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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第二幕その十六


第二幕その十六

「まああれです。励ましですよ」
「励ましですか」
「そうです、その通りです」
「句だの韻だのを家の中に引っ込めて悟りとか知恵とか知識も置いて」
「そのうえでですか」
「はい、靴を仕上げます」
 つまりベックメッサーの歌を無視するということだった。
「私のことは構わずに」
「いえ、それでは困ります」
 ザックスの態度にいよいよ弱るベックメッサーだった。
「ですから民衆から尊敬を受けあのお嬢さんとも縁のある貴方です」
「尊敬や縁が関係あるのですか」
「そうです。だからです」 
 ベックメッサーはさらに言うのだった。
「明日は私は晴れの場所で彼女の為に歌います」
「そのおつもりで?」
「そのつもりです。ですから確かめて下さい」
 こうザックスに対して願う。
「私の歌が駄目だったらどうしようもない。ですから御聞き下さい」
「また随分強引な」
「私の歌が御気に召されたかそうでないか」
 何と言われても引き下がらないベックメッサーだった。
「それを教えて頂ければ私も歌をなおします」
「いえいえ」
 しかしまだ引き受けないザックスだった。
「私が作るのは大抵あれではないですか」
「あれとは?」
「町の流行の歌ばかりです」
 これもベックメッサーが彼にいつも言うことだった。気取り屋の彼と飾らないザックスの違いがここにはっきりと出ているのだった。
「ですから私はですね」
「どうされるというのですか?」
「街に向かって歌い靴底を叩くだけです」
 こう言って早速また叫ぶようにして歌うのだった。
「ハラハロヘ!オ!ホ!トララライ!オ!ヘ!」
「くそっ、わかってやっているな」
 その通りである。それがわかっているからこそ忌々しいと感じるベックメッサーだった。
「あの樹脂と油で一杯の歌でこんがらがせてくれる。全く」
「イエーレム!イエーレム!」
「ですから近所迷惑です」
 また言うベックメッサーであった。口を尖らせて。
「その歌は」
「いえいえ、御安心を」
 しかしザックスは平然として彼に返すのだった。
「近所の方々は慣れておられますので」
「そうして近所の人達が慣れるまでこうしたことをですか」
「いけませんか?」
「いい筈がありません」
 ここでも口煩いところを発揮するのだった。
「全く。近所迷惑とはこの方は」
「ですから」
「何ですか。それで」
「他人が何かをするとそうして意地悪をされるような」
「意地悪ではありませんが」
 やはり平然としてベックメッサーに言葉を返すのだった。
「ですから毎晩こうしてです」
「余計に悪いです」
 また口を尖らせるのだった。
「そんなことではそのうち町の皆さんから嫌われますぞ」
「ですから皆さん慣れておられますので」
「私の目の黒いうちはです」
 その頭にきた顔で言うのだった。
「歌の韻が口についている限り」
「はい、その限りは」
「そして私がマイスタージンガー達の間で尊敬を受けている限り」
 その自負は確かにあるのだった。
「ニュルンベルグが花咲き栄えている間は」
「では永遠ですな」
「そう、永遠にです」
 右手の人差し指を立たせて激しく振りながら言葉を続ける。
 
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