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あー、君。今日から魔法少女ね。

作者:カタリナ
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肉体派魔法少女


 考え得る限り、最悪の事態であった。
正直に言うならば、戦うための覚悟などまったくしておらず、戦う術も無い。
八方塞がり、絶体絶命の窮地。小賢しい脳が伝える冷静な戦況分析。
「と、とりあえず、何をすればっ、変身か、変身しなくちゃならん!」
 指輪を構えて念じれば、たちどころに装束が変化してポンチョが翻る。
魔法少女。希望の象徴にして、魔女と戦う者。だというのに、私はまったく戦える気がしない。
右手の甲を見れば、そこには頼りなげに皮手袋に張り付く鉄板の姿が。
これが唯一の武器なのだ。まったく、お笑い種である。
と、他人のことならば笑っていられただろうが、今は生憎自分の、それも命の危機である。
恐怖からの緊張が体を駆け巡り、神経の働きを阻害している。
手足はぎこちない、機械的な動きしか出来ず、僅か一歩を踏み出しただけで息があがる。
拙い。このままでは確実に、魔女の餌になってしまう。
それだけは勘弁願いたかった。死ぬならばせめて、痛み無く穏やかに逝きたい。

 一瞬、自分のソウルジェムを砕いてしまおうという考えが過った。
少なくともそれならば、魔女の陰惨な恨みつらみに曝されるよりはマシだろうと。
しかし、それはあくまで最後の手段だろうと、自分で自分を否定する。
不意に、あれこれ考えて時間が経過したからだろうか、手足に微かに力が籠もるようになった。
両手を何度も握ったり開いたりして、どの程度動くのかを確かめる。
ついさっき決めたばかりじゃないか、決して一時の絶望に流されないと。
強く、拳を握りこむ。それだけで不思議と勇気が湧いてくる気がした。
こんな悪趣味なシステムに負けるわけにはいかない。
真っ直ぐ前を向いて、一歩を踏み出す。
たったそれだけで震えは止まり、心臓は全身に熱を送り出す。
やけくそという単語が脳裏を掠めたが、それでもいいと思えた。
大事なのは、戦えるかどうかなのだ。

 魔女の結界の中を、周囲を警戒しつつ進んでいく。
相も変わらず、広い通路には下手くそな落書きが敷き詰められている。
しかも、その全てがどことなく残酷なイメージを掻きたてる色彩である。
肌色、赤色、黒色、飛沫の如く散らされた彩色に、冷たいものを感じて身震いする。
怯えているわけではない。ただ、この結界の主が加虐的であろうことを確信していただけだ。
きっと、苦しい戦いになるだろう。
そう思い、この先負うであろう傷に今から震えていただけのこと。
痛いのは嫌いなのだ。インドア派だったからか、傷を負う機会なんて無に等しかった。
というか、痛みを極端に避けていたということもある。
現代人は大体そうだろう、人を傷つけることは出来るが、自分が傷つくのを恐れる。
私もそうだし、私の知る人々もそうであった。
たったそれだけのことだ。もしかすると、この体の持ち主もそうであったのかもしれない。
寧ろそうでなければ、強くなりたいなどと願いはしないだろう。
自分の弱さに耐え切れず、願いに逃げてしまった少女。
その若さを鑑みれば、私は彼女を責められはしなかった。私だって逃げたい。
逃げ出せるものならばそうしたい。しかし、出来ない。
ならば戦うしかないのだ、現実と。そうして人は、大人になっていく。
絶望が少女から女へと至る道だなんて、酷い冗談だ。
何もかもを恨み、絶望に屈し膝を折ることが成長だって?
ふざけている。目の前に聳えたつ巨体を見れば、なおさらそう思えた。

 身の丈ほどのペンを振り回し、落書きを量産しては笑う魔女。
太い手足をした、肥えたぬいぐるみに見えるその姿。
周囲には空き缶や菓子袋に似た絵が散らばり、カサカサと耳障りな音をたてている。
醜い。ただそう思った。その思考が相手に伝わったかは定かでないが、魔女がこちらを向く。
『アハ、ギャハアハギハハハハァアハ!!』
 ギリギリそう聞き取れる、潰れた蛙の笑い声。
耳から伝わる不快に眉を顰めると、魔女は酷く愉快そうに笑い、ペンを振り下ろした。
慌ててその場から飛び退り、砕けた地面に身を打たれながら転がる。
痛む体を庇いつつ立ち上がると、先ほどまで立っていたところにクレーターが出来ている。
血の気が引いていく音が聞こえた気がした。それ程に、魔女の持つ力は大きかった。
まともに戦おうだなんて、考えるべきじゃ無かった。
私は魔女に背を向けて、一目散に駆けだした。
大層なことを頭で考えておきながら、結局逃げている自分に胸が痛んだ。

