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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第一幕その十八


第一幕その十八

「はじめて下さい」
「はじめと春が森に我等を誘い寄せる音が響く」
「むっ!?」
「これは」
 マイスターの殆どが顔を顰めさせるとチョークの音がした。しかしその中でどういうわけかザックスだけは彼の歌を感心する顔で聞いていた。
「これは。まさか」
「彼方より来る波のように速やかにその声はやって来て」
 またチョークの音がした。
「遠くから膨れ上がり」
「またこれは」
「ここでそれは」
 チョークの音は二つした。しかしその中でもザックスは真剣な顔で聴いている。
「森中に木霊する。力強く近寄って来て膨れ上がり響きあがり」
「いい。そうだ」
 ザックスは頷くがここでまたチョークの音がする。
「このままいけばだ。いいな」
「優しい声と混ざり合い明るく大きく響きは近付き」
 またチョークの音だった。
「何と膨れ上がること。鈴の音のように喜びは迫る」
 チョークがまた。
「森はその呼声に応え新しい命を与える」
 チョークがここでも。
「甘い春の歌に声を合わせて歌え」
「やっぱりおかしいな」
「マイスターの歌じゃない」
「そうだ」
 またマイスター達は言い合う。
「これではな」
「全く違うぞ」
 彼等に同調するかのようにチョークの音が次々と響くのだった。ヴァルターはその音を聞いて不機嫌な顔になる。しかしそれでもまだ歌い続ける。
「茨の垣根の中で妬みと怨みに蝕まれ」
 またチョークだった。
「冬は怒りに燃えてこの身を隠さなければならない」
「何か感情が露わになってきたぞ」
「やはりマイスターではない」
 これは彼等の常識の中での言葉であった。
「どうしてもな」
「何だというのだ?全く」
「枯れた葉のざわめきに囲まれ冬は狙っている」 
 チョークが続く。
「あの楽しげな歌をどのようにしてかき乱してしまおうかと」 
 そしてここで椅子から立ち上がるのだった。
「何っ、立ち上がった!?」
「歌の途中で」
「そうだ」
 ザックスだけはこの動きに頷くのだった。
「そこで立ち上がってこそだ。心を見せる時だ」
「しかしはじめよと我が胸に呼ぶ声がした時私はまだ愛が何かを知らなかった」
「何と奔放な歌だ」
「こんな歌ははじめてだ」
「全くです」
 また言う彼等だった。
「しかも立ち上がって」
「こうして歌うとは」
「作法ではない」
「ただ夢から目覚めさせられたかのように胸深く蠢くものを感じ私の心は震えときめき」
 歌をさらに続ける。
「胸の空間を満たす。血は力強く沸きあがり未知の感情によってふくれあがる」
 またチョークの音がした。
「暖かい夜の中から溜息が群れをなして強く湧きい出て」
 ここでもであった。
「海となり快い気持ちの荒々しい波を起こす」
「そう、波だ」
 また頷くザックスだった。しかしここでもチョークだった。
 
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