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あー、君。今日から魔法少女ね。

作者:カタリナ
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巻き込まれ系魔法少女


 目を覚ました瞬間、私は神と宇宙と真幸を呪った。
「夢じゃなかったのかド畜生がッ!!」
 拳が深々とソファに埋まり、柔らかな感触が骨に突き抜ける。
低反発なソファからゆっくりと拳を引き、私は深々とため息を吐く。
「……夢じゃなかったってのか。」
 自分に問うように、再び呟いてみる。
幾ら面識のない者どもを呪おうと、現実はピクリとも変わらなかった。

私は一夜にして女子中学生魔法少女(短命)となっていた。
命短し恋せよ乙女と言うが、私は自分が一番恋しい。
嗚呼、出来ることならばもう一度会いたいマイボディ。
多少足が臭くてもいい、多少顔面が不出来でもいい、男の体に戻りたい……!!
起きてから徐々に耐え切れなくなってきた尿意に苛まれながら、私は私に恋焦がれていた。
というか、どうすればいいのだろう、この体、ホース無いぞ。

 何とかなった。正し、この一瞬で私のソウルジェムは濁りに濁っただろう。
羞恥と決壊の狭間で、私はあくまでも冷静に対処した。
スカートを捲り、下着を下ろし、便座に座り、あらゆるものを脳内から追い出し、無念夢想でことに及んだ。
流れ出る滝の音、視界に映るのは足元まで下ろされた白い布きれ。
レースの縁取りにワンポイントの小さな赤いリボンが付いたそれに、私の罪悪感は頂点へと達していた。
無念夢想なんて出来るわけないじゃん、女子中学生の下着脱がしておきながら悟ってんじゃねーぞロ○○○。
激しい罵倒が容赦なく浴びせられる様を幻視し、私は泣いた。年甲斐も無く泣いた。

 そして、今に至る。私はペーパーでもってホニャララを拭いたときから、一つ上のランクへと上がった。
今更なにを恐れることがあろうか、性犯罪者(被害者、加害者、共に自分)と化した私に怖いものは無い。
 私はソファに腰かけ、右手に移し替えた指輪を見つめる。
翡翠の宝石が嵌ったそれは、朝日を照り返し輝いている。
……案ずるより産むが易し、か。私は右手を真っ直ぐ伸ばし、指先に精神を集中した。
目を瞑ると、温かみのある光が指に感じられる。
「出ろっ」
 短く呟いた言葉に反応してか、何かが手の甲に乗るのを感じた。
そっと目を開けると、そこには卵型の台座に嵌った宝石が鎮座していた。
「これが……ソウルジェム……?」
 半信半疑で握ってみると、見た目に反して仄かに温かいそれ。
その素材を知っているこちらからすると無防備すぎる造形に、嫌な汗が流れた。
まぁ、自分が気を付ければいいだけのことだ。私は気を取り直すと、ソウルジェムを握って念じた。
変身しろ、変身しろ、変身しろッ!
強く念じるとソウルジェムは光を放ち、帯状のエメラルドグリーンが私を包む。

茶色い革のブーツが膝下で形成され、白いサイハイソックスが足を覆う。
腰部はデニムっぽい濃い緑のショートパンツ、金の金具の細いベルトがぴったりと張り付き、絶対領域が出来上がる。
ブーツと同色の革手袋が手にはめられ、上半身は丈の短い半袖の白いカッターシャツを着せられる。
首元には深緑の細いリボンが結わえられ、結び目の中心にソウルジェムが現れた。
最後に、太ももまでの長さのポンチョを着せられて、ソウルジェムに似た留め具(色は緑、紛らわしい)が付けられ完成。

 魔法少女、爆誕。一連の変身過程を、クルクル回りながら数秒で行っていた。
何なのだろう、今のこの気持ちは。というか、魔法少女の変身って初回は絶対バンクショットなのか。
本編でのほむらの変身とか、一瞬だった気がしたのだが。あれではダメなのか。

 とりあえずは、まぁ、気にしないことにしよう。魂を濁らせないためにも。
それより知りたいのは武器だ。魔法少女としての武器が何であるか知らなければ。
今は元の持ち主が残したグリーフシードのお蔭で全快状態だが、遅かれ早かれソウルジェムは濁る。
誰だって自分を騙せないから、ソウルジェムは感情の揺れ動きに応じて澱を貯めるだろう。
今も意識しないでいるが、孤独感や怒り、やるせなさは確実に私を蝕んでいる。
 私は化け物にはなりたくない。だからこそ、早急にグリーフシードを入手する手段を講じなければならないのだ。
三度の精神集中で、自身の武器を探る。淡い光が腕を覆い、弾ける。
「なっ、えっ?」

 出てきたものを見て、私は大いに焦った。というか、がっかりした。
現れたのは拳を覆う銀色の鉄板。つまり、手袋が篭手に進化しただけ。
……もしかすると、願いが絡んでいるのだろうか。嫌な推測が頭に浮かぶ。

強い自分になりたい!→自分は強い!→自分が一番強い武器!→拳こそ至高の武器!