『ヒャアァァァアアア!ィヒイイイイイイィイイ!!』
 何が面白い、この化け物め!!振り向いてそう叫んでやりたかったが、声が出なかった。
喉がカラカラに乾いている。全身に吹き出した汗の所為で、体の水分が干上がってしまった。
とにかく走り続け、背後から聞こえる音が遠ざかったところで反転、息を整える。
膝に手をついて仰ぎ見た魔女の巨体は、不快な笑いが小さく聞こえる距離にあった。
思ったより遠ざかっている。
魔女は十メートルもありそうな巨体だから、リーチの点ではこちらが劣るはずなのだが。
そう考えると、もしかしてこれは……。
閃きが胸の内を駆ける。試しに強く念じてみれば、それは確信へと変わった。
やれる。未だに恐怖を残しながらも、希望が心に小さく灯る。
もう逃げるのは止めにして、立ち向かうべき時が来たのだ。

 二転三転、定まらなかった心が、在るべき場所に落ち着く。
たったそれだけで全身の血が、燃えるように沸き立つ。
それは駆け巡る魔力の見せた、昂揚感からくる幻だった。
しかし、今このときに感じている熱は、決して消えることは無いだろう。
足が強く地面を蹴り出す。景色が全て線に変わり、風が衣服をはためかせた。
トップスピードで駆ければ、魔女はこちらを見失って狼狽えている。
私は拳を構え、全力で魔女の土手っ腹に打ち込んだ。
『ァィイイイイイイイ!?』
 拳を中心にして衝撃が伝播し、醜く太った体が宙に浮きあがる。
吹き飛ぶ魔女を追いかけて、膝を折って溜めをつくり跳躍。
弾丸の勢いで飛び出した速さをそのままに、撓らせた足を振り下ろす。
踵落としが流星の如く突き刺さり、超重量を地面に叩き落とした。
激しい破砕音と共に罅が広がり、落書きが砕けて消えていく。
私はそれを眺めながら束の間滞空し、魔女の上へと落下する。
空中で身を捻って右腕を引き、左の手で照準をつけた。
「ォオ、ッ!!」
 歯を食いしばって放った一撃が、魔女を貫いて結界を壊した。

「ふーっ。」
 排熱するように息を吐き、変身を解除する。
辺りは夕暮れの路地裏へと戻っており、それが戦いの終わりを告げていた。
私はゆっくりと歩いて近づき、地面に直立しているグリーフシードを回収した。
細緻な銀細工に収まった黒い宝石は、光を照り返さない闇を思わせる。
夕焼けに染まらないそれをソウルジェムに近づけると、黒い靄が浮き出た。
それはグリーフシードへと吸収され、魂は濁りの無い姿へ戻っていく。
その様子を眺めながら、私はようやく安堵することが出来た。

 私が先ほど閃いたのは、真幸の願いに関することだった。
真幸の願いは強い自分、ならば、その魔法は自分に作用するものではないのか。
それに加え、先ほどの逃走の際に発揮した異様な足の速さ。
両者を鑑みて推測した固有魔法は、私の予想に違わずその効力を発揮した。
自己強化。それが、真幸の固有魔法だった。
魔法少女なら誰でも出来る、自身の肉体を強化する魔法。
ただし、真幸のそれは、願いによって大幅に強化されていたのだ。
敵の視界から一瞬で去るスピード、魔女の巨体を浮かせるほどのパワー。
それらに翻弄されないだけの視力、反射速度と頑強さ。それこそが真幸の魔法であった。
私は魔女を化け物と罵ったが、自分の方がよっぽど化け物じみている。
何気なく動かしていた体に畏怖を感じ、私は自分の手を見つめた。

「あら、確かに反応があったと思ったのだけれど。」
 不意に声が耳を打ち、私は音の方へ俯いていた顔を跳ね上げる。
そこには夕焼けの色を跳ね除けて光る、魂の輝きがあった。
感傷に浸る暇もない。私は指輪に戻したソウルジェムを、ポケットに隠した。
まさか、魔法少女と遭遇するとは。逆光で顔が隠れた彼女が、こちらに歩み寄ってくる。
やがて物陰へと入り、その顔がはっきりと見えるようになったとき、私は驚いて口を開けた。
驚愕に歪んだ表情は彼女にどう見えたのか。怪訝そうな様子で、こちらに問いを投げかける。
「……見慣れない顔ね、近くの町の子かしら。」

 どことなく自身有り気な風貌、優雅さの垣間見える仕草。
少女、巴マミは、ソウルジェムの輝きをそのままにこちらを問い詰める。
「貴女、魔法少女でしょう。結界があった場所に無傷でいる、隠そうとしても無駄よ?」
 穏やかさの裏に強い警戒を含んだ語り口。私は指輪を嵌めた手を、そっと抜き出した。
ここからが肝心だ、不用意なことをして敵対しないように、上手く立ち回らなければ。
抜き出した手と反対の手もゆっくりと挙げ、降参のポーズをとって見せる。
「そのとおり、けれど、隠すつもりじゃなかった。戦う気もさらさら無い。」
 出来る限り誠実に、普段のちゃらんぽらんさが出ないように注意して喋る。
真っ直ぐ目を見ながらはっきりと言葉を紡ぐと、彼女の警戒が少し下がったように見えた。

