「それをです」
「美しい歌曲とマイスターの歌曲」
 ヴァルターは彼の言葉を受けて考える顔になって述べた。
「この二つをどう区別するのですか?」
「楽しき青春の日にこよなく幸福な初恋の力強い衝動が胸を豊かに膨らませる時にです」
「その時にですか」
「そうです、美しい歌曲を歌うことは多くの人にもできることでしょう」
 このこと自体はというのだった。
「春が我々の為に歌ってくれるのですから」
「春がですか」
「そうです。そしてです」
 ザックスはさらに話してきた。
「夏が来て秋が来て冬が来て」
「季節が移ろいで」
「多くの心労や苦しみと共に結婚生活の幸福も訪れ」
 話をあえてそこにまで及ぼさせた。
「子供の洗礼、商売、喧嘩や争い」
「そういったものもですか」
「そうです。この中から美しい歌を作ることはです」
 話はさらに続く。
「マイスタージンガーにしてはじめてできるのです」
「私はです」
 ヴァルターは彼の言葉を受けまた語りだした。
「一人の女性を愛し結ばれ」
「そして?」
「よき夫となりたいと考えています」
「それではです」
 多少思い詰めた顔で語りだしたヴァルターに対して語るザックスだった。
「マイスターの規則を習って下さい」
「マイスタージンガーのですか」
「規則は貴方を導き貴方が若い時に青春や歌の優しい衝動が
 また話が続く。
「知らぬうちに心の中に植えつけたものを失わぬように守っておいてくれるのです」
「それではです」
 ヴァルターはザックスの言葉を聞いているうちにふと気になることを言葉に出すのだった。
「そのように名誉ある規則を誰が作ったのですか?」
「貧しい生活を送るマイスタージンガー達です」
「マイスタージンガー達がですか」
「そうです、人生の苦しみに疲れた精神が」
 言葉は少し深刻なものになってきた。
「その荒々しい暮らしの苦しみの中に青春の日と愛の思い出がはっきりと変わらずに残り」
「そうして」
「それがいつも春を認めるような一つの図を作り出したのです」
「それはわかりましたが」
 ヴァルターは今のザックスの言葉を聞きながらまたザックスに問うた。
「青春がずっと前に逃げ去ったような人はです」
「そうした人はですか」
「そうです、そうした人はどうしてその図を手に入れることができるのですか?」
「そのような人はです」 
 ザックスはこのことに関しても説明するのだった。
「その図を出来るだけしばしば新鮮にするのです」
「新鮮にですか」
「そうです、若し貴方が貴方の歌を説明して下されば」
 またヴァルターに対して話すのだった。
「貧しい生活を送るこの私がです」
「貴方がですか」
「そう、規則を教えさせて頂きましょう」
 ヴァルターへの話はこれであった。
「ここにペンとインクがあります」
 机の引き出しを開けて取り出してきた。
 
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