 ……まさか、本当に?信じられない。やはりこの女キ○○○だ!!
私は落胆した。本編のまどかのように遠距離武器ならば、何とかなるかも知れないと思っていたのに。
よりによってクロスレンジの超インファイターである。大魔法なんちゃらである。
キルゼムオールするには圧倒的に技量や力が足りないし、魔女はそれぞれ厄介な特性を有しているので、接近は悪手である。
 要するに、一番苦戦するであろう武器が拳なのだ。ほむらは何かは盾だけど、アイツは魔法がチートだから決して弱くない。
転じて私は固有魔法も曖昧な願いの所為で分からないのに、拳が武器。頼みの綱は最高に役立たずな代物だった。

 いや、待て、絶望は魂に悪い。考えろ、何事にも突破口はある筈だ。
そうだ、巴マミ!彼女は魔法のリボンを束ねて銃にしていた、私も何か一工夫すれば!
私は精神を集中し、拳の先の鉄板に念じた。変われ、変われ、変われッ!
意思に応じて拳が光り、鉄板は姿を変えていく。さあ、どうだ!

「……………………。」
 結果、出来上がったのは折り重なって三十センチ程伸びた鉄板だった。
射程は相変わらずクロスレンジ。さやかの剣のように投げることもできず、杏子の槍のように分裂して伸びることも無い。
胸元を確認すると、ソウルジェムがちょっぴり濁っているような気がした。



 アクションゲームで産廃武器を握らされたような気分になってから数分後。
私は気分転換に出かけることにした。
日中に制服は拙いだろうと家中をひっくり返し、漸く見つけた真幸の私服に着替え鏡の前へ。
ドレッサーなんて気の利いたものは無いので、洗面所の据え付けの鏡だが。

「ふーむ、素材は悪くない。少々野暮ったいが、純朴そうなのが男受けするだろう、本来なら。」
 完全に他人事のように鏡を見つめる。
そこには、クソ生意気な面でこちらを値踏みする少女が立っていた。
身長は百五十センチほどだろうか、低い背にやや平坦なボディ。
目鼻立ちはすっきりしていて整っているが、中身の所為か目つきが悪い。
髪は肩先で切り揃えられており、前髪も眉下で切られている、所謂おかっぱ頭と言うやつだ。
もう少し後ろ髪が長ければ姫カットだなんて言えただろうが、お生憎様、髪を伸ばすつもりはさらさら無い。
目つきの悪い日本人形みたいな見た目のままで私には十分、女を感じる要素など願い下げだ。

 次に服装。某量販店で買ったようなセンスも素っ気も無い無地のブラウスに、野暮ったいデニムのスカート。
今時小学生だってもう少しオシャレしてるだろうなと言いたくなる服装である。
総じて評するなら、『西洋人着せ替え人形から服を奪った日本人形』だろう。
我がことながら笑えて来て、つい噴き出してしまった。
鏡の向こうの少女も、まるで男みたいにゲラゲラと大口を開けている。
しかし、それでいい。昨日から体に振り回されっぱなしだったが、今日は違う。
中身が私なら、主導権を握っているのも私なのだ。けして少女らしくなどしてやるものか。
学校にも通わず、日中から遊び回って散財してやる。
恨むのなら、悪い大人に体を明け渡した自分を恨むといい。
ケケケ、と、悪魔的な面で笑う鏡の少女。
彼女はそのまま札束一本をポケットに捻じ込み、これまた味気のないスニーカーを履いて家を飛び出す。
昨日は酷く不安だったこの世界も、開き直れば美しく見えた。

「こら、待ちなさい君、ちょっ、逃げるんじゃないッ!!」
 あばよ。後ろ手に大きく別れの挨拶をかますと、一目散に退散する。
車の入ってこられないような路地を抜けて走れば、メタボな警官の足では追ってこれまい。
不良少女に逃げられたくなければ、精々警察試験のときぐらいまで鍛え直すことだ。
走り続けて足りなくなった酸素を欲し、間断なく息を吸いこむ。
立ち止まって膝に手をつきながら振り返れば、追手の丸いシルエットは見えなくなっていた。
してやった。青臭い感情が泡のように浮かんで弾ける。
学生以来感じていなかった大人をコケにする興奮に、私は笑った。
一頻り笑って空を見上げると、太陽は中天に上っている。