 ここが仕掛け時だ、この機に畳み掛ける!
「ここに居たのは偶然で、魔女と戦ったのも偶然なんだ。縄張りを荒らすつもりは無い。」
「あら、どうして私がこの見滝原の魔法少女だと思ったの?私のことを知っている?」
 拙い、間違えたか。一度は薄れた警戒が復活したように感じる。
それにしても、彼女は何故こんなにも疑り深いのだろうか。
まぁ、今は考察よりも誤解を解かねば。
「そりゃあ、貴女が如何にも大物って風に現れたから。実際強そうに見える。」
「そうかしら。でも、それだけじゃあ理由としては弱いと思わない?」
「そうかな?態度も高圧的だし、警戒心も強い。自分の領地じゃなきゃできないことだ。」

 しまった、と思ったが後の祭り。つい要らぬ言が口から飛び出てしまった。
が、しかし、その一言が彼女の琴線に触れたらしく、急に態度がしおらしくなった。
「ああ……その、ごめんなさいっ。最近いろいろあって、ちょっと……。」
 言い争っていた相手に弱みを見せるとは。精神の均衡が崩れているように見受けられる。
どうやら本当に、最近何か困った目に遭ったようだ。妙に当たりが弱い。
こちらとしては願ったり叶ったり、和解のチャンスであるので、利用させてもらうけれど。
「いや、構わないさ。こっちも言い過ぎた、お互い差引きで手打ちとしよう。」
「そう……ありがとう。私は巴マミ、見滝原の魔法少女よ、貴女は?」
 何とか和解できたようだ。私はそっと胸を撫で下ろした。
が、一難去ってまた一難。あなたは誰かという質問に、今の私は滅法弱い。
正輝と真幸、どちらでもないがどちらでもあるこの状況。
果たしてどう答えたものか。私は腕を組み数瞬悩むと、口を開いた。
「実は、それで困っている。君、私に見覚えがあったりしないかい?」
「えぇっ!?ど、どういうことかしら……?」
 出来る限り眉を下げて自信がなさそうに問うと、彼女は困惑して問い返してきた。
そりゃそうだろう、初対面の人間にそんなことを言われれば、まずそうなる。
そして、それこそが狙いなのだ。名付けて、うやむや作戦ッ!!
「実は、目を覚ましたら記憶が無くなっていてね。今はそれを探しているんだ。」
「え、えー?あの、記憶喪失、ってことかしら?」
「うん、そのとおり。見覚えのある場所なんか無いかと思ってふらふら歩いてたら、
何時の間にか魔女に襲われててね。」
 マミは混乱しているようだ。いいぞ、このまま押しきる!
「幸い、キュウべぇとやらから魔法少女のことは聞いてたんで、
何とか変身して戦ってね。今さっきそれが終わったとこなのさ。」
 で、もう一度聞くけど。と続けて再度問う。
「君は私のこと、何処かで見なかったかい?」
胸に手を当て問いかけると、彼女は戸惑いつつも、知らない、と返した。
「ごめんなさい、貴女とはこれが初対面よ、見かけたことも無いわ。」
「そうか……。ま、そう簡単に分かるわけないか。」
表面上は残念そうに口を尖らせているが、内心ではほくそ笑んでいる自分がいる。
よもやこうも簡単にひっかかるとは。どうやら相当にダメージを負っているらしい。
後は彼女が冷静になる前に去るのみ。私は数歩歩いてから振り返る。
「私は多分、汐海真幸だと思う!!私のことで何かわかったら、教えてくれると嬉しい!」
 めちゃくちゃな自己紹介を置いて逃げる私。
後ろから呼び止める声を無視して走り去り、人気の無いところまで来てようやく一息つけた。
今日は乱しっぱなしな息を整え、疲労感を感じながらも、何となく上を向いて歩く。

 まったく、災難な一日であった。苦労に対価が見合っていない。
分かったことと言えば魔法のことのみ、報酬はグリーフシード一個。
果たしてこれからどうなることやら。すっかり暗くなった空に手を翳してみる。
僅かな星明かりに照らされ、指輪が微かに煌めいた。
まぁ、どうにでもなるか。
 
 

 
後書き

レベルを上げて物理で殴る、マジカル☆八極拳!嘘です。
武術なんて使いません、野蛮な喧嘩殺法万歳。
主人公は魔法少女としては強いけど、マミとほむらには負ける程度。
百戦錬磨の手練れとザ・ワールドには勝てません。
というか、原作キャラが今キュウべぇとマミさんだけか。何なんだこの二次創作(驚愕)
後、魔女はオリジナルなやつです。落書きの魔女じゃないよ。 
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