 家を出てから、まず最初に行ったのは買い物だった。
スーパーで食糧を買い込み、一旦家に戻って冷蔵庫内部を改装。
色味の無い中身は、野菜や肉やジュースの缶で色彩に溢れた。
他人に食わせる程では無いが、ちょっとくらいなら自炊は出来る。
まずは一つ。モデルルームみたいな家に、生活感を出してやった。
 次にやったことは、服の購入だ。
野暮ったい恰好よりは、私の趣味が出た服がいい。
駅で地図を見て知った大型集合店舗に立ち寄り、服を選ぶ。
日中に一人の子供を訝しみ寄ってくる店員には、満面の笑顔をつくって、
「今日、創立記念日なんです!!」
 こう言っておけば大抵の大人は騙される。
おしゃれに興味を持ち始めた『おませ』な子供を、彼ら彼女らは微笑ましく見守っていた。
服屋の店員は、少女が着るにはちょっとボーイッシュな服の数々に驚いていたけれど。
これで二つ。コイツの体を私の色に染め上げてやった。ぐへへ。
 あとはトイレの個室で服のタグを切り、着替えれば完成。
袖を捲ったネイビーブルーのショートジャケットに、マリンボーダーのシャツ。
アースカラーのゆったりとした七分丈のパンツにデッキシューズ。
お前は海に憧れでもあるのかと問いたくなるコーディネート、ザ・没個性。
街並みに溶け込めるどころか、探せば似たような恰好の奴を数人見つけられるだろう。
おそらくそいつは高校生以上だろうけれど。中学生ならもう少し派手な格好をするだろうから。
とりあえず、そんなことよりも当初の目的達成に喜ぶべきか。

 アニメの世界に、現実っぽい要素を持ち込んでやった。
実際この世界のつくりは驚くほどシビアだが、人々の見た目は割とファンシーだ。
髪色が凄まじく派手な人が多く、黄色い髪のサラリーマンを見て思わず笑ってしまった程度には。
だからこそ、見た目からして地味なこの体は、私にとっての現実的要素を体現するに便利であった。
 これは、私がこの世界の法則に抗うための一歩なのだ。
私はこの世界の魔法少女になっても、自分の世界を手放したりはしない。
インベーダーに体を改造されてしまったが、心までくれてやるものか。
私こそがインベーダー、侵略者なのだ、ライバルに負けるなど許されない。
自分という世界をしっかりと保ち、けっして心を揺るがせない。
絶望など、してやるものかよ!

 と、まあ意気込んだのはいいが、実際はその決意に反してやることが無い。
原作の登場人物を拝んでやろうかとも思ったが、全員会えない理由があるので止めた。
杏子は住所不定、教会に居そうではあるが、風見野は少々遠い。
ほむらはもっと分からない。そもそも今の時間軸が何処か分からないために却下。
他の面々は見滝原中に居そうだし、私の体はそこの生徒なので、会えそうではあるが……。
「もう一回中学生なんて、流石に……。」
 色々とキツイものがある。ストレスは出来る限り避けたい、魔女化的な意味で。
そもそも、彼女らと会って何をするのだという根本的な問題がある。
下手に刺激してしまえば、それこそほむらに殺されてしまう。
つまり、目下の行動方針は二つ。
出来る限り暁美ほむらに気取られず、彼女がどういう状態かを確認する。
他の魔法少女たちに気付かれずに、グリーフシードを集めて生き永らえる。
この二つを忠実に守れば、痛い目をみることも無いだろう。
天災なんかと遭遇しない限りは、大丈夫な筈。

そんなことを考えていたからだろうか、巻き込まれてしまったのは。
「え……?」
悪趣味なマーブルカラー、揺れ動く景色が空間を歪ませ、変貌を遂げる。
ようやっと気味の悪い現象が収まったかと思えば、それは始まりに過ぎなかったことを視覚で知った。
極彩色の壁紙が広い箱の中に似た空間を彩り、落書きのような絵がそこら中に散らばる。
魔女の結界。腹を空かせた化け物の口に、私は知らずの内に飛び込んでいた。
 
 

 
後書き

主人公の魔法少女形態は、ドラゴンズクラウンのエルフっぽいイメージです。
細部は違いますけどね。一からデザインなんて無理やったんや……。 